流星のロックマン 思いつき短編集   作:悲傷

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バレンタインが終わって、もうすぐ10日。
まだバレンタインネタを書いてます。
そして中編って……終わらねえ……


バレンタインver.2019年(中編)

 翌日は晴天だった。2月の寒さをほんの少しだけ和らげてくれるような、優しい日光が降り注ぐ。そんな空模様とは裏腹に、ミソラの周りにはどんよりとした空気が漂っていた。

 

「ハアァァァ……」

 

 テーブルに突っ伏して盛大に息を吐く。周りに散らばっているチョコづくりの道具には手が伸びない。

 

「どうしたの? あなたらしくないじゃない」

 

 せっせと調理を続けているルナが心配そうに尋ねた。今日は二人でチョコを作る約束をして、ミソラの家を訪れているのだ。

 ちなみに、ルナは市販のチョコを溶かして、手作りのイチゴソースをいれるらしい。チョコを溶かして固めるしかしないミソラと比べると、料理の腕前ではすでに天地の差が開いている。

 

「いや……何でもないよ……」

 

 ようやく体を起こすと、市販のチョコに手を伸ばした。砕いてボールに入れていく。この後、お湯を沸かした鍋に浸して湯煎するのだ。作業の第一段階のようなものである。だがそれもなかなか進まない。

 理由は当然、昨日のスバルのメールである。あの一言を見た後だと、どうしても気が乗らない。手作りが重いなんて言われたらどうしよう。という心配が過る。

 今自分は、手間暇かけて迷惑をかけようとしてるのではないだろうか。

 

「ミソラちゃん」

「ふぇ!?」

 

 突然の呼びかけに飛び上がった。手に持っていたチョコを思わず落としそうになる。

 

「何か悩み事があるなら、相談に乗るわよ?」

 

 ギクリと、そして胸が痛くなった。スバルのことについて、ルナに相談なんてできるわけがない。彼女の思いをミソラは知っているのだから。スバルを手に入れたことについては全く悪いとは思っていない。だからと言って、今回のことをルナに相談できるほど無神経でもない。

 

 

「な、何でもないよ! よ~し、頑張っちゃうぞ~」

 

 元気に振る舞って見せて、再びチョコを砕き始める。だが、その目はすぐに虚ろになっていく。ルナが見ていることには気づくこと無く。

 やがてミソラのチョコ砕き作業がようやく終わる。

 

「……次、お湯沸かさないとね」

 

 軽く手を拭くと、ミソラはルナに背中を向けて、すぐ傍の台所へと移動した。蛇口を捻ると、お鍋に水が溜まっていく。これからこれをコンロにかけてお湯にするのだが……今は冬、水は低温、時間がかかる。手間暇かけて何をしているのだろう……。また悪い考えが過ってしまった。

 そんなことをしているから集中力を欠いてしまうのであって……水を溜めたお鍋を持ち上げる。濡れた取っ手を掴んだせいだ。手が滑った。ひっくり返った鍋が床に落ち、大音と水をまき散らした。

 

「キャッ!」

「何やってるのよ!」

 

 慌ててルナが雑巾を手にして駆け寄った。モードとハープもウィザード・オンして手伝い始める。

 

「あ、あの……」

「良いから、ミソラちゃんはお鍋を戻して」

「う、うん……」

 

 慌てて鍋を退けて、思い出したようにミソラも雑巾係に加わる。2人と2体で作業したからだろう。床にまき散らした大部分はすぐに終わった。後はテーブルや椅子の足などについてしまった、細かい部分をふき取るだけだ。手分けして作業に当たる。

 

「何やってるんだろう……」

 

 誰にも聞こえないぐらい小さな声で、ミソラは一人呟いた。ルナを招いて一緒にチョコづくりをしているのに、一人悩んで気落ちして、おまけに失敗して迷惑をかけて……酷いにもほどがある。

 

「ハァ……」

 

 今度のため息は、小さく……とはいかなかった。ついつい、大きなものが出てしまった。だからこそ、それは不意打ちだった。

 

「スバルくんと何かあったの?」

 

 ビクリとミソラの肩が飛び上がった。

 

「……え?」

 

 声が上ずっていた。

 

「な、何の話……かな?」

「やっぱりね」

 

 何も話していないというのに、ルナは1人納得したという顔をしている。

 

「聞かせなさい。スバルくんと喧嘩でもしたの?」

「や、やだなあルナちゃん。別に、私スバルくんと喧嘩なんて……」

「喧嘩じゃなくても、なにか困ったことがあるんでしょ?」

 

 問答無用。そんな鋭い両眼がミソラを捕らえて離さない。

 誤魔化そうとしても無駄。そんな言葉がミソラの胸の内に浮かんだ。

 

「……なんで、スバルくんのことだと思ったの。お仕事かもしれないよ?」

「それなら私に相談してくれるでしょ。もしくは、笑いながら話してくれる。あなたはそういう子でしょ」

 

 何も言い訳できなかった。彼女は全てを見抜いている。いや、人をしっかりと観察している。

 敵わない。観念することにした。

 

「実はね……」

 

 全部話した。昨日の事、スバルとのメール……履歴も見せた。

 ルナはフンフンと頷くと、大きく深呼吸した。

 

「で、重くてスバルくんに迷惑をかけてるんじゃないのか……と、悩んでいたのね」

「……うん」

 

 鼻から息を吐き出すと、ルナは沈黙した。目を閉じて、腕を腰に当てて、何も言わない。

 まるで母親に怒られている子供のように、ミソラは縮こまって動けない。

 

「あのね、ミソラちゃん」

「……うん」

 

 ああ、怒られる……ミソラの胸中にそんな予感が走った。

 

「そんなこと、悩まなくっていいわよ」

 

 そんなの杞憂。と言ってくれるような、優しい声だった。

 

「そう……かな?」

 

 ホッとはしても、胸の不安はぬぐえない。ハンターVGのメール画面を開いてしまう。

 

「それがどうしたっていうのよ」

「あ……」

 

 ルナの手が横から伸びてきて、プツリとエアディスプレイが閉ざされた。

 

「重い……相手の男の子が嫌がった……だから何?」

 

 ルナは人差し指をミソラに向けた。

 

「なに遠慮なんかしてるのよ。あなたはトップアイドルの響ミソラなのよ」

 

 そして顔を掴む。

 

「こんな可愛い子が、一生懸命作ってるチョコが重い? 随分とまあ、スバルくんも贅沢なことね。言わせておけばいいわ。そんなの」

 

 そして両手をミソラの肩に置いた。感じるルナの温もりが嬉しくて、不思議と落ち着いてくる。

 

「……そう……かな」

「そうよ。それに、そんなことであなたのことを嫌いになるような人かしら。そんなにつまらない人なの? あなたの恋人は?」

 

 その言葉で、ようやくミソラの目に力が戻った。そうだ、何を心配していたのだろう。

 

「そんなことはないよ。絶対に」

「なら、することは分かってるわね?」

「うん……私作るよ。思いっきり、好きって気持ちを込めてやるんだから」

「その意気よ」

 

 頷くと、ルナはミソラの肩を軽くたたいた。

 

「さあ、続きをするわよ」

「うん」

 

 ミソラはテーブルの前に立ち、袖をめくる。もう不安何てどこにもなかった。

 

「よ~し、待ってろよ、スバルくん!」

 

 思いを込める。自分の気持ちを……。作業を再開しようとする。そして止まった。

 

「ミソラちゃん、今から湯煎でしょ?」

 

 いそいそと台所に戻って、蛇口をひねった。

 そんなところどころ空回りするミソラの背中に、ルナは小さく微笑んだ。


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