触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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43話「あ、綾崎・・・?」by岩沢

合宿三日目。とうとう今日は演奏を披露する。ちょっとした緊張感もあってか、みんな早めに目を覚ましたらしく、リビングはほとんど全員が集まっていた。ただ一人を除いて。

「唯は起きてこないのか・・・まったく。緊張感が無いのか、大物なのか。」

「俺が起こしてくる。秋山はそろそろ朝食の準備した方が良いぞ。」

「うん・・・じゃあ、頼んだ。」

唯の部屋へ行く前にタオルを二本用意する。一本は塗らしてレンジで温め、もう一本は氷水でキンキンに冷やしておく。

さて、これで突撃準備は整った。

ネームプレートで「ゆいのへや」と書かれた扉をそっと開ける。カーテンを閉め切っているため中は少し薄暗い。

「すぅ・・・すぅ・・・。」

毛布を抱くようにして、唯は静かな寝息を立てていた。実に幸せそうな顔で眠るところ大変申し訳ないのだが、ここは心を鬼にする。決していたずら心などは芽生えていない。

と、自分に言い訳しつつ、カーテンを思い切り開く。朝の日光が容赦なく唯を照らす。

「ん~・・・まぶしぃ~・・・。」

眉間にしわを寄せながら、唯は毛布で顔を覆うとしたが、そんなことはさせない。容赦なくその毛布をひっぺ返した。

「おら、起きろ唯!」

「ん~?・・・あ、コウ君・・・おはよ~・・・。」

ようやく体を起こす唯だったが、半分寝ているのか半目で体がふらふらしている。

「目を覚ませコラ。」

「ひゃあ!冷たいよ!」

キンキンに冷えたタオルを唯の顔面をぴたっと覆うと、やっと完全に目を覚ました声が聞こえた。

「うぅ・・・酷いよ~もっと優しく起こしてよ~。」

「霧吹きが無いだけ妥協したつもりだけどな。ほら、寝癖直せ。もうみんな起きてるぞ。」

「はーい・・・えへへ、何だかコウ君お母さんみたいだよ?」

「そーかい。」

唯に蒸れタオルを渡して、部屋を出る。こうして唯を起こすと、何だか昔を思い出して懐かしい気分になった。

まったく・・・でかくなっても変わらねーな。

 

本番を午後からとして、午前の練習時間を半分に分けることにした。

最初は岩沢さん率いるAグループの練習時間だ。その間、俺たちはリビングで時間を潰している。今日に限っては、海で遊ぶことを禁止にした。無駄な体力を消費されても困るからな。

「田井中、関根と入江によるドラムレッスンはどうだった?」

「すっげーきつかったよ・・・だんだんと視界がぼやけてきて、気がついたら朝を迎えてた。」

田井中さん、それは気絶と言うのでは無いでしょうか?

遠い目をしながらソファでくつろぐ田井中は、妙は貫禄が出ていた。その姿はまるで幾多の死線をかいくぐった歴戦の戦士のようでもあった。

「いよいよ、本番だな。早く弾きたくて待ちきれねーな、葵。」

俺の相向かいに座るひさ子は今すぐギターを持ちたくて我慢ができないオーラをギンギンに発していた。ふと俺は、そんな彼女の襟元の、左鎖骨の上あたりに赤い痣のような痕を見つけた。

「ひさ子、首のところ赤くなってるけど虫にでも刺されたか?」

「あ?・・・ああ、これか。そうだな・・・すげーたちの悪いモノに刺された。葵は特に気をつけろ・・・今のアイツは何をするか分からないからな。・・・いや、今の段階で何とかしないとヤバイかもしれない。」

最後の方は俺にしか聞こえないほどの小さな声で囁いた。そして今日、同じ部屋から出てきた二人を思い出す。

成る程、その痣は岩沢さんの仕業か・・・よく見ると、うっすらと歯形がついている。あれくらいなら痕が残ることは無いだろうけど・・・。

まるで吸血鬼のような行動に俺は少し背筋を凍らせた。

「とにかく、私も何とかサポートはするからアイツのガス抜きは任せた。」

「・・・善処するよ。」

任せたと言わされても、具体的にどうすれば良いんだよ・・・。ガス抜きたって、今の彼女には一体どんなガスがたまっているのだろうか?

