触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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45話「・・・・・・え?」by紅騎

合宿が終わって一週間が経った。最終日のあの時以来私は綾崎と微妙な距離感を感じていた。

と言うよりも駅で解散してから一度も顔を合わせていない。

一応メールで文面場顔を合わせることはあるが、実際に顔を会わせることは無かった。

何とかこの距離感を払拭したい。そう思い、ひさ子に相談することにした。

今私は彼女の家にいる。

ひさ子の部屋は何というか、マンガの本棚があり、好きなギタリストのポスターが張ってあり、なぜかサッカーボールと野球道具一式がしまってありと、女の子っぽさが全く感じられない。

今まで何度かこの部屋に入ったことがあるが、それは一度も変わらない。

「・・・で、合宿以来顔を合わせ難くなったから何とかしたいと。」

「ああ、・・・・・・何か良い考えはないか?」

「ふむふむ・・・まずは肝試しの一件を聞かせろよ。話はそれからだ。」

ひさ子の雌豹のような目つきが私を捉える。逃げ場など無く、私はまさに根掘り葉掘り聞き出されてしまった。

「なるほどなー。そりゃ葵もびっくりするだろうな。それで、岩沢は何で手を振り払ったか分からないと。」

「・・・・・・そう。」

こっちがこんなに悩んでいるというのに、ひさ子はさっきからにやついた顔で私を見ていた。

「たぶん岩沢は好きなもの同士を天秤にかけたんだよ。それでどちらかに傾きそうだったから止めた。」

私の好きなもの・・・。それはつまり音楽と綾崎の二つを天秤にかけたということか。

確かに私はどちらが大切なのか、二つを天秤にかけていたのかもしれない。

あの時綾崎が私の肩に手を置いていたら―

「私はあの時振り払って正解だったかもしれない。ひさ子・・・私はどうしたら良いと思う?」

「ンなもん簡単だろ。両方手に入れれば良いんだよ。仮に岩沢は選べるのか?」

「それは・・・できない。」

「だろ?だったらやることは一つ!ライバルに先を越されないこった。今頃葵は何やってるんだろうなーもしかして可愛い幼馴染みとデートとかしてるんじゃ無いのかなー?」

ひさ子の一言で一気に不安な気持ちが押し寄せてきた。

今思えば私は敵に塩を送る真似をしたも同然だ。急いで綾崎の電話番号を呼び出す。

『おかけになった電話番号は・・・』

もう一度かけ直してみる。繋がらない。ますます不安になる。

「どうした繋がらないのか?」

「ああ・・・どうしたんだろう。」

その時別の電話番号から着信が来た。綾崎の”可愛い幼馴染み”からだった。

「・・・もしもし?」

『もしもし、まさみちゃん?あのね、コウ君と連絡がつかないんだよ!何か知らない?』

不安でたまらないと言う気持ちがはっきりと伝わる声色で、そう言ってきた。

「綾崎の妹なら何か知ってるかも。」

『じゃあ、今すぐコウ君家に行こう!』

よほど慌ててるのか、スピーカーの向こうから布きれの音と、何かにぶつけた音が聞こえてきてから通話が途切れた。

「ひさ子、綾崎の家に行くぞ。」

「えぇ・・・何で私まで・・・わ、分かったよ!一緒に行くから服を引っ張るな!」

 

 

「えっと・・・みなさんお揃いで。あ、麦茶用意しますね。」

平沢と落ち合ってから綾崎の家に向かうと、幸いに妹に会うことができた。

定休日のようで、この店の主人はどこかに出かけてるらしく、今この家には綾崎妹しかいないようだった。

「どうぞ、たぶんお兄ちゃんの事ですよね?うぅ・・・どう説明しよう。」

椅子に座った綾崎妹はしばらく考えるような仕草をした後に口を開いた。

簡単に説明すると、綾崎は今朝○○県へ出発したらしい。

そこは綾崎がこっちに”戻ってくる前”に住んでいた場所だそうだ。

そして実の父親と親友を亡くした場所でもある。

旅の共にその親友の妹が連れ添っているらしく、四日ほど彼女の実家で厄介になるそうだ。

私としてはそれが一番の不安要素だった。

そしてその四日間よほどの事情が無い限りはこちらからも、あちらからも連絡をしないようにと釘を刺されているらしい。

つまりはあと四日間綾崎に会えない。・・・ストレスが溜まりそうだ。

 

