「それじゃ、また明日な綾崎~」
「おう、じゃあな~」
岩沢さんとひさ子はこれからバイトらしい。
「綾崎、ギター頼んだぞ」
「分かってるって、じゃあ、また明日」
「ああ、またな・・・綾崎」
俺たちは校門で別れた。
さっきメールで見たけど、レナはもう帰ってきているらしい。
「・・・・さて、帰るか」
しばらく歩いていると、見慣れた後ろ姿が見えた。
「お~い、唯~何やってんだ?」
「あ、コウ君~!・・・えっとね、今バイトが終わったトコなんだ~」
・・・そういや、バイトするって言ってたな。五十万のギターのために。
「ちなみに聞くけど、何のバイト?」
「車を数えるバイトだよ~カチカチカチって」
そう言ってカウンターを押す仕草をして見せた。・・・ああ、交通量調査ね。
「ちなみにどれくらいもらったんだ?」
「土日で八千円くらいかな?」
「・・・・・・」
どう考えても無理だろ・・・それ。
「大丈夫だよ!私頑張るから!」
そんなこと言われたら応援するしかないじゃないか・・・。
「・・・頑張れよ」
「うん!」
一応俺たちも軽音部なんだから手伝わないといけないんだろうな・・・そもそも、練習が出来ないからな。
「平日もバイトするのか?」
「そのつもりだよ~」
「じゃあ、明日から俺たちも手伝うよ」
「え?本当?」
まだ二人に了承は取っていないが、ここは副部長権限てことで。
「もちろん」
「ありがとう!コウ君!」
「どういたしまして・・・っと、じゃあ、俺こっちだから。じゃあな、唯」
「うん、バイバイコウ君!」
「・・・と、ゆーわけで今日から三人が参加することになりました!」
翌日の放課後、俺、岩沢さん、ひさ子も唯達のバイトを手伝うことにした。
まあ、ほとんど俺が強引に誘ったんだけども。
・・・そうもしないと、早く練習が出来そうにないからな。そう言ったら、渋々と言って様子で参加すると言ってくれた。
・・・ウチの幼馴染みがご迷惑おかけします。
「じゃあ、唯、紅騎、岩沢、ひさ子のグループでローテーション組んでな~」
さも当然のように部長は、バンドメンバーから唯を外そうとした。イジメ、ダメ、ゼッタイ。
「ちょっと待て田井中。何で唯が入ってるんだ?」
「ふふん、そっちの方が唯のモチベーションが上がるからな!」
・・・意味分かんねえ。
「よろしくお願いしますコウ君!」
「・・・はいはい」
「じゃあ、早速くじで決めようぜ!」
「それは良いけどひさ子、何で手際よく割り箸を持ってるんだ?」
「気にしない気にしない!ほら、さっさと引く!ちなみに赤色が後、青色が先な」
ひさ子の合図で一斉にくじを引く。
俺の割り箸の先端は赤色だ。
岩沢さんが青、唯が青、ひさ子が赤。
「決まったな。じゃあ、唯と岩沢行ってらっしゃい!」
「ああ、・・・じゃあ行くか」
「あ~コウ君~」
唯は思いっきり残念がりながら仕事場に向かっていった。
・・・本当にモチベーションが上がるのか?
「ふふふ・・・狙ったとおり」
・・・ん?聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?
「ひさ子・・・お前・・・まさか」
「私が用意した割り箸を私に持たせたらだめだぞ☆」
「・・・おい」
完全にいかさまじゃないか。まったく・・・あれ?
