触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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44話「おやすみ・・・・・・綾崎。」by岩沢

豪華な昼食を食べ終わり、お楽しみの演奏の時間だ。新鮮な美味い刺身を食べたおかげか、全員のやる気が上昇傾向だった。

「よし、それじゃあまずはAグルーからな!」

俺たちBグループは、持ち込んだソファや床に座る。ちなみに俺とひさ子が床だ。

「ここのグループの見所は、岩沢がどれだけあいつらに教え込んだかってところだな。」

「まあ、そうだな・・・。特に唯と中野のソロでそれが顕著に出てくるはず。」

リズム隊は秋山が入江のドラムに飲まれずにどこまで遠慮無く自分の音を出せるか・・・。そこだろうな。

今回は突っ走る田井中を気にかける必要は無い。どれだけ自分の演奏ができるか。そこがポイントだ。

「よし・・・入江、いくぞ。・・・1、2、3、4!」

入江のバスドラとクラッシュシンバルと共に、岩沢さんのリフが始まる。二度目の入江のドラムから秋山のベースが加わり、最後に唯と中野もイントロに加わる。

「The sky is red.I understand past midnight.I steel see the land.」

普段の歌声に輪をかけた、周りのモノを吹き飛ばしそうな力強い歌声が響く。

ピックを弦にたたきつけて、岩沢さんの中で燃える熱気が歌声に乗せて俺たちを焦がす。

入江がバスドラムを叩くたびに、まるで爆発が起きたような感覚を覚える。その入江が起こした爆発が四人を包み、炎上させる。

秋山のベースが、山火事にガソリンをまき散らすかのように火を灯し続ける。

岩沢さん、唯、中野は今、まさに燃えさかる炎のように熱を発し、色を放ち、揺らいでいる。

五人全員で起こす音楽の炎上、まさにBurnだった。

そして岩沢さんのギターソロが始まる。一本の火柱が吹き上がり、一瞬の輝きを放つ。この瞬間だけは彼女だけのステージだった。

そんな彼女に負けじと、唯と中野のダブルソロが続く。一本の火柱は小さくても、二つにまとまれば大きくなる。

最初からフルスロットルで、疲労が来たのか、ミスが目立ったが、何とか二人はソロを弾ききった。

五人の作った炎は、消えること無く、最後まで燃え続けた。

 

