「あの・・・ちょっと良いですか?」
玄関を出てすぐ俺は後ろから声を掛けられた。
振り返ってみると、平沢唯が不安げな様子でおどおどしていた。
「人違いならごめんなさい・・・もしかして、綾崎紅騎くん?」
この湯様子から察するに、俺って気づいてないな・・・。
「ヒント、俺は今、小学生の頃と変わらず間が抜けている幼馴染みにちょっと呆れている」
「そのちょっと意地悪な言い方・・・やっぱりコウくんだ!!」
やっと気が付いたか・・・つーか抱きつくな、暑苦しい。
「おう、久しぶりだな唯、三年ぶりか?」
「正確には三年と三週間ぶりだよ!」
「マジで!?覚えてるのか?」
「えへへ~、ちょっと言ってみたかっただけ~」
・・・なんだ、適当に言っただけか。
「唯、玄関先で騒いでたら他の人に迷惑よ?」
「あ、和ちゃん。見てみて~やっぱりコウくんだったよ」
玄関からもう一人の幼馴染み、真鍋和(まなべ のどか)が出てきた。
「お~和じゃん、久しぶり!」
「ええ、三年と三週間ぶりね」
「え?マジだったの!?」
「・・・ウソよ、紅騎」
コイツが言うと全部本当に聞こえるから恐ろしい・・・。
「それはそうと、二人とも。ここにいると本当に迷惑になるわよ」
うん、俺もさっきからずっとそう思ってた。
「じゃあ、みんなで白いおじさんのチキン食べに行こ~」
白いおじさん・・・・・ああ、KFC(ケ○タッキー・フライド・チキン)ね。
「俺は構わないけど・・・和は?」
「私も構わないわよ。」
と言うわけで昼食はカーネルおじさんのお店で食うことになった。
「いっただきま~す!」
「唯・・・そんなに甘いモノばかりで大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫~」
唯のトレーの上には一般的にデザートと呼ばれる食べ物が場所を占拠していた。
ちなみに俺はあまり腹が減ってないのでジンジャエールと、チキン一個だけ。
和も少し控えめな内容だった。
「変わらねーなぁ・・・・お前ら」
この二人のやり取りを見てるとあの時の記憶がよみがえってくるようだった。
・・・・あの時は楽しかったな。
「そう言う紅騎はずいぶんと変わったわね」
「うんうん、最初は別人だと思ったよ!」
まあ、無理ないよな。
小学生と高校生を比べれば誰だって差はできる。
「中学時代のことを聞かせて欲しい・・・って言っても、嫌じゃない?」
「・・・別に構わないよ」
「じゃあ、質問!何でコウ君はこっちに戻ってきたの?」
・・・・それは、入学式の時にさらっと言ったはずだが。
まあ、良いか。
「あの時に言ったように、親父が中三の時に死んで、コレと言った親戚もいないから特殊生制度があるこの学校に行くしかなかったんだ。」
「そう・・・なんだ」
この後なんだか妙な雰囲気になりそのまま解散ということになった。
「コウ君はどこに住んでるの~?」
「桜丘(さくらおか)ってマンションだけど?」
「じゃあ、私と同じ方向だ!一緒に帰ろ!!」
一緒に帰ろうって・・・俺はまだマスターの所に挨拶に行ってないし、食材も買いに行かないと行けないし・・・。
「こーら、唯。紅騎にも用事があるんだから」
「え~・・・そんなぁ」
たちまち唯はショボーンと肩を落とした。
・・・・分かりやすいな。
「別に良いよ。一緒に帰っても」
マスターの店は定休日だし、まだ昼だから食材は夕方に買いに行けばいいしね。
「え!良いの!?」
「お、おう・・・」
「本当にいいの?・・・紅騎」
「ああ、予定と言ってもたいした用事じゃないし」
「じゃあ、唯のことお願いね」
「おう」
「早く行こう、コウ君!」
「・・・はいはい」
というわけで、現在唯と一緒に帰ってるわけだが。
「・・・・・・チラ」
「・・・・・・」
スタスタスタスタ・・・
「・・・・・・チラ」
「・・・・・・」
さっきから唯が無言でちらちらこっちを見てくる。
にも関わらずこっちが視線を送るとバッ!っと顔をそらしてしまう。
「・・・・さっきから何やってるんだ?」
