流星のロックマン 思いつき短編集   作:悲傷

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こたつ

 ヒュウっという乾いた音が駆け抜ける。足をくすぐっていく風にミソラはブルリと身を震わせた。

 

「寒~い」

 

 季節は12月。寒さが本格化してくる時期だ。ファーフードで顔をすっぽりとくるんで、マフラーで首元を覆っている。それでもまだ足りないとダウンコートを引っ張って首元のわずかな隙間を埋める。

 

「ねえハープ……」

「ダメよ」

「まだ何も言ってないよ」

 

 ハンターVGを取り出して中にいる相棒に文句を言う。が、その相棒は知らん顔だ。

 

「分かるわよ。電波変換させてっていうんでしょ? ダメよ。たまには苦労しなさい」

「ケチ~。じぶんはこたつに入ってる癖に……」

 

 苦労しなさいと言ってるわりに、ハープ本人はこたつデータに入って緑茶を飲んでいる。これには当然口を尖らせる。

 

「スバルくんに会いに行くんでしょ、これぐらい我慢しなさい」

「だから早く行きたいのに……」

「その気持ちが大事なのよ。ミソラもまだまだ恋愛の素人ね~」

 

 ム~と頬を膨らませるが、ハープは涼しい顔でとどめを刺した。

 

「だったら、スバルくんの家に着いたら『温めて』って身を摺り寄せてみたら?」

「そ、そんなことしないよ!」

 

 想像してよっぽど恥ずかしかったのだろう。顔を赤くするどころか蒸気を吹き出しながらミソラは足を速めた。クスクスとハープの笑い声があがった。

 

 

「いらっしゃい、ミソラちゃん」

「お邪魔します。あかねさん」

 

 玄関で出迎えてくれたあかねに丁寧なお辞儀をして、ミソラは星河家の中へと招かれる。

 

「寒かったでしょ?」

「はい、すごっく寒かったです。こたつが恋しいぐらいに」

 

 もちろんハープへの皮肉だ。

 

「なら二階のスバルの部屋に行くといいわ。いいものがあるわよ」

「本当ですか? 行ってきます」

「ええ、可愛い女の子が訪ねてきてくれてるっていうのに、出迎えもしない息子を叱ってあげてちょうだい」

「えへへ、分かりました」

 

 言われてみて気づいた。スバルはなぜ出迎えてくれないのだろう。二階に上がって部屋を訪ねると、その理由がよ~く理解できた。

 

「ああ、いらっしゃいミソラちゃん」

「……なるほど、これが原因だったんだね~」

 

 スバルの部屋のど真ん中に四角い物体が陣取っていた。それにくるまったスバルはとろんと眠そうな顔をしている。そう、恋に恋しくなっていたこたつが目の前にあったのである。

 

「どうしたの、これ?」

「近所の人が新しいの買ったらしくて、古いのをもらったんだって。リビングには場所がないから、ここにね……」

「羨ましい~。私はさっきまで外で寒い思いをしてたっていうのに」

 

 ハープもスバルも温いこたつにくるまって、自分だけが寒い思いをしていた。これはミソラが納得いかない。

 

「まあまあ、ミソラちゃんも入りなよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 いそいそとスバルと向かい合う位置にミソラは入り込む。こつんと足先が何かに当たった。とたんに半分閉じていたスバルの目が開いた。二人が中を見ると、互いの足がぶつかっていた。

 

「ご、ごめん!」

 

 慌てて足を引っ込めるスバル。だが焦りすぎだ。ガツンと膝をこたつの足にぶつけてしまった。「いったぁ……」と足を抱えるスバルにミソラは笑いをこらえきれなかった。

 

「私こそごめんね。あ、みかんまであるんだ」

「うん。やっぱりこたつにはみかんか猫でしょ」

「猫は用意できないもんね。一つもらっていい?」

「うん、僕も一つ……」

 

 二つ手に取って、手を伸ばしていたスバルに片方を渡すと、ミソラは早速剥きにかかる。

 

「ときどき上のヘタの部分から剥く人いるよね」

「そっちの方が剥きやすいって聞いたことあるけれど、私はこの剥き方が一番かな」

「どんなの?」

「見てて」

 