「ふぃ~疲れたよ~。」

水の入ったペットボトルを持ちながら、唯が俺に向かって倒れ込んできた。

「おいコラ、暑苦しいからくっつくな。」

「えー良いじゃん。頑張ったご褒美だよ~。」

そう言ってさらに体を密着させてくるので、冷やしたタオルと共に中野へパスした。

「中野、後は頼んだ。」

「あーずにゃーん!」

「ゆ、唯先輩・・・熱いです。」

くっつき魔の追い払った後は、まじめな音楽の時間である。

「いやー熱い演奏だったな~。あそこまで仕上げたのは私も驚いた。」

「平沢は耳が良いし、中野も弱音を吐かずに着いてきてくれたから。まあ、合格かな。綾崎、どうだった?」

「そうだな・・・ギターソロを二つに分けるとばらつくかな?やっぱり音は統一した方が分かりやすいし。」

「そこはしょうがないさ。あいつらは短い時間で弾けるようにしなくちゃいけなかったんだから。」

まあ、そうだよな。でも、やっぱり惜しいな・・・。もっと仕上げたらどこまで行くのか楽しみだったのに。

「よし、それじゃあぼちぼち私たちの出番だな!」

田井中の号令で、俺たちBグループが準備を始めた。

チューニングを済ませ、エフェクターとアンプの調節をする。最後に、マイクの高さを合わせて準備完了。

準備ができたことをひさ子に伝える。他の全員も準備ができたようで、周りの空気が静まりかえる。

ひさ子と頷き合い、俺とひさ子が交互にパートを引き合う。そして彼女のリフが始まった。

結果的に俺たちは2番目で良かったのかもしれない。田井中もさっきの演奏で触発されたようで、練習の時よりも思い切り演奏していた。

「layyyyyla!」

「You got me on my knees.」

記念すべきひさ子の初コーラス。緊張のせいか、すこし外し気味だが問題は無かった。ちらっと岩沢さんを見ると、よほど珍しかったのだろう。小さく笑っていた。

四度目のサビが終わり、ひさ子のギターソロが始まる。その間、俺はリフを弾き続ける。

決して主張はせず、かといって影は薄くならないようにひさ子を引き立てる。

徐々にテンポが遅くなり、後半パートに入る。ここで琴吹のキーボードの出番だ。急ぎすぎず、ゆったりとしたペースで流れるように。琴吹きにつけた注文はそれだけだった。

たったそれだけで、琴吹きは俺の意図をを読み取って完璧なメロディーを奏でて見せたのだ。

そんな琴吹の演奏に、ギター、ベース、ドラムが重なる。

ここで俺はあることに気がついた。ひさ子の音が何だか絡みついてくるような感じがするのだ。

包み込むのでは無く、無数のツルで絡め取られるようなそんなイメージだ。全てひさ子の色に変えられてしまうような怖さの中に、少しだけ身をゆだねてしまいたいという心地よさが入り交じる。

そんな葛藤を続けていると、いつの間にか曲は終わりを迎えていた。

「岩沢、どうだった?美味く弾けてたか?」

「ま、まあそうだな・・・弾けてたと言えばそうかもしれない。」

弾き終わってなぜかどっと疲れた俺は、真っ先にギターを置いてソファに座った。

「何だよ岩沢、はっきり言えよー。」

「分かったじゃあ、はっきり言う。ひさ子、さっきの演奏はかなりエロかったぞ。」

「・・・・・・は?」

「まさみの言うとおりだ。見ろ、梓と入江を・・・。」

秋山の視線の先には、額にタオルを乗せた入江と中野が横になっていた。・・・熱中症?

「あずなにゃんと、みゆきちゃんね、演奏の途中に倒れちゃったんだ~。」

「中野と入江は特に感受性が強かったんだろう・・・。さすがに私も少し危なかった。」

・・・・・・あれ?なんだか視界がぼーっとしてきた。疲労か?あの演奏でそんなに疲れたっけ?

「あ・・・先輩寝ちゃいました。」

最初に気がついた関根の声を最後に、俺はソファで寝込んでしまった。

 

「・・・・・・ん。」

西日に照らされて、目を覚ますと毛布が掛けられていた。どうやら誰かが持ってきてくれたようだ。・・・しかし、不思議と心の安らぐ臭いがする。流石イイトコの納付は違うな。

「起きたか?」

近くで響く声の方を向くと、真横で岩沢さんが腰を下ろしていた。

「どれくらい寝てた?」

「2時間くらい。ひさ子に魂でも吸われたか?」

「あ、あははは・・・。」

まんざら嘘でも無いから笑うしか無かった。体を起こして、毛布をたたむ。

「これってどこの毛布?」

「私のベッドから持ってきた。綾崎の部屋に勝手に入るのも気が引けたからな。」

・・・てことは、岩沢さんが使った毛布ってことか?言われてみれば、確かに岩沢さんの臭いが・・・はっ、イカンイカン。

「えっと、あ、ありがとうございました!良い寝心地でした!」

あ、やべ・・・余計な一言を・・・。

「・・・まあ、あんなに気持ちよさそうに寝てたからな。」

「もしかして・・・俺の寝顔を・・・?」

「ふふ・・・可愛い寝顔だったぞ?」

く・・・恥ずかしい・・・すっごく恥ずかしい・・・恥ずかしすぎて死にそうだ・・・。

「綾崎、もう外で夕食の準備が始まってるけど。疲れたなら私が運んでくるぞ?」

「いや、大丈夫だよ。最高の寝具のおかげで疲れも取れたし。よし、行きますか!」

恥ずかしい気持ちを無理矢理抑え込んで、勢いよく立ち上がる。それに空腹もそろそろ限界だった。

 

