触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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12話「「琴吹だ」」byひさ子&岩沢

「おい、起きろレナ。」

「う~・・・あと十分~」

「なら仕方ない、明日の弁当は日の丸弁当に・・・」

「ごめんなさい、起きます」

最近やっとレナの起こし方のこつを掴んだ気がする。弁当で釣るだけなんだけど。

「おら、霧吹きで顔を濡らしたくなかったら顔洗ってこい」

「お兄ちゃん厳しいよ・・・」

ぶつぶつ言いながらレナは洗面所に歩いていった。

それを見送ってから朝食をテーブルに並べていく。

「いつもながらバリエーションあるな。お前の料理は。」

感心した様子でマスターは自分の椅子に座った。

「全く、どこかの口うるさい娘にも見習って欲しいな」

「口うるさい娘で悪かったわね」

「さ、早く食べてしまおうかみなさん!」

そう言ってマスターは手を付け始めた。やっぱり娘には弱いんだな・・・。

 

「あれ?なんで二つギターケース持ってるの?」

登校の準備が終わって降りてきたレナが不思議そうに尋ねてきた。

「昨日言っただろ?岩沢さんのギターだよ。」

「あ、そうだった。」

思い出したようにレナは手を打った。

 

「おっす~綾崎。迎えに来てやったぞ~」

ちょうど来たみたいだ。

「朝からテンション高いな。ひさ子。」

「これくらい普通だろ?ほら、さっさと行こうぜ。」

「ひさ子、別にそんなに急がなくても・・・」

「昨日から楽しみにしてたクセして随分と淡泊な反応だな、岩沢?」

ひさ子は意味ありげな視線を岩沢さんに送る。それを受けた彼女は、ばつの悪そうな顔をした。

「別に楽しみにしてたわけじゃ・・・。」

「そりゃ、部活がバイトで一週間も潰れたらウズウズするだろ。」

「ちっちっち、そう言う意味じゃないのだよ綾崎クン。」

だったら、どういう意味だと言うのだろうか。

「早く行くぞ、綾崎。」

非常に気になるところだが、俺からギターを受け取った岩沢さんはさっさと外に出てしまった。聞くタイミングを逃してしまった。

「あ、待てって岩沢~。ほら、綾崎も早く!」

「あ、ああ。それじゃ行ってきます。」

「行ってきまーす」

レナも後を追うようにして着いてきた。

 

「ひさ子さんと岩沢さんって、どんな風に知り合ったんですか?」

登校中、レナがそんなことを二人に聞いた。俺もちょっと知りたい。

「出会いつってもそんな大それた事無いよ。ギター弾いてる岩沢を見て私がバンドを組もうって誘った。それだけだよ。」

岩沢さんも同意を示すように首を縦に振った。

「お~い、コウ君~!」

ギターを背負った唯が小走りで寄ってきた。ちょっと遅れて憂も追いついてきた。

「お前も朝からテンション高いな。」

まあ、コイツの場合は原因は分かってるけど。

「そりゃもう、今日からギー太と部活ですから!」

ぎいた?なんだそりゃ。憂にそっと聞いてみた。

「お姉ちゃんのギターの名前です。すっごく気に入ったみたいで・・・。」

「で、結局何のギターにしたんだ?」

「えっと、ぎぶそんれすぽおる・・・だっけ?」

は?まさかあのレス・ポールか?

「ひさ子、岩沢さん、どういう事だ?」

「「琴吹だ」」

二人は口をそろえてそう言ったきり何も教えてくれなかった。

その理由は放課後本人の口から直接教えてもらった。

 

「あの店。私の会社の系列なの~」

それで五万までまけさせたそうだ。田井中の話を羨ましがって。ちょっとその店に悪いことしたかも。

しかし罪悪感を覚えているのは俺ぐらいのようだ。

「・・・で、唯はなんで落ち込んでるんだ?」

「それが、律が唯のギターのフィルム剥がしちゃったんだ」

秋山が説明してくれた。

「ガキか、琴吹。唯に甘い物やっとけ」

「分かった。唯ちゃ~んケーキ食べる?」

「食べる!」

「「はや!!」」

・・・やれやれ。

唯のご機嫌が戻ったところで、早速ギターの練習をすることに。

「よし、まずはコードから覚えるか」

「了解です!」

「じゃあ、最初はCコードだな。二弦の1フレットと、4弦の2フレット、5弦の3フレットを抑えて1~5弦をストロークして。」

「?????」

唯は素性にいくつもの?マークを浮かべてフリーズしてしまった。

「紅騎、唯はまだ楽譜も読めないんだから・・・。」

「そう言えばそうだったな。」

田井中の言葉で気が付いた。・・・しょうがない。

「唯、ちょっとそこ座れ」

唯を椅子に座らせてからその背後に回る。

「いいか、ここがフレットでだいたい1~21まである。で、弦は太い方から6弦・4弦と数えていくんだ。」

「ふ~ん・・・」

「それで、俺が言ったCコードってのがこれ。」

俺が唯のギターのコードをおさえる。

「1弦から5弦までジャラ~ンってやってみな」

ジャラ~ン♪

「お~すごい!」

「よし、今度はお前の番な」

唯は少しぎこちない動きでコードを抑えた。

「・・・あれ?上手く音が出ないよ」

「もう少し強くコードを抑えた方が良いな」

「う、うん・・・よし」

ジャラ~ン♪

「やった~出来た!」

「よし、次は別のコードだ」

「え~・・・まだあるの~?」

「たかがコード一つで泣き言言うな!ほらどんどんやるぞ」

「コウ君・・・厳しいッス」

そんな言葉とは裏腹に、唯はどんどんコードを覚えていった。昔から物覚えは良いのだ。ただ集中が続かない。

 

