「ただいま・・・?」
家に帰るといつもマスターがいるのだが、今日は人の気配がない。
カウンターの上には知り合いと飲みに行くから夕食はいらないとそんなことが書いてあった。
~~~~~♪
着信音が鳴り響く、レナからのメールだった。
「陸上部の歓迎会で少し帰りが遅くなるね」
・・・だそうです。携帯をポケットにしまい冷蔵庫の中身を確認。
「何もない・・・だと」
最終手段のカップ麺もない・・・困った、今月は弦やらなにやら買い込んだせいで懐もピンチだし・・・。
~~~~~♪
今度は音声着信だった表示には岩沢さんの名前が。
「・・・もしもし?」
『あ、綾崎か?』
「何かあったの岩沢さん?」
「迷惑じゃなかったら今からそっちに行っても良いか?」
「うちに何か用でも?ギター関係?」
「いや、前に夕食作ってもらっただろ?その・・・」
「・・・・・・その?」
「そ、そのお礼に今度は私が作ろうかなと・・・め、迷惑じゃなかったらな。嫌なら別にいいんだ。」
「本当に?ありがとう恩に着る助かった。是非お願いします!」
「そ、そうか?だったら今からそちらに向かう・・・それじゃ。」
プツッ・・・ツーツーツー・・・。
ガチャっ
「来たぞ」
「早!?」
岩沢さんはビニル袋を下げたままちょっと得意げな顔になっていた。
「そちらに向かいながら電話したからな。」
「もし駄目だったらどうするつもりだったんだ?」
「安心しろ、私の明日の弁当になるだけだ。」
もし俺が断っていたら我が家の前で岩沢さんがUターンしたと思うと逆にこちらが申し訳なく思って来た。
「見たところ誰もいないようだけど・・・帰ってくるのか?」
「マスターもレナも外で食ってくるんだってさ。さっきそれ知ってさ冷蔵庫も空で途方に暮れてた所だったんだ。」
「・・・グットタイミング?」
「そう、だから助かったよありがとう岩沢さん。」
「なら早速作る。台所借りるぞ?」
「どうぞどうぞ。」
レジ袋を置いた岩沢さんは鞄をごそごそ漁ると中からあるものを取り出し、ブレザーを脱いだ後にそれを身につける。
いや、まあ何の変哲もない普通の青いエプロンなんだけど。制服を汚さないために必要なんだろうけど。
「・・・?何か変か?」
「いえ、何でもないです!」
さすがにもの凄く合っていると口に出すのは恥ずかしかった。
ラーメン屋でバイトをしているだけあってその手つきは手慣れていた。
ちょっとした空き時間で使い終わった調理器具を洗い終わるし、包丁さばきも見事だった。あんなに細い千切り初めて見た。
「おぉ・・・これはこれは」
食卓に並べられたのは白米、みそ汁、サラダ、ハンバーグ。まさに家庭の夕食のメニューだった。
「すまない・・・こんなのしか作れなくて。」
「いやいや何をおっしゃる、こう言うのがご馳走って言うんだよ。いただきます!」
ハンバーグなんて箸でスッと簡単に切れるくらいに柔らかいし、みそ汁もよく出汁がきいている。
あっという間にご飯一杯を完食してしまった。
「おかわり!・・・じゃなっかったこれくらいは自分で・・・あれ?」
いつの間にか茶碗が消え、岩沢さんの手に移っていた。
「今日は私が全部やる。綾崎は座っててくれ。」
「・・・はい、ありがとうございます。あ、ちょっと多めにお願い。」
有無を言わせない岩沢さんの表情には従わざるを得なかった。
「はい、ちょっと多め。」
「・・・岩沢さんも食べたら?」
「いや、綾崎の食べっぷりがおもしろくてつい・・・。」
「そんなにがっついてた?」
岩沢さんは無言で頷いて見せた。
おかしいな・・・ただ飯食ってるだけなのになんでこんなに顔が熱いんだろう?
「ふう、ごちそうさま。ありがとう岩沢さん凄く美味かった。」
「お粗末様・・・じゃあ手早く洗い物も済ませるか。」
「あ、そこまでしてもらわなくても・・・。」
じーーーーー・・・・・・。
「是非・・・よろしくお願いいたします」
「・・・・・・ん。よろしい。」
こういうのを尻に敷かれると言うのだろうか・・・?
