綾崎の父親と妹が付き添って、綾崎は救急車で病院に運ばれていった。
あんな普通じゃない綾崎を見て、部屋の空気は一気に重くなっていた。
「私・・・病院に行ってくる」
上着を着て廊下に出ようとする平沢を真鍋が止めた。
「和ちゃん・・・なんで止めるの?」
「唯にはまず事情を知らないみんなに説明するのが先じゃない?他にも紅騎のあの言動に心当たりがある人は説明して」
「なんで・・・なんで和ちゃんはそんなに冷静なの?コウ君が倒れたんだよ?」
「私だって今すぐ駆けつけたいわよ・・・でも、あの時の紅騎は普通じゃなかった。おや、再開したときから紅騎・・・何か変だった。
だからその理由を知りたいのよ・・・」
「分かったよ和ちゃん。・・・岩沢さんも確か知ってるよね」
「・・・ああ。知ってる」
そして、私と平沢で不足してるところは互いに補い合って知っていることを全て話した。
「・・・紅騎にそんなことがあったなんて」
「そんなことがあればああなるのは当然・・・か」
音無は納得したように頷いていた。
「お姉ちゃん、何で言ってくれなかったの?」
「・・・それは、その」
「家族なのに、姉妹なのに・・・なんで?」
「そこまでにしてあげなよ憂ちゃん。唯だってするか悩んだはずだよ。こんな重い話」
「・・・・わかりました。ごめんね?お姉ちゃん」
「ううん、ずっと黙ってた私の方こそごめんね・・・」
「とりあえず今日はお開きにしよう。もうそんな雰囲気じゃないだろ?」
秋山の一言で私たちは平沢家を後にしようとした。
「あ、まさみちゃん、ちょっと・・・少しお話しよ?」
「・・・ああ、別に構わないよ」
平沢に呼び止められて私だけ残ることになった。
「ごめんね・・・あ、お茶煎れるよ」
「大丈夫だよお姉ちゃん、私がやるから」
「・・・うん」
・・・どっちが姉なんだか。
変に手持ちぶさたになってしまい、私はリビングを見渡していた。
そこで写真が固まって立てられているスペースに、見覚えのある顔があった。
これは、綾崎か・・・小学生くらいの。
写真の中の綾崎は今では信じられないくらい満面の笑顔だった。
「平沢・・・これ・・・」
「あ、これ確かお正月の時に撮った写真だよ。」
確かに首にマフラーを巻いてある。よく見ると長いマフラーを平沢姉妹と綾崎が一緒に巻いていた。
「・・・まるで兄妹みたいだな」
「うん、昔のコウ君はね・・・すっごく笑う子だったの。周りのみんなをそれだけで幸せにしちゃうくらい」
言葉とは反対に平沢の表情は沈んでいく一方だった。
「お茶とクッキーです。・・・どうぞ」
平沢妹が人数分の紅茶とクッキーに入った皿をテーブルに置いた。
「はい、座って座って~まさみちゃん」
平沢と相向かいになるようにしてカーペットの上に座った。
「・・・それで、話って何?」
「う~ん・・・なんだろ。何となくまさみちゃんと話してみたいな~って」
「綾崎のことについて・・・か?」
「うん。私の知らないコウ君をまさみちゃんは知ってるから」
そんなことを言っても綾崎は綾崎だ。平沢もアイツのことは十分してるはずだ。
平沢にそう言うと、首を横に振った。
「私が知ってるのは昔のコウ君だから・・・今のコウ君はあまり知らないんだ。ね?憂」
「・・・うん」
今の綾崎・・・か。
「正直私もよく分からない。どうしてあんなに私に親切にしてくれるのか・・・知り合って半年しか経ってないのに。」
「あんなにって、どんなコトしたんですか?聞かせてください!」
平沢妹が興味津々な様子で私に身を起こしてきた。
「どんなことって・・・ギター直してもらったり、夕飯作ってくれたり、色々だよ」
「ごはん!?何作ってもらったの?」
夕飯の言葉に激しく平沢が反応した。
「・・・パスタ」
「美味しかった?」
「まあ・・・それなりに」
「「いいなぁ~」」
姉妹そろって羨ましそうに頭の中でそれぞれ綾崎のつっくったパスタを思い浮かべていた。
「他にも何かあったんですか?」
それからおよそ1時間ほど綾崎に関して色々話した。
二人と会話をしていて二人は綾崎に好意を持っていることがひしひしと伝わってきた。
平沢妹の好意はどちらかというと家族に向けられているようなものだ。
一方平沢の方は完全に綾崎のことが好きなのだろう。純粋に一人の異性として。
「平沢達は本当にアイツのことが好きなんだな」
「うん!」
「もちろんですよ。・・・岩沢さんは?」
「私か?・・・私は、よく分からない。・・・すまんはっきりしなくて」
平沢家から出てもその言葉がずっと頭の中で繰り返されていた。
私は綾崎のコトをどう思っているんだろう・・・。
バンド仲間、変な奴、平沢の幼馴染み、クラスメート・・・・。
思いつく限りのどんな言葉にも当てはまらなかった。
「・・・・綾崎」
ぽつりとその名前を口にするときゅっと胸が痛んだ。