 みかんの裏側、柔らかいところに指を入れる。と思った瞬間、みかんをぱっくりと二つに割って見せた。すばやく半分になった片方を二つに割り、もう片方も半分に……つまり、四分の一カットを四つ作って見せた。この間わずか5秒である。

 

「ね、早いでしょ?」

「う、うん……」

 

 食い意地がなせる妙技。そんな言葉をスバルは静かに飲み込んだ。

 

「早く食べれるって幸せだよね~」

「そうだね。そういえばさ、こんな剥き方は知ってる?」

「どんなの?」

「えっとね、まずは真ん中だけを剥くんだ」

 

 みかんの横から爪を差し込んで、器用に上を三分の一だけ残して見せた。

 

「ひっくり返して、下の余った部分を取り除いて……一粒ずつ切り離して……はい」

「わ~、お花みたい!」

 

 最後まで残した上の部分が皿代わりになって、綺麗に盛り付けられているように見える。

 

「スバルくんよく知ってるね?」

「小さいころ、色々と剥き方で遊んだりしたことがあったんだ。その時にね」

「面白~い。私もやってみたい」

 

 ミソラも真似してやってみる。もちろん、剥いた分は全部二人で食べた。

 

「美味しかった。ごちそうさま」

「お粗末さまでした。さてと……」

 

 二人の前には三つぶんのみかんの皮が積み重なっている。もちろんゴミだから捨てるのだが……。スバルの目がすっと横に動く。その先にあるのはゴミ箱。これからご用になるのだが……。

 

「……遠いね」

「うん……」

 

 ここからゴミ箱への距離は歩いて三歩ほどだ。だが遠い。今の二人には果てしなく遠い。これを遠いというなど、どんななまけ者だ。と、さも当然のことをいう人も世の中にはいるだろう。だが、今二人が置かれてる状況を考えてみてほしい。今日の二人は違うのだ。いつもと比べると決定的な違いがある。そう、こたつである。厚い布の下に溜まった温もりが二人の足を掴んで離さない。今の二人に、ここから出るなどという愚かな選択肢などありえない。

 

「スバルくん、ごみはちゃんと捨てないとね」

 

 ミソラがにっこりと悪魔の笑みを浮かべてくる。いつもはミソラの尻に無自覚に敷かれているスバルだが、今回だけは退けない。こたつから出るなど苦痛だ。宇宙関連の本を読むなと言われてるようなものだ。

 

「ミソラちゃんの方がたくさん食べたよね? たくさん」

 

 たくさんという言葉をゆっくりと強調しながら言ってやった。ぎくりとミソラの肩があがる。

 

「私は……ほら、外を歩いて運動してきたから」

「いつも『フードファイター?』って思うぐらいにくらいにたくさん食べてるのに?」

「う、それは……」

 

 スバルの方が有利だ。だがミソラはここで開き直って見せる。

 

「え、えっへん。スバルくん。私はお客さんだよ。おもてなしってものがあるんじゃないかな」

「おもてなし……い、いや! 部屋の持ち主に使い走りさせるっていうのは違うと思うな~

「う、うぐぅ……」

 

 そう、お客さんが要求するのは傲慢というものだ。ますますミソラが不利になった。

 

「そうだ、ハープ!」

「い・や・よ」

 

 ハンターVGを見ると相変わらずハープがこたつデータに入って寝そべっていた。

 

「まだ何も言ってないじゃん」

「分かるわよ。捨ててきてでしょ。自分でやりなさい」

「う~」

「……ロック?」

 

 スバルもハンターVGを取り出して相談してみる。おそらくダメ元だろう。ミソラは自分のハンターVGを見せる。

 

「ダメ、こっちのこたつで熟睡してる」

 

 ウォーロックが丸くなって寝ていた。

 

「犬じゃん、それ」

 

 頼みの綱であるウィザード二人に拒否されてしまった。こうなったら、最後の手段しかない。

 

「スバルくん、こたつごと移動しよう!」

「そこまでする?」

「ならスバルくんが捨ててきてよ」

「嫌だよ、絶対」

 

 腕組みを組んで頑なに拒否する。これだけは絶対に譲れないのだ。だがミソラを追い出すのも気が引けるのもまた事実だった。スバルは頭を捻る。

 

