触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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48話「おかえり、綾崎。」by岩沢

「なんだか、この四日間はあっという間に感じたよ。」

「奇遇だな、俺もだ。」

「できればもう少し・・・と言いたいところだけど。君を縛っておくのは私も忍びないからね。」

照れくさそうに頬を掻く。それは瀬菜なりの強がりだろう。

「先輩、2学期に会いましょうね~。」

相川妹は夏休みいっぱい自宅で過ごす予定だそうだ。そのときとても大事な用件を思い出した。

「あ、それと携帯返せ。」

「おぉっと、そうでした、そうでした。」

預けっぱなしだった携帯電話を受け取る。よし、これで連絡手段が手に入った。早速電源を入れようとしたが、画面は真っ暗のまま。

「相川妹・・・コレは一体どういうことだ?」

「あ、紅ちゃんのケータイに私たちの連絡先登録しておいたからね~。」と、真墨さん。

「寂しくなったらいつだって連絡して良いのよ~?」と、真白さん。

コレはお礼を言うべきなのだろうか?うーん・・・返答に困る。

そんなことよりも・・・まさかソレで電池を使い果たしたのではなかろうか・・・。例えば、電源を入れっぱなしで放置したとか。

「すみません葵さん・・・ご迷惑でしたよね?」

申し訳ないと言った様子で榊さんが頭を下げる。

「いやいや、大丈夫だよ。迷惑だなんて全然思ってないから。」

「そうだぞー榊ー。女子高生に連絡先教えて貰って嬉しくない男子高校生なんているわけねーじゃん。いたとしたら、ソイツはホ・・・。」

「すみません、すみません!」

下品な単語を口にしようとした山本さんの口を両手で塞ぎ、再び山本さんは頭を下げまくった。

「ははは・・・大丈夫、ダイジョウブ。」

ソレには乾いた笑いしか出てこなかった。まあ・・・別に構わないけどさ。後は帰るだけだし。

『連絡先を教えたのは、コーキがこれで8人目よ。それに、男の人はコーキが最初。』

と言うことは彼女の携帯の電話帳には8人しかいないということか。

『・・・お父さんは?』

『パパはその・・・お母さんとべったりだから別に良いの。』

『ありがとう・・・この連絡先、大切にするよ。』

なぜか素直にお礼の言葉が出た。何て言うかその・・・悲しくなってしまったから。

ああ、目頭が熱い・・・。

「紅騎、そろそろホームに行った方が良いんじゃないかな?」

瀬菜の言うとおり、時計は十分前を示していた。

「ああ、そうだな。それじゃあ・・・。」

瀬菜と向かい合い、握手を交わす。その時、瀬菜はぐいっと俺の腕を引いた。

気がついたときには、お互いに抱きしめ合う形になっていた。

「がんばれ、紅騎。」

俺だけにしか聞こえない小さな声で、瀬菜は囁いた。その言葉だけで頑張れてしまうような気になってしまうのだった。

そんな彼女に俺も答えなければならない。

「ああ、瀬菜もな。それと・・・ありがとう。」

相手の背中を叩き合い、体を離す。

・・・本当に、最高の親友だよ。瀬菜は。

今俺の胸の中は感謝の気持ちであふれかえりそうだった。

「「じゃあ、私も!」」と両手を広げて待機する横溝姉妹には遠慮して貰う。申し訳ないと思うけど、今のこの気持ちにもう少しだけ浸らせて欲しい。

そのほかの方々には握手をしてから改札を通る。

ホームに上がると、丁度特急列車が待機していた。進行方向左側の窓席に座ると、やっぱり少しだけ寂しさを感じた。

発車の知らせるベルが鳴り、列車はゆっくりと動き出した。

ふと外の景色を見ると、バス乗り場付近から大きく手を振る2名とその他大勢が確認できた。

こちらを確認するとかそんなことはお構いなしな様子だった。

だんだんと小さくなっていく瀬菜と目が合う。彼女は確かに笑っていた。

俺もそれに答えて笑おうとするが、上手くいかない。先ほどから口元が震えて、まぶたが痙攣しているからだった。

自分が泣いていると自覚したのは、彼女たちの姿が見えなくなってからだった。

別れの寂しさとは違う。

俺は嬉しくて泣いていたんだ。会おうと思えばいつでも会える。”また会おう”と別れることができる事が、とても嬉しかったんだ。

どでかいサプライズや、新しい顔見知りが増えた四日間が終わりを告げる。この四日間は良い出会いだったと、素直に思える旅行だった。

 

