触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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一年生編
1話「・・・・きれいだ」by紅騎


ピピピピッピピピピッピピピピ・・・・

「はいはい・・・今起きますよーっと・・・」

けたたましいアラーム音をかき鳴らす目覚まし時計を黙らせてから、時間を見る。

現在時刻六時三十分。

「げっ・・・・早!?」

誰だよ?こんな時間にセットしたヤツは!?

「・・・・・俺か」

二度寝をするほど時間もないので、もぞもぞとベッドから抜け出す。

寝間着から制服に着替えるところであることに気が付いた。

「・・・・これ、中学の制服じゃねーか」

そうか・・・今日から高校生なんだな・・・。

学ランを脱いで俺が通う学校、桜高校のブレザーに着直す。

それから顔を洗って、キッチンに向かう。

冷蔵庫を開けると、卵2つとベーコンが1パックしか無かった。

「しょうがねーなー・・・」

トーストにパンを二枚セット、フライパンに油を入れ火を通す。

ベーコンを敷いて両面焼いてから卵を一つ投下、火を弱めてふたをして軽く蒸す。

一品目、ベーコンエッグ完成。

次にもう一個の卵をとぎ、牛乳を入れてからフライパンにぶち込む。

弱火のままひたすらかき混ぜる。

二品目、スクランブルエッグ完成。

カシャッ!

丁度トーストも焼き上がった。

今日は午前で学校が終わるらしいから、昼飯の心配はない。

「いただきます・・・」

 

 

 

お察しの通りこの家、正確にはマンションの一部屋だが、ここには俺一人しか住んでいない。

母さんは俺が生まれたのとほぼ同時に死んだらしい。

親父は、交通事故で死んだ。

・・・・そういうことになっている。

親父は俺のせいで母さんが死んだと思っていた。

死ぬ直前まで俺を憎んでいたに違いない。

俺も否定はしなかった。

両親がいない状態で高校進学など不可能だと思っていたが、救いはあった。

桜高校の特殊生制度。

学費の免除だけでなく、その他の費用も例外はあるが負担してくれるとんでもない制度だ。

先攻される条件は二つ。

全ての教科で満点を取ること、学業以外で特筆するモノがあることだ。

先攻されるのは四人のみ。

俺はその椅子を何とか勝ち取ることができた。

そして俺は今年から高校に進学できたのだ。

このマンションに引っ越ししてきたのは、学校へ歩いて通える距離なこと。

訳ありで家賃が破格の値段だったことなどの理由で、だ。

「・・・ちょっと早いけど、出発するか」

現在時刻、七時半。

まあ、ゆっくり行こ。

 

 

「しかし・・・変わってないな、この町は」

実を言うと、俺は小学校までこの町に住んでいた。

中学に上がる直前、親父の仕事先の都合で引っ越したが、俺はまたここに帰ってくることができた。

「ちょっと寄り道していくか・・・」

俺は大通りを外れて、記憶を頼りに小道を進んでいった。

「確かこの辺りのはず・・・・お、あったあった!」

俺の目当ての場所は、この町で唯一の音楽スタジオ”UNISON”だ。

この店を一人で経営しているマスターは、俺に一からギターを教えてくれた人だ。

引っ越しをした後も何度かメールでやり取りをしていたから、大体俺の事情を知っている。

ここで働くように話を持ち出してくれたのもここのマスターだ。

本当に、あの人には感謝してもしきれないよ。

「・・・定休日」

入り口に、アコギの形をしていて赤文字で定休日と書かれたプレートが掛けてあった。

「・・・・午後にまた来るか」

とりあえず今は学校だ。

 

 

 

 

 

