薄暗い早朝の町中を歩く。
静まりかえった小道に俺の足音だけが、やけに大きく響くような気がした。
俺が住んでいた場所、俺から何かを奪っていった場所。
その何かの正体はまだ分からない。ただ一つ言えるのは、その何かのせいで心に穴が開いているような気がする、ということだけだ。
あの場所に行けば何か分かるかもしれない。そう思った俺は、こっそりと相川家を抜け出したのだった。
足を一歩ずつ進めるたびに、嫌な記憶が蘇っては消えていく。歩く速度が徐々に遅くなり、歩幅が狭まるが、歩みは止めない。
止めたら二度と行けないような気がしたから。
住宅路のさらに小道を進む。あと一つ道を曲がれば”ソレ”がある。
嫌に早くなる鼓動を落ち着かせて、道を曲がる。
そこにはなにも無かった。
腐りかけた木造アパートの姿は無く、コンクリートで固められただだっ広い駐車場だけがそこにはあった。
「そっか・・・取り壊されたのか。はは・・・なんだ・・・なんだよ、はぁ・・・。」
落胆、安堵、焦燥、どちらとも言えない感情が胸中で渦巻く。そして乾いた笑いや、小さなため息が引き起こされる。
捜し物はなんですか、見つかりにくいものですか
捜し物を探そうにも、探す場所が無ければどうしようもなかった。
しばらく駐車場を見つめてから、俺は引き返すことにした。
「今朝早くからどこへ行っていたんだい?」
三日目になる朝食の時に、瀬菜から今朝の外出について聞かれた。
「俺の住んでたアパート。」
「驚いただろう?」
「うん、かなり。」
この様子からすると、瀬菜はあのアパートがどうなっていたのかを知っているらしかった。
「もともと古いアパートで、いつ取り壊されるか分からない状態だったらしい。そこに相次いだ流血沙汰をきっかけに住民は全員部屋を明け渡し、その後滞りなく駐車場に変わったそうだ。」
その流血沙汰の当事者が立ち寄ったとは、あのアパートの大家も夢にも思わないだろう。
「ねぇねぇ、先輩先輩。今日はお姉ちゃん部活だからどこか出かけましょうよ!」
昨日の外出禁止令を根に持っているのか、今日の華菜は押しが強めだった。
「ソレには及ばないよ華菜。今日の部活は我が家で執り行うからね。活動内容は文化祭の曲決め。楽譜が大量にある我が家にはうってつけの活動内容だろう?」
「ふんだ!じゃあ、無理矢理にでも外に連れて行くもんね。お姉ちゃんばかり先輩を独り占めなんてズルいよ!」
ここで俺は不穏な空気を感じ取った。ここでさらに相川妹をエスカレートさせたら後々面倒な事になりそうだ。
「瀬菜、たぶんコイツは昨日ずっと家にいたからストレスが貯まってるんだと思うんだ。だから午前中だけなら良いか?」
「・・・だーめ。いくら紅騎の頼みだろうとここは譲らないよ。なんたって四日過ぎると次に会う機会はそうそう無いのだからね。華菜はいつでも会えるだろう?」
「む~・・・お姉ちゃんのばか・・・。」
瀬菜の言いたいことも分かるが、かといってこのまま相川妹を放置するのも何だか違う気がする。
「あー・・・だったらせめて俺が昼食を作ろう。その買い出しに相川妹が同伴するのはどうだ?」
「紅騎の手料理か・・・それは魅力的な提案だね。」
「ちなみにハントンライスを考えている。」
「よし、同伴の許可を出そう。ただし揚げ物はエビフライだ。そこは厳守すること。」
エビフライ・・・エビフライ?ああ、妹の好物か。なんだ、ちょっとは負い目を感じてるんじゃ無いかお姉さん。
「分かったよ。相川妹もソレで良いか?」
「うん!ありがとうお姉ちゃん!」
打って変わって満面の笑みを浮かべた相川妹は瀬菜にぎゅーっと抱きつく。鬱陶しそうな顔を作るがよくみると瀬菜の口も緩んでた。
なんだか姉妹愛というものを垣間見たような気がした。
「瀬菜、今になって思ったんだけどさ。男の俺がいて大丈夫なのか?」
瀬菜の通う学校は女子校である。従って今から来る部活の方々も女の子の訳で・・・。
「問題ない。少なくとも向こうは君のことを知っている。それに、私の親友ということもね。」