 

 

「あ、先輩。おはようございます!ギターはちゃんと持ってきてくれましたか?」

「・・・おはよう。ああ、ちゃんと持ってきた。」

相川妹から出発の連絡が来たのは1日前で、気持ちの整理をする暇も無く早朝の駅に足を運んでいた。

「にひひ~先輩と二人旅~♪逃避行~♪」

「まて、誰が逃避行だ。」

むしろ逆だ。これから俺は立ち向かいに行くのだ。自分自身の過去と。

「まーまー気にしないで下さい。あ、電車来ましたよ。それと先輩の携帯電話は没収です。緊急な連絡は玲於奈が私の電話にするように言ってあるんで。」

言葉に妙な威圧感を感じて、俺は素直に電話を相川妹に渡した。彼女はそのまま電源を切って鞄に入れてしまった。

これで連絡手段は断たれた。

これから死んだ親友の妹との奇妙な里帰りが始まる。

在来線と新幹線を乗り継いで、日本海側へ渡り、最後の乗り継ぎで特急電車に乗り込む。

「ありがとうございます。奢って貰っちゃって。」

「気にするなよ。時間が無かったから適当に選んだけど、それで良かったのか?」

「はい!先輩が折角私のために買ってくれたんですから。大切に頂きます!」

そう言って相川妹は幕の内弁当を美味しそうに食べ始めた。

ここから2時間半で因縁の地に着いてしまう。

その時俺はなんと言えば良いのだろうか。

思い浮かぶのは謝罪の言葉。神様のいたずらと言うにはあまりにも残酷な別れは、今のなお心に大きく刻み込まれている。

 