「・・・やっぱり早く来すぎたか?」

現在七時五十分。

クラス分けの紙すら貼り出されていない。

「しゃーない・・・待つか」

桜の木の下にベンチがあったのでそこに腰掛けた。

 

~~~~~♪

 

 

ふと背後から、アコギの音が聞こえた。

知らない曲だが、なんだか優しい音色だ。

振り返ると、一人の女の子がギターを弾いていた。

セミロングの赤い髪や、健康的な体つきから活発そうな印象を与えてくる。

反対に彼女の奏でる音楽は優しく、透き通るようだった。

それに、舞い散る桜の花やそよ風に囲まれてとても幻想的に見えた。

「・・・・きれいだ」

素直にそう口にしてしまった。

それで俺の気配に気が付いたのか、演奏を止めて片付けを始めた。

「あ、ごめん。邪魔しちゃったかな?」

「別に・・・」

そう一言だけ言って校舎の方に消えていってしまった。

「気を悪くしたかな?」

まあ、次に会ったら謝っておこう。

リボンの色は俺と同じ青色だから、一年か・・・。

キーンコーンカーンコーン・・・。

十分前を知らせる予鈴が鳴った。

「おっと・・・やべぇ、やべぇ」

急いでクラス分けを確認して教室に向かった。

 

 

 

 

「・・・男子少ねぇ」

もともと女子校であったためか、未だに男子比率は少ないらしい。

覚悟はしていたが、これほどとは・・・。

”あ”から始まるのは俺の綾崎しかいないので、席は一番右の先頭・・・では無かった。

なぜか逆順に席が采配されていたので、一番左の最後尾だった。

とりあえず自分の席に座った。

幸運にも俺の隣は男だった。

「すごい男女比だよな・・・」

「ああ、俺も最初はびっくしりた」

「まあ、少ない男同士仲良くしようぜ。俺は綾崎紅騎」

「ああ、よろしく綾崎。俺は音無結弦だ」

音無か・・・なかなか良いヤツみたいだ。

「さっきから気になってたんだけど、そのギターケースって綾崎のか?」

音無は後ろに立て掛けてあるギターケースを指さした。

「いや、俺のじゃないよ・・・前の子じゃない?」

「ふ~ん・・・」

俺はちらっと前の席を見た。

「・・・・え?」

バッチリと前の子と目が合ってしまった。

忘れるはずがない、さっきギターを弾いていた子だった。

「アンタ、ギターやってんの?」

俺の左手を指さして聞いてきた。

確かに俺の左手の指の皮はギターを長年弾いていたせいで固くなっている。

「お、おう。やってるけど・・・。あ、そういやさっきは悪かったな。何か悪いコトしたみたいで」

「別に・・・アンタは何も悪いことはしてないよ」

そう言ってまた前を向いてしまった。

「お、おい綾崎。知り合いか?」

「いや、ちょっとね・・・」

説明も面倒なので、軽くごまかしておこう。

「なんだ・・・ちょっとでも仲が良いヤツが増えれば安心するのに」

「残念ながら俺は県外から戻って来たからな・・・知り合いはたぶん一人もいないぞ?」

「戻ってきたって・・・昔ここに住んでたのか?」

「ああ、小学校までな」

キーンコーンカーンコーン・・・

ガラガラガラ・・・

「は~い、みんな~席について」

「お、始まったみたいだな」

「・・・みたいだね」

俺と音無は横に向けていた身体を正面に向けた。

「私が、今日から君たちを一年間担当する佐藤と言います。みんな、よろしく」

生徒受けが良さそうな先生だな。・・・・当たりかな?

「それじゃあ、早速だけど出席を取るわよ。綾崎紅騎君」

「はい」

「岩沢まさみさん」

「・・・はい」

ふ~ん・・・岩沢まさみって言うのか。覚えておこう。

何となく周りを見渡した。

せっかくこの町に戻ってきたんだ。一人くらい知り合いがいたっておかしくないよな。

・・・・知り合いか。

そう言えばアイツ、どうしてるかな・・・。

小学校の頃、俺の唯一の友達で、小さいときから一緒だった。

何も言わずに突然引っ越しちゃったからな・・・悪いコトしたなぁ。

名前は確か・・・えっとぉ・・・。

「平沢唯さん・・・・あら?平沢さんは?」

そうそう・・・平沢唯だ!

・・・・・ん?

さっき先生何て言った?