・・・・・・そう思っていたんだ。新幹線から普通列車に乗り換えるまでは。

 

「岩沢さんに会ったら、どんな顔すれば良いんだよ・・・。」

思えば合宿以来一度も直接顔を合わせていなかった。人気の無い車両の中、俺は頭を抱えた。

温かい気持ちが一変し、焦りの気持ちが押し寄せてきた。あと四十分で、我がふるさとへ到着してしまう。

その間に何とか気持ちを立て直さなければ。

 

 

1時間に一本。さほど気にしていなかった我が町の、電車の本数。

だけど、今日はやけにじれったく感じる。電車接近のアナウンスで顔を上げ、上り列車でため息、別の路線でまたため息。

そうして待っていた下り列車が到着。降りる客は少なく、誰が降りたのか簡単に見分けることができる。

朝から待つことコレで5本の下り列車が発着した。

・・・だけど、綾崎の姿は無かった。

今日は綾崎が帰ってくる日。朝に弱い私が早朝に目を覚ましたのだから、自分でも思っている以上に待ち遠しかったのかもしれない。

ふっ・・・これじゃあまるでハチ公みたいじゃないか。自分で自分を卑下するが、やはり期待する気持ちは抑えられない。

「腹・・・減ったな。」

持ってきた本もすでに読み切ってしまった。近くにこの駅には売店なんて洒落たものは置いてなかった。あるのは、自動販売機と暇そうな駅員だけ。

日陰になっている待合スペースに心地の良い風が吹き込む。私の前髪を揺らして、すぐに風は立ち去ってしまう。

後に残るのは遠い蝉の鳴き声だけ。

少しずつ瞼が重くなってゆくのを感じる。

「だめだ・・・あと一本まで我慢しよう。」

睡魔を追い払うために水を一口飲む。既に温くなっていたソレは私を中の方から気怠くさせる。

「あや・・・さきぃ・・・。」

そう言えば昨日はほとんど寝てなかったっけ。そう考えているウチに、体は壁の方に傾き、最後には瞼も落ちてしまった。

 

「・・・・・・ん?」

いつの間にか私は横になっていたようだった。利用客が少ない時間帯だったので、少し安心した。

それにしても、ここのベンチの座布団はなかなかどうして気持ちが良い。

ほどよく固く、且つ体重を受け止めてくれる懐の深さ。思わず頬ずりをしたくなるような温かみ。鼻腔をくすぐる私の大好きな臭い。百点満点だ。

アイツが膝枕してくれたらこんな感じだろう。と私が時々思案している(決して妄想では無い)感触にどんぴしゃだったのだ。

そう、まるで本当に綾崎に膝枕をして貰っているような・・・。

「・・・・・・え?」

目を開けるとそこには人の膝があった。ゆっくりと頭上を確認すると、そこには見知った顔が合った。

「お、やっと起きたか。おはよう、岩沢さん。」

おかしい。私の半分眠った脳がそう告げてきた。

私の知っている綾崎紅騎はこんな、柔らかく笑う人間だったろうか?

いや、私の夢の中では結構笑っているが・・・。

あ、そうか。”これもまだ夢の続きなのだろう”ならばもう少し甘えさせてくれても良いでは無いか。これは私の夢なのだから。

「あれ、また寝るのか?」

うるさいなあ・・・私の夢なんだから好きにさせてくれ・・・。

せめてアイツが帰ってくるその時まで。

 