「あ、せんぱーい!先に頂いてますよー!ほらほら、美味しそうな壺焼き!」

軍手をつけた左手で大きなサザエを持った関根が満面の笑みで箸を持った右手を振る。

流石関根、一番でかいサザエを取ったか。

「お前らちゃんと野菜も食えよー。それと岩沢!ちょっと手伝え。」

「「はーい。」」

バーベキューコンロの前で野菜や魚を焼きながらそう言うひさ子は、完全にオカンと化していた。

「おはよ~コウ君。はい、お皿と割り箸と紙コップ。飲み物はあそこのクーラーボックスだよ~。」

「サンキュー。・・・って、唯。右頬にソース着いてるぞ。」

「え?どこどこ~?」

ソースを拭おうと唯は箸を左手の紙皿に乗せるが、傾いて箸が落ちそうになる。

「動くな、危なっかしい。」

ポケットからハンカチを出してふき取ってやった。

「ありがと~。お礼にはい、イカ焼きだよ。」

・・・ソースの原因はこいつだったか。まあ、ありがたく頂いておくとしよう。

「よーし、全員集まったし一度ちゅうもーく!」

田井中が全員の意識を自分に向けて、前に立った。

「今日で合宿は終了で、いよいよ明日帰るだけだ。みんな多かれ少なかれ、レベルアップしたんじゃ無いかと私は思うな。しかーし!私たちにはまだやり残したことがある!」

「律先輩、それってなんですか?」

「良く聞いてくれた中野!それは、こんな時には必ずやるアレだ!アレとはすなわち・・・肝試し!」

・・・もうあのまじめな田井中は死んでしまったのか。いま俺の目の前で目を輝かせながら遊ぶことを演説するその姿はいつものダメ部長であった。

「紅騎、頼む。お前から律に何か言ってくれ・・・。」

「あきらめろ だれにもアイツは とめられない」

「・・・紅騎ぃ。」

止められないモノは止められないのだからしょうが無い。それに田井中は頑張った。言うなればその報酬だと俺は勝手に自己完結する。

それにプレッシャーに解放されたせいか、まわりも乗り気だった。

「よし、決まりな!じゃあ食事再開なー。」

そうだよ、おれまだイカしか食ってねーじゃん。壺焼きをよこせ!壺焼きを!

「そう言えば葵、岩沢が鍋持ってきたけど、あれ何が入ってるんだ?」

ひさ子が親指で食材置き場に置いてある二つの鍋を指した。片方はハマグリの煮汁とトビウオの出汁が入った鍋だ。

持ってきてくれたとはありがたい。

「パスタ用のスープだ。よし、じゃあ早速作ろうか。ひさ子、空いてるコンロ使うぞ。」

「おー構わないぜー。・・・で、岩沢はなんでそわそわしてるんだよ?」

「・・・・・・べつに。」

別の方の鍋には、水が入っていた。おそらく麺をゆでるようだろう。なんとも用意が良い。

ガスの方のコンロに鍋を置いて、火を付けた。

 

「よーし、パスタできたぞー!」

今回のパスタは味付けのたぐいを一切していない。決して手抜きでは無い。味付けが入らないくらいスープが良い味を出しているのだ。

からを外したハマグリ等を大皿に盛りつけて、テーブルに置いた。

「余ったスープで茶漬けしたいヤツはいるか-?」

「先輩!両方食べたいです!」

「はいはい、じゃあ茶漬けを先にな。乗せるおかずはご自由に。」

「わー美味しそー!」

「紅騎先輩、私もお茶漬けが良いです。」

「わ、私も・・・。」

中野と秋山もそれに続く。なんだ、二人とも美味い食べ方を知ってるじゃないか。

「葵、私たちもそろそろ食べないか?いい加減腹減った。」

「そうするか。・・・あれ?岩沢さんは?」

「アイツならほら、あそこでパスタ食ってるよ。」

岩沢さんはちょっと離れたところで、今まさにパスタを食べるところだった。

スプーンとフォークを使って十分にスープが浸っているパスタを綺麗に巻き取り、口に入れる。その瞬間フォークを咥えたまま満面の笑みを浮かび上がらせた。まるで大好物でも食べるかのように。ちょっと離れた場所に座ったのは、あの顔を見せないためだったのだろう。

まあ、俺とひさ子には丸見えなんだけど。

「私、岩沢があんなに嬉しそうに笑うところ初めて見た。これは私の心の中のフォルダーに一生保存しておこう。」

「ま、まあ・・・気に入ってくれたようで良かったよ。」

「何て言うかこう・・・後ろからぎゅーっと抱きしめて頭を撫でたい可愛さだよな。」

「・・・・・・否定はしない。」

ここで俺たちの死線を感じたのか、岩沢さんはこちらを見て少々不機嫌な顔をした。いや、軽く睨まれてしまった。

「ま、おそらくこれが最後じゃなさそうだしな。またいつでも見られるさ。ところで葵、私にも茶漬けくれ。」

「りょーかい。」

俺とひさ子はさらに思い思いの食材を乗せて、岩沢さんのいるテーブルに向かった。

 