「・・・えへへ~久しぶりだなぁって。こうやって二人で帰るの」
「・・・・そうだな。」
たかだか4・5年前のことなのに十年以上前のような気がする。
それはたぶん、中学の時から環境ががらりと変わったから。
引っ越しをしてから親父は人が変わったように、荒れ狂った。
俺に対する暴力も日常茶飯事だった。
「あの・・・コウ君?」
「・・・ん?何?」
「大丈夫?さっきから凄く怖い顔してたけど・・・」
「・・・ちょっと、中学のことを思い出してね」
「それって・・・コウ君が突然いなくなったのと関係があるの?」
「まあ・・・そうだな。」
「良かったら話してよ。・・・嫌じゃなかったら」
「聞いててあまり良い気分はしないぞ?」
「大丈夫。私・・・知りたいから。コウ君の・・・昔のこと」
そこまで聞きたがるのか分からないが、まあ、できるだけ甘くして話すか。
「俺の親父な・・・借金があったんだ。・・・一般的に言うヤミ金ってヤツだ」
「・・・・・」
「それで、ある日突然親父は荷物をまとめて、ここから出て行くって言い出したんだ。目的はヤミ金から逃げるため。卒業式の一週間前のことだ」
「それで、突然いなくなちゃったんだね・・・」
「ああ、それから俺と親父は各地を転々としたよ。長くて三週間、短くて十時間のサイクルでな。そんな生活が二年半続いた。」
「二年半・・・」
「半年くらい経ったときから親父は俺を殴るようになったんだ。たぶん逃亡生活からのストレスからだと思うけど。」
「・・・え?」
「次第に親父は暴力の手をエスカレートしていってな。ついには死ぬ一歩手前のとこまでやられたよ」
「・・・・・・」
「殴るときはいつも決まって”お前が生まれてこなければ””お前のせいで紅音が死んだ””お前のせいで人生が狂ったんだ”そんな感じの言葉を繰り返すんだ。・・・ああ、紅音って言うのは俺の母親の名前ね」
「知ってるよ・・・前、コウ君が言ってたもん」
「それで親父は警察に連れてかれて、俺は入院した後また親父と住んでた所に戻ったんだ」
「・・・どうして?」
「保護施設に行く方法もあったんだけど、施設費が払えないから。そこに戻るしかなかったんだ」
「・・・・・」
「玄関の扉を開けたときは目を疑ったよ。ヤミ金の人と・・・親父が、親父だったモノがそこにあったんだ」
「・・・・それって」
「ヤミ金業者が、親父の生命保険を狙って・・・殺したんだ。巨大な鉄柱に押しつぶされた死体とそっくりにしたらしいぜ」
「なんで・・・何で、玄関にあったの?」
「ヤミ金の人が言うには、”ここでパパとはお別れだ、よ~く顔を覚えておくんだよ”・・・だってさ」
「そんなこと・・・・」
「親父はアイツらの思惑通り、まんまと事故死扱いで警察に処理されたよ。”良くある、工事現場の事故だってさ”・・・ふざけてるよな」
「・・・・・・」
「それで俺は桜高校の特殊生制度を思い出して、ここに戻ってきたって訳。」
「・・・・・・」
話し終わると、唯はうつむいたまましゃべらなくなってしまった。
「ちょっと暗すぎたかな?」
「・・・・して」
「・・・なに?」
「どうしてここ残るって思わなかったの?」
「・・・腐っても親父だし。それに、親父について行ったからとか、そんな風に思いたくないんだ。」
「・・・どういうこと?」
「最終的に親父について行くって決めたのは俺だから、俺が決めたことだからな。」
「・・・強いんだね、コウ君」
「弱いよ俺は・・・結局一人なっちゃったし。」
「一人じゃないよ・・・私も、和ちゃんがいるもん」
「唯・・・」
「それにもっともっと色々な人と仲良くなれば寂しくなんかないよ!」
「唯・・・ありがとう」
「う、うん!じゃ、じゃあ、私こっちだから!バイバイコウ君!」
しばらく見ない間に強くなったな、唯・・・。
あ、後ろ向いて歩いたら転ぶぞ。
どてっ
「あいた~・・・」
ほら、いわんこっちゃない。
俺は苦笑いしながら帰り道を歩いた。
家について、ブレザーを脱ぐ。鞄をソファに放り投げて冷蔵庫を確認した。
「うん、やっぱり何も無い。」