『次は終点○○~○○~お忘れ物のございませんよう・・・』

丁度昼を回ったところで目的地の最寄り駅に到着した。

およそ五時間の旅で疲れたのだろう、相川妹は腕を高く上げてのびる。

「んん~~~やっと着いた~。はー疲れた。あ、先輩。私の両親が迎えに来てるそうです。」

「分かった・・・ありがとう。」

電車お降り、改札を抜け、バスターミナルのある外のでると懐かしい空気が広がった。

そして、明らかに気分の気持ちが落ち込んでいくのが分かった。

「えっと、しばらくお世話になります。」

「久しぶりね紅騎君。さ、乗って乗って。」

相川家の両親に笑顔で迎えられて、俺も必死で笑おうとしたが変に頬が釣り上がるだけだった。

「紅騎君は陸上続けてるの?」

「いえ、今は軽音楽部に・・・。」

相川母が気を回して話しかけてくれるのだが、あまりどんな会話をしたのか覚えていなかった。

車で20分ほどのところに、相川家が営む楽器屋があり、その二階と三階で彼らは生活している。

そしてそこから徒歩10分で俺が住んでいたぼろいアパートがあるはずだ。

「それじゃあ私たちはちょっと出るから、華菜。失礼の無いようにね。」

「分かってます。いってらっしゃーい!」

両親は何かの用事で、またどこかへ出かけて行ってしまった。

リビングのソファに腰を下ろして、何度か訪れた空間を眺めた。

「変わってないな・・・全然。」

綺麗に掃除が行き届いた部屋。そこには小洒落た置物が生活の邪魔にならないようにかつ、存在を主張するように置かれていた。

「それはそうですよ。人間そうそう変わるもんじゃないですよ。はい、アイスコーヒーです。もちろんブラックです。」

「ありがとう。」

相川妹が用意してくれたコーヒーを一口すすっていると、懐かしい気持ちが流れ込んできた。

あれからおよそ二年が経ったが、まだ”彼女”の空気も感じることができた。

相川妹は自分のオレンジジュースをテーブルに置いて、俺の隣に座った。

「ねえ先輩。この部屋の三階に姉の部屋があるのは知ってますよね?」

「・・・・・・。」

先ほどの明るい雰囲気と変わり、彼女の神妙な表情におれは無言で首を縦に振った。忘れるはずなんてない。階段を上がり、突き当たりにある部屋。そこが相川瀨那の部屋だ。

ギターの話し、陸上の気に入らない先輩の愚痴、勉強の話し、俺の家庭の事情。

くだらない話や、込み入った話で笑ったり、真剣になったりした大切な空間。

「そこに姉がいます。行ってあげて下さい。」

正直に言えば、行きたくない。どんな顔をしてどんな言葉を言えば良いのか思い浮かばない。

でも、行かなくてはいけない。決めたんだ。過去と向き合うと。全部解決するんだと。

震える足に力を込めて、立ち上がる。何度も使った階段を上り、吸い込まれるように部屋の前に立つ。

自分で意識をするよりも早く、体が勝手に扉をノックしていた。当然返事など帰ってこなかった。

小さく深呼吸をしてゆっくりと、ドアノブを回す。

日当たりの良い子の部屋は昼間になると太陽の光が差し込んでくる。その光が差し込み、一瞬だけ目がくらんだ。

そのせいだろうか、俺は目の前の光景を一瞬幻だと思ってしまった。

仕方がないだろう。だって俺の目の前には―

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、綾崎紅騎くん。かれこれ二年ぶりかな?」

車いすに乗った彼女。相川瀨那がそこにいたのだから。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・え?」

「どうしたんだい?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。」

俺は言葉を失い、入り口で棒立ちになった。完全に状況の整理が追いついていなかった。

今俺の目の前には相川瀬菜がいる。車いすに座っていて、その膝の上には本があった。

人違い?いや、そんなことあるはずがない。濡れ羽色の綺麗な長髪、整った顔達、猫の様に釣り上がった目。左目の泣きぼくろ。すべて彼女の特徴と一致している。

もしかして俺の頭がおかしくなった?いや、頭を打った覚えはないし、前日はしっかりと9時間の睡眠を取った。

じゃあ、幽霊か?残念ながら俺は霊感もないし、幽霊を信じているわけでも亡い。

だとすると今目の前にいる彼女は、本物の相川瀬菜だ。

「本当に・・・瀨那、なのか?」

「ああ、正真正銘キミの目の前にいるのは相川瀬菜だよ。何ならDNA鑑定をして貰っても良い。」

ちょっとひねくれたもの良いに、独特な話し方。やはり彼女の特徴だった。

俺はおぼつかない足取りで彼女に近づいていく。

近づいて感じる”熱”や”息づかい””鼓動”が少しずつ現実を自覚し始める。

「・・・俺、ずっと死んだと思って・・・・・・。」

「確かにあの事故は沢山の人が死んだよ。でも、私はこうして生きている。少々不自由だけどね。」

彼女の肩に触れる。触れることができる。本当に相川瀬菜がここにいるんだと実感することができる。

自然とあふれ出した涙を拭うこともせずに、彼女の体を抱きしめた。

「生きてる・・・本物だ・・・本当に瀬菜だ・・・!」

「全く男の子がそう簡単に泣くんじゃないよ・・・けど、まあ気持ちは痛いほどよく分かるよ。ごめん紅騎、ずっと心配させて。ずっと傷つけて。・・・よく我慢してたね。」

俺が落ち着くまで、彼女はまるで子供をあやすように優しく俺の背中をなで続けてくれた。

 

 

あの雨の日事故で、彼女は一時的に意識を失っていた。目を覚ましたのは三日後でそのときは全身包帯だらけで、病院のベッドに横になっていたという。下半身が麻痺して満足に歩けない日々が続いたが、最近になって自宅療養まで回復したらしい。