「誰か平沢唯さんがいない理由を知らないかしら?」

ダダダダダダダ・・・・ガラガラガラ!

「遅くなりました!!」

いや、ただの人違いだよな・・・そんな偶然あるわけが無い。

・・・けど、あの時と変わらない茶色いボブカットの髪型と、黄色いヘアピンは間違いなくアイツだった。

「えっと・・・平沢唯さん?」

「はい!」

「・・・・もういいわ。席に着きなさい・・・」

「は~い・・・」

「綾崎・・・どうした?」

俺の態度に気が付いたのか、音無がそっと声を掛けてきた。

「前言撤回・・・一人知り合いがいた」

「まさか・・・あの子か?」

「ああ、あの遅刻してきたヤツだ」

「そ、そうか・・・」

音無は苦笑いしながら正面にむき直した。

「それじゃあ、これから入学式が始まるからみんな講堂に移動して」

入学式か・・・あれ?確かスピーチか何か任されてなかったっけ?

教室を出るとき先生がスピーチ用の紙を渡してきた。

・・・・やっぱりあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・であるからして~君たち新入生諸君には今まで以上の・・・・」

・・・・退屈だ。

さすが学校長の挨拶。予想以上の麻酔力だ。

・・・つーかアイツ前の方の癖して寝てやがるし。

アイツとは無論平沢唯のことだ。

「すぅ・・・すぅ・・・」

岩沢さんも堂々と寝てるし・・・。

俺か?俺は確かに退屈は退屈だが、スピーチがコレの次なんだ。寝られるはずがない。

「結びになりますが~生地諸君。これからの三年間精一杯過ごしてください。以上です」

「続きまして、特殊生挨拶。今年度の特殊生は、綾崎紅騎君、岩沢まさみさん、音無結弦君、立華奏さんの4名です。代表して綾崎紅騎君、どうぞ」

「はい」

不自然な動きをしないように、最善の注意を払いステージに上がった。

ブレザーから、さっき渡された紙を取り出す。

・・・・マジかよ。

紙には何も書かれていなかった・・・綺麗な真っ白な紙だった。

あ~つまり、特殊生はこのくらいのことはこなして見せろってことかい・・・。

ちらっと、教師陣の方を見るとうっすらと挑戦的な笑みを浮かべていた。

ありきたりな前文を言ってから俺はここで言うべきことを話し始めた。

「皆さんも知っての通り、特殊生は特別な理由で高校へ進学できない学生のために設けられた制度です。俺もその一人です」

ここは本来自分のことは”僕”とか”私”って言うべき何だけど、コレは自分の言葉だ。

だから自分のことは俺と呼ぶ。

「母は、俺が生まれるのと同時にこの世を去り、父も半年ほど前に事故で死にました。身内もいない俺が進学できるはずがない。そう思っていました。」

一瞬にして周りの空気が重くなった。・・・何か申し訳ない気持ちになったが気にしたら負けだ!

「だけど、この制度のおかげで俺はこうして今、入学式を迎えることができています。一度は諦めかけていた普通の高校生活を送ることができる。それだけで俺はとても感謝しています」

一度しんみりさせた後、こういう言葉を使うと心に響きやすいってどっかの本に書いてあったから応用させてもらう。

「俺はその感謝の気持ちを込めて、これからの三年間をすばらしいモノにしていこうと思います。・・・・以上で代表の言葉とさせてもらいます。」

一礼して、ゆっくりとステージを降りた。

う~ん・・・やっぱアドリブって難しいな・・・。

そして、入学式はそつなく進められていった。

 

 

 

 

 

「みんな、入学おめでとう。綾崎君立派だったわよ」

「そりゃどーも・・・」

いくら特殊生だからってあれは意地が悪すぎな気がするけどな。

「じゃあ、今日はコレで放課になるから部活動に見学に行ったり、校内を歩き回ったり自由にして良いわ。それじゃあまた明日」

先生はそう言って教室から出て行った。

・・・・さて、俺はどうするかな。

とりあえずあのライブハウスに行かないと。

岩沢さんの姿はすでに無かった。

 

 

 

 

 


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