辺りが薄暗くなり始めたので俺は駅まで岩沢さんを送ることにした。
「別に・・・大丈夫だぞ?駅までくらい。」
「駄目です、これは男の義務なのです。」
「そう・・・か。なら仕方ないな。」
しばらく無言で歩いていたがついに俺は沈黙に耐えられなくなり、話題をふることにした。
「いやぁまさか岩沢さんの手料理が食べられるとはな~。」
「店で私のラーメンを食べたじゃないか。」
「いやいや、俺だけに作ってくれるところがポイントが高いんですよ。」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの。岩沢さんのエプロン姿なんてそれに滅多にみられない物もみることが出来たし。」
「や、やっぱり変だったか?制服を汚さない為に用意したんだが。」
「全然変じゃなかったよ。むしろ母親みたいで・・・。」
言いかけたところで俺は立ち止まってしまった。
「・・・・・・綾崎?」
「母親みたいで・・・か。」
俺はまだ克服出来てないのだろうか・・・。
過去との決別なんて簡単に言うけどそんなに現実は簡単な物じゃないな。
翌日改めて全員が集まったところで自己紹介を行うことになった。
「関根しおりです、ベースをやってます。好きなものはみゆきちです!」
「え、えぇと・・・入江みゆきです。ドラムをやってます。よろしくお願いします・・・。」
「中野梓です。一応ギターの経験があります。よろしくお願いします。」
「よしそれじゃあ早速・・・。」
「練習始めるんですか?」
「お茶にしようぜ~」
「えぇ~・・・」
中野が助けを求めるような視線を送ってくるが、俺にはどうしようもない。
諦めろと伝える代わりに苦笑いで答えた。
「コウ君も一緒にケーキ食べようよ~」
ガチャ・・・。
部室に入ってきたのは山中教諭。ただ一人中野が慌てた表情でティーセットを隠すように立ち上がった。
「あ、先生・・・これは・・・。」
「私、ミルクティーね。」
「は~い」
「えええええ!?」
・・・・・・うん、まあコレが普通の反応だよな。関根・入江、なぜ君たちは無反応なんだい。
「あら、この子が新入生の子?」
「は、はい、中野梓です。」
「ふーん・・・」
おそらく山中教諭は頭の中でまた変なことを考えているに違いない。
何を思ったか中野はギターを準備して1ストローク・・・。
ジャラ~~ン・・・。
「うるさぁぁぁい!」
「えええええ!?」
突如切れる山中教諭に戸惑いを隠せない中野。
「さわちゃんのアホーーー!!」
「ごめんな梓、あの先生ちょっと変なんだ。」
田井中と秋山のフォローむなしく中野の肩が震え始めた。・・・キレたな。
「こんなんじゃだめですーーー!!」
・・・・・・ほら言わんこっちゃない。
まあこれはアイツらの問題だからな・・・ここは何も言うまい。
「あの・・・葵先輩・・・良いんですか?」
「入江、時には厳しくする優しさというのもあるのだよ。」
「それって・・・止めるのが面倒なだけなんじゃ・・・。」
「ふぅ・・・・・・今日も紅茶が美味しい。」
「せめて否定してくださいよぉ・・・。」
まあ、アッチには人を落ち着かせるスペシャリストがいるからな・・・大丈夫だろ。
「唯、そんなので落ち着くわけ・・・」
「いー子いー子」
「ほわ~」
「「落ち着いた!?」」
幼少期は多分に世話になった唯のなだめ方はご健在のようだった。
「それはそうと葵君、昨日の夕食はどうされたのでしょうか?」
ひさ子が小悪魔の様な笑みを浮かべていた。
「・・・・・・どこで聞いた。」
「いやいや、やけに昨日そわそわしながら別れてったからさついでに鞄にエプロンなんて入っていたし。」
「それは、い・・・」
岩沢さんだと言いかけたところで口を閉じた。危うくまたひさ子の罠にはまるところだった。
「・・・・・・なんの話だいひさ子さん?」
「な、何かあったんですか葵先輩。詳しく、詳しく教えてくださいよ!」
すぐさま食いついてくる関根。心なしか入江も興味を持った様子でこちらに見入っている。
仕方ない・・・使うか、”アレ”。
「ところでひさ子、猫ってどう思う?」
「なんだよ突然、そんなことより・・・!?」
ひさ子にしか見えない角度で去年撮影したあの写真を見せる。
「いや~まさかひさ子が猫派だったとは意外だなーてっきり犬派だと思ってたんだけど。」
「はっはっは~そうだろ、猫って可愛いよな~」
突然笑い始めた俺たちを見て関根と入江は不思議そうな顔をしていた。岩沢さんはちょっと疑うような表情だった。
結局昨日の話をうやむやにすることには成功したがあとがちょっと怖い。
案の定放課後の帰り道、岩沢さんとひさ子に問いつめられた。
「葵、いつ撮ったんだよあんな写真!」
「去年のアルバイトの時だよ。」
「綾崎、見せてくれ。」
「ちょっと待て・・・ほら。」
岩沢さんは例の画像を見た瞬間数秒ほど凝視していた。
「・・・かわいい」
「も、もういいだろ!消せ、今すぐ消せ~!」
「綾崎、あとで送ってくれ。」
「分かった。」
「話を聞けこらあああぁぁ!!」