しばらく練習すると、唯が紅茶コールをしてきた。仕方が無いのでここで、小休止することにした。

「ふ~・・・頭の中コードでいっぱいだよ~」

「綾崎、ちょっといいか?」

唯がテーブルへ向かうや否や、楽譜を持った岩沢さんがこちらに手招きをしてきた。

どうやら新曲を作っている最中らしい。

「ここのところがイマイチはまらないんだ」

岩沢さんが指摘しているのはイントロの部分とアウトロの部分だ。

「大事な第一曲目だから色々考えすぎて・・・」

だから他人の意見を聞きたいって訳か。とりあえず楽譜を覗いてみる。

一目見てロックってわかるほどアップテンポでノリの良い曲だ。・・・けど確かに違和感のような物がある。

「・・・コレは曲調じゃなくて音程の問題じゃないかもな。半音下げてみれば?」

「その手があったか・・・サンキュ、方向性が見えてきた。」

そして岩沢さんは再び曲作りに戻った。

俺もテーブルの方に座った。

「そう言えばそっちは曲作ったりとかしてるのか?」

なんとなしに秋山に聞いてみた。

「私は作詞しかできないからムギが曲を作ってる」

「琴吹が?」

「うん、ちょっと難しいけど楽しいわ~」

・・・一応やってるみたいだな。

~♪~♪~♪

いつの間にか唯が練習を再開していた。

「・・・あれ?Emってこれで合ってるっけ?」

「それはFだ。つーかなんで教えてないのに出来るんだよ。」

しかもよりによってFこーどを、だ。恐るべし天然パワー・・・。

本当に今日から始めたのかと疑ってしまうほど、唯の上達ぶりは凄い。

たぶんここにいる誰もが唯の成長に期待を抱いた。

・・・一週間後までは。

 

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン・・・。

「よし、そこまで。後ろの者は答案用紙を回収してくれ」

高校入って初の定期試験。なかなかのできだと思う。

「綾崎、テストどうだった?」

大きくのびをしてたら音無が聞いてきた。

「ん~・・・まずまずだな」

「そう言う奴ってだいたい点高いんだよな・・・」

「そう言う音無はどうなんだよ?」

「・・・まずまずだ」

「お前もかよ」

そんな会話をしながら唯の方をちらっと見る。・・・真っ白な灰になっていた。

 

そしてテスト返却日。主要5教科がある日なので全教科返ってきた。

その放課後。

「紅騎!テストどうだった?」

妙にテンションの高い田井中が食いついてきた。

「全教科満点・・・」

「嘘でしょ!?」

「うそじゃねーよ・・・ほれ」

「ほ、ホントだ・・・」

俺の答案用紙を見てかなり驚いている様子だ。

「そう言う田井中はどうだったんだ?」

「さ、300点・・・」

「3教科か?」

「5教科だよ!!悪かったな!」

なぜか逆ギレしてきた。まあ、ジャスト平均だから良かったじゃないか。

「そうだ、岩沢さんはどうだった?」

「綾崎と同じ」

「ひさ子は?」

「450」

「もー!何なんだよアンタ達は!!」

田井中は発狂しながら机に突っ伏した。

「そういや唯はどこにいった?」

周りを見渡すと、入り口付近で顔を引きつらせた唯が立っていた。

そして震える手で数学の答案用紙を取りだした。

「クラスで唯一赤点だそうです・・・」

ここで我が学校の追試制度を話そう。

私立高校ながら完全な文武両道を目指す桜が丘高校は、赤点を取った場合追試に受からなかったらその部の活動を一週間ほど停止させることになっている。

そこで我が部長は一週間後の追試に備えて唯の家で猛特訓をすることを決めた。

それに参加するのは田井中、秋山、琴吹の三人。俺を含めた三人はバイトや家の手伝いで協力は出来ない。

「秋山、くれぐれも唯を頼んだぞ。」

「分かった・・・出来るだけ頑張ってみるよ」

若干後ろ髪引かれる思いで俺は家に帰った。

 

 

 

 

そしてその日曜日、明日の追試に備えて今日は俺の家でみっちりと勉強することにした。

「・・・で、ここをAって置き換えてから因数分解するだろ。それからAを元に戻してやると」

「ホントだ!簡単にできる!」

「よし、次の問題は自力でやってみな」

「うん・・・できた!」

驚くほどの理解力の速さだ。やっぱりコイツの集中力は凄いな・・・。

ただ一つ危惧してるのはこれでせっかく覚えたコードを全て忘れてしまうことだ。

まあ、いいさ。コードはまた覚えれば良いんだし。

「よし、どんどんいくぞ」

「うん!」

 

 

 

そして追試テストの返却日。放課後の部室は妙な緊張感に包まれていた。

「唯・・・大丈夫かな?」

秋山が落ち着かない様子でそのときを待っている。

こっそり特訓をした身としては結構安心していたりもする。

ガチャ・・・。

「・・・・・・」

すると、放心状態の唯が部室に入ってきた。

「ゆ、唯・・・どうだった?」

「りっちゃん・・・どうしよう」

「ま、まさか・・・」

「私、百点取っちゃった・・・」

まさか百点を取るとは思わなかった。本当に極端だな・・・唯は。

「とりあえず、これでまたギターが弾けるな。」

「うん!みてて澪ちゃん。もうコードは完璧に覚えたから!」

そう言って弾いたコードは聞いたことのない変なコードだった。

「・・・あれ?Xってどんな音だっけ?」

「まさか、全部のコードを忘れた?」

「・・・えへへ~、そうみたい」

全員の口からため息が漏れた。

・・・本当に極端だな・・・唯は。

そして、唯のコードが元に戻るまでまた一週間かかった。

 


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