本当に問題は無いのだろうか?何だか無性に心配になってきた。
「君は普段女の子だらけの部室で部活動をしているのだろう?それに、彼女たちは言い方は悪いが音楽馬鹿しかいないんだ。まあ、君が新しい境地を切り開くというのであれば話は別だけどね。」
不安の色を隠せない俺の顔を見かねた瀬菜はさらにそう言ってきた。
「残念ながら俺にはそこまでする度胸も、つもりも無いよ。」
「そうだろう?だから大丈夫なのさ。それに私の我が儘でもあるんだ。自慢の親友のお披露目をしたいっていうね。」
してやったりという瀬菜の顔を見て、俺は何だか丸め込まれたような気がした。けれども、最後の言葉は悪い気はしなかった。
そんなとき下の方が少し賑やかになったのを感じた。どうやら件の彼女たちが来たようだった。
「こんにちは~あ、本当に来てたんだ。噂のお友達!」
「あー本当だ!」
「先輩達、あんまりよそのお家で騒ぐのは止めてくださいよぉ・・・。」
「・・・コンニチハ。」
「相川!久しぶり~会いたかったよ~!」
見た目瓜二つの白い服と黒い服の二人。髪を横にまとめたしっかりした印象の小柄な子。サックスのケースを担いだ片言で金髪の子。短髪にジャージという出で立ちの子。
何だかあくの強そうな五名が登場してきた。最後の一人は現れるなり瀬菜に抱きつきにかかる始末だし。
「よい・・・しょっと、えー・・・みなさん。こちら以前にお話した綾崎紅騎です。」
その一名を押しのけながら瀬菜は俺を紹介した。
「どうも。桜高二年の綾崎です。・・・あー今は綾崎じゃなくて、葵という名字に変わりました。軽音楽部でギターをやってます。」
真っ先に食いついてきたのは双子とおぼしき二名だった。
「知ってる知ってる!あの文化祭のライブ見たよ~。あ、私は部長の横溝真墨(ますみ)、N女三年、担当はベース、よろしく~。」
「格好良かったよね~歌もギターも。私は副部長の横溝真白(ましろ)、お姉と同じベースやってます~。よろしくね、葵君!」
へえ、ベースが二人いるのか。そう言えば同業者で先輩という立場の人に初めて会う気がする。これは貴重だ、たぶん、きっと、おそらく。
「えっと・・・二年生の榊ゆかりです。その・・・キーボードを。」
緊張なのか、男と話し慣れていないのかオドオドしている小動物的雰囲気は、何となく入江を彷彿とさせた。彼女ほど性格が豹変しないことを願いたい。
「・・・・・・。」
金髪の子と目が合う。何か言いたそうにしているが、なかなか言い出せない。そんな空気を感じた。
「あー紅騎。その子はドイツからの留学生なんだ。まだ日本語が上手く話せなくてね。私がドイツ語を勉強して何とかコミュニケーションはとっているのだけど。ちなみに一年生だ。」
そうか・・・ドイツ語か。うん、なら大丈夫だ。
『初めまして。俺は葵紅騎、君の名前は?』
できるだけはっきりとした発音でそう伝えると、彼女は一瞬驚きながらも口を開いた。
『エリーゼ・・・エリーゼ・エッフェンヴェルク。皆はエリーって呼んでるからあなたもそう呼んで。』
『分かった。えっと、エリーの持ってるその楽器はサックス?』
『そう、アルトサックス。私この楽器が大好きなの。吹いて見せようか?』
『是非聞いてみたいんだけど、それはまたもう少し後の方が良いみたいだけど?』
『そう・・・残念。じゃあ、後で聞かせてあげる。』
そう言って彼女、もといエリーは担いでいたアルトサックスを床に下ろした。初めてまともに会話ができる他人に出会ってのだろう。先ほどの様子と打って変わり、顔の強張りが無くなっていた。
そして、会話が成立して安心する俺の隣で驚愕の表情を浮かべる親友がいた。
「驚いた、まさかドイツ語ができるなんて。」
「むこうの音楽を調べるためにちょっとね。」
「流石私の自慢の親友だ。」
よせやい、照れるだろうが。
「あー相川が私を差し置いてイチャイチャしてるー!許さない!」
そう言ってなお瀬菜に絡むジャージ女子。今までの流れからこの子がドラムなのだろう。
「こら山本、ちゃんと自己紹介をしないか。」
