流星のロックマン 思いつき短編集   作:悲傷

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二つに分けて

 それは黄金色をした一枚の芸術。男性の細い指がそれに当てられ、曲げられる。中からは湯気を立てて顔をのぞかせる黒いあんこ。分けられた二つのうち、大きい方が隣の女性に手渡された。

 

「はい、スズカちゃん」

「ありがとう……」

 

 男性から受け取ったそれを、スズカが小さい口でかぶりつく。恋人同士の二人は、一枚の大判焼きを二つに分けて口にする。

 

「あ~、いいな~」

 

 親友主演のドラマを見ながら、ミソラはぽつりとつぶやいた。エンディングロールが流れているのに、そこから動こうとしない。隣のハープは飽きれたと顔を横に振った。

 

「ミソラ、さっき夕飯食べたばかりなのに、またデザートのこと考えてるの?」

「ち、違うよ!」

 

 慌てて、だがこっそりと口元を拭った。

 

「私がいいな~って思ったのはあのやり取りなの」

「美味しそう~って涎垂らしてたことは否定しないのね」

 

「うぐっ」と言葉を詰まらせるミソラ。相変わらず嘘がつけないアイドルにハープは年上のお姉さんらしく言葉をかける。

 

「で、大方スバルくんと、一つの食べ物を半分にして食べたいってところかしら?」

「そ、そう。それだよハープ。だって、なんか……憧れない?」

 

 食べたいのなら二つ買えばいいだけの話だろう。だが、女の子からしたら、男の子に優しくしてもらうというのが大事な部分らしい。同じ女であるハープはミソラの気持ちをよく理解してくれたのだろう。うんうんと体を縦に揺らした。

 

「よく分かるわその気持ち。けど無理だと思うわよ」

「え、なんで?」

「忘れたの、この前夕飯に呼ばれたとき……」

 

 

 その日、ミソラは星河家に招かれ、夕食をごちそうしてもらっていたのだ。あかねが揚げたコロッケはカラッとしてて、ホクホクしてて、甘くて……何個でも食べれる絶品だった。何度かおかわりをしたとき、最後の一個をスバルと分け合うことになったのだ。

 

「スバルくん、分けて」

「じゃあ……」

 

 スバルがヘラを使って二つに分ける。だが上手くいかず、片方だけが大きい状態になってしまった。どうするだろう? 大きい方をあげるって言ってくれるかな? と目を輝かせるミソラの前で、スバルがとった行動は……「ごめん、うまくできなかった。こっちを……」と、大きい方を少しだけ削り取ることだった。二つの大きさがほぼ同じになるよう、丁寧に調整する。

 

「うん、これでいいか。はい、ミソラちゃんにはこっちを……」

「……ありがとう」

 

 小さくなった元大きい方を渡された。いや、良いのだ。見た目がきれいな方を渡すスバルはやっぱり優しいのだろう。だが違う。違うのだ。ミソラの心中を察してくれたあかねの苦笑いが、唯一の救いだった。

 

 

「…………あったね……」

 

 真面目で理系で鈍感なスバルの行動を思い出し、ミソラは何も映さなくなった目で頷いた。

 

「そういうこと。少なくとも、さっきのドラマみたいにスバルくんからやってくれるなんていう甘い現実は来ないわよ」

 

 その通りだ。スバルが気を利かせて大きい方をくれるとかあり得ない。ルナがドリルヘアーでなくなるぐらいあり得ない。

 

「で、どうするの。諦める?」

「そんなこと、するわけないじゃん! 女の子は、どこまでもロマンチックを追い求めるお姫様なんだから!」

「お姫様は一回の夕食で、こんなに洗い物出さないと思うけれど」

「せ、成長期なの!」

 

 自称お姫様の後ろに並べられた、丼ぶりとお椀の群れを見ながらハープはため息をついた。

 

 

 ちょっと冷え込むその日、久々に休みのとれたミソラはスバルと公園を歩いていた。二人で遊びに行くのもいいのだが、特に何もない道を二人でのんびり歩く。互いにとってお気に入りの時間だ。

 このまま夕方までずっと歩いていてもいいのだが、時間を見計らってミソラは作戦に移った。

 

「あ~あ、なんか小腹減ってきちゃった」

「え、もう? さっき……どれだけ食べたっけ?」

「スバルくん。女の子が食べた量を計算するとか、レディーに失礼だよ」

「ご、ごめん」

 

