「銭湯なんて初めてだな。本当に毎日通ってるのか綾崎?」
「ああ、あの家にはシャワーしか無いからな。」
「今時珍しいな。」
「お父さんに言ってるんですけどなかなか聞いてくれなくて・・・」
入り口で岩沢さん達と分かれて、服を脱ぎ浴場に入る。案の定誰一人もいなく俺の貸し切り状態だった。
広い浴槽を独り占めできるのはなかなか気分が良く、歌い出したくなるような気持ちになる。
が、今日は壁を挟んで隣に三人がいるためそれは出来そうにないようだ。・・・残念。
カラカラカラ・・・。
「おぉ、なかなか広いな。これが銭湯か~」
「ひさ子、あまり大きな声を出さない方が・・・」
「大丈夫ですよ、どうやら私たちだけみたいですし」
「どれどれ・・・うお、順調に育っておられるな~お主!」
「や、やめろ・・・ひさ子」
「ナチュラルに触りますね・・・ひさ子さん」
「そんな玲於奈ちゃんは・・・わぁお、はだ凄いきめ細かいな。岩沢も触ってみろよ!」
「・・・・・・」
「ひゃっ・・・どこ触ってるんですか岩沢さん!?」
「どこって・・・m」
「言わなくて良いです!」
そんな会話が壁越しに否が応でも聞こえてきてしまう。
「おーい、綾崎~?」
「なんd・・・ぶふ」
危ない危ない・・・ここで返事をしてしまったらさっきの会話を聞いたことになってしまう。
「聞こえるわけ無いじゃないですかひさ子さん、壁があるのに」
「ま、そりゃそうか・・・返事が聞こえたら半殺しにしてやったのに」
「さっきの会話を聞いていたことになるからか?」
「あ、そういえばそうですね」
・・・・・・マジで返事しなくて正解だったようだ。
これ以上余計な身の心配をしないように手早く頭を洗い、浴場を出た。
カラカラカラ・・・。
湯船に浸かっている時に”男湯側”の扉が閉まる音を聞いた。どうやら綾崎は早くも浴槽を出て行ったようだ。
それならそれで丁度良い。岩沢と玲於奈ちゃんにアイツの話が聞ける。
「時に、玲於奈ちゃん。綾崎の記憶が戻ってから変な後遺症みたいなものは無かった?」
「はい、おかげさまでもう完全にいつも通りのお兄ちゃんです」
「玲於奈ちゃんって昔から綾崎のコトをそう呼んでるのか?」
「はい、物心ついたときからいつも一緒に遊んでたので」
「それで本当のお兄ちゃんになったわけだ?」
「まあ、はい・・・そうですね」
とたんに玲於奈ちゃんの歯切れが悪くなった。
「嬉しくないのか?」
「嬉しいですよ!・・・・・・嬉しいです、けど」
「・・・けど、何?」
「もう夢は叶わないんだなぁって・・・」
「夢?」
「はい、昔からの夢だったんです将来お兄ちゃんのお嫁さんになるんだ~って・・・ふふ、おかしいですよね。小さい頃の夢を捨てきれないなんて。」
「いや・・・全然おかしくない。綾崎妹、いや玲於奈の夢はとても良い夢だ。」
「だってもう無理なんですよ?どんなに頑張ってもこれだけは叶わないんです。」
「それじゃあ今の玲於奈は幸せじゃないのか?」
「・・・・・・」
「綾崎は・・・アイツは人一倍他人の不幸に敏感なんだ。お前が幸せじゃなかったらアイツも心配する。」
「・・・岩沢さん」
「岩沢の言うとおりだよ。形がどうであれ今の玲於奈ちゃんが幸せならそれで良しだ。」
「はい・・・そうですね。やっぱり私は幸せです!あんなに優しいお兄ちゃんがいるんだもん!」
「ふふっふふっふっふ・・・可愛いなぁ玲於奈ちゃん。どれ、私の妹にもしてあげよう。聞くところによると朝が弱いんだって?それじゃあ毎朝起こすついでに愛でてあ・げ・る・・・」
「い、いやあああああ!!」
湯上がりの牛乳を飲んでいるときに女湯の方から悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「ひさ子達がはしゃいでんのかな?」
窓越しに見える外ではちらほらと雪が舞い始めていた。