瀬菜に怒られたその子は、くるりと俺に振り返りびしっと敬礼をした。
「初めましてー山本亜弥(あや)でっす!ドラムやってます!一年です、ウス!」
なんでこうリズムパートのヤツは誰かしらハイテンションの人間がいるのだろうか・・・。しかもここのリズム隊は全員がハイなメンバーだ。これは予想以上に榊さんのような人には辛いのではないだろうか。
一通りの自己紹介が済んだので、ちょっと聞いてみることにした。
「部長さん、ここの部活はどんなジャンルの音楽を?」
「えっとね、私たちはインストバンドだよ~インストって分かる?楽器だけの演奏でボーカルは一切無いの!」と真墨さん。
「それでね、普段はクラシックをアレンジして演奏してるんだよ~。」と真白さん。
この二人はセットで話すのが定石なのだろうか?まあ、そこは気にしないとして。クラシックのアレンジはちょっとだけ気になる。
「それで、今回は文化祭の曲決めで集まったんですよね?」
「その通り、たまには別の音楽もやりたいなーって。」と真白さん。
「うんうん、ロックも面白そうだなーって。そうしたらセーナちゃんのお友達、それも桜高の人が来てぐっとたいみんぐだよー。」と真墨さん。
なるほどね、俄然興味が湧いてきた。
「皆さんの要望を集めていくつか曲を選んでみました。これがそのリストです。」
瀬菜は一枚の紙をテーブルに差し出した。
ビートルズ、イーグルス、ヴァンヘイレン、クリーム・・・有名どころが網羅してあった。真墨さんがじっくりと吟味を始める。
「無難にいってビートルズか・・・クリームはちょっとマニアックだし、ヴァンヘイレンは激しすぎる・・・ん~さかッキーはどう思う?」
「さかッキー言わないで下さい・・・。そうですね、私もビートルズが良いと思います。アレンジしやすいですし。」
さかッキー・・・何だろう、どこかで聞いたことあるような・・・。強いて言うなら茶色い体に緑色の手をした、いわタイプのモンスターで・・・。
「葵さん、それ以上考えたら酷いですよ?」
榊さんに凄い目で睨まれたので考えるのは止めよう。うん、やっぱり怖い人だった。
『beatls・・・知ってる。何度か演奏したことある。』
『ちなみにどんな曲?』
『Let it be とOb-La-Di, Ob-La-Daよ。』
サックスで吹くビートルズか、彼らの曲は比較的アレンジしやすい部類に入る、とくに後者の曲はインストアレンジしやすい曲だ。
「部長さん、彼女ビートルズなら経験あるそうです。」
「お、本当?じゃあ、ビートルズかな?セーナちゃんとあややんはどう?」
「私もビートルズで問題ないかと。」
「相川がそう言うのなら私も全然オーケーでーす!」
と言うわけで彼女らの曲はビートルズに決定した。次はいよいよ曲決めである。そこでエリーが一つの提案をしてきた。
『やるならメドレーにしてみれば?』
その提案を伝えると、部長もそれは面白そうだと話に乗ってきた。そして、そのほかの方々も同じような意見だった。
「それじゃあ楽譜が必要だね。よし、いよいよ相川楽器の出番だよ!」と真墨さん。
「いつもありがとうね、セーナちゃん。おかげで我が部は大助かりよ!」と真白さん。
そう言って横溝姉妹は一階の店の階へと降りていった。その他5人が取り残される。
「えっと・・・どういうこと?」
「その・・・ですね、相川さんのお店で楽譜を買ってるんです。このお店って楽譜の品揃えが多いんです。もちろん部費で、ですよ?」
榊さんが代わりに説明をしてくれた。成る程軽音楽部御用達の相川楽器ということか。ウチと言い彼女らと言い、楽器屋がバックに着いてると便利だな。
・・・まあ、桜高軽音楽部はかなり度が過ぎているけど。
『瀬菜のお店は数は少ないけど、質の良いマウスピースとかリードとか売ってるから私も時々来てるの。』
おいおい何だよ、相川楽器って結構評判良いじゃん。おまけに楽器のメンテナンスもしてくれるし、個人経営としてはかなり優秀なのではないだろうか。