 本当に乙女心の分からないヒーローだ。ちなみに、パスタ専門店に入って全十五種類をコンプリートした上に、パフェを三つ食べている。スバルの吐きそうになってる顔を思い出しながら、ミソラはウェーブライナーの駅がある方角を指さした。そこには利用客を狙った駅前広場があり、飲食店も多数ある。

 

「あそこで何か食べ歩きしようよ、ね?」

「いや、僕はもうお腹いっぱ……」

「食べようよ、ね?」

 

 ミソラがずいっと踏み込んできた。顔が近い。

 

「え、いやだから……」

「二人で食べようよ、ね?」

「一人でも良……」

 

 硬い……というか鈍い。ここは切り札を使った。

 

「……二人で食べたいの、だめ?」

 

 しぶしぶとスバルは頷いた。やったねと小さくガッツポーズをするミソラ。ハープが言っていたとおりだ。女の子に上目遣いなんてされたら、男の子は頷くしかないのだ。

 

 

 駅前広場に足を踏み入れると、ミソラは連なる店々の看板へと目を走らせた。最初からここにスバルを誘導するつもりだったのだ。情報収集はしっかりしている。目当てのお店はすぐそこにあった。

 

「ここ、前にマモロウさんが美味しいって教えてくれたの。肉まんの専門店」

「へ~、マモロウさんが」

 

 浦方マモロウはオクダマスタジオのスタッフだが、スバルともブラザーを結んでいる顔なじみだ。

 

「そういえば、またリアルウェーブのライブ舞台が大きくなってたね」

「そうなの。お客さん入りきらなくなっちゃって。マモロウさん、徹夜で頑張ったって言ってた」

「なんか、舞台っていうよりは要塞になってたね。過労で倒れたりしない?」

「そこは休んでくださいって言ってるんだけれどね」

 

 マモロウの話で盛り上がっていると、ふとたい焼きの看板が目に入った。ふっくらとした生地に、中からはたっぷりのあんこ。想像すると喉が鳴った。ダメダメと自分に言い聞かせる。今日は半分に分けるというシチュエーションをするために来たのだ。たい焼きは左右で大きさが違うため、分けると二つの大きさが比べ辛い。今日はお呼びではないのだ。

 そんな独り相撲をしているうちに順番が回ってきた。

 

「肉まん二つ」

「あ、一つで」

「え、だってミソラちゃんたくさん食べるでしょ?」

「そうじゃなくって……」

「まあいいか、一つで」

 

 ここまで来てまだ分からないのだろうか。他の客たちのクスクスという笑い声が恥ずかしくて、顔を覆った。一方のスバルは、笑われてることにすら気づいていないようだった。

 

「はい、ミソラちゃん」

「えっとね、スバルくん……」

 

 ミソラがアキンドシティ出身なら「ええかげんにせえよ」と言うところである。買った一つの肉まんをそのまま渡してきたのだから。だが、これはこれで好都合だ。スバルが半分にするという考えに至らない朴念仁であることは百も千も知っている。なら、こうするしかないのだ。

 

「じゃあ、これを……」

 

 中身がこぼれないように、ゆっくりと二つに分ける。隣の「え、良いよ。一人で食べなよ」という声は無視した。

 

「よし、二つに……」

 

 二つに分けて、満足げだったミソラの目が一点に止まった。右側の方が大きい。しかも、中は肉汁たっぷりのミンチ肉とネギにタケノコ。生唾が口の中で暴れまわった。ゆっくりと首が横に向く。スバルに向けられるのはキラキラとした眼差し。スバルだって億も兆も知っている。ミソラの食い意地っぷりをだ。

 

「いいよ。僕は小さい方で」

 

「さっすが。スバルくん優しい!」と小さい方を渡して、大きい方にかぶりついた。思った通り、ものすごくおいしい。生地はふわふわで、口の中で旨味が洪水を引き起こす。

 そこで気づいた。

 

「あれ? なんか違う……」

「え、どうしたの?」

「えっと……」

 

 どう説明しよう。分かってはいるのだ。だが、スバルには分からないだろうし、分かってもらったとしても嬉しくない。結局ごまかすしかなかった。

 

 

「あ~あ、作戦ミスだったな~」

「というより、主旨間違えてたわね」

 