 

「それじゃあ、この割り箸でペア分けするぞー。」

辺りが暗くなり、それっぽい雰囲気が漂う中、田井中発案の肝試しが始まろうとしていた。

「みんな持ったな?いくぞ、ぜーの!」

俺が引いた割り箸の色は赤色だった。

「赤色は誰だ?」

「私だ。」

俺と同じ色の割り箸を持っていたのは、岩沢さんだった。そのとき、こっそりとひさ子が話しかけてきた。

「自分で当てるなんてやるじゃん。ここぞって時はちゃんと引き当てるんだな。」

「・・・賞賛と受け取っておこう。」

「それじゃあ次は順番だな。私が引いた色のルートに行くんだぞー。」

 

そして決まったルートと、ペアがこれだ。

 

入江 琴吹 山ルート1

 

関根 ひさ子 山ルート2

 

唯 田井中 海ルート1

 

俺 岩沢さん 海ルート2

 

秋山 中野 山ルート3

 

「ゴールにあるピックを持ってきたら成功。途中で棄権したり、見つからなかったら失敗な。」

今から45分と言うことは丁度7時にここに着けば良いということだ。それにしてもいつの間にそんな準備をしていたのだろう?

まさか、最初からそのつもりで来たわけじゃ無いよな?

そうだとしたら今までの賛辞を返して欲しい。

「制限時間は今から45分だ。じゃあスタート!」

田井中の宣言と共に、各ペアは散り散りにルートをたどり始めた。

 

「ランタンも常備なんて、琴吹家は何を考えてるんだろうな。」

非常用の懐中電灯があることから、このランタンは完全にイベント用のアイテムのようだった。まさかとは思うが、これも田井中の差し金じゃ無いだろうな?

