流星のロックマン 思いつき短編集   作:悲傷

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バレンタイン前日の続きとなっております。


バレンタイン当日

 今日は新年が始まって45日目。カレンダーには1、2、4の数字が含まれる日。そして男たちの欲望が醜態と共にさらされる日……そう、バレンタインデーである。

 学校の終わった放課後、スバルは一人公園にいた。TKシティ郊外にある、自然豊かで少し広めな敷地だ。手すりから身を乗り出し、鳥が泳いでいる池を眺めている。

 

「初めてくる公園だけれど、本当に人が少ないね」

「いいんじゃねえか? ミソラにとっちゃ動きやすいだろうよ」

 

 ミソラの知名度を考慮すれば、こういう場所が良い。と言っても、本人は有名人の自覚がないのだが。

 

「にしても……遅いな」

「仕方ないよ、忙しいんだよきっと」

「メールぐらいよこすだろ。何してるんだ、ハープのやつは」

 

 スバルの顔がニヤリと意地悪に歪む。

 

「ハープに会いたいんだ? 貰えるんじゃないかって思ってるんでしょ」

「んな訳あるか! 前から何度も言ってるだろ。俺は女が苦手なんだよ」

 

 スバルだってウォーロックとは長い付き合いだ。もう知っている。ウォーロックが苦手なのは女性ではなく、ハープなのだと。

 

「くだらねえこと言ってねえで……お前はこれでも読んどけ」

 

 ウォーロックがネットで記事を検索してきた。「男女の付き合いとは」というタイトルだ。

 

「そうだね。僕はこういうの苦手だし」

 

 軽い気持ちで読み始めた。すぐに首をかしげる。

 

「ん? 別れを切り出される前兆……?」

 

 ウォーロックも空中ディスプレイ画面を覗き込んだ。どうやら変な記事を持ってきてしまったらしい。

 

「えっと……目を合わさない。相手から話を振ってこない……」

「なんだよ、当たり前のこと書いてるだけじゃねえか」

 

 恋人とか以前に、人付き合いの話だ。

 

「こんな記事あてにならね……」

「メールの返信がない」

「ん?」

「待ち合わせ時間に遅れてくる……」

 

 ウォーロックも今の状況を顧みてみた。表情が硬くなっていく。

 

「……話をしていても『へ~、そうなんだ』みたいな相槌しかしてくれない。尋ねても詳しく話してくれな……あ」

 

 プツリと空中ディスプレイが閉じられた。ウォーロックが腕組みしながらスバルの前に立つ。

 

「スバル、気にすんな。ミソラが愛想悪いわけねえだろ」

「う、うん。そうだよね! この前のライブだって凄かったし!」

「おう、あのトークな」

 

 この前のライブ光景を思い出す。バックミュージック担当の女性が演奏中に失敗してしまい、微妙な空気になってしまったのだ。だが、その後のトークでミソラは見事に場を盛り返した。

 

「そうそう、僕やロックと違って人付き合いが良いものね、ミソラちゃん」

「俺を含めんじゃ……いや、うん。そうだな」

 

 どちらかというと、人付き合いが悪いのはスバルよりもウォーロックの方だ。否定できない。

 こんな記事は見るに値しない。閉じてあたりを見渡す。

 

「そろそろ来ないかな……あ、いた」

 

 変装をしているが分かる。木の陰からミソラが近づいてくるところだった。

 

「こっちこっち!」

 

 手を振るスバルの元にミソラが近付いてくる。ふと違和感を覚えた。いつものミソラなら仰け反るぐらいに体を伸ばして、手を振ってくれる。だが今のミソラはどうだろう。終始無反応だ。スバルの前に立った今も、顔が下を向いている。

 

「……どうしたの、ミソラちゃん。疲れてる?」

「……なんでもない」

 

 声がどこか暗い。いつものミソラとは雰囲気が違う。

 流石のウォーロックも、この微妙な空気を感じたのだろう。わざとらしく「あ~」と声を出した。

 

「んじゃ、俺たちはいつも通りお暇す……」

「必要ないわ」

「……え?」

 

 ハンターVGからスッとハープが出てきた。いつもに比べて目が細く感じる。

 

「必要ないって言ったの。あんたもさっさと戻りなさい」

 

 言うだけ言ってハープはミソラのハンターVGに戻っていった。いつものパターンと違った展開に固まってしまうウォーロック。どうするべきかとスバルと顔を見合わせる。

 

「……今日はここでブラブラするんだったっけ?」

「あ、うん。そのつもり。ここ、思ったより人通り少ないし、ミソラちゃんも羽伸ばせ……」

「じゃ行こ」

 

