触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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36話「あれ・・・なんで名前を知っているんだ?」byユイ&日向

「音無、メシ買いに行こうぜ」

「悪い日向、今日は朝買って来たから一人で頼む。」

昼休み、いつものように音無を誘ったが、思いもよらず今日は断られた。

「なんだよ、マンネリ化防止ってヤツですか?」

「まあ、そんなところだ。」

「はいはい、じゃあ一人で行ってきますよ~」

ほんの少し、本当に少しだけ残念だったが俺は一人購買へ向かった。

そしてこのような日に限って購買は大盛況なのである。

ほとんどのパンは売り切れていたがお気に入りのクリームパンが一つだけ余っていたので少しホッとした。

そのほかに惣菜パンを三つ買い、教室に戻ろうとしたところ・・・。

ドン!

誰かとぶつかってしまった。

「おっとスマン、大丈夫か?」

目の前には尻餅をついた一人の女子生徒が。パンクなアクセサリーを身につけていて少し俺は引いた。

「は、はい・・・大丈夫です。」

パンを片手に抱え直した日その女子生徒にほら、と手をさしのべる。

「ありがとうございます。先輩。」

「お前ももパン買いに来たの?」

「あ、そうだった。」

気づいたように女子生徒はパンが並べてある机を眺める。その後ろ姿をみてしっぽが無いことに違和感を持つ自分に違和感を抱いた。

おれ、コイツのこと知ってる・・・。

「あれ、これしか無いの?クリームパンは?」

「ごめんなさいね、さっき売り切れちゃったんだよ。」

「そ、そんなぁ・・・」

残念そうに肩を落とし、何度も「クリームパン・・・」と呟きながら女子生徒は引き返そうととした。

ええい、どうにでもなれ!

俺はその女子生徒を呼び止めることにした。

「ユイ、ちょっと待った。」

「へ?何ですか?」

びっくりしたように振り返る女子生徒に、俺は先ほど買ったクリームパンを差し出した。

「ほら、やるよ。」

「え、良いんですか!?」

途端に目の色を変えて目にもとまらぬ早さで日向の手からクリームパンを奪い取った。その様子に思わず叫ぶ。

「おい、言葉と行動がちぐはぐなんですけど!?」

「ありがとうございます日向先輩それでは!」

そしてあっという間に姿を消してしまった。

 

 

 

呆然と立ち尽くす日向と、元気いっぱいに走るユイと言う名前の女子生徒は同じ疑問を頭に浮かべていた。

「あれ・・・なんで名前を知っているんだ?」

 

 

 

 

放課後一番乗りで部室に入った俺は、何をするでも無くぼーっとしていた。

ガチャ!