「まあ、雰囲気が出て良いんじゃないか?」

肝試しをしているというのに、きわめていつも通りにクールな岩沢さん。まあ、多少は怖がるところを見たい気もするんだけど・・・。難しいか。

「しかし、ランタンって思ったよりも明るくないんだな。」

「だな、足下に気をつけないと・・・!?」

「おっと・・・。」

そう言う岩沢さんは早速小さな段差に足を引っかけた。とっさに俺は岩沢さんの右手を握って転倒は免れる。

「・・・サンキュー。」

転びかけたのが恥ずかしいのか、少しだけ彼女の頬が赤い。

「ここから少し足場が悪いから気をつけるよーに。よし、行こう。」

「あ、綾崎・・・その・・・手。」

「また転びかけても困るし、嫌なら離すけど?」

「い、嫌じゃ無いから大丈夫。・・・嫌なわけがあるかよ。」

今度こそ完全に顔を赤くしながら何かを呟く岩沢さんを引き連れ、肝試しを再開する。なんだか肝試しと言うよりも、度胸試しの気分だった。

これと言った会話も無く、僅か十五分ほどで目的のゴール地点に着いてしまった。そこは崖の上にある小さな広場だった。少し名残惜しさを感じつつ、つないだ左手を離した。

「綾崎、ピックってあれじゃないか?」

岩沢さんの指を指す方向にはベンチがあり、そこには「ゴール」とマジックペンで書かれた紙が張ってあった。その紙にピックがテープで固定されている。

「随分早く見つかったな・・・よし。」

足下を照らしていたランタンを消す。すると、月明かりで照らされる海と満天の星が広がった。

「しばらく海でも眺めますか。」

「・・・そうだな。」

二人並んで、作に寄りかかるようにして海を眺める。波が岩肌を叩く音が聞こえる。弱くなったり・・・強くなったり、短かったり、長かったり。

こうしてじっくり聞くと、波も色々な音を響かせていることを感じる。

「月明かりって、こんなに明るかったんだな・・・。海まであんなに照らして。」

岩沢さんはぽつりとそう呟く。

「本当に・・・なんでこなに・・・綺麗なんだよ・・・なんで・・・。」

呟く声が少しずつ小さくなりる。隣を見ると、岩沢さんの肩が小さく震えていた。

突然のことに、少し動揺した。なぜ、どうしてという言葉が頭の中を駆け巡る。

「ぐす・・・ぅぅ・・・・・・。」

小さく、本当に小さく岩沢さんは泣き続けていた。何とかしたい。そう思った時には自分のてが彼女の肩に伸びていた。

震える肩に手が触れようとしたとき。

岩沢さんの左手がゆっくりと、俺の右手を拒絶した。

「だめだ・・・今、優しくされたら・・・本当にダメになってしまうから・・・だから・・・ごめん・・・。」

ごめんと最後に彼女は謝った。

何に対して泣いていたのかは分からない。けど岩沢さんが泣いていて、今の自分にはなにもしてやれないことははっきりと分かった。

・・・それが、とてもショックだった。

 

 

「お、帰って来たな。時間ぎりぎりだったぞ・・・って、なんで岩沢目が赤いの?」

「・・・・・・。」

「あー・・・岩沢さん結構暗いとこが苦手だったみたいで・・・。」

「そうだったのか?そりゃ以外だな。まあ、いいや。みんなもう帰って来てるからな。さっさと部屋に戻ろうぜ。」

適当に誤魔化して、ひさ子の後に続いて部屋に戻る。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

先ほどの件から互いにとても気まずい空気が漂っていた。重い、とにかく重かった。

「おっ帰りー!肝試し楽しかったかしら?」

リビングから聞き慣れない声が聞こえた。いや、正確にはこの場にいるはずの無い声だ。

「なんで山中先生がいるんですか?」

「酷いわよ、みんなそろって私をのけ者にして。私だってムギちゃんの別荘に行きたかったのにー!」

「・・・それで押しかけてきたと。」

「押しかけるならまだしも、肝試し中の澪を脅かして行動不能にしたんだぜ?酷すぎるよ、さわちゃん!」

あー・・・だからさっきから秋山が不機嫌顔なのか。てっきり中野が何かをしたのかと。

「紅騎先輩、私何もしてませんからね!」

「・・・なぜバレた。」

「先輩が哀れむような目で私を見るからです!」

ふしゃーっと猫のように怒る中野をスルーして、山中教諭に大切な事を伝える。

「先生、申し訳ありませんが明日にはもう帰るんですけど。」

「・・・・・・え?帰っちゃうの?」

「はい。さらに言うと、部屋がいっぱいで先生の寝床がありません。」

最後の一言で山中火山が大噴火を起こした。そのとばっちりを受けて俺がリビングのソファで寝ることになった。

本当に何しに来たんだよ・・・この人。

 

「えっと、この部屋で寝れば良いのかしら?」

「はい。それではお休みなさい。」

「わざわざありがとうね岩沢さん。おやすみ。」

そう言って山中は”私の部屋に”入った。

直前に、綾崎の部屋の荷物と私の部屋の荷物を入れ替えておいた。

もともと寝るだけに使っていた部屋、綾崎も私とあまり変わらないようだったので着替えのケースだけで済んだのが幸いだった。

なぜこんな事をしたのか・・・何となく他人に綾崎のベッドを使って欲しくなかったから。ただそれだけ。

私も部屋に入って、ベッドに横になる。

あの時何で涙を流したのか、私にも分からない。海と空はあんなに広くて綺麗なのに、と考えていたらいつの間にか頬を熱いモノが走っていた。

今まで私は綾崎に頼ってばかりだった、そんな気持ちが綾崎の優しさを拒絶した。

人一倍他人の気持ちに敏感なアイツは、人一倍傷つきやすい。

綾崎は・・・傷ついたはずだ。

自己嫌悪。

もっと上手い方法は無かったのかと後悔するけど、不器用な私にはなにも思い浮かばなかった。

自己嫌悪。自己嫌悪。自己嫌悪。

ああ、明日からどんな顔をすれば良いんだろう?このままだとずっと変な距離感を感じたままになってしまう。

・・・一緒に歌えなくなる。

それだけは絶対に避けなければならない。私は歌いたい。アイツと歌いたい。

何か良い解決方法は無いだろうか?そうだ、明日ひさ子に相談しよう。

・・・それにしても本当に良い香りだ。まるで綾崎に包まれてるみたいで。・・・安心する。

綾崎で悩んで、綾崎で和んで・・・ふ、本当に私は身勝手だな。

 

「おやすみ・・・・・・綾崎。」

 

 

 


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