「ご乗車ありがとうございました。次は××です。」

幾度となく聞いた駅の名前がアナウンスされ、四日ぶりに帰って来た俺の待ち。

ドアがゆっくりと開き、そこにはいつもと変わらない景色がそこにはあった。

改札を通ると、駅員が窓口のシャッターを閉じた。ここから2時間、この駅は一本の電車もこないいわゆる空白の時間だ。

この時間で、駅員は昼食を食べに行くのかどこかへ出かけてしまう。

まあ、いつも通り。今日も今日とて変わらない光景だ。

「・・・・・・おぅ。」

そして見慣れない光景がそこにはあった。待合スペースで岩沢さんが眠っていた。

傍らには水のペットボトル(相変わらずvol○ic)とカバーの掛けられた文庫本が置いてあった。ペットボトルは完全に温くなっていて、丁度良い人肌温度だった。

おそらく結構長い時間ここに座っていたのだろう。

なぜか。

そんなこといちいち考えるまでも無かった。

「本当に・・・適わないなあ。岩沢さんには。」

隣に座って改めて彼女の顔を見つめる。

一途と言うか、純粋というか。混じり気なしの本当に真っ直ぐな気持ちが伝わってくる。

俺は・・・まだ答えを出すことはできない。そのことがずしんと重りとなって、俺の肩に積み重なっていく。

今年中・・・いや、学年が変わるまでには必ず―

「すぅ・・・すぅ・・・んん~。」

人の気配を感じたのか岩沢さんは、壁により掛かっていた体を起こした。そしてそのまま反対側へ倒れてきた。そしてそのまま俺の膝の上で再び寝息を立て始める。

「・・・えぇぇ。」

人一人分の重みと、吐息が掛かる暖かさ、くすぐったさ、そして安心感。

なぜだかこの人とゼロ距離でいると心が落ち着くのだ。もちろん恥ずかしさはあるのだが、それ以上に安心する。本当に不思議な感覚だった。

まるで昔からこうして接触していたような・・・。

「・・・何を考えてるんだか。」

そんなことあるはずがない。だって、彼女と会ったのは去年の四月が初めて。それ以前には一度も会っていない。そう、一度も会ったことは無いのだ。

この件について考えると、心にもやっとしたものが渦巻く。何かを見落としているのだろうか?だが、ソレが分からない。

見落としているのか、していないのか。しているとしたら何を見落としているのか。

・・・考えるのは止めよう。今考えていても解決の糸口は見いだせるとは到底思えない。

それにしても、よく寝てるなー岩沢さん。本当に気持ちよさそうな寝顔だ。

気がついたら前に垂れた彼女の髪を後ろに流していた。左手が耳に触れると、岩沢さんの体がピクッと反応した。

「・・・・・・ん?」

小さく呻き声を上げたかと思うと、何を思ったのか俺の膝に頬を擦り寄せてきた。・・・非常にくすぐったい。

やがて、異変に気がついたのか、岩沢さんの顔がしきりに動き始めた。そしてゆっくりと、俺の方に視線を移していく。

「・・・・・・え?」

今目の前にある光景が信じられないと言った様な表情をしていた。それでもまだ半分寝ぼけているのか、視線がおぼつかない。

普段のきりっとした様子とは打って変わり、今は目尻を下げてトロンとした表情をしていた。

正直に言おう、たまんねえ。凄く可愛い。今すぐにでも抱きしめてしまいそうだ。

しかし、そこは理性で自分を制する。

とりあえず何か言っておこう。

「お、やっと起きたか。おはよう、岩沢さん。」

自然と広角が上がり、無意識に笑っていた。

そんな俺の顔を見るや否や、なぜか安心した顔で再び眠る姿勢。つまりは俺の膝の上に体重を預けてしまった。

「あれ、また寝るのか?」

俺は一向に構わない、何時間でもこうしていられる自信がある。しかし、ここは公共交通機関であり、街の中心地である。

いくら利用客が少ないからと言って、いないわけでは無い。現にお年寄り夫婦があい向かいの席で笑いかけてくるわけで・・・。

それにホーム側のベンチからも人の視線が浴びせられてくる。

いや・・・ちょっと待て。あのポニーテールと、勝ち気な目つきと、でかい胸は・・・ひさ子では無いだろうか?