・・・とにかくその件は後回しにするとして、今は演奏のことに集中しよう。

「あ、そうだ。紅騎くんに言わなくちゃいけないことがあったんだっけ。今日のお昼に市場からお魚を持ってくら、何か欲しい種類があったら教えて欲しいって、斉藤が言ってたの。」

斉藤って誰だか分からないけど、それは嬉しいお知らせだった。

「刺身にできそうなのは切り身にしてくれたら嬉しい。あとは貝とかエビが欲しいな。」

「じゃあ、伝えておくね。」

本当なら実際に市場に行ってみたいのだけど、それはまた別の機会にしておこう。折角のご厚意だし。

「先輩、お昼ご飯は魚ですか!?刺身ですか!?海鮮丼ですか!?」

魚という単語に反応した関根が興奮した様子で詰め寄ってきた。

「落ち着け関根。まだ決まった訳じゃ無いからな。現物が来てから決める。」

「あぁ・・・真っ赤なマグロ、透き通るようなイカのお刺身、町の回転寿司では絶対に食べられない分厚いプリップリのえんがわ・・・宝石のように輝くイクラがたっぷり乗ったどんぶりに醤油をかけて、一口・・・新鮮な魚本来の甘さと風味がご飯と合わさってそれはそれは見事なハーモニー・・・。う~ん美味しいよぉ~。」

「止めろ!食いたくなるだろ!!」

あーくそ、関根のせいで海鮮丼しか考えられなくなったじゃねーか・・・。しょうが無い、これは関根に責任を取ってもらおう。

「琴吹さん・・・マグロ、多めで。」

「は~い・・・ふふ、食べたくなったの?」

その慈悲深い微笑みをこちらに向けないでほしい。なんだか胸の奥がくすぐったくなる。

今日の昼飯は海鮮丼だ。異論は認めん。

 

 

「さて、昨夜の特訓で田井中がそれだけ進歩したか見せてもらおうか。」

合宿三日目で、初めて全員で合わせる練習だ。出だしではしるクセは直ったのかどうか、そこが一番気になるところだった。

「大丈夫だって~・・・たぶん。」

おいおい、何でそんなに自信なさそうなんだよ。

「先輩、やる前から自信なくしてどうするんですか。大丈夫ですって!葵先輩は優しいから怒りませんよ。」

まるで動物園のライオンが怖くて近づけない子供みたいだな。てことは俺は猛獣かよ。

「冗談言ってないで、早く始めるぞ。準備は良いか?」

このままこの話題を引きずっても面倒なだけなので、早く始めよう。全員の準備が完了したことを確認して、ひさ子にアイコンタクトを送る。

ひさ子のリフが始まった。

心配していた田井中のはしりクセは解消されたみたいで、ひとまず安心。しかし、そのクセを過剰に意識しているのか、いつものようなアグレッシブさが無くなっていた。

おいおい、前半パート何だから多少ははしっても良いからもう少し元気にやっても良いんだぞ?

消化不良のまま後半パートへ、テンポが落ちて余裕ができたのかここに来て田井中のドラムが元気になった。そして悪い癖がちらほらと見え隠れする。

逆だ、見事に逆になっていた。ま、良いか。はじめはそんなもんだ。

それにしても琴吹のキーボードは上手いな。あいつらの中では一番抜きん出てるんじゃないか?たぶんコンクールで賞取れるくらいの実力はあるとおもう。いや、実際に取っているはずだ。

「田井中、前半はも少し元気よくやっても良いんだ。後半みたいに多少はしっても構わないから、前半と後半の演奏を取り替えるイメージで。」

「りょーかい。ちょっと緊張してさ。次はちゃんとやるよ。」

田井中自身も気づいてるようだったので、これならば大丈夫だろう。

「葵、どうだった?私の後半パートは。昨日と何か変わってた?」

「ごめんひさ子、田井中と琴吹に集中してて気づかなかった。」

「あいよ、じゃあ次はちゃんと聞いてろよ。」

「関根と琴吹は特になし。さっきと同じように頼むよ。じゃあ、2回目いってみようか。」

それぞれ注意するポイントを確認して始まった2回目。今度は勢いよく演奏を始めた田井中。やっぱり少しはしり気味だったが、先ほどよりもやっぱりこちらの方が良い。

そして後半パートのひさ子の演奏を注文通りに聞いてみた。何かしらコツを掴んだようで、確かに昨日の演奏とは違っていた。窮屈さが消えていて、のびのびと演奏している。

岩沢さんあたりにでもアドバイスをもらったのかな?