 踵を返し、背中を向けて歩き出すミソラ。スバルも相棒と同じく動きを止めてしまった。

 数秒後、慌ててスバルはハンターVGを取り出し、先ほどの記事を開いた。

 

 

《別れを切り出される前兆リスト》

 

①メールの返信がない

②待ち合わせ時間に遅れてくる

③目を合わさない

④相手から話を振ってこない

⑤話をしていても「へ~」「そうなんだ」ぐらいしか返事がない

⑥尋ねても詳しく話してくれない

 

 

 上記のうち、三つが当てはまっている。スバルの顔からスーッと血の気が引いていった。ポンと肩が叩かれる。

 

「気のせいだろ」

 

 そういうウォーロックの顔も普段より青い気がする。

 

「だいたい、お前は占いとかそういうの信じねえだろ」

「あれは非科学的だからね。でも、これは人付き合いの……」

 

 言ってて自分で悲しくなってきた。もう一度ミソラの方を見る。振り返ることもなくドンドンと離れていく。

 

「……忘れろ」

「うん」

 

 たぶんミソラは疲れているだけだ。バレンタイン前で仕事が忙しかっただろうから。きっとそうだろう。うん、そうに決まっている。

 気を取り直しているスバルを余所に、ミソラは静かに距離をとる。地面を見つめる彼女に、ハープはこっそりと耳打ちするのだった。

 

「ミソラ、やっぱり話さないの?」

「……うん、もう少しだけこうさせて」

 

「たぶん、今日が最後だから」という呟きは、スバルの駆け付ける足音でかき消えた。

 

「ミソラちゃん、どこ行く? 疲れてるなら水辺とかどうかな?」

「じゃあ、そこで良い」

「うん。じゃあ……」

 

 右に折れ曲がって池のほとりを歩き出す。数秒経って、スバルはすぐに行き詰った。どうしよう、話題がない。

 いつも話題を振ってくれるのはミソラの方だ。その彼女が今日は無言である。ならスバルが話題を持ってくるべきなのだろうが、何を話したら良いのか分からない。

 そもそもスバルは相手の話題に合わせるタイプだ。趣味がマニアック方面に尖っているコミュ障なスバルに、話題を振るなどいう高等技術は持ち合わせていない。

 

「え~と……」

 

 何か話題を探してみる。頭に浮かんだのは寄りにもよって先ほどの記事だった。

 

 

④相手から話を振ってこない

 

 

 物凄く当てはまっている。考えてはいけないと首を横に振った。

 

「あ、そうだ! ミソラちゃんは見た?」

 

 ようやく一つ思いついた。

 

「この前の皆既月食!」

 

 それが寄りにもよってこれである。

 

「凄いと思うんだ! なんて言ったって『スーパーブルーブラッドムーン』だからね」

「へ~」

 

 ミソラが遠い目をしながら頷いた。

 

「265年に一度だよ。前に観察されたのは2018年なんだって」

「そうなんだ」

「何よりも見どころなのが、あの綺麗な赤色で……」

「……そう」

 

 食いつきが悪い。確かに宇宙関連の内容だが、世間一般でも盛り上がった話題だ。親しみやすい方だと思ったのだが、ミソラにとってはあまり興味がないことだったらしい。

 やっぱり、自分に話題を振れなどと無理な話だ。そしてこれも当てはまる。

 

 

⑤話をしていても「へ~」「そうなんだ」ぐらいしか返事がない

 

 

 なんだろう、五つも当てはまっている。こうなると、泣きつきたくなるのは当然のことだろう。

 

「ロック~」

「いや、お前が悪いだろ。たいていの奴はそうなるだろうよ!」

 

 もう半月ほども前の話だ。話題の波としてはとっくに過去のものである。

 

「ねえ、何か話題ないかな?」

「俺が知るか! だが……そうだな……」

 

 ウォーロックだって他人との付き合いが良い方ではない。話題なんて言われても困る。それでも相棒が困っているのなら考えないわけにもいかない。

 泣き出しているスバルを置いて、ミソラは一人歩いている。相変わらず、目はずっと下を向いている。心配そうにハープはミソラの隣に出てくる。

 

「やっぱり、居心地悪い?」

「……うん」

「……そう」

 

 そんな折、ハンターVGに連絡が入った。どうやらメールらしい。だがミソラは無反応だ。ハープが代わりに目を通す。

 

「……ミソラ、あの二人うまくいったみたいよ」

「……そっか」

 

 そして今日、ようやくミソラの顔に明るさが灯った。

 