 お手洗いで手を洗いながらため息をつくミソラに、ハープが厳しい言葉を浴びせてくる。

 大切なのは二つに分けることではない。男の子が二つに割って、大きい方をくれる。その気遣いが、女の子の喜びなのだ。そもそもミソラの方から二つに分ける……というのが間違いだったのだ。加えて、指摘してからやってもらっても嬉しくない。面倒くさい女心というものである。

 

「スバルくんがしてくれるのを待つしかないか……」

 

 スバルの方から気づかない限り、あのシチュエーションは出来上がらない。だが、それはいつになるだろう。おしゃれやデートの内容よりも、機械をいじくったり、宇宙の情報を漁るのが大好きな鈍感オタクだ。もしかしたら一生気づかないかもしれない。

 

「ま、仕方ないか」

 

 そんな彼を好きになってしまったのだから。

 

「そうやって不満を持てるのも恋人の特権ってやつよ」

 

 ハープの言う通りだろう。このシチュエーションは気長に待つことにしよう。一緒にできることは他にもたくさんあるのだから。

 

「さ、出ましょ。待たせるのは女だけの権利だけれど、待たせすぎるのも女じゃないわよ」

「そだね、行こっか」

 

 外に出て広場に戻った。幾つもあるベンチの一つにスバルが腰かけてるはずなのだが、姿が見えない。

 

「……あれ?」

 

「間違えたかな?」とあたりを見渡す。だがあの特徴的な鶏冠頭が見当たらない。

 

「どこ行……」

「あ、ミ……こっちこっち!」

 

 声に振り返ると、人ごみの向こうから例の鶏冠が出てきた。手にはビニル袋がある。

 

「買い物?」

「うん、ちょうど列が切れてたからね」

「列?」

 

 どうやら人気のある店で買い物してきたらしい。どの店に寄ってきたのだろう。

 

「何買ったの?」

「えっと……はい、これ」

 

 ビニル袋から取り出した黄金色のものを見て、ミソラは目を丸くした。

 

「……たい焼き?」

「うん、さっき欲しそうに見てたでしょ」

「……見てたの?」

 

 先ほど並んでいるときに目が釘付けになっているところを、ばっちり見られたらしい。

 

「や、やだな……恥ずかしいんだけど……」

「アハハ、ミソラちゃんの食いしん坊っぷりは今に始まったことじゃないじゃん」

 

 そういう問題じゃない。っていうか、デリカシーがない。

 ふくれっ面をするミソラに気づかず、スバルはたい焼きを手に取った。

 

「夕飯が食べられなくなるから、一つだけね。で……」

 

 手に力が入る。たい焼きが真ん中らへんから二つに割れ、中から湯気と共にあんこが頭をのぞかせる。二つに割れたたい焼きを手に、スバルは両方を差し出した。

 

「ミソラちゃんは頭と尻尾、どっちが良い?」

 

 大きさは違うが、右手にはあんこがたくさん入った頭が、左手にはカリッとした尻尾。「クスリ」と笑みがこぼれた。

 

「何かおかしかった?」

「ううん、なんでもない。そっか、こういうのもあるか」

「え?」

 

 首を傾げるスバル。彼には説明しても分からないだろう。

 

「じゃあ、頭頂戴。あんこ大好きなの」

「ミソラちゃんらしいな」

「スバルくんは嫌い?」

「いや、好きだよ。けれど、僕は尻尾の方が好きなんだ」

「そっちもおいしいよね」

 

 悪戯で尻尾を少しかじってやろうかと思ったが、やめた。間接キスになるとスバルは紅潮してしまうだろう。今日のところは合格点ということにしてあげることにした。

 

「そうそう、スバルくん。忘れるところだった」

「なに?」

「夕飯のハンバーグの時は、期待してるよ」

「……えっと、何が?」

「自分で考えなさい。宿題です」

「し、宿題か……」

 

 相も変わらず難しい顔をして悩んでるスバルに、ミソラはぺろりと舌を出してからかって見せた。




ツイッターで「あなたの推しカップルで、肉まんを半分にして、大きい方をくれるのはどっち?」というのが流れてきました。

スバルとミソラだったら、どっちもやらないだろうな。
スバルは大きさそろえそうだし、ミソラは大きい方を頂戴とスバルに目で訴えるだろうし……と考えて思いついたのが今回の話です。

なんか思ったよりも甘い雰囲気にできなかったな……と反省中です。

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