「あ、葵先輩~助けてください・・・。」

扉を開けておれと目が合った関根は開口一番そんな泣き言を言いながら跳びよってきた。

鞄から何かのノートを取り出す。おそらく岩沢さんに課せられた作曲が煮詰まらないのだろう。

「どうした、作曲のことか?」

「いいえ、これです。」

関根は俺の目の前にノートを開いてみせる。そこには数字がびっしりと書き込まれていた。

「・・・・・・数学?」

「みゆきちに聞いてもさっぱり分からないんです。」

そういえばもう中間試験か、試験と言えば去年の騒動を思い出すな。少なくともちゃんと誰かに聞こうとする関根は偉い。

「よし、なら一から説明しようか。和差商積は知ってる?」

「そこまで戻らなくても良いですよ、馬鹿にして!」

両手を振って抗議する関根の背中をさすって落ち着かせる。

「どうどう、冗談だって。」

俺は去年唯にと同じようなことを関根にも教えた。

「そんな方法で良いんですか?」

「答案用紙にはちゃんと計算したような痕跡を残すんだぞ?」

「分かりました、それで次は化学なんですけど・・・。」

「はいはい・・・。」

この時間で分かったことが関根は主に国語と英語と社会全般が得意で入り江は数学と理科全般が得意らしく、お互いで弱点を補っているそうだ。

「良いな、そういう関係って。」

「そういう葵先輩はどうなんですか~?」

ノートをしまいながら関根が尋ねてきた。

「どうって・・・何が?」

「とぼけても無駄ですよ~、岩沢先輩に手料理をご馳走してもらちゃって。あのときは誤魔化せましたが、今日は逃がしませんよ?」

どうやら関根にはばれたいたようだ。道理でこの前食いつきがよかった訳だ。仕方が無い、腹をくくるか・・・。

「それで、何が聞きたいんだ?」

「ずばり、二人の関係は!?」

「・・・部活仲間。」

「嘘です!」

予想通り真っ正面から全否定された。

「ほらほら~堪忍して言ってくださいよ~本当はどういった関係なんですか~?」

「・・・分かってるよ」

ぐいぐいとこちらに体を寄せてくる関根を押し戻しながら言う。

「岩沢さん、それに唯が少なくとも俺に好意を寄せてるのは分かってるよ。俺はそこまで鈍感じゃ無い。・・・つもりだ。」

少し驚いたような表情を見せる関根だったが黙って俺の話を聞いていた。

「でも、今はこの生活が良いんだ。俺が答えを出してこの生活が壊れるのが怖いんだよ俺は。分かってくれ。」

「ヘタレですか葵先輩は・・・。」

「どうとでも言ってくれ、それに俺はまだ解決しないといけない問題が山ほどあるんだ。それまで答えは出せない。」

そう言うと関根はやれやれと言った風にアメリカ人のような仕草をした。

「ぎりぎり及第点と言ったところですかね、まあそこまで言うのであれば追求はやめてあげますよー。」

「オイコラ後輩、耳元でハウリングしてほしいのか?」

「調子に乗ってすみません・・・。」

やれやれ・・・、これで扉の向こうの二人も分かってくれることを祈る。

 

ガチャ!

「あ、コウくーん昨日ぶり~!」

そう言って唯は無駄に抱きつこうとしてきた。いつもなら頭を押さえつけて拒否するところだが今日は甘んじて受けることにしよう。

ボスンと勢いそのままに唯の頭部が俺の鳩尾にクリーンヒット。

「っ・・・!」

声も出せなかった、やっぱり拒否しておけば良かったかなと、今更後悔してきた。

「関根、作曲の方は順調か?」

「あ、岩沢先輩。ちょっと分からないところがあるので教えてください!」

「ああ、モチロン。」

岩沢さんは関根の相手をしていた。

俺は心の中で二人にごめんと謝った。

 

 

 

思った以上に掃除が長引いてしまい、急いで荷物をまとめて部室に向かった。

階段を上って音楽室の前へ、そしてドアのノブに手を伸ばした時中から声が聞こえた。

「良いな、そういう関係って。」

「そういう葵先輩はどうなんですか~?」

綾崎と関根の声だ。かまわずに開けてしまえば良いのに、なぜか躊躇した。

「あれ?まさみちゃんどうしたの?」

のんびりとした声が背中から聞こえた。振り返ると平沢が不思議そうな顔をして立っていた。

「しー・・・」

平沢に静かにするようにとゼスチャーを送る。すると平沢も扉の向こうの声に聞き耳を立てる。

「コウくんとしおりちゃん?」

「とぼけても無駄ですよ~、岩沢先輩に手料理をご馳走してもらちゃって。あのときは誤魔化せましたが、今日は逃がしませんよ?」

・・・関根にはばれていたのか。ため息をつく私の横で平沢が驚いたような顔を見せていた。すこし胸が痛んだ。

驚くのも無理は無い平沢は綾崎に好意を寄せている。それは去年のクリスマスに分かっていたことだ。

なのにもかかわらず何で私は綾崎にあんな事を・・・なんで・・・。

 

「平沢達は本当にアイツのことが好きなんだな」

「うん!」

「もちろんですよ。・・・岩沢さんは?」

「私か?・・・私は、よく分からない。・・・すまんはっきりしなくて」

 

そんな会話を思い出す。

私にとっての綾崎とは何?

去年の合宿で綾崎がひさ子の髪を乾かしていたことがあった。そのときとても羨ましいと思った。なぜだか分からない。

大晦日の夜、隣で寝ていた綾崎が涙を流していた事があった。愛おしいと感じた・・・なぜだ。

綾崎がひさ子の肩を冗談半分で抱いたことがあった。凄く嫌な気分になった。・・・どうして。

そして綾崎の一時的な記憶喪失。記憶喪失と聞いてとても焦った、そして悲しかった。なぜか怒りも沸いてきた。

あのときの私は少し冷静さを失っていたのかもしれない。ひさ子、そして綾崎とcrow songを演奏したら綾崎の記憶が戻った。

安心した、良かったと思った、本当にうれしかった。

「岩沢さん、それに唯が少なくとも俺に好意を寄せてるのは分かってるよ。俺はそこまで鈍感じゃ無い。・・・つもりだ。」

・・・・・・ああ、そうか。そうだったのか。今まで会った嫌なことや悲しいこと、すべてを吹き飛ばしてしまうくらいに強力で大きな感情。

それを綾崎の言葉で自覚する。途端に胸が熱くなる。全力で走ったように鼓動が早くなっていく。

「私・・・綾崎の事が好きだったのか・・・。」

ぽつりと呟いた。確実に平沢が聞いているのも構わずに。

「どうとでも言ってくれ、それに俺はまだ解決しないといけない問題が山ほどあるんだ。それまで答えは出せない。」

綾崎の家の事情は心得ているつもりだ。綾崎は過去との清算をするつもりだ。

詳しくは知らないが、彼が助けを求めるなら私は喜んで力をかそう。

綾崎は私が助けを求めたら助けてくれるのだろうか?・・・わからない。

「まさみちゃん・・・わたし、負けないから」

気がついたら平沢がまっすぐにこちらを見ていた。迷いの無いまなざし。

私も見つめ返す。今度は迷わない。

 

 

 

 

「ああ、私も・・・負けない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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