現在時刻午後二時。
夕飯を買うにはちょっと早い。
確か、商店街の方に楽器屋があったっけ。
丁度弦のストックが切れてるし、買いに行くか。
「・・・ここかな?」
店の名前は”10-Gear”他にそれらしい店もないし、ここで合ってるんだろう。
中にはいると、様々な楽器が所狭しと置いてあった。
「結構、品揃えは良さそうだな」
ギターそのものだけでなく、弦やシールド等も豊富に売られていた。
目当ての弦を手にして、レジへと運ぶ。
「ありがとうございました~」
・・・・さて、どうしよう。
早々と用事が済んでしまった。
「あの、試奏したいんですけど・・・」
まあ、適当に何曲か弾いて時間を潰そう。
「・・・ふう、あれ?もうこんな時間か。」
現在時刻、午後四時。
だいぶ長居してしまったみたいだ。
「すみません、こんな長い時間」
「いえいえ、とても上手でしたのでむしろ残念ですよ。またいらしてください」
「はい、ありがとうございます」
楽器を店員に返して、駅前のスーパーに向かった。
今日は・・・金曜だからカレーにするか。
金曜カレーは日本の心、以上。
カレーの食材を買いスーパーから出た。
「安売りだって・・・ラッキーだったな」
おかげで、予想金額よりも遙かに安く買い物ができた。
「帰るか・・・」
~~~~~♪
商店街のざわざわした音の中に微かなギターの音が聞こえた。
・・・誰かがストリートライブでもやってるのかな?
丁度俺の変える方向から聞こえているみたいだ。
歩いていると、だんだんとギターの音がはっきりしてきた。
「この大空に、翼を広げ飛んでいきたいよ・・・」
・・・ん?この声は。
さらに歩くと、歌っている人の姿がはっきりと見えてきた。
「・・・岩沢さんか?」
確かに岩沢さんだった。
周りには数人立ち止まって岩沢さんの歌を聴いている人がいる。
俺もその中に混ざって聞くことにした。
「悲しみのない自由な空へ翼はためかせ・・・」
やっぱり上手い。ギターの腕は朝聞いて上手いと分かってたけど、歌も相当なレベルだ。
「・・・・行きたい~」
演奏が終わった。
パチパチパチパチ・・・・。
聞いていた人はそろって惜しみない拍手を送った。
俺はただただ呆然とそこに立っていた。
それから十数分経っただろうか、気が付くと周りには俺しかいなくなっていた。
「・・・・」
「・・・・」
帰り支度をすませた、岩沢さんとバッチリ目が合ってしまった。
「よ、よう・・・」
「・・・・」
岩沢さんは少し警戒するような目で俺を見てくる。
「・・・綺麗だったよ」
ば、馬鹿俺!?なに言ってるんだ!!完璧不審者だろ!!
ほら、岩沢さんも変な人を見る目になってるし!!
「いや、綺麗ってのは言葉のあやってゆーか、けど綺麗ってのは本心だけど。そうじゃなくて・・・いや、うーん」
もう自分で何言ってるんだか分からなくなってきた。
「・・・・クス」
・・・笑われた、嘲笑されたよ。
「おもしろいな、綾崎は」
「ははは・・・はぁ」
絶対変なヤツって思われたよ。
「綾崎はさ・・・”翼をください”はどんな鳥だと思う?」
どんな鳥って・・・。
最初聞いた時は真っ白な鳩とかを連想したなぁ。
・・・けど今は違う。
人生なんてちょっとしたきっかけで大きく狂ってしまう。
悲しみのない自由な空なんて有るわけがない。
有るとしても、その空ができるためにいくつもの悲しみが有るはずだ。
だから俺は即答した。
「・・・カラスだ。」
「何でそう思うんだ?」
「カラスは醜いとか不幸の象徴とか言われて人に嫌われてるけどさ、そんなカラスでも自由に飛べる。俺と違って強いからだ」
「・・・・・」
「岩沢さんは?」
「・・・・私もカラスだ。どれだけ嫌われても、殺されかけても生きようとするカラスはどんな鳥よりも強い」
「そう・・・か」
たぶん岩沢さんも人には言えない苦労をいっぱいしているんだろう。
「変なこと聞いたな・・・私はバイトがあるから。じゃあな、綾崎」
「おう、また明日」
岩沢さんは俺とは逆の方向に進んでいった。
「・・・・帰るか」