勉強も再会して今は近くの公立高校に通っている。一年のブランクが開いてしまったので現在の学年は一年生だそうだ。

俺が桜高に通っていることを知ったきっかけは華菜だった。桜高の女子陸上部は毎年全国へ出場している強豪校なこともあり、彼女もそこへ進学するつもりだった。

華菜は去年の文化祭に来ていたらしい。そこで俺らしき人物を発見したことを瀬菜に報告。桜高実行委員会が動画投稿サイトに上げた動画で俺だと確信したそうだ。

「いきなりいなくなったのは驚いたけど、元気そうで良かったよ。ギターも随分と上手くなったね。」

「瀬菜はいま何をしてるんだ?部活動とか。」

「私かい?授業を受けて、部活をして、好きなことをして・・・普通の子と変わらないよ。部活は軽音楽部。陸上部のマネージャーも良いと思ったんだけど、ここは立場を分け前てってところかな。」

そう言って彼女の視線の先には一本のギターがあった。

ブルーサンバーストのストラトキャスター。俺のギターだ。

「ずっと持っててくれたのか?」

「当たり前だよ。キミに渡すって約束してたんだから。・・・それで、私のギターはちゃんと持ってきてくれたかい?」

「も、もちろんだよ。」

急いで二階に置いてあった荷物からギターを持ち出す。その時、気を利かせたのか知らないが華菜の姿は無かった。

「ギターが直るまで私のギターを使うと良い・・・こんな約束がまさかここまで長引くとはね。」

瀬菜は自分のギターを膝の上に置いて撫でた。

「良いギターだったよ。音も使いやすさも最高だった。」

「ふふん、相川楽器の面目躍如と言ったところかな。それと部活でキミのギターを借りてたけど大丈夫だったかな?」

「何言ってるんだよ。俺だって借りてたんだ。気にするな。」

瀬菜は笑いながらギターを構えて三弦を弾く。そして綺麗にFコードを弾いて見せた。わざわざFコードを、だ。

「このギターも色々な経験をしてきたみたいだね。・・・一曲、付き合ってくれないかな?」

「もちろん。それで、曲目は?」

そして、それぞれのギターは本来の持ち主の手に返された。錆と傷だらけだった俺のギターはすっかりと綺麗な姿に変わっていた。

「tears in haven 今の私たちにぴったりの曲だろう?」

そう言って瀬菜はストラップを肩にかけて黒髪をかきあげる。

 

 

 

「おーい、相川妹ぉ!どこにいる!?」

瀬菜との感動の再会の後は、相川妹の説教タイムだった。

「はいはーい、ここにいますよ~って、お二人さん怖い顔してどうしたの?」

「華菜、そこに正座だ。」

「えっと・・・これって健康マットって言って足つぼを刺激する突起物が無数に・・・。」

「そんなことは聞いていないさ。もう一度言う、そこに座りなさい華菜。今座ればペットボトルを膝に置くことはたぶんないよ?」

「・・・・・・はい。」

涙相川妹は恐る恐る健康マットに正座をした。少しばかり余裕そうな表情からこれは姉妹にとってオーソドックスなお仕置きなようだ。

相川妹の尋問によれば。

俺が瀬菜を死んだものと思っていたことを知ったのは、あの公園で待ち合わせをしたとき。

自分の顔を見たときに滅茶苦茶辛そうな顔をしてたから、簡単に推測できたそうだ。

瀬菜は自分が入院していることを伝えるようにと華菜に頼んだのだが、彼女はそれをしなかった。

どうせ会うなら直接会った方が感動するだろうという、まさに余計な気の利かせ方だ。

さらにこれは華菜の単独犯では無く、両親も巻き込んだ計画的な上での行動だったようだ。

レナつてに俺の夏休みの予定を聞き出し、両親の仕事のスケジュールと入念にすりあせて練られた計画だったそうだ。

「「ただいま~。」」

タイミング良く帰って来た両親も健康マットの餌食に。そして主犯の華菜には膝の上に水の入った2Lペットボトルが四本乗せられた。

 

 

 




瀬菜にまつわる出来事はクラプトンの「tears in haven」を参考にして書いてみました。

ちなみにひさ子は同じくクラプトンの「layla」

岩沢さんと主人公はクラプトンの「change the world」、そしてサイモン&ガーファンクルの「wednesday morning 3 A.M.」です。

他にも参考にしている曲があります。できるだけ作中にも出そうかと思っていますので、自分としては、そちらにも興味を持って頂けたら嬉しく思います。

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