触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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18話「えっと・・・その、さっきの演奏感動しました!」by梓

ピピピピピ・・・。

「ん・・・朝、か?」

朝起おきたら記憶が戻っていることを期待したけど、いまだに何も思い出せない。

コンコン・・・。

「お兄ちゃん、起きてる?」

「起きてるよ」

扉を開けると、エプロン姿の玲於奈さんが立っていた。時計を見ると午前7時。

「随分と早いね」

「・・・ま、まあね。ご飯作ったから食べちゃって」

「うん、分かった」

寝間着から普段着に着替えて、一階に降りた。

とりあえず今日はギターをいじってみよう。

 

 

今日はここが休みらしいので、スタジオを借りてケースからギターを取り出す。

「・・・・・あれ?」

よく見なくても分かるくらい弦が切れまくっていた。

「・・・買いに行こう」

ケースにしまい直して楽器屋に向かった。

 

 

「いらっしゃいませ~」

楽器屋に入って、弦のコーナーに向かう。すると先客が弦が並んでいる場所の前でうなっていた。

「うーん・・・どうしよう」

先客は中学生か小学生なのか分からない位の背丈の女の子で、長い黒髪をツインテールでまとめている。

このままこうして立ってるのも変なので、試奏で時間を潰すことにした。

「すみません、試奏したいんですけど」

「あ、いつもありがとうございます。いつものエフェクターですか?」

「あ、はい・・・」

「ギターはそちらのでよろしいですか?」

「いえ、実は弦が切れちゃって・・・」

「よろしければ交換いたしましょうか?」

「え、良いんですか?」

「もちろんですよ。コレと同じ物でよろしいでしょうか?」

「はい。じゃあ、お願いします」

ケースごと店員さんに預ける。

「試奏の方はギターに希望はありますか?」

「じゃあ、ムスタングで」

「分かりました、こちらへどうぞ」

どうやら僕はここの常連だったらしい。明らかに顔見知りの態度だ。

そんなところにも若干の気後れを感じつつ、ギターを肩にかけた。

さて・・・何弾こう。

あらかじめ持ってきた楽譜をスタンドに置いた。

Smoke on the water でいいかな?

てゆーかコレしか弾けない・・・・。

~~~~♪

 

 

「・・・・ふう、こんなものかな?」

ギターをスタンドに立て掛けてカウンターに向かった。

「あ、丁度張り替えが終了しましたよ。どうぞ」

料金を払って、新しい弦になったギターを受け取る。

「ありがとうございました~」

ケースにしまって肩に担ぎ、店を出ようとしたとき。

「あの!ちょっと良いですか?」

さっきの小さい女の子に後ろから呼び止められた。

「・・・僕に何か用?」

「えっと・・・その、さっきの演奏感動しました!」

「あ、ありがとう・・・」

見知らぬ女の子にいきなり感動されて、内心かなり驚いている。

しかも自分の演奏に感動したと言っている。・・・なんだろう、凄い嬉しい。

「あの、良かったら名前を教えてくれませんか?あ、私は中野梓といいます。15歳です」

ご丁寧にあちらから名乗ってきた。こうなったらこちらからも名乗るしかない。

「僕は、綾崎紅騎。16歳だよ」

「・・・ってことは高校はどこですか?」

「桜校だけど?」

「え、そうなんですか?私も桜校志望なんです!」

「じゃあ、僕の妹と同じだね」

「妹さんがいるんですか?」

「うん、あまり似てないけど」

本当は血縁関係も無いんですけど。

「いいなぁ、私一人っ子なんでこんなお兄さんがいるなんて幸せです」

「・・・褒めすぎだよ」

これ以上褒めたって何も出ないよ?

「あの、良かったら少し私にギター教えてくれませんか?」

「・・・別に良いけど」

何が何だか分からずにギターを教える羽目になってしまった。

 

急遽また試奏の準備をしてもらい、今度は自分のムスタングをエフェクターに接続する。

「紅騎さんもムスタングなんですね」

「うん、まあね」

何でかは聞かないでね、覚えてないんだから・・・。

「私もムスタングなんですよ」

そう言ってケースから赤色のムスタングを取り出した。

チューニングをすませて、ボリュームを調節する。

「・・・さて、じゃあコレ弾いてみてよ」

さっき僕が弾いていたSmoke on the water の楽譜を手渡した。

「は、はい」

~~~~~♪

思ったよりも上手い。小さい手ながらも細いネックが効果を発揮している。

 

 

「・・・どうですか?」

「なかなか上手いね。練習は毎日してるの?」

「はい、以前は最低2時間くらいだったんですけど。今年は受験なんで30分くらいしか・・・」

「いや、毎日練習するのは大事なことだよ。特に楽器系はそうだって言うしね」

同じ曲の別の楽譜を取り出して、スタンドに置いた。

「せっかくだからセッションしてみようか」

「はい、よろしくお願いします!」

「じゃあ、僕がリードやるからリズムパートお願いね」

「・・・はい!」

~~~~~♪

こっちがわざとテンポを速くしたり遅くしたりしてもしっかりと合わせてくる。

リズムキープがしっかり出来ている。たぶんこの子かなり小さいときからギター触ってる。

こんな子が同じ高校を通うようになったら部活が楽しいだろうな。

 

 

 