「二人とも告白成功したんだ。良かった」

 

「あの二人って?」

 

 驚いて

ミソラが振り返る。ようやく持ち直したスバルが追い付いてくるところだった。

 

「……なんでもない」

「あ……そう……?」

「うん……」

 

 

⑥尋ねても詳しく話してくれない

 

 

 またリストが一つ追加だ。

 

「…………あ、あのさ! この前のドラマの演技良かったと思うよ」

 

 先ほどウォーロックと無い知恵絞って思いついた話題だ。彼女自身に関する話題なら何とかなるかもしれない。

 これは成果があった。ミソラが振り返ったのだから。

 

「見てくれてたんだ?」

「見てたよ。あのギターが思い通りに弾けなくなって、友達に八つ当たりしちゃうシーン。涙流したりして難しかったんじゃないかな?」

 

 言っていることは結構適当だ。ゴン太とキザマロが熱弁し、ルナが解説していたことをそのまま口にしているだけである。それでも効果はあった。

 

「うん、そうなんだ。あのシーン、監督さんに何度もやり直しって言われちゃって……」

「大変だったんだね」

「うん、苦労したよ」

 

 やっぱりこの手の話題だ。なんとか話題の種を切らさせないようにと探す。

 

「それにしても、ミソラちゃんの活躍は凄いよね。この前のライブだっ……て……」

 

 スバルの言葉が詰まった。ミソラの表情が急に曇ったからだ。何かまずいことでも言っただろうか。

 

「ミソラちゃん、僕何か変なこと……」

「ううん。スバルくんは悪くないから……」

 

 それだけ言って歩き出すミソラ。プツリとスバルの中で何かが切れた。いや、耐えきれなかった。腕が伸びる。ミソラの細い二の腕を鷲掴みにする。ミソラの驚いた顔が振り返る。無理やり自分と向き合わせると、両肩を強く掴んだ。

 

「……ミソラちゃん。お願い、はっきりしてほしいんだ」

 

 熱くなりすぎないよう、一度深呼吸してから話し出した。

 

「僕、何か悪いことしたかな?」

 

 ミソラの目が下に逃げる。

 

「ミソラちゃん、僕の目を見て」

 

 ちらりと視線が合う。だがまたすぐに逸らされた。

 

「……僕が悪いことしたなら謝るから。だから……」

「違うの」

「……え?」

 

 虫のような擦れた声だった。聞き逃してしまいそうなぐらい、か細くて小さかった。

 

「……スバルくんは、何も悪くないの」

 

 スバルは思わず両手をひっこめた。彼女の両目に涙が見えたのだから。

 

「ミソラちゃん……」

「ごめん、スバルくん。私、彼女失格なの……」

 

 

 話はスバルと会う直前に遡る。オクダマスタジオで今日の収録を終え、ミソラはある女性スタッフにチョコを渡した。

 

「はい、どうぞ」

「えっとミソラちゃん、これ……」

 

 関係者へのお礼に渡すものとは違う、綺麗に梱包されたチョコに、その裏方の女性スタッフは困惑したようだった。ミソラは努めて明るい顔で言って見せた。

 

「好きなんですよね? あの人の事」

 

 ミソラは知っている。目の前の女性には意中の人がいて、その相手も同じ気持ちだと言ことに。お節介とルナには言われたが、クインティアは賛成してくれた。だからきっかけだけ渡すことにしたのだ。

 

「それ、好きにしてください」

 

 ミソラから言うことはこれで全部だ。あとは当人同士の問題。ミソラが干渉するところではない。今から彼女には悩む時間が必要だろう。その場をあとにしようとしたとき、背中に声がかかった。

 

「ありがとう、ミソラちゃん。私、頑張ってみる」

「応援しています!」

 

 うまくいってほしい。いや、きっとうまくいくだろう。彼女の勇気が実を結ぶことを祈りながら自分の控室へと戻っていく。そんな時だった。足音が駆け寄ってくるのに気付いたのは。

 

「ミソラさん」

 

 近づいてきていたのは一人の女性だった。ミソラはすぐに思い出した。この前のライブで、バックミュージックを担当してくれた人だ。彼女が失敗したことも、失礼だが記憶に新しい。

 

「あ、お疲れさまです。どうしました?」

「あの……お願いがあるんです」

 

 唐突に頭を下げられた。年上の女性に頭を下げられて、ミソラは思わず後ずさる。

 

「ミソラさんのチョコ、分けてもらえませんか?」

「…………え?」

 

