触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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40話「葵クン、随分と美味しい経験だったんじゃないか?」byひさ子

蝉の無く声が五月蠅い季節がやってきた。高校二年生の夏休みと言えば、一番開放的な響きだ。そして今年も合宿をするらしい。

今回は音無と日向は参加しない。と言うよりもできないと言った方が良いか。なにやら生徒会執行部の合宿で一ヶ月山ごもりをするそうだ。生徒会直属の部活・・・だよな?柔道部とか、ラグビー部とかじゃ無くて。

「さて、じゃあ乗車券渡すぞー。好きなの引いて。」

引率の先生よろしく、ひさ子が人数分の乗車券を番号が見えないように裏側にして扇子のように広げる。

ちらっとひさ子の顔を見ると俺に目配せをしてきた。なにやら嫌な予感がする。

「さ、後は岩沢と葵な。」

ひさ子は俺に二枚の乗車券を押しつけて、さっさと改札を抜けてしまった。見ると同じ列番号同士、つまりは隣の席。余計な気遣いだと思いつつ、少しだけ胸が高鳴った。

「綾崎、電車来る。」

「あ・・・悪い。ほら、岩沢さんの切符。」

「サンキュ。」

岩沢さんは俺の手から切符を抜き取り、さっさとホームに行ってしまった。俺も慌ててその背中を追う。

詳しい座席配列は以下の通りだ。

 

唯   琴吹

田井中 秋山

 

中野  入江

ひさ子 関根

 

俺   岩沢さん

 

前列からさっさと席を回して合い向かいになったので、俺たちだけ取り残された気分だった。おそらくひさ子が全部仕組んだのだろう。相変わらず恐ろしい引き運だ。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

しかし会話が無い。岩沢さんはぼーっと窓の外の景色を見てるだけで、他に反応を示さない。

嫌ではない。むしろそっちの方が気が楽なのだが、前の席で楽しそうな会話を聞いていると、何だか時間が止まっている気分になる。仕方が無いので、俺は音楽プレーヤーを鞄から出した。イヤホンを耳に入れて再生ボタンを押す。

最近のお気に入りはサイモン&ガーファンクルだ。目を閉じてしばらくしてから、俺の左腕を誰かがつついてきた。

目を開けると、岩沢さんが興味津々な様子でこちらを見ていた。

「何聞いてるの?」

「Wednesday Morning, 3 A.M.」

「・・・知らない。ちょっと聞かせて。」

「あ、ちょっと・・・。」

岩沢さんは俺に左耳からイヤホンを外して、自分の左耳にセットした。普通なら右耳の方を渡すのが良いと思うんだけど、彼女はそれよりも音楽を優先させるらしい。

「これ・・・左右で歌が分かれてる?」

流石岩沢さん、すぐに気がついた。この曲は左右で二人のパートが聞こえるようになっていて、片耳だけではその綺麗なハーモニーを楽しむことができないのだ。モノラル再生にしてしまえば簡単に解決する問題なんだけどね。

「正解。こっちの方も聞く?」

「いや、このままで良い。」

いまいち彼女の考えていることは分からなかったが、俺たちは密着しながら音楽を聴いていた。何曲か聞いているウチにだんだんとまぶたが重くなってきた。昨日寝る時間が少し遅かったり、荷物を持って駅まで歩いたのが地味に響いたということもあるかもしれない。でもやっぱり隣からただよう何て言うかこう、良い香りが妙に落ち着くからなのかもしれない。

「綾崎、眠いの?」

「ああ、ごめん。大丈夫だから。」

なんとか眠気をさまそうと頭を振ったり、頬をつねったりしてみる。しかし、やはり意識がぼーっとしてくる。

「無理しないで眠れば?私は別に気にしないから。」

そっちは気にしても、こちらが気にするのですが・・・。と、頭の中で言ってみたものの、やはり睡魔には勝てなかった。

 

 

『次は○○海岸前ーお出口は左側です。』

車内アナウンスで俺は目を覚ました。丁度降車する駅だ。

「降りるぞ綾崎、起きてる?」

どうやら寝ている間に岩沢さんの肩に頭を預けていたらしく、随分と近いところにお互いの顔が合った。俺は慌てて、体を起こした。

「ご、ごめん岩沢さん。重くなかった?」

「別に・・・随分ぐっすり寝てたな。」

「いやー岩沢さんの肩が寝心地よくて。」

「そう・・・それは良かったな。」

何の気なしにそう返答してきた。あのーそこは照れところですよ岩沢さん。何だよ、俺が変みたいじゃないかよー。

俺のそんな心の言葉もなんのその。岩沢さんはさっさと自分の荷物を持って行ってしまった。

「葵クン、随分と美味しい経験だったんじゃないか?」

案の定ひさ子が絡んできた。寝てたから分からないけど、おそらくシートの間からこちらの様子を覗いていたに違いない。

「ちなみにそのときの様子はばっちり、ムービーで撮影済みだ。見るか?」

自分の寝ているところなどは一切興味は無いのだが、岩沢さんの様子はかなり気になる。

「あとでこっそり見せてくれ。」

「へへへ・・・りょーかいだ。」

我ながらひさ子の事言えないな・・・。

今年の別荘は去年のに比べてさらに大きくなっていた。だが、それでもまだ小さい方らしい。一体琴吹家は何件別荘を持っているのだろうか。

「さて、荷物を整理する前にちょっとした提案がありまーす。良く聞いてろよー。」

ソファの上に立った田井中がみんなの注目を集める。

「りっちゃん、その提案ってなーに?」

「よくぞ聞いてくれた唯!今回の合宿はメンバーをシャッフルしようと思う。それで、最終日に演奏しよう。」

この別荘は練習場所となる防音室が一部屋だけ。必然的に、午前午後で分けるなどして、時間で分けることになる。去年の反省は部員同士の新鮮な交流が少なかったこと。そこで考えたのが普段とは違うメンバーでの練習だったそうだ。