「人類はこたつという英知を生み出したんだ。たかが二メートル離れたゴミ箱にゴミを捨てる方法ぐらい、何か思いつくはず」

「そうだ、頑張れスバルくん!」

「いや、ミソラちゃんも何か考えて」

「何かって……」

 

 きょろきょろとスバルの部屋を見渡す。すると、後ろの棚にティッシュ箱あることに気づいた。

 

「スバルくん、これ……」

「あ、そうか。それに包んで、投げて捨てよう」

「それがいい!」

 

 ミソラがティッシュへと手を伸ばす。だが微妙に届かない。指先が箱の先端をかすめるだけで、届かない。

 

「ミソラちゃん、ちょっとだけ外に出たら届くんじゃない?」

「い、いやだ……絶対に出たくない」

 

 ほんの一ミリでも出たくない。そう、これがこたつの真理である。

 

「そうだ。これで……」

 

 ハンターVGを手に箱にひっかけようとする。

 

「中にいるロックたちは迷惑じゃない?」

「そんなこと、知ったこっちゃないよ……と!」

 

 ようやくティッシュ箱を引き寄せれた。満足げに手に取る。

 

「はい、スバルくん」

「投げ捨てるのは僕の役目なんだね」

「いっつもバトルカードのビッググレネードとか使ってるじゃん」

「いやそうだけれど……まあいいか」

 

 これで二人ともこたつから投げ出されずに済むのなら、この程度の労力など安いものだ。ずっと放置されていたみかんの皮をティッシュで包むと、スバルはゴミ箱に狙いを定める。ミソラが視線で声援を送る中、ふわりと塊が宙を舞った。

 

「……あ」

 

 放物線を描いたゴミは、ゴミ箱のふちに当たって転がった。外れである。

 

「失敗した~」

「ざんね~ん……まあ、後でいいんじゃない?」

「そうだね、後でいいか」

 

 とりあえず、机の上は片付いたのだ。よしとした。

 

「それにしても、みかん美味しかったね……」

「うん、ほんとこたつで食べるみかんは至高だよね。展望台で、冬空の下でオリオン座を見上げるぐらい特別だよ」

「それ特別なの? っていうか、それぐらい寒いの我慢できるのなら、こたつから出て捨ててきたら……」

「それはそれ。これはこれ」

「もう、ぐうたらだなスバルくんは」

「今のミソラちゃんには言われなくないな~」

 

 こたつの中に手を入れてみる。やっぱり暖かくて二人はぱたりとこたつの上に頭を載せる。ふとミソラがあることを口にした。

 

「こたつで特別って言ったら、アイスクリームも美味しいよね」

「アイスか……アイスもいいなあ、アイス」

「食べたいね~」

「確かあったよ、一階の冷蔵庫に……」

 

 はたとスバルは気づいた。ミソラも同時に気づく。そう、新たな戦いの火ぶたが切られてしまった。ここにこたつがあって、一階にアイスがあるというのなら、もう取りに行かない理由は無い。

 問題は、どっちが取りに行くか……だ。

 

「スバルくん。さっき、私はティッシュをとる作戦を成功させました。今回はスバルくんが出動してください」

「ミソラちゃんは手を伸ばしただけでしょ? ここから出てないのに、僕が出るなんて不公平だな~」

「でも、スバルくんはティッシュ投げるのに失敗したよね」

 

 ミソラがゴミ箱の隣に落ちてる塊を指さす。

 

「あれを捨てて、ちょっと一階まで行って来るだけじゃん?」

「ちょっとって何? ここからゴミ箱までの距離と、ごみ箱から一階までの距離に何倍の差があると思ってるの?」

 

 この長距離をちょっとと言われるのはスバルには納得いかない。

 

「おまけに廊下に出て階段を下りないといけないんだよ。暖房も効いてない廊下と階段を往復するんだよ?」

「出勤する旦那を見送るのは妻の役目です。いってらっしゃい、ア・ナ・タ」

「そ、そんなウインクしてもダメだからね?」

 

 一瞬悩殺されそうになったが、ギリギリで踏みとどまった。

 

「こうなったら、じゃんけんで勝負しようよ。じゃんけん!」

「じゃんけん?」

「そう、じゃんけん。負けたほうがゴミを捨ててアイスを取りに……」

「いや、じゃんけんは運の要素強いよ。それに、私が最初にパーを出す癖知ってて言ってるでしょ?」

 