 聞くと、彼女にも意中の男性がいるらしい。今日告白しようと決めていたものの、この前の失敗が尾を引きずっていて、踏み出せないらしい。お守り……という訳ではないが、ミソラのチョコを分けて欲しいとのことだった。先ほど、女性スタッフに渡しているところを見ていて思い立ったらしい。

 唐突なお願いにミソラはパニックに陥った。

 好きな人に他人が作ったものを渡すのはどうなのだろうか? いや、市販のチョコなんて人ではなく機械が作っている。それ以前にお守りとして他人からもらうというのは……どういう考え方だろう。だが考え方なんて人それぞれだし、弱っていると人はどんなものにも縋りたくなって、他人には理解しがたいことをしでかしてしまったりする。

 きっと、この女性もそうなのだろう。ライブ後、監督から大説教を食らっているのをミソラは見た。慰めの言葉をかけようにも、ミソラが言うと逆効果かもしれない。そう考えてあの時は何もしなかったのだ。ちょっとした罪悪感を覚えながらも。

 気づくと、チョコを差し出していた。

 

 

「ごめんね、スバルくん」

 

 限界だったのだろう。話し終えると、ミソラはボロボロと涙を零し始めた。

 

「本当はね、スバルくんにあげるつもりだったの。そのために作ってきたのに……。渡しちゃったの」

 

 スバルは何も言わなかった。いや言葉に困っていた。なんて言えば良いのだろうか。「気にしていない」だろうか。それだと「ミソラからのチョコなんていらない」と捉えられるかもしれない。

 黙っているスバルを見て、とうとうミソラの決壊が完全に壊れた。

 

「ごめん……ごめんね。私、自分のことしか考えてなかった」

「……自分の事?」

 

 言い方がおかしい。何を言っているのだろう。今回のことで一番損したのはミソラのはずだ。

 

「だって、自分勝手だよ私。あの人の力になりたいからって、前に力になれなかったからって、チョコを渡して……スバルくんにあげるって約束したのに……その約束破って……ごめんね。自分勝手で……」

 

 スバルは冷静に努めた。ミソラが言いたいことを、自分がかけるべき言葉を考える。

 

「……じゃあ、さっきの二人っていうのは……」

「スタッフの人と、バックミュージックの人。二人とも、告白成功したって。ありがとうってメールが来て……」

「良かったんじゃないかな」

 

 ミソラの啜り声が止まった。「……え?」と言葉が漏れる。

 

「ミソラちゃんのおかげで、二人が……いや相手の人も考えたら、四人を笑顔にできたってことでしょ? 凄いよミソラちゃん」

「……えっと、そうなのかな?」

「そうだよ。だって、ミソラちゃんは、四人も幸せにできたんじゃないか」

 

 褒められているのだと、ようやくミソラは理解したらしい。目から涙が退いていった。

 

「ミソラちゃん、君が目指してるのは何?」

「えっと……皆を笑顔にするアイドルになりたい」

「叶ったじゃないか、少しだけれど。大変なことだよ。人ひとりを笑顔にするなんて」

 

 手を伸ばしてミソラの目尻を拭う。

 

「……スバルくんは……悲しくない?」

「……本音を言うと、ミソラちゃんのチョコが欲しかったよ」

 

 ここは事実だ。嘘は言いたくない。ミソラの表情が暗くなる前に、言葉を継ぎ足す。

 

「でも、ミソラちゃんの夢が少し叶ったことの方が僕は嬉しいよ」

 

 ミソラの顔を覗き見る。唇を噛んでいるのが見えた。

 

「……私、いいのかな?」

「何が?」

 

 まいったな。とスバルは頭をかいた。ミソラがまた泣き出してしまった。

 

「私、スバルくんの彼女でいいのかな? チョコを渡せなかっ……」

 

 言葉では無理だ。そう気づいたスバルの行動は早かった。両手をミソラの背中に回す。ミソラの顔を肩の上にのせる。それだけで良かった。耳元でミソラのすすり泣く声が聞こえる。彼女が泣き止むまで、このままでいることにした。

 そして思う。やっぱり、人を笑顔にするのって難しいな。




 バレンタインネタって実は結構困ります。互いに片思いなら物語になるのですが、付き合っていること前提だと、ただ当日に会ってチョコを渡すだけになります。物語にならないんですよね。
 加えて、最近はスバミソネタにマンネリ気味を感じていました。なんとか変化をつけられないだろうか。

 そういう考えから作ったのが今回です。でも、失敗したな……て思います。最後まとめきれてないというか……うん、消化不良です。

 今回の反省点を探し出して、次に生かしたいですね。

 お目汚し失礼しました。

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