僕は目的もなくとぼとぼと住宅地を歩いていた。
頭の中では色々な人のあの悲しそうな顔、僕を通して綾崎紅騎という人物を見いだそうとする目が渦巻いていた。
「・・・・ここは」
気が付いたら前に玲於奈さんと一緒に来たかつての自宅に来ていた。
遠目で観察していると、何か光る物が瓦礫の中にあった。
すくむ足にむち打って膝まで伸びた雑草の中を進んむ。
「・・・・うぅっ」
瓦礫に足を踏み入れたとたん、同じようなめまいが襲ってきた。
耐えられなくなり、膝着いて呼吸を整えようと2・3回深呼吸をした。
「すぅ・・・・はぁ・・・よし」
再び立ち上がってさっき光った場所の瓦礫をどかしてみると、缶でできた箱が出てきた。
「何だろう・・・・ごほっ、ぐ・・・ぅ」
先ほどとは比べものにならないくらいのめまいが襲ってきた。
どっちが上で下なのかも分からなくなり僕を地面に崩れ落ちた。
「コウ君!?どうしたの?大丈夫?」
聞いたことのない声、だけどこの感じはやっぱり僕のコト・・・いや、綾崎紅騎を知ってる人の一人か。
「憂!ちょっと来て!コウ君が、コウ君が!」
箱を抱いたまま僕の意識は完全にフェードアウト。
暗闇の中二人の男女の声が響き渡っていた。
「どうしよう大騎・・・この子全然寝付かないよ」
「そんなときこそ子守歌だろ?」
「・・・そっか、やってみる」
そんな会話のあと、優しい歌声が聞こえてきた。なんだろう、凄く懐かしい・・・温かい・・・。
そっか、この声の主は僕の両親なのか・・・。
でも、この歌声は綾崎紅騎に向けられた物であって僕に向けられた物じゃないんだよ・・・。
そろそろ目を覚まさないと・・・。
「・・・・んん」
目を開けると、僕の部屋の天井が目の前に広がっていた。
「あ・・・お姉ちゃん、玲於奈ちゃん!紅騎君が目を覚ましたよ!」
「「本当!?」」
どたどたと足音が聞こえたかと思うと、玲於奈さんとさっきのショートボブの女の子が飛び込んできた。
「大丈夫!?怪我してない!?痛いとこ無い!?」
女の子は僕の首に腕を回して思い切り抱きついてきた。
ぎゅうぅううぅぅぅぅうう・・・。
く、苦しい・・・極まってるよ完璧に・・・息が・・・。
「ゆ、唯さん!極まってるよ!紅騎さんの顔が青くなってる!!」
「あ・・・ご、ごめんなさい~!」
「がはっ・・・はあー・・・はあー・・・死ぬかと思った」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。・・・で、この人達は誰?」
「「・・・・え?」」
直後二人は固まってしまった。何が何だか分からないといった具合に。
その沈黙を破ったのはショートの方の女の子だった。
「嘘だよ、コウ君・・・ねえ、嘘だよね?」
「ごめん・・・本当に思い出せないんだ・・・ごめん」
「うぅ・・・ぐす・・・うわぁぁぁ・・・」
泣かせてしまった・・・女の子を。最低だよ僕は・・・。
「ごめん・・・・本当に・・・・ごめん・・・」
唯さんが泣き止むまで、僕は謝り続けることしか出来なかった。
平沢姉妹が帰らせ僕たちも、家に帰った。自室に入り、早速例の缶製の箱を開けてみることにした。
ずっと雨さらしだったせいか、縁がさびて開けにくかったけど、力任せで強引にこじ開けることが出来た。
「・・・写真?」
中には写真とアルバム、カセットテープやビデオテープが入っていた。
写真を手に取ると、ある夫婦が家の玄関をバックに幸せそうに赤ちゃんを抱いている姿が写っていた。
裏面には大騎、紅騎、紅音と書いてあった。おそらくこの箱には”思い出の欠片”がいっぱい収まっているのだろう。
・・・・・僕とその両親の。
アルバムを開くと僕の両親が高校生と思われる時の写真から、だんだんと大人になっていく姿が収まっていた。
しかし、病院で撮った写真を最後にアルバムは終わっていた。
日付は僕が生まれた翌年の12月だった。
部屋にあったラジカセでカセットテープを再生してみる。
『あれ、どうしたのそれ。カセットテープ?』
『記録だよ記録。俺たち家族の』
『・・・ま、いっか。ごほっ・・・ごほっ・・・』
『悪い、迷惑だったか?』
『ううん、全然。それよりもう名前は考えたの?』
『ずっと前に決めてただろ?紅音の紅に俺の騎をとって紅騎って』
『ああ、・・・・そういえば』
どうやら僕の両親の声を録音した物のようだ。