「お姉ちゃんそろそろ約束の時間だよ。先輩借りてくね。」
「おや、もうそんなに時間が経ったのか。分かった、気をつけて。それと寄り道しないで帰ってくること。」
自室に籠もっていたのか、今まで姿を隠していた相川妹が突然現れ、俺の腕を引く。
「はーい、じゃあ先輩。行きますよ!」
腕を引かれた状態で、そのまま一階へ。途中楽譜と睨めっこをする二人の背中を見送り、俺は半ば強引に外に連れて行かれた。
「凄いですね先輩、あっという間にあのメンバーと意気投合して。やっぱり同じ部活だからなんですかね?」
「山本さんなんか似たような雰囲気だぞ?似たもの同士仲良くしないのか?」
「だって・・・お姉ちゃんにばかりベタベタするから・・・。」
嫉妬ですか、そうですか。まあ、パーソナル空間に入ってこられて、大好きな姉を盗られたら嫉妬もするか。
「それにしても、あの鉄壁お嬢様と良く打ち解けましたね?」
「あの子のこと知ってるのか?」
「ええ、中学で同じクラスでしたから!無表情で誰も寄せ付けないサックスが恋人のエリーゼお嬢ですよ。」
たぶんそれはまだ言葉がよく分からなくて、日本の文化にもなじめないからだと思うのだけど・・・。
「人を見た目で判断してはいけません。少しでも良いから話してみれば良いよ。」
多分あの子は相当心細い思いをしているはずだ。周りが楽しそうにしていて、何が楽しいのか分からないのは寂しいし、辛いから。
「分かりました。先輩が言うのであれば、お姉ちゃんとドイツ語勉強してみます!まあ、会う機会はそんなに無いですけど。」
「うん、その調子だ。えらいえらい。」
「えへへへ~。せーんぱーい♪」
「くっつくな、暑苦しい。」
頭を軽く撫でると相川妹は抱きつきながら屈託のない笑顔を向けてきた。
その無邪気な笑顔を見せれば、彼女もきっと心を開いてくれるはず。そう願いたい。
近くのスーパーに到着。さて、早速食材探しだ。
卵、ベーコン、グリーンピース、それにチーズも欲しいところだ。
「あの、先輩・・・本当にグリーンピース買うんですか?」
「もちろん。それともなんだ?インハイ目指してる選手が好き嫌いか?」
「そ、そんなこと・・・うぅ、・・・ないです。」
全く理屈が成り立っていないが、相川妹は本気で葛藤を感じているらしい。
「だよな、まさか相川華菜とあろうお方が好き嫌いなんてあるわけないよな~?」
「先輩のイジワル、鬼畜、悪魔、紅騎!」
ほほう、俺の名前は単語と同じという訳か。ならばこちらにも考えがある。
「さーて、ピーマンのナス詰めの材料はーっと。」
「待って下さい先輩!何ですかそのマイナス同士の組み合わせは!嫌がらせですか!?」
「マイナス×マイナスは~プーラスーだよ~。ついでに栄養も~プ~ラス~だよ~。」
鼻歌交じりにピーマンとナスを放り込む。俺的にはありだと思うんだけど、どうだろうか。
まあ、それは食べてからのお楽しみということで。
次に買うのは揚げ物だが、さあどうしようか。揚げるか、それとも買うか。
一応揚げ物の許可は頂いてあるのだけれど。
「華菜、エビフライの他に何が良いと思う?」
「それならハムカツが良いです!ハムカツが食べたいです!ハムカツ!」
やけにハムカツを推してくるな。まあ、おれも好きだけどね。ハムカツ。
「先ほどの三つの試練を乗り越えよ、さすればハムカツは与えられん。」
「が、頑張ります・・・。」
それにしてもハムカツも好きなのか・・・なかなか渋いな。まあ、俺も好きだけどさ、ハムカツ。
ハムカツの材料を買い、レジを通った。ちなみにエビフライはすでにできあがったものを買うことにした。
これだけ暑いと生のエビは心配だから、仕方ない処置と言えるだろう。
「ただいま戻りました~。」
「もう、紅ちゃんったらどこに行ってたの~?」と真墨さん。
「お姉さん心配したんだよ~?」と真白さん。
「ええ、ちょっと買い物に行ってきました。」
いつの間にか何とも親しみやすい呼び方に代わっていることはスルーして、早速台所をお借りすることにした。
「揚げ物とかあるので、もう少し続けてどうぞ。」
