身を焦がすような一日だった。でも、それももうじき終わる。明日からまた同じような日々がしばらくは続くだろう。それがこの国の夏だ。
傾いた太陽は昼間とは違った景色を描きだしていた。山々の向こうに、姿を隠そうとしている。
人々を魅了するその景色を、少女はじっと哀愁を含めた目で見つめていた。一人の少年の言葉から始まった会話を思い出す。もう、何度目だろう。数える気も起きない。できれば、思い出したくないからだ。
付き合うことにした
その言葉が始まりだった。彼は少女の手を握り、皆の前で告白した。彼が握っている手の主は、自分の親友だった。彼女の大ファンである、二人の男友達は号泣し、祝いの言葉を口にした。
でも、彼女は少し違った。大好きな二人の、真っ赤な笑顔を見て、自然と笑い返していた。心から告げた祝福の言葉に、二人は今までにない幸に満ちた表情を見せてくれた。
それが嬉しかった。まるで、自分の事のようだったから。
そこに、一切の偽りはない。けれど、なぜだろう。同時に、言葉にできない感情が胸を穿いていた。
思い出すのは、手をつなぎ、笑っているあの二人の姿だ。自分も嬉しいはずなのに、時間がたった今、なぜか笑えなくなってくる。
ベンチの背もたれに、体を預ける。
「そっか……そうだったんだ……」
人は単純な生き物ではない。感情というのはそれだけ複雑だ。永遠に広がり、形を変えていく迷路だ。だから、出口も突然現れる。
「私……好きだったんだ。ロックマン様じゃなくて、スバル君のこと……」
ハンターVGを取り出し、パートナーのモードにフォルダを開いてもらう。画面に、自分を助けてくれた、青いヒーローの写真が敷き詰められる。憧れで、愛していた存在。辛い時は、いつもこれを眺めていた。それだけで元気をもらえたから。でも、今は違う。一枚一枚が彼女を傷付けて行く。モードに閉じてもらった。
「なにしてんだ?」
「……ジャック?」
小柄で、黒い服に身を包んだ少年が彼女の隣に腰かけた。
「まだ、星が見える時間じゃないわよ?」
「展望台に来た理由は、星を見るためだけじゃないだろ?お前みたいにな。」
ずいっと片手を突きだした。その手には水滴をつけた缶が握られている。
「あたし、オレンジジュースって苦手なのよね」
「嘘つけ。生徒会長就任祝いで飲んでたろうが……」
「あれは……その……」
受け取りながらも、皮肉を言ってやる。彼が嫌いなわけではない。相手の優しさを素直に受け取れない。それがルナという少女だ。
「なさけねえな」
「はぁ?」
「なさけねえ!って言ってんだ。がっくりと落ち込みやがって。目ざわりだぜ? どうせ、大した悩みじゃないんだろう?」
「っ! あんたに何が分かるのよ!」
ルナのどなり声が展望台に響き渡る。
「あんたなんかに、あたしの気持ちは分からないわよ! 失恋した女の……気持ちなんて……失恋……した、ん……だから……」
「何がどういう風に?」
「だから! あたしは……ロックマン様が、好き……だと思ってたの……よ! けど……違ったの! あたしが……あたしが好きなのは、ス……バル……君で……でも、ミソ、ラちゃんが……二人が……」
ぽたぽたと雫が地をうった。雨ではない。涙と共に、胸の内をさらけ出した。誰にも言えなかった、自分でも気づけなかった、そして、今気づけた全てを吐きだしていく。
ときおり、手に持ったジュースで喉の渇きと痛みを和らげていく。丸々一本無くなった時、ジャックからもう一本受け取った。ふたを開け、ごくごくとのどに流し込む。でも、まだ全てを打ち明けていない。
さらに話は続く。
気づけば、日はすっかりと沈み。星が見え始めていた。そのころになり、ようやくルナの口と涙が止まった。頭が痛い。けど、胸の痛みと挙動は収まっていた。
「すっきりしたか?」
「……ええ……大分……」
「そっか、なら、もうだ以上だな? お前が泣いている姿なんて、みっともなくて、見てられない。それに、そんな姿は生徒会長として示しがつかないだろう?」
「みっとも無いって何よ!?」
きっと目を尖らせ、高圧的に迫る。
「そうそう、その調子。その方がお前らしいぜ?」
「あ……」
ようやく気付いた。
彼はずっと話を聞いてくれていたのだ。小一時間もの間、ずっと。挑発的な言葉遣いも、プライドの高い自分から話を聞き出すため。それと、自分の分にと持って来てくれていたジュースを渡してくれた。自分への細かい気遣いが、嬉しかった。
「……ありがと……」
「うん、じゃあな?」
「待ちなさい!」
「……え?」
がしりと腕を掴まれた。振り返ると、いつものふんぞり返ったルナがいた。
「ジュースだけじゃあ、すっきりしないわ!ジャック、晩御飯おごりなさい!」
「はぁ!?なんで俺が!? 金ならお前の方が持ってるだろう!?」
「女の子におごらす気!? 男の根性叩きなおしてあげるわ!」
もう、いつも通りの傲慢委員長……いや、生徒会長だ。
「さあ! どこ行こうかしら? あの店とこの店は外せないわね? あ、あそこも良いかも? モード、検索して!」
「おい! 何件回るつもりだ!?」
「心が満たされるまでよ! 失恋にやけ食いは付きものじゃない!」
「だから……なんで俺が……」
「慰めてくれるんなら、最後まで責任とりなさいよね?」
こうなったらだれにも止められない。地球を救ったヒーローにも止められない。無論、ジャックではとても無理だ。
「はぁ……しゃあねぇな……」
「ほら! しゃきっとする! 男の子なんだから、しっかりエスコートしなさい!」
「はいはい……」
腕にしがみつく、自分より少し背が高い彼女を連れ、歩き出した。
翌日、すっからかんになった財布をひろげ、ため息をつくジャックの姿があった。しかし、不思議と嫌そうな顔ではなかったという。
今回は、珍しくジャックとルナです。この二人の組み合わせは結構好きだったりします。