いや、絶対にひさ子だ。こっち見てにやついてるし。

仕方が無い、もう少しこうしていたいがタイムアップだ。

「岩沢さん、そろそろ起きてくれー。」

肩を揺らして、彼女を夢の世界から覚醒へと誘う。

「ん~んー。」

しかしまだ寝ていたいんだとばかりに、頑なに彼女は覚醒を拒む。

「いい加減に起きないとキスするぞコラ!」

「じゃあ、起きないぃ・・・。」

既に半分覚醒しているのだろう。だが最後の本丸はまだ陥落せずに、籠城している模様。

「どうやらお困りに様だな、葵くん?」

いつの間にか俺たちの目の前にひさ子が仁王立ちしていた。

「その前にひさ子。お前、いつから見ていた?」

「岩沢が駅に着く十分前。」

さも当然かのようにそう告げる。つまりは最初から今までのことをずーっと見てたわけだ。此奴めは。

「ここまで来ると逆に清々しいな、お前。」

「へへへ、これでしばらく岩沢分はチャージできたな。」

まるで栄養素のようなネーミングに少し引いてしまう。

タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、そして岩沢分。ひさ子の五大栄養素は炭水化物をすっ飛ばし、代わりに岩沢分が居座っているようだ。

「ひさ子の栄養不足はどうでも良いとして、何とかできないか?」

岩沢さんを引きはがそうとするも、またもや「ん~ん!」と駄々っ子のごとく拒否権を行使してきた。

「任せろって、そんなときは・・・。」

ひさ子がずいっと俺の方に顔を寄せてきた。立っている姿勢で屈んで来るので、襟の深い服も相まって・・・その、いろいろ見えそうだった。

「ふふ、どうした葵?こっち見ろよ。」

「いや・・・その、無理だ。」

「何が無理なのか、言ってくれないか?」

ひさ子が俺の耳元でゆっくりと囁き、色々限界が近づきそうになった瞬間。ひさ子が視界から消えた。

「ぐえ・・・!」

女の子の口から出てはいけないような、まるで蛙の鳴き声の様は音が下の方から聞こえた。

「どういうつもりだ?・・・ひさ子。」

そして岩沢さんのえらくドスのきいた声も聞こえてきた。

どうやら岩沢さんが何かしらの手段を使って、ひさ子を床に組み伏せたようだった。うつぶせになったひさ子の腕をまるで犯人を捕まえるように固めていた。

「いや、岩沢がなかなか起きないからよー。」

「だからってあんなことをして良い理由にはならない。」

ギリギリギギリ・・・。

「いててててて!わーたよ、すみませんでした!」

本当に、相変わらずだな・・・この二人も。

「そこまでにしておいたら?騒いだら迷惑だろ。」

そう言って注意をする俺の顔を見た二人の顔が、なぜか驚いたような表情になった。

「・・・なんだよ、何か珍しいものでもあったか?」

「葵・・・お前、笑ってる。」

よほど驚いたのか、ひさ子が俺を指さしてそう呟いた。・・・人を指さすなって。

「だから何だよ、笑って悪いかよ?」

「お前が笑ったの・・・初めて見たから。」

そうか?・・・そう言えばそうか。改めて思い返せば、ちゃんと笑ったのは中学生以来か。

「まあ、腫れ物が取れてすっきりしたんだよ。気が楽になったって言うか。」

「綾崎、四日間・・・どうだった?」

ひさ子の腕を解いた岩沢さんがそう尋ねる。

「そうだな・・・良かったよ。」

「そうか・・・なら、それで良い。」

そう言った岩沢さんは深く尋ねようとはせずに、優しく笑うだけだった。そして、あ、言い忘れてた。と呟き、俺と真正面に向かい合う。

「おかえり、綾崎。」

そんな短い一言が耳を通り抜け、全身を満たしていく。

「えっと・・・ただいま。岩沢さん。」

改めて言う気恥ずかしさを、笑って誤魔化すことにした。

すると岩沢さんは、少年の様な・・・そう、まるで太陽みたいな笑顔を返してきた。

 

この四日間、俺は確かに得るものはあった。それは小さいものだと思っていたのだけれど、とても大切なものだった。

それを、岩沢さんが教えてくれた。 


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