「え?なになに、まさか紅ちゃんがお昼作ってくれるの!?」と真墨さん。
「わー楽しみ~!」と、真白さん。
正体面の人たちに料理を振る舞う緊張と、久しぶりに瀬菜に料理を食べさせる懐かしさを感じながらお借りしたエプロンを身につけた。
結果だけ言えば、ハントンライスはなかなかの好評であった。一番人気はハムカツ。揚げた身としては嬉しい限りだった。
「さて、美味しい追い昼ご飯のお礼に私たちの演奏を気かさえて進ぜよう。」
真墨さんの提案で、なんと演奏をしてくれるそうだ。
『やっと、演奏ができるね。』
『うん、楽しみにしてて。』
サックスが吹けて嬉しいのか、エリーも先ほどとは打って変わって上機嫌そうであった。
「お姉ちゃん、ギター持ってきたよ。」
「ありがとう。さあ、華菜もそこに座って聞いていくと言い。」
瀬菜に促されて、相川妹が俺の隣に座っってきた。
「実を言うと私も初めてなんです。お姉ちゃんの演奏聞くの。」
「へぇ・・・そうなのか。それで、部長さん。曲目は何でしょうか?」
「そうだなー、じゃあ運命でいくよー。ワンツースリー!」
ベートーヴェン交響曲第五番。運命の名前で知られるこの曲は、クラシックの中でも馴染み深い一曲だ。
最初は横溝姉妹によるベースだけの演奏が始まる。重厚な低音同士が重なり、まるでらせんを描くように一つの旋律へ形成されていく。
完璧に同調したリズム、呼吸。これも双子だからこそできる演奏なのだろうか。
ベースソロの次は、ギターとドラム、サックスによるジャズチックにアレンジされたパートだった。
ジャズ特有の複雑なテンポに惑わされること泣く、サックスは力強く且つ技巧的な音を響き渡らせる。
サックスが恋人。まさにそう思わせるような演奏だった。
ピアノ・ベース、ドラム・サックス、ギター・ピアノ・ベース、と多彩にパートが入れ替わる。ただ入れ替わるだけでは無い。前後のパートには必ず”繋ぎ”があり。全てのパートが合わさり一曲ができあがっているのだと、そう感じさせる。
全体として十五分の長い演奏だったが、終わったときにはあっという間だった。
俺と、相川妹はスタンディングオベーションをしていた。
「すっごく格好良かったよ、お姉ちゃん!」
「ふふ、ありがとう、華菜。だけど、ひっつくのは遠慮してくれないか?」
「やーだー、くっつきたいときにくっつくんじゃーい!」
「そーだそーだ!」
そこに山本さんが加わり、騒ぎは一気に大きくなっていた。そんな三人の横をすり抜けるようにして、エリーがこちらに寄ってきた。
『どうだった?』
『凄く良かったよ。それで、エリーはいつからサックスを?』
『5歳の時からよ。それから毎日吹いてるんだから。』
十年以上もサックスを吹き続けているわけだ。おそらく、あの集団の中で一番キャリアが長いのでは無いだろうか?
『次はコウキの番よ。ギター、持ってるんでしょう?』
言ってる意味を理解しかねている、俺をよそにエリーは一冊の楽譜を見せてきた。ソレは彼女たちが部費で買ったビートルズの楽譜だった。
『何なら弾ける?』
その言葉でやっと彼女の真意を理解することができた。
『そうだな・・・Ob-La-Di, Ob-La-Da、とか?』
『それは前やったからヤ。別の曲が良い。』
音楽に関しては彼女は配慮はいらないようであった。エリーから楽譜を受け取り、俺は一つの曲に目がとまった。
『それじゃあ、Roll Over Beethovenで。』
そう言うとエリーは、口元を隠して肩を揺らし始めた。
『くすくす・・・あー面白い。良いわ、その曲にしましょう。意外と面白いのね、コウキは。』
冗談が分かってくれて嬉しい限りである。
そうして、俺とエリーによるデュエットが始まった。
しかし、そこで誤算が。ノリノリになったエリーは立て続けにリクエストを出してきたのだった。そこに軽音楽部の面々が加わり、最終的には楽譜に載っている全ての曲を演奏していた。
新縛を深めるという意味では、一応成功と言えるのでは無いだろうか。