流星のロックマン 思いつき短編集   作:悲傷

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お見舞い

 ピピッと音がなり、白い棒状の機械が役目を終えたことを確認する。息子の口からそれを抜き取り、目に映った数字を見て、あかねはため息をついた。

 

「完全に風邪ね?」

 

 今日はパートがあるので息子の看病はできない。大吾はもちろん仕事でいない。平日なので、息子の友人達は学校だ。

 

「そうだわ。ダメもとであの子に……」

 

 このダメもとが功を制することになる。

 

 

 

 

 

「って言うわけで、呼ばれてやってきました~!」

「ああ……いらっしゃい……」

 

 苦しそうにスバルは恋人を出迎えた。

 ちょうど、ミソラは仕事の間が開いていたらしい。スバルのお見舞いに来てくれた。

 

「さあ、スバル君! 何してほしい?」

「いや……普通に……」

「ちょっと、なんか冗談言おうよ?」

「無理……」

 

 口に咥えられた体温計を見ると、確かに冗談言えるレベルじゃないようだ。額には汗もかいている。

 

「ねぇ? お腹とか減ってない?」

「あ……じゃあ、もらおうかな?」

「了解! 待っててね?」

 

 ウィンクを送って、階段を降りて行った。

 体温計が、温度の急上昇を示していた。

 

 

 

 台所に来て、ミソラは改めて主婦の偉大さを思い知らされた。既に米は炊かれており、置き手紙が残されていた。そこには、おかゆに必要な材料とその場所、調理手順までもがしっかりと記載されている。おまけに頑張ってねという応援メッセージ。

 

「お義母さん……あたし、頑張ります!」

「ミソラ、まだ10年くらい早いわよ?」

 

 闘志に燃える彼女には、パートナーの突っ込みも届いていないようだった。

 

 

 

 鍋の中はコトコトと煮えかえり、完成を告げた。ガスを切り、恐る恐る中を覗き込む。

 

「味……大丈夫かな?」

「今日はスバル君のお母さんのレシピなんでしょ? 大丈夫よ?」

「いや、ちょっと計量間違えちゃって……味見してもらって良い?」

 

 フォローできないという顔をするハープに小皿を渡す。口をつけた途端に、ブッと吐きだした。

 結局、辛すぎる味を和らげるため、材料を追加することになる。

 

 

 

 

「お待たせしました」

「おお、選手交代だな?」

 

 スバルの看病をしていたウォーロックが気をきかせて、ハープと共に部屋を後にした。

 

「ミソラちゃん、何かあったの?」

「え?」

「なんか、元気ないから……」

「あ……うん、ちょっとうまく出来なくって……おいしくないかもよ」

「そんなことないよ。ミソラちゃんが作ってくれたんだもん」

「あ、ありがと……」

 

 スバルの側には棚が置いてある。照れくさそうに、持ってきた鍋や水の入ったコップをその上に置く。

 

「あのさ……食べさせてあげようか?」

「……え?」

 

 もじもじと言うミソラに、スバルもぎこちなく表情を変える。けど、こういう展開を受け入れてしまうのが男と言う生き物であって……

 

「じゃあ……行きます!」

「は、はい! よろしくお願いします」

 

 おかゆを蓮華で掬う。それだけの作業に慎重になる。多すぎず、少なすぎない量を目測し、背筋をピッと伸ばしたスバルに目を向ける。蓮華がなぜか重い。ゆっくりとスバルの口元に持っていく。なのに、スバルは口を開かない。否、開けない。

 

「スバル君、女の子に恥かかせないで……」

 

 決心を固め、口を開いた。吐息がミソラの手に掛る。

 

「ひゃう!」

 

 はずかしさが限界を超えた。痙攣するように動いた手は、ミソラの意志とはほぼ関係ない。投げられたように宙を舞った蓮華は、スバル顔に着弾する。

 

「あっつぅうう!」

「あ、ごめん!!」

 

 立ちあがった拍子に、棚に置いてあったコップに服の裾が引っかかる。それはまっすぐにスバルへと倒れて……

 

「うわぁ!」

 

 今度は冷え冷えとした寒さがスバルにかけられる。パジャマがびしょぬれだ。

 

「ご、ごめん!」

 

 続けてしまった失敗に、取り戻そうとする意志が先走る。

 