 スバルが苦い顔をした。言いくるめれなかったという悔しい顔だ。

 

「ならこうしようよ。惑星の名前をたくさん言えた方が勝ち」

「それスバルくんの得意分野じゃん。なら楽器の名前を……」

「それこそミソラちゃんが有利だよね? ならオセロで……」

 

 スバルがハンターVGを取り出し、ネットで無料配信されているオセロゲームを検索しようとする。

 

「それこそスバルくんが有利じゃん。スバルくんの方が頭いいんだから」

「じゃあ……」

 

 そこまで考えて、スバルとミソラはそろって口を閉ざした。

 

「……ねえ、スバルくん。不毛過ぎない?」

「うん、僕もそう思った」

 

 なんだろう。たかがゴミ一つ捨てるだけで、アイスを取りに行くだけで、ものすごく馬鹿なことをしてる気がする。

 

「怖いね、こたつって」

「うん。ほんとに……」

 

 二人は顔を見合わせる。頷き合う。

 

「せー……」

「の!」

 

 掛け声を合わせて同時に二人はこたつから飛び出た。足がひんやりと冷えて軽く身を震わせた。

 

「急ごう」

「うん、早く戻りたいよね」

 

 スバルがみかんを包んだティッシュを素早くゴミ箱に捨てる。待っていたミソラと一緒に廊下に出て階段を素早く降りる。リビングのドアを開けて数歩進んだらキッチンだ。そこに冷蔵庫があって、アイスという宝があるのだ。リビングのドアを勢いよく開ける。そこで二人は口を開いた。

 

「母さん……」

「…………え?」

 

 あかねがアイスを口にしていた。

 

「……あ、もしかして食べたかった?」

「……残りは?」

 

 あかねがばつの悪そうな顔をした。

 

「ごめんなさいね。これ、最後の一個なの」

 

 がっくりと二人は肩を落とした。

 

 

「なんでこんなことになったかな」

「早くこたつから出なかったからだよ」

 

 コートを着ながらつぶやくスバルに、ミソラも暗い声で答えた。「どうせだから二人で買い物してきて。アイス買ってきてもいいから」とあかねに頼まれたのである。あかねだって寒空の下で外になど出たくない。息子たちが言ってくれるというのなら助かるというものだ。当然、親孝行でマザコンなスバルが断れるわけもない。ミソラがついていかない理由もない。

 

「うっわ、寒っ!」

 

 外に出ると冷たい風が吹いてきた。イヤーマフをつけながらスバルは鼻をすすった。少し気を抜いたら風邪をひきそうだ。

 

「ね、寒いでしょ。私、この中を歩いてきたんだよ」

「うん、悪かったねミソラちゃん」

 

 この苦労を知っていたらもう少しこたつ関係で譲れたかもしれないなと反省した。

 

「っ、クシュン!」

 

 ミソラがくしゃみをした。暖かい屋内から外に出るときは、特に体が冷える。それを見て、スバルはあることを思いついた。鼻先を真っ赤にしながら、手を伸ばす。

 

「はい」

「え?」

「……あ、暖かいと思うよ」

「……うん」

 

 フードを深くかぶると、ミソラも手を伸ばす。互いのぬくもりを感じながら、二人は歩き出した。




 ロックマンシリーズ30周年おめでとう!
 流星のロックマン、11周年おめでとう!!
 って訳ではないのですが、スバミソネタ一本投稿です。

 もうすぐアニメが終わってしまう「少女終末旅行」と、今日から始まるアニメ「焼肉店センゴク」を参考にしたので、いつもと違ってセリフが多くなりました。でも、スバルとミソラがしゃべっているだけっていう話を作れたので、良い挑戦だったかなって思います。
 とりあえず、こたつは最高ですよね! 私の家にはないってのは内緒です。


 それにしても、楽しみですねロックマン11!(←なに唐突な宣伝?)
 来年発売とか、待ち遠しいです。Xシリーズも現行ハードに移植されるらしいので、それもやりたいです。流ロクもニンテンドースイッチあたりに移植してくれないですかね? アレオリをカプコン社に売り込めないかな? 流ロク4が開発決定したら、私に脚本を……実績作らないと無理だよね。うん。

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