きっとあの時、僕は自分の気持ちに気づいていなかったのだろう。
ゴン太のオイオイという声を耳にしながら僕は皆にお別れを告げた。キザマロは大きな眼鏡の後ろに涙を隠そうとしてるけれど、ゴン太と同じく鼻水をズルズルと流している。2人と違って、委員長はそっぽを向いたままだ。分かってるんだよ。委員長が涙を隠そうとしてるなんて。ツカサくんを見習ってよ。笑顔で送り出してくれてるじゃないか。ジャックはヘッとか口をとがらせてるけれど、ツカサくんと同じような目をしていた。
もう一度皆の顔を見渡す。やっぱりあの子はいない。胸がキュッとなったのは、皆と別れるのが寂しいからだね。
最後に父さんと母さんに抱擁されて、僕はキャリーバッグを手に歩き出した。白いゲートが近づいてくる。あの向こうに行ったら、今までの日常とはさよならだ。
アナウンスに従ってベルトを確認する。念のため、緊急時の行動にも目を通しておく。ウォーロックは細かいとか愚痴ってたけれど、それでいい。僕の夢には必要な能力なんだから。
お別れに時間をかけすぎたのかな。あっという間に離陸の時間になった。体に少しばかりの重力がかかって、あっという間に鉄の塊は僕を乗せて大地を離れていく。
突然、ウォーロックが叫んだ。僕が何かと尋ねる前に、彼の手が僕のビジライザーを下ろした。緑がかかった世界に電波の世界が映る。ガサツな相棒が何を見つけたのか、飛行機のすぐそばにあるウェーブロードを見たらすぐに分かった。あの子がいた。忙しくて来れないと泣いていたのに、電波変換を使って駆けつけてくれたらしい。きっと、今来たところなんだね。ゼエゼエと肩で息をしている。ピンク色の彼女に、僕は慌てて手を振った。でも、一瞬だった。ちゃんと見えたかな。
バミューダラビリンス以来になるんだろうな。この国に来るのは。アメロッパに作られたこの新しい学校で、僕はすぐに友達を作ることができた。でも当然なのかもしれない。だってここは同じ夢を追いかける子供たちが集まる場所なのだから。
かっこいい子、面白い子、かわいい子、ちょっと怖い子。色々な人がいるけれど、毎日が楽しい。WAXAが新設した、子供のころから宇宙飛行士を育てる専門学校。最初は不安だったし、皆と中学校に行けないのは寂しかったけれど、今なら言える。ここに来てよかった。
友達に肩を叩かれて、ボーっと空を見上げていたことに気づいた。最近そうしていることが多いねって言われる。ホームシックかって? たぶんそうなんだろうね。だって、もう三年帰ってないんだから。理由は単純。忙しいんだ。難しい課題が山のようにある。でも、それ以上に大変なのが訓練。毎日訓練をしては、反省点を皆で挙げていく。これが予想以上に時間がかかるんだ。本当は年に一度だけ、二週間の長期休みも用意してくれるはずだったんだけれど、まだこの学校の取り組みは始まったばかり。カリキュラムが押していて全部白紙になった。ウォーロックは文句を言ってたけれど、それだけ熱心に僕たちを教育してくれてるってことになる。だから僕は先生たちにお礼を言いたいぐらいだ。
電波変換を使えばすぐに帰れる。一晩だけ母さんのご飯を食べて、お父さんと訓練について色々と話したい。けど、それは不平等だ。実家に顔を出したいのは他の皆だって一緒なんだから。だから、僕はぐっと我慢した。加えて、あの子の顔が浮かんだけれど、気のせいだよね。だって、写真やテレビでいくらでも見てるんだから。
とても久しぶりだった。でも相変わらずなようで笑ってしまった。仕方ないよね。この歳になっても、綺麗な大中小の並びを作って、自慢げに胸を張っているんだもん。
それにしても、びっくりした。早いんだね、六年って。委員長とキザマロはもうすぐ大学生に、ゴン太は進学をあきらめたけれどラグビーのチームにスカウトされたらしい。つまりは社会人だ。なんだか信じられなかった。ついこの間、小学校の卒業証書を受け取ったばかりな気がする。
時間の流れは怖いって思った。けど、そんなことはない。僕が変化に気づかなかっただけ
だ。なんでこんなに鈍感なんだろう。窓の向こうには宇宙が広がっているっていうのに。