「着替えて! 体が冷えちゃう!!」

 

 パジャマに手をかける。

 

「だ、ダメだよ!」

「なんで? 早く着替えないと! 手伝うから!」

「いや、ミソラちゃん、落ち着いて!? シュチュエーション確かめて!?」

「え?」

 

 ボタンを外そうとしていた手を止める。間近にあるスバルの顔から、もう一度手元に目をやる。ボンッと一瞬にしてミソラの顔がゆで上がった。

 

「ご、ごめんなさい! ロック君呼んでくる!」

 

 逃げ出すように、リビングへと駆けだした。

 

 

 

 

 ソファーの周りが黒い。座っている人のオーラ色に染め上げられている。

 

「ミソラ、誰でも失敗することはあるわよ?」

 

 気休めと分かっていてもハープの言葉はありがたい。しかし、どうしても自分が許せなかった。

 

「あたし、お見舞いに来たんだよ? なのに、スバル君を困らせてばっかり」

 

 口元を手で覆い隠すと、ズーッと鼻をすすった。

 

「嫌われちゃったかな?」

 

 ハンターVGを取り出す。まだ仕事まで時間はある。しかし、ここにいる意味が見いだせない。鞄に手を伸ばした。

 

「おい、帰ってもらっちゃ困るぜ?」

 

 ちょうど入ってきたウォーロックに呼び止められた。

 

「なに?」

「ウォーロック、ミソラをそっとしておいてあげてよ?」

「スバルからの伝言だ」

 

 無視して、親指を階段へと向けて応えた。

 

「『もう一度、おかゆ作ってくれる?』だとよ」

 

 

 

 作りすぎが役に立った。温めなおしたおかゆを持って、スバルの部屋へと入る。

 

「早かったね?」

「うん。作りすぎちゃってたから」

「じゃあ、味もおんなじだね?」

「そうだね。それと、今度はそんなに熱くないよ? 多分」

 

 一口味見してみる。相変わらず誇れるものではないが、熱さはちょうど良いだろう。

 

「スバル君……もう一度、あ~んさせて?」

 

 ぎこちなく、首を縦に振った。

 

「……はい!」

 

 さっきよりも真剣におかゆを掬いとり、運んで行く。手に掛る吐息がくすぐったい。ピクッと動かしたくなる指に意識を集中させ制御する。スバルも蓮華を咥え、口に放り込んだ。

 

「ど、どう?」

 

 おどおどする彼女に、にっこりと微笑み返した。

 

「おいしいよ」

「……良かった」

 

 真っ赤にしているスバルに、ミソラも微笑み返した。

 

 

 

 食事を終え、薬を飲んだスバルに寝て休むように言い、ミソラは帰る支度をしていた。鍋などの洗い物も終え、使い切ってしまったお米の代わりに、新しく炊く準備をしておいた。あかねが帰ってくる時間に炊きあがるようにセットしておく。流石に、洗濯は無理だった。スバルが脱いだ服を洗うなど、純情な彼女にはハードルが高すぎる。

 忘れていることが無いかチェックを終えて、時間を確認する。ちょうど良い時間だ。

 そして、こちらもタイミングよく、スバルの様子を見に行っていたウォーロックが降りて来た。

 

「ありがとうよ。おかげで助かったぜ?」

「そんなことないよ。迷惑かけてばかりかけちゃったし……」

「ガサツな宇宙人よりかはましじゃない?」

「うるせえよ!」

 

 二人のやり取りをくすくすと観察する。

 

「だが、助かったのは事実だ。あんな気持ちよく寝るスバルを見たのは久しぶりだったぜ?」

「ほんと?」

「ああ、だからまた来てやってくれ?」

「うん!」

 

 ウォーロックの見送りを受けて、スバルの家を後にした。

 

 

 

 道中ハープに尋ねられたのは、もちろん看病の内容。聞いていたハープが驚きの感想を漏らした。

 

「ミソラ……あなた、やるじゃない!」

 

 もちろん、ミソラがスバルにおかゆを食べさせるという内容だ。一度味見したということ。そして、それと同じ蓮華を使ってスバルに食べさせたこと。

 この内容が意味することに今更ながらに気付き、スバルの顔が赤かったわけも理解した。

 

「やっちゃった……」

 

 あの時のスバルに負けじと、顔が真っ赤に染まった。


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