「じゃあ、なんで岩沢さんと組まなかったんだ?」
「分かってねーなー。あの組み合わせのおもしろさが」
「・・・確かに珍しい組み合わせだと思うけど。あれのどこがおもしろいんだ?」
「ひ・み・つ♪」
わざとらしく人差し指を口に当て、ウインクをしてきた。
「はいはい・・・じゃあ、どっかで時間潰してるか」
「はぁ?何言ってんだ綾崎!隠れて二人の会話を聞くに決まってるだろ!」
さも当たり前のようにそんなことを言い放つ。
「・・・嫌といったら?」
「そうだな・・・私が綾崎にべったりくっついて、世間に誤解を振りまくってのはどうだ?」
「・・・分かったよ」
そんなことをされたら明日から変な噂が学校中に広まるのは目に見えている。
従うしか無いのか・・・。
「ほら、早く行くぞ綾崎!」
「はいはい・・・」
気配を悟られないようにこっそりと俺たちは垣根の後ろに隠れた。
丁度真正面に唯と岩沢さんがいる。
「まさみちゃんはどこに住んでるの~?」
意外と近いところから聞こえてくる会話に少し、どきりとする。
「電車で二駅離れたところ・・・」
「へ~・・・じゃあ、ムギちゃんと同じ電車だね~」
「ムギちゃん?」
「あ、ムギちゃんは軽音部でいっつもお茶とお菓子をくれる子だよ」
「ああ・・・あいつか。・・・で、平沢は?」
「私?・・・何が?」
「・・・住んでる場所」
「私はコウ君の家の近くに住んでるんだよ~」
「ふ~ん・・・じゃあ、結構学校から近いんだ」
「あれ?まさみちゃんコウ君の家の場所知ってるんだ」
「・・・まあね」
何のおかしいところもないただの会話だ。・・・コレのどこがおもしろいんだ?
「なあ、ひさ子・・・これのどこがおもしろいんだ?」
「し!静かに・・・私の勘ならそろそろ始まる」
「始まるって・・・何が?」
「ふっふっふ・・・こ・い・ば・な」
「こいばな?」
「ガールズトーク・・・」
ガールズトークね・・・確かにこの二人で女子らしい会話をする所なんて滅多に見られない・・・と思う。
「平沢は綾崎と幼馴染みなんだってね?」
「うん、一応小学校から一緒だよ~」
始まった・・・のか?
ひさ子に視線を送ると、楽しそうな顔でうなずいてきた。
始まったみたいだ。
・・・つーか、俺の話をしてるのに何でガールズトークになるんだよ!?意味分かんねーよ!
「・・・一応?」
「うん、コウ君ね・・・小学校の卒業式の日に引っ越ししちゃったんだ」
「じゃあ、三年越しの再会か・・・」
「うん、最初は分からなかったよ。すっごく変わってたんだもん!」
「そんなに変わってたの?」
「うん!背は私より大きくなってるし、声が変わってたし・・・・怖かったし」
最後の言葉はかなり弱々しく発せられた。
同時に俺の心にも少し突き刺さる物があった。
・・・そうか、怖がらせてたんだ。
「また会えて嬉しかった気持ちもあったんだけど・・・あんなに変わっちゃったコウ君がちょっと怖かった」
「確かに色々ありすぎたからな・・・変わるのも当たり前か」
「まさみちゃん・・・知ってるの?コウ君の昔の話」
「ああ、聞いててあまり良い気持ちはしないな・・・あの内容は」
「うん・・・」
「綾崎・・・そろそろ交代の時間が近づいてる・・・」
ひさ子が後ろからちょんちょんと背中をつついてきた。
「・・・分かった」
どう聞いてもガールズトークじゃねえだろ・・・。
「よし・・・後はゆっくりお話ししようじゃないか」
何がよしなのか分からないが、ひさ子はとても楽しそうに笑っていた・・・なんで?
「さて・・・何から聞こっかな~」
唯達と交代して、持ち場の椅子に座った直後、早速ひさ子が口を開いた。
「別に・・・話すことは何もないぞ?」
「じゃあまずわぁ・・・岩沢と平沢、選ぶならどっち?」
「・・・意味が分からない。なんでいきなり二人の名前が出てくるんだ?」
それに選ぶって・・・何をだ。
「じゃあ、岩沢をどう思う?」
「凄い人、音楽にかなり熱心な人、時々可愛い。・・・以上」
「ふ~ん・・・で、平沢は?」
「天然、ドジ、優柔不断、ただし俺の大切な幼馴染み・・・以上」
「そんな恥ずかしいこと、良く淡々と言えるな」
「別に、恥ずかしくも何ともねーよ。ちなみにひさ子は、強運、策士、好奇心旺盛、猫みたいで可愛いだけど?」
「ほ、本人を目の前にして良くそんな冗談言えるな・・・」