すると突然赤ん坊の泣き声がスピーカーから響いた。
『どうしよう・・・大騎』
『そんなときこそ子守歌・・だろ?』
『そうだね・・・ほら紅騎、こっちにおいで』
そして優しい歌声で子守歌が聞こえてきた。すると次第に鳴き声が小さくなり微かな寝息が聞こえてきた。
突然けたたましいブザーが鳴り響き、どたどたと足音が聞こえてきた。
『容態急変、血圧がどんどん下がってます!』
『あ、紅音・・・?』
『君、下がってなさい!』
『先生、紅音は・・・紅音は大丈夫なんですか!?』
『君・・・落ち着いて聞きなさい。君の奥さんは、君の奥さんはね・・・』
『・・・はい』
『もう身体が限界なんだ。・・・もってあと数時間だ』
『そんな・・・』
ガシャッ・・・。
どうやらテープが終わったようだ。僕は多少の希望を信じてB面を再生した。
しばらく無音が続いて駄目かと諦めかけたとき、音声が流れ出した。
最初に規則的な機械音おそらく心電図の音と酸素マスクの音が聞こえてきた。
その音を聞いた瞬間僕の胸がだんだんと熱くなってきた。
『紅音・・・俺が分かるか?』
『・・・分かる・・・よ』
『ごめんな・・・俺がしっかりしてなかったせいで』
『全然・・・・大騎は・・・・全然・・・悪くないよ』
『・・・でも』
『私・・は・・・大騎・・・と・・・結婚できて・・・子供が産めて・・・とっても、とっても・・・幸せだったよ』
『馬鹿野郎、”だった”なんて言うなよ。お前は今幸せじゃないのか?』
『そう・・・だったね・・・へへへ』
「紅騎はぐっすり眠ってるよ、お前の子守歌は効果絶大だな」
『ねえ・・・大騎』
『・・・・ん?』
『この子を・・・紅騎を・・・おねがい』
『ああ、まかせろ。だから・・・・・だから・・・うぅ・・・ぐすっ』
『・・・・だから?』
『今は・・・ゆっくり眠れ』
『・・・・あり・・がと・・・う』
ピーーー・・・・。
心停止を伝えるブザー音と共に医者のご臨終ですという冷淡な声が聞こえた。
それから男の、僕の父親の泣き叫ぶ声も。
『紅音・・・紅音ぇぇ・・・!』
ブツッ・・・。
それを最後に何も聞こえなくなった。
コンコン・・・ガチャ。
「お兄ちゃん、入るね」
「ん?あ、ああどうぞ~」
慌てて中身を箱に詰め込んでベッドの下に隠した。
「・・・何してるの?」
「いや、別に・・・」
「ふぅ~~ん・・・」
一瞬怪しそうな目でこちらを見た後、ハンドタオルとバスタオルを手渡してきた。
「今日は早めに銭湯に行ってきたら?」
「この家ってシャワーがあったよね?いいよ、僕はそれで」
「行・っ・て・き・た・ら?」
「・・・行ってきます」
結局銭湯に行くことになった。・・・いや、強制的に行くことになった。
玲於奈さんの言うとおりに銭湯で疲れを癒した後、何となく近くの公園に寄ってみた。
ベンチに座って星を眺める。冬の空は空気が綺麗なおかげもあり満面の星が広がっていた。
「・・・隣、良いか?」
オリオン座をぼーっと眺めていると、誰かが僕に声をかけてきた。
「・・・どうぞ」
「ありがと」
~~~~~♪
ふいにアコースティックギターの音色が聞こえてきた。曲名はきらきら星。
隣を見ると、今日のお昼に会った赤い髪の女の子がいた。
・・・たしか岩沢さんだっけ?
曲が終わったところで僕は小さく拍手をした。
「確か岩沢さんだったよね?・・・ギター上手だね」
「はい、次は君の番」
そう言ってストラップを肩から外して、こちらに渡してきた。
「えーと・・・僕、アコギ弾いたこと無いんだけど」
「弾いたことはなくても触ったことはある。・・・ほら、さっき私が弾いた曲でも良いから」
強引に僕の肩にストラップをかけて「はい、どうぞ」と言った。
いや、だからアコギなんて弾いたこと・・・・あれ?何で弾いてないって分かったんだ?
それにこのギター・・・、本当に前に触ったことがある気がする。
しかもギターの隅々まで知り尽くしている程に。
~~~~~♪
少しぎこちないながらも同じくきらきら星を弾いて見せた。
「どうやら腕は落ちてないみたい」
岩沢さんは優しく微笑んでそう言った。
そして僕からギターを戻すと、ケースにしまってベンチから立ち上がる。
「明日、ひさ子と君の家のスタジオで弾かせてもらうから。モチロン君も一緒にね」
そう言って岩沢さんは公園を去っていった。
・・・何しに来たんだろ?あの人。