まだバレンタインネタを書いてます。
そして中編って……終わらねえ……
翌日は晴天だった。2月の寒さをほんの少しだけ和らげてくれるような、優しい日光が降り注ぐ。そんな空模様とは裏腹に、ミソラの周りにはどんよりとした空気が漂っていた。
「ハアァァァ……」
テーブルに突っ伏して盛大に息を吐く。周りに散らばっているチョコづくりの道具には手が伸びない。
「どうしたの? あなたらしくないじゃない」
せっせと調理を続けているルナが心配そうに尋ねた。今日は二人でチョコを作る約束をして、ミソラの家を訪れているのだ。
ちなみに、ルナは市販のチョコを溶かして、手作りのイチゴソースをいれるらしい。チョコを溶かして固めるしかしないミソラと比べると、料理の腕前ではすでに天地の差が開いている。
「いや……何でもないよ……」
ようやく体を起こすと、市販のチョコに手を伸ばした。砕いてボールに入れていく。この後、お湯を沸かした鍋に浸して湯煎するのだ。作業の第一段階のようなものである。だがそれもなかなか進まない。
理由は当然、昨日のスバルのメールである。あの一言を見た後だと、どうしても気が乗らない。手作りが重いなんて言われたらどうしよう。という心配が過る。
今自分は、手間暇かけて迷惑をかけようとしてるのではないだろうか。
「ミソラちゃん」
「ふぇ!?」
突然の呼びかけに飛び上がった。手に持っていたチョコを思わず落としそうになる。
「何か悩み事があるなら、相談に乗るわよ?」
ギクリと、そして胸が痛くなった。スバルのことについて、ルナに相談なんてできるわけがない。彼女の思いをミソラは知っているのだから。スバルを手に入れたことについては全く悪いとは思っていない。だからと言って、今回のことをルナに相談できるほど無神経でもない。
「な、何でもないよ! よ~し、頑張っちゃうぞ~」
元気に振る舞って見せて、再びチョコを砕き始める。だが、その目はすぐに虚ろになっていく。ルナが見ていることには気づくこと無く。
やがてミソラのチョコ砕き作業がようやく終わる。
「……次、お湯沸かさないとね」
軽く手を拭くと、ミソラはルナに背中を向けて、すぐ傍の台所へと移動した。蛇口を捻ると、お鍋に水が溜まっていく。これからこれをコンロにかけてお湯にするのだが……今は冬、水は低温、時間がかかる。手間暇かけて何をしているのだろう……。また悪い考えが過ってしまった。
そんなことをしているから集中力を欠いてしまうのであって……水を溜めたお鍋を持ち上げる。濡れた取っ手を掴んだせいだ。手が滑った。ひっくり返った鍋が床に落ち、大音と水をまき散らした。
「キャッ!」
「何やってるのよ!」
慌ててルナが雑巾を手にして駆け寄った。モードとハープもウィザード・オンして手伝い始める。
「あ、あの……」
「良いから、ミソラちゃんはお鍋を戻して」
「う、うん……」
慌てて鍋を退けて、思い出したようにミソラも雑巾係に加わる。2人と2体で作業したからだろう。床にまき散らした大部分はすぐに終わった。後はテーブルや椅子の足などについてしまった、細かい部分をふき取るだけだ。手分けして作業に当たる。
「何やってるんだろう……」
誰にも聞こえないぐらい小さな声で、ミソラは一人呟いた。ルナを招いて一緒にチョコづくりをしているのに、一人悩んで気落ちして、おまけに失敗して迷惑をかけて……酷いにもほどがある。
「ハァ……」
今度のため息は、小さく……とはいかなかった。ついつい、大きなものが出てしまった。だからこそ、それは不意打ちだった。
「スバルくんと何かあったの?」
ビクリとミソラの肩が飛び上がった。
「……え?」
声が上ずっていた。
「な、何の話……かな?」
「やっぱりね」
何も話していないというのに、ルナは1人納得したという顔をしている。
「聞かせなさい。スバルくんと喧嘩でもしたの?」
「や、やだなあルナちゃん。別に、私スバルくんと喧嘩なんて……」
「喧嘩じゃなくても、なにか困ったことがあるんでしょ?」
問答無用。そんな鋭い両眼がミソラを捕らえて離さない。
誤魔化そうとしても無駄。そんな言葉がミソラの胸の内に浮かんだ。
「……なんで、スバルくんのことだと思ったの。お仕事かもしれないよ?」
「それなら私に相談してくれるでしょ。もしくは、笑いながら話してくれる。あなたはそういう子でしょ」
何も言い訳できなかった。彼女は全てを見抜いている。いや、人をしっかりと観察している。
敵わない。観念することにした。
「実はね……」
全部話した。昨日の事、スバルとのメール……履歴も見せた。
ルナはフンフンと頷くと、大きく深呼吸した。
「で、重くてスバルくんに迷惑をかけてるんじゃないのか……と、悩んでいたのね」
「……うん」
鼻から息を吐き出すと、ルナは沈黙した。目を閉じて、腕を腰に当てて、何も言わない。
まるで母親に怒られている子供のように、ミソラは縮こまって動けない。
「あのね、ミソラちゃん」
「……うん」
ああ、怒られる……ミソラの胸中にそんな予感が走った。
「そんなこと、悩まなくっていいわよ」
そんなの杞憂。と言ってくれるような、優しい声だった。
「そう……かな?」
ホッとはしても、胸の不安はぬぐえない。ハンターVGのメール画面を開いてしまう。
「それがどうしたっていうのよ」
「あ……」
ルナの手が横から伸びてきて、プツリとエアディスプレイが閉ざされた。
「重い……相手の男の子が嫌がった……だから何?」
ルナは人差し指をミソラに向けた。
「なに遠慮なんかしてるのよ。あなたはトップアイドルの響ミソラなのよ」
そして顔を掴む。
「こんな可愛い子が、一生懸命作ってるチョコが重い? 随分とまあ、スバルくんも贅沢なことね。言わせておけばいいわ。そんなの」
そして両手をミソラの肩に置いた。感じるルナの温もりが嬉しくて、不思議と落ち着いてくる。
「……そう……かな」
「そうよ。それに、そんなことであなたのことを嫌いになるような人かしら。そんなにつまらない人なの? あなたの恋人は?」
その言葉で、ようやくミソラの目に力が戻った。そうだ、何を心配していたのだろう。
「そんなことはないよ。絶対に」
「なら、することは分かってるわね?」
「うん……私作るよ。思いっきり、好きって気持ちを込めてやるんだから」
「その意気よ」
頷くと、ルナはミソラの肩を軽くたたいた。
「さあ、続きをするわよ」
「うん」
ミソラはテーブルの前に立ち、袖をめくる。もう不安何てどこにもなかった。
「よ~し、待ってろよ、スバルくん!」
思いを込める。自分の気持ちを……。作業を再開しようとする。そして止まった。
「ミソラちゃん、今から湯煎でしょ?」
いそいそと台所に戻って、蛇口をひねった。
そんなところどころ空回りするミソラの背中に、ルナは小さく微笑んだ。