「・・・・?冗談に聞こえたか?」
「・・・特に最後の方」
「いや、絶対お前猫っぽいって。・・・そうだ、試しにニャ~って言ってみろよ」
「・・・に、ニャァ・・」
言うだけで良かったのに、ご丁寧に仕草までつけてきた。
まあ、いいや。バッチリムービーで保存したし。・・・意味無いけど。いや、意味はあるか。可愛かったし。
「・・・マジでやるんだ・・・」
「お、お前がやれって言ったんだろ!?」
「悪い悪い・・・けど、やっぱ可愛かったぞ?」
「も、・・・・もう知るか!!」
やっぱり怒ったか・・・いつぞやの仕返しのつもりでやったんだけど。
・・・意外とおもしろいな、ひさ子イジり。
今度いじられたら、忘れたくらいにまたイジり返してやろう。
それから俺たちは毎日バイトを続けた。収入は一人三千円だから五日間で十万五千円。
これを約一ヶ月間繰り返せば目標金額に追いつく。
・・・そのはずだった。
「やっぱり自分のお金は自分で使って~」
平日が終わろうとする金曜日に唯がそんなことを言ってきた。
「何言ってるんだよ唯!それじゃいつまで経ってもギター買えないぞ!?」
「りっちゃんそれなんだけどね・・・やっぱり違うギターにしようと思うんだ」
「唯がそう言うなら俺は反対しないけど・・・本当にそれで良いのか?」
「うん・・・これ以上みんなに迷惑掛けられないし。」
「そうか・・・分かった。じゃあ、明日にでも買いに行ってこい」
「・・・コウ君は着いてきてくれないの?」
「悪いな。今週は店が忙しくて抜け出せそうにないんだ。代わりを頼めるかな?ひさ子、岩沢さん」
再び副部長権限発動。
「・・・別に良いけど」
「そう言うコトじゃ仕方ないなー」
二人とも再び渋々と言った様子で了承してくれた。・・・度々ご迷惑おかけします。
「と、言うわけで唯の付き添い頼んだぞ。部長」
「わ、わーったよ・・・それじゃ、今日は解散なー」
田井中の言葉で、みんなそれぞれの家路についていった。
俺と唯も自分の家の方に向かって歩き始めた。
「ごめんね・・・コウ君」
「・・・なぜ謝る?」
「だって、いっぱい迷惑掛けちゃったし・・・」
「今に始まったコトじゃねーよ」
「ひ、ひどいよコウ君・・・」
気づいたら俺は唯の頭を撫でていた。無意識中に。
「ギター・・・みっちりしごいてやるから覚悟しとけよ?」
「う、うん・・・」
「おーい!そこのバカップルー!!」
後ろから聞き覚えのない声が響いた。
振り返ると自転車に乗った青髪の男が手を振りながら接近していた。
よく見ると荷台に音無がいる。
「・・・・誰?」
「日向だよ!日向!同じクラスだろ!?」
「そうだったけ・・・音無?つーかなんで荷台に載ってるんだ?」
「こっちが聞きてーよ・・・」
ドドドドドドドド・・・
どこからともなく何かの足音のような物が聞こえてきた。
すると、日向達の背後に砂煙が見え始めた。
「や、ヤベェ!来たぞ音無!頼む綾崎、あっちに行ったって言ってくれ!・・・それじゃな!バカップル!」
「ひ、日向!いきなりこぎ始めるなって!」
そう言って日向達はあっという間に見えない距離まで行ってしまった。
「な、何だったんだ・・・?」
あっちに行ったって・・・何に追われているんだろう?もし、柄の悪い連中だったら、言うとおりにしてやらなくも無い。
「アンタ達!!」
また背後から呼び止められた。今度は頭にリボンを付けた紫色の髪の女の子が息を切らしていた。
「な・・・なに?」
「さっき自転車に乗ったアホ二人が通らなかった!?」
アホ二人・・・って、アイツらのことで良いんだろうか?
「それって、青髪と赤髪?」
「そうよ!!知ってんなら早く教えなさいよ!!」
「この道を真っ直ぐ行っt・・・」
反射的に日向達が逃げた方向を指さしてしまった。・・・まあ、良いよな。柄の悪い男達じゃないし。
「ありがと!」
最後まで聞かずに女の子は日向達よりも目に見えて早いスピードで走り去っていった。
「コウ君・・・今のは知り合いの人?」
「自転車の赤髪は知ってるけど、他は初対面だ」
「ふーん・・・」
俺がついさっき行った裏切りを唯は気にする様子も無く、返事も素っ気ない。
「そんなことより早く帰ろうか?」
「うん、そだね~」
恐るべし、天然パワー・・・。
遙か彼方で男二人の断末魔がこだましているような気がするけど、気にしないことにした。