「昨日と比べて気持ちよさそうに弾くようになったな。」

「そっか、そういう風に感じたかぁ・・・んー、まあしょうがねーか。・・・アレには勝てるわけ無いもんな。」

どうやら目標にしているモノがあるらしく、それに達していないのか本人はまだ満足していないようだった。

そして、ひさ子は何かぴんときたらしく、俺に小声で話してきた。

「なあ、葵。お前、岩沢と歌っててどんな感じがした?」

「何て言うか・・・俺の中に入り込んでくる感じがした。実際にそんなこと無いのに、俺と岩沢さんの体が溶けて混ざり合うみたいな・・・。」

「・・・質問を変える。以前岩沢の心臓の音を聞いたことあるか?」

この場にそぐわない、妙な質問をされた。そんなことあるわけが無いと、否定しようとした瞬間に妙な違和感を感じた。そして、ドクン・・・ドクン・・・と鼓動が耳の奥で響いた。

俺のじゃない、誰かの心臓の音。これが岩沢さんの音・・・なのか?

だとしたら俺は、もっともっと昔に聞いたことがあるような・・・そんな気がした。

「どうやらあるみたいだな。そうか・・・そう言うことか。道理であの音が出せないわけだ。」

ひさ子の質問に俺は何も答えていないが、どうやら彼女は何か答えを見つけたようだった。

「何か分かったのか?」

「ああ、私には二人みたいな音は出せないって事が分かった。悔しいけど、私には絶対に出せないってこともな。・・・まあ良いさ、こんなlaylaもな。」

腫れ物が取れてすっきりとした表情のひさ子は、嬉しそうでもあり、どこか寂しそうでもあった。

 

 

「紅騎君~お魚が届いたよ~。」

琴吹のゆるーい声を耳にして、玄関に向かう。すると、大きな発泡スチロールが置かれていた。ずっしりとした重さを感じながらキッチンにそれを運び中を開けた。

マグロ、スズキ、トビウオ、カツオ等の魚類、サザエ、カキ、ハマグリ等の貝類、そしてたっぷりのイクラが所狭しと詰め込まれていた。

うはぁ~これは絶対美味いな。うん、関根に感謝だ。

と、ここである問題を見つけた。トビウオが魚の姿のまま入っていたのだ。このままでは食べられないので、誰かがさばく必要がある。

「だれか魚さばいたことあるヤツいるか-?」

リビングに見える顔に聞いてみるが、みんな首を横に振る。そりゃそうだ。

「あーもしかしたら岩沢が多少は経験があるかもしんねーぞ。聞いてみたら?アイツならあそこでぼーっとしてるから。」

ひさ子に言われるままに、俺は照テラスに出てその背中に声をかけた。

「岩沢さん、ちょっと聞きたいことが・・・。」

声をかけるが、返事が無い。そもそもこちらのソンザイに気がついていないようだった。肩を叩くと、ようやくこちらに振り向いてくれた。

「・・・・・・あ、綾崎。ゴメン、ぼーっとしてた。もう一回言って。」

「岩沢さん、魚さばいたことある?できたら、昼食作るの手伝って欲しいんだけど。」

「もちろんだ、まかせろ。」

手伝って欲しいと言った瞬間に、岩沢さんの目の色が変わった。嬉しさと、なぜか興奮が入り交じった表情だった。

「これなんだけど・・・いける?」

「トビウオか・・・大丈夫だ。やったことは無いが、今日は何だかマグロでも解体できるような気がするんだ。たかがトビウオだ?全く問題ない。」

「そ、そうですか・・・じゃあ、お願いします。」

岩沢さんにトビウオは任せるとして、切り身の方は俺がやらないと。あ、その前にこのでっかいハマグリをどうするかだ。・・・ひらめいた。

「岩沢さん、今日の夕食はバーベキューだけど。このハマグリでパスタでも作ろうと思うんだ。」

そう言った瞬間、岩沢さんの方がびくっと反応し、気がついたら全ての刺身の準備が終わっていた。

「終わったぞ綾崎。あとは盛りつけるだけ。手伝う?」

「・・・い、いや。後は俺がやるよ、ありがとう岩沢さん。」

何となく、ただの気まぐれだけど、俺は岩沢さんの頭を撫でてみた。さらさらの髪は手触り良好で、なんだかいつまでも触っていた気分になった。

「あ、綾崎・・・?」

「あ、スマン・・・嫌だった?」

「別に、嫌ではないから大丈夫。・・・ふふ、大胆なんだな。」

見事な微笑を見せられて、撫でたこちらの方が恥ずかしくなってきた。

イカンイカン・・・メシの準備をしないと。

「綾崎、人の髪を触ったらちゃんと手洗ってから料理しろよ?」

「わ、分かってるよそんなこと!」

俺は急いで手を洗う。別に急ぐ必要なんて無いのだけど、早急にこの恥ずかしさを冷たい水で冷やしたかった。

 

 

 

 


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