28話「・・・別に。ただそんな気分だったから。」by岩沢
短い春休みが終わり、今日から新学期が始まろうとしている。
「おい、レナ!起きろ!」
「う~ん・・・入学式は午後からだよぉ・・・」
「だからといって朝食を抜いて良い理由にはならん!」
「うぅ~分かったよ・・・」
毎朝の恒例行事を終え、一階に降りてさっさと朝食を食べてしまう。
早く支度しないともう一つの恒例行事が早く来てしまうから。
「おっはようございま~す!」
いつもよりも10分早く岩沢さんとひさ子が来た。コレがもう一つの恒例行事。
「早いな、二人とも。」
「いやぁ、いつもより10分早く岩沢が来たもんだからさ~」
なるほど。岩沢さんが発端か。俺はいつものようにギターケースを担いで、通学鞄を手に持つ。
「それじゃ行くか。行ってきます。マスター、レナ。」
「おう、行ってこい!」
「・・・行ってらっしゃいぃ~」
岩沢さんとひさ子が並んで歩く、二三歩後ろを歩きながら去年の入学式のことを思い出した。
「そういえば岩沢さんは何であの時歌ってたんだ?」
「・・・別に。ただそんな気分だったから。」
「ふ~ん・・・」
会話終了。まあ、さすがに一年経てば慣れるけど。
「こ~う~く~ん!」
ドス!!
「うごぁ!?」
背後から極上のボディブロー&チョーキングを極めてきたのは我らが天然ギター娘平沢唯。
今日も朝からハイテンションだ。
「久しぶりだね~」
「久しぶりも何も昨日も一昨日も会ってるだろ?」
「じゃあ、昨日ぶりだね~」
じゃあって何だよ、昨日ぶりって何だよ!?
「おはよう、平沢。今日も元気だな」
「・・・おはよう」
「ひさ子ちゃんもまさみちゃんもおはよ~・・・あ!りっちゃん達だー!」
そう言って唯は前方を歩く田井中、秋山、琴吹の中に突入していった。
「・・・忙しそうだな。平沢。」
「まあ、そう見えるかな・・・」
俺たちはいつも通り取り留めのない話をしながら、学校へ向かった。
玄関で上履きに履き替え、校舎内に入った瞬間。目の前に黒山の人だかりが出来ていた。
「・・・クラス替え?」
「確かにそんなものがあった気がする・・・」
「どれどれ私たちの名前は・・・っと。あれ?綾崎の名前が無いぞ?」
ひさ子が変なことを言うので、自分の眼で確認する。
「いや、ちゃんと5組に名前があるだろ。しかも三人とも同じクラス。」
「おかしいな・・・いつから姓が葵になったんだよ?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「・・・聞いてない。」
「聞いてないな。」
・・・そうだっけ?
「まあ、良いか。ほら、早いトコ教室に行こうぜ。」
さっき見た限りでは音無と日向が同じクラスだな。
「おはよう音無。今年も同じクラスだな。」
「ああ、おはよう。しかし驚いたぞ、いつの間に姓が葵に変わったんだよ?」
「本当は去年からもう葵だったんだけどな。」
席は相変わらずの一番後ろの窓際だった。
「おぉ!音無に綾崎…じゃなくて葵じゃねーか!また同じクラスだな!」
朝から元気な日向が俺たちに寄ってきた。
「朝からテンション高いな日向。何か良いことでもあったか?」
「いやぁ、まさかうちの学校の天使ちゃんと一緒のクラスになれるなんてな!」
「…天使?誰だそれ。」
すると日向が、がっしりと俺の首に腕を回してきた。
「誰ってお前、立華奏を知らないのか!?」
「…ああ、確か特殊生の中にいたかも。」
「お、噂をすれば来たみたいだぞ。」
教室の前の扉から小柄な女子生徒が入ってきた。
綺麗な銀髪に凛々しい顔つき。なるほど天使と呼ばれるだけのことはある。
「…確かに綺麗な子だな。」
「だろ?しかも誰も世話をしてなかった花壇に水をあげたり、捨て猫の新しいもらい手を探したりしたらしいぜ。」
「見た目じゃなく、心も天使だな。」
ふと音無の方を見てみると…。
「……」
「おーい、音無~起きてるか~?」
立華の方を見たまま硬直していた。
「あ、ああ…大丈夫」
…こりゃ、あれだ。フラグってやつかな?
新入生が入ってきたと言うことで、ついに本格的にリズム隊を探すことにした俺たち。
まず最初はビラ配りから初めて見たのだが・・・。
「軽音部・・・ごめんなさいあの部活はちょっと。」
「あー悪いな、俺他に行きたい部があるんだ。」
「あの部活・・・ちょっと怖くて。」
話しかける人ほとんどにビラさえ渡せない状況だった。
原因は分かっている、唯達だ。
彼女たちが演劇部から借りたという不細工な着ぐるみを着て配ったせいですっかり新入生に怯えられてしまったのだ。
早々と校舎に戻った俺たちは重い足取りで部室に戻ろうとした。
「こんなの本物じゃないです!!!」
そんな大声がジャズ研の部室から突然聞こえてきた。
ドム!!
「きゃっ!」
「ぐふぉぁ!?」
すると赤いリボンを付けた女子生徒二人が勢いよく飛び出してきて、俺とまともにぶつかってしまった。
しかも丁度俺の鳩尾にクリーンヒット。膝の力が抜けてそのまま崩れ落ちてしまった。
「・・・綾崎?」
「お~い葵~生きてるか~?」
岩沢さんとひさ子の後ろからもう一人、金髪の女子生徒が心配そうに声をかけてきた。
「あの・・・大丈夫ですか?」
「いってて・・・ああ、大丈夫。君、立てるか?」
何とか起きあがった後、俺の横で倒れている女子生徒に手を差し出した。
「は、はい・・・ありがとうございm・・・あ、あなたは!!」
俺の顔を見るなり一目散に逃げ出す女子生徒。
「あ、ちょっと待ってよみゆきち!」
それを追いかけるようにして二人はあっという間に姿を消した。
「・・・何だったんだ、一体。」