~~~~~♪

「いやぁ、楽しかったね」

「はい、とても楽しかったです・・・けど」

「・・・けど?」

「イジワルですよ、紅騎さん!あれ絶対ワザとですよね!?」

両腕とツインテールをパタパタさせていた。・・・どうやってるんだろ。

「ソ、ソンナコトナイヨー」

「なんで片言なんですか!?」

ギターをケースにしまって、楽譜をしまった。

「良かったら、一緒にお昼ご飯はいかが?」

「結構です、お腹すいてませんし」

ぐ~~~・・・。

今のは僕じゃない・・・てことは。

「丁度マ○ク二人分の割引券があるんだけど」

「・・・・ご一緒します」

顔を赤くした将来の後輩と一緒に、ファーストフード店へ向かうことにした。

 

「・・・そんなんで足りるの?」

中野さんのトレーにはオレンジジュースと、ポテト、ハンバーガーが一個。

僕のトレーには、ハンバーガー二つ、ポテトL、コーラLだ。

「・・・はい、紅騎さんは?」

「正直・・・足りない」

本当はもう少し注文できるけど、ファーストフードは栄養偏るし、油多いし。

じゃあ、なんでファーストフードにしたんだって聞かれてもファミレスに行って彼女と間違えられても困るだろうし。

家に帰ったら野菜スープを作るか・・・。

「え、紅騎さん料理できるんですか?」

「あれ、聞こえてた?」

「はい、はっきりと」

どうやら独り言が駄々漏れだったみたいだ。

「・・・まあ、それなりに」

「ちなみに得意料理は?」

「パスタ?鯖味噌煮?麻婆豆腐?・・・まあ、特には」

「・・・って全般いけるんですか!?」

「・・・まあ、それなりに」

「いいなぁ、本当にこんなお兄さんが欲しいな~」

ストローを口にくわえてブクブクと音を立て始めた。

「・・・お兄ちゃん?」

「綾崎~こんな小さい子引っかけて何やってんだよぉ?」

「・・・・・」

いつの間にか玲於奈さんと、初めて見る女の子達が立っていた。

一人はポニーテール、一人はセミロングだ。

「紅騎さん・・・この人達は?」

「こっちは妹の玲於奈っていうんだ・・・玲於奈さん、この人達は?」

「おいおい、綾崎どうしたんだよ?・・・ああ、そうだっけ。」

ポニーテールの女の子は一つ咳払いした。

「ごほん・・・私はひさ子だ。こっちは岩沢。私たちは玲於奈ちゃんの知り合いなんだ」

そう言いながら僕の耳に小さく囁いてきた。

「アンタが記憶を無くす前のバンドメンバーだよ。話し合わせろ」

僕は小さく頷いた。

「前に言ってた部活の先輩だっけ?」

「うん、偶然そこで会ってそれで一緒に昼食食べようって。一回会わなかったっけ?」

「う~ん・・・覚えてないな」

「それで?この子は誰なの?」

玲於奈さんが若干怒った調子で問いつめてきた。

「さっき楽器屋でセッションしたんだよ。それで一緒にお昼ご飯食べようって。名前は中野梓さん」

「・・・初めまして」

「ちなみに玲於奈さんと同級生、桜校を目指してるんだって」

「え、本当に!?よろしくね~中野さん」

「うん、よろしく」

「それで中野さんはどこの中学なの?」

二人は別のテーブルに移動した。そっちはそっちで話が弾み始めたのでこちらでも話を進ませてもらう。

「・・・玲於奈ちゃんから聞いたよ。記憶、無くしてるんだって?」

「はい・・・」

ひさ子さんから話をふってきた。

「何も覚えてないのか?」

「・・・はい、でも。一時的な物らしいですよ」

「ふ~ん・・・」

「その敬語なんとかならないの?」

岩沢さんだっけ?が、少し語尾を強くして口を開いた。

「前の僕がどんな人間だったか分からないですけど。いまの自分は自分ですから・・・」

「・・・・そうか」

いまの寂しそうな表情は精神的に少しこたえる。この表情がその人がどれだけ前の僕を思っていたのかがはっきりと伝わってくるからだ。

「そろそろ僕行かないと。仕事があるから。じゃあね、中野さん。受験頑張って」

「はい・・・えーと、さよならです!」

「ひさ子さん達も、またね」

「お、おう・・・じゃあな綾崎」

「・・・・・・」

今は一人になりたかった。こんなに周りの人に慕われていた綾崎紅騎と今の僕のちっぽけさが嫌でしょうがなかった。

 

 

 


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