ほう・・・田井中にしてはなかなか面白そうなアイデアを思いついたな。

それにちゃんと部のことも考えているのは素直に感心した。

「リズムパート組は私としおり、澪とみゆきな。後の六人は私の決めたグループに分かれること!」

その田井中の決めたグループによって、このような組み合わせになった。

 

Aグループ:岩沢さん、唯、中野、秋山、入江

 

Bグループ:俺、ひさ子、琴吹、田井中、関根

 

どちらかに偏るわけでも無く、バランスの取れた分け方だった。・・・本当に田井中が決めたのかと、本人に質問したところ。

「ちょっとだけ澪に手伝ってもらいました・・・。」

と、返事が返ってきた。なるほど・・・ちょっとだけね。

「それで、これからのスケジュールは決まってるんだろうな?部長さん?」

「えーここまでやったんだから、後は葵副部長が考えてよ~。」

成る程・・・そうきたか。まあ、ちゃんと田井中なりに気を遣っていることは分かったから、ここは折れてやろう。

「そうだな・・・昼飯まで自由時間。今日のところは2時間ずつ交代しよう。それで前半組が夕食を作ること。・・・これでどうだ?」

明日以降の予定は後ほど考えるとして、相談の結果。前半組がBグループ、後半組がAグループになった。

 

 

「さて、とりあえず何を演奏するか決めようか。」

昼食を食べ終わり、少しだらけモードに入りつつある田井中の代わりに俺が話を進める。

「その前に先輩、誰がボーカルやるんですか?」

関根の疑問も確かだ。実際に経験があるのはこの中で俺だけ。だから必然的に俺がやった方が良いのだが・・・。

「ま、葵で良いんじゃねーの?他にいねーし。」

「ほう、それを言うかひさ子・・・だったら曲は俺が決めて良いか?」

「私に聞く前に、そこの部長に聞いたらどうだ?」

ひさ子が指さす先には依然としてぐだっている田井中の姿があった。

「おいコラ部長、アンタが率先してやる気なくしてどうする。」

「だってよー、なんだか調子狂うんだよな~いつもと違うメンバーだと。」

アンタが考えた案だろーがと、心の中で突っ込みを入れる。

そのとき、関根がそっと俺に話しかけてきた。

「先輩、先輩。たぶん田井中先輩は恥ずかしいんですよ。いつもと違うメンバーだから。」

成る程・・・お調子者の気持ちはお調子者にしか分からないってことか。

「りっちゃんはどんな曲をやりたいの?」

琴吹が助け船をだす。うん、流石空気を読める人だ。

「そーだなー・・・どーせなら紅騎にはふわふわ時間を―」

「却下だ。」

絶対言うと思った。だがそれだけは絶対に嫌だ。そんなことをしたら末代までの恥になる。

「えー良いじゃねーかよー。」

ぶーたれる部長を無視して、俺はあらかじめ用意してあった楽譜を取り出した。こんなこともあろうかと・・・と言ったところだ。

「なんだよあるなら早く出せば良かったじゃねーかよ。」

「本来ならやらないと思ってたんだけど、丁度キーボードもいるし。良いんじゃ無いかと思って。」

Eric Claptonのlaylaだ。印象的なリフで始まるこの曲は一度は耳にしたことがあるはずだ。

「あ、この曲知ってます!一回弾いてみたかったんですよ!」

「あーこれか・・・前に弾いたことがある。」

関根とひさ子は楽譜を見てぴんときたようだが、田井中と琴吹はよく分からないような顔をしていた。

琴吹は良いとして、田井中。お前は知ってても良いだろ。

「若干2名が分からなそうだから、触りだけやるか。ひさ子、関根、いけるか?Aメロに入る前までで良いから。」

「おっけーです。」

「ああ、大丈夫。」

各々の楽器の準備を始める。

「葵、ここは本物みたいにボーカルがリフやれよ。」

「別にいいけど・・・ちゃんと合わせろよ?」

「はっ・・・私を誰だと思ってるんだ?ハイテンポだろーが、変拍子だろーがあわせきってやるよ。」

それは頼もしいお言葉だ。まあ、そんなに変な事はやらないけどさ。至って普通にやるつもりだ。そんな会話をしている間に、俺はいきなり七つの音階を弾き始めた。あまりの不意打ちに、一瞬動揺したひさ子だったが、驚異的な反射神経で見事に合わせてきた。

たとえ触りだとしてもやるからには本気で。僅か4小節の間に、俺とひさ子の間で確かに火花が散った。

それをなだめるかのように、関根のベースが俺たちを落ち着かせる。へー関根はこんな弾き方もできるのか。

時間にして25秒。たったそれだけなのに、一つ収穫があった。

「あーこの曲か。知ってる知ってる。」

「うん・・・聞いたことあるかも。」

「二人とも、この曲でい良い?」

二人はお互いの顔を見てからそろって頷いた。よし、じゃあ後は練習あるのみだな。

「おい、ちょっと待てや葵。さっきの演奏について少しお話ししようじゃ無いか。」

ひさ子に首根っこを掴まれ、俺はどこかへと連行されていく。

「それじゃあ、田井中先輩と、琴吹先輩は練習を始めましょうか!」

さっさと俺を見捨てた関根は、普段よりもまじめに二人に接していた。くそ、あとで覚えていろよ関根のヤツ。

 


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