その後、ツカサくんやジャックの進路や、シドウさんとクインティア先生のお子さんが3歳になって保育園に入った話なんかも聞いて、電話は終わりになった。皆、バラバラの道を歩みだそうとしてる。
ウォーロックが寂しくないのかってからかってきた。あの子がいなかったから? ち、違うよ。そんなわけないじゃないか。
電話が終わるのを見計らったかのように、部屋に人が訪ねてきた。実施研修中、同じチームになった三人組だ。うち一人は長い金髪が似合う女の子だ。委員長も可愛かったけれど、この子には流石に及ばないなって思う。
男友達二人が新しく買ったCDを見せてきた。あの子のだった。改めて見て思う。手足が伸びてて、すらっとした体つきになってる。そうだよね、六年だもんね。あの子とだけは、電話もしてないな。ここは規則が厳しくって、電話の時間が限られてる。互いに忙しい身、ずっとずっとすれ違ってる。メールしかしてない。それも制限が多くて、ろくにしてないんだけれど。
ふと金髪の子が僕を手招きした。なんだろうと思って外に出て、連れていかれたのは人気のない場所だった。いつまでも僕は朴念仁なんだね。この状況で何を言われるのか全く予想していなかった。唐突に告げられた彼女の想いに、僕の目の前は真っ白になった。でも、首を横に振った。ごめんね。何でって訊かれても……なんでだろう、あの子の顔が頭に浮かぶ。
涙を流しながらも、彼女は笑って許してくれた。これからも友達でいてねって。ありがとう、本当に。
部屋に戻ると、さっきの2人が写真集を見ていた。見ていたのは水着写真だ。僕も間に入っていく。いや、変な目で見ないでよ。18歳の男の子なんだから当然だろ?
2人が見ていたのは、あの子の写真だった。露出の多い水着で綺麗なポーズをとってる。場所はシーサーアイランド。後ろにはハイビスカスの花々。ああ、あそこだ。同じ場所だ。
そういえば、あの時も僕は彼女の水着姿を拝んだっけ。同級生の男子たちが大喜びしてた理由も今なら分かる。だって神様がくれた奇跡じゃないか、そんな偶然。
大人になった彼女を両隣の男が見入ってることに、ようやく気づいた。突然胸がざわつく。僕ら以外にも同じように見ている人が大勢いるって思うと、苦しくなった。
写真集を閉じる。2人が何か文句言ってたけれど、適当にごまかしておいた。
たぶん、僕はこの時に気づいたんだろうね。自分の気持ちに。
委員長とキザマロが大学を卒業した年、ようやく僕たちのカリキュラムも終わった。結局、半年ほど延長ってことになったけれど。主席合格した僕は、希望通りWAXA二ホン支部での就任を言い渡された。
後は卒業式を残すだけだ。僕はすぐにメールを開いた。にやつくウォーロックを尻目に、思いつく限りの言葉を文章にする。けど、なんでだろう。どうやっても形にならない。伝えたいことが山ほどあるのに。頭を抱える僕の目の前で、作成途中のメールが消去された。あっという声すら出なかった。代わりに開かれたのは、新しいメールの新規作成画面。右下ではウォーロックがやれやれという顔をしている。
しばらく僕は固まっていた。まったく、この相棒はいつも頼りになる。僕が忘れてることや、気づけなかったことを指摘してくれる。そうだ、そうするしかない。僕は日時と場所だけを告げてメールを送った。後は、来てくれるかだけだ。
卒業式を終えて、約束の日が来た。飛行機なんてものに乗るつもりはなかった。電波変換をして、ウェーブロードを駆け抜ける。この歳になってこの格好は恥ずかしかったけれど、そんなの気にかけていられない。一番早く行ける方法なんだから
二ホンは昼だった。時差修正された時計を確認する。まだ午前中だった。町に降りて辺りを見渡す。すっかり様変わりしてたけれど、そこだけは変わっていなかった。相変わらず時代遅れな石造りの階段を駆け上がる。前は一段飛ばして登るのがやっとだけれど、長くなった足と、鍛えた体のおかげで五段ぐらい飛ばせた。途中でテンポを崩してすっころんだけれど、足は止めなかった。
広場に出た。まだ機関車がある。相変わらず人がいないのか、ベンチもそのままだった。色が剥げてる。そして見晴らし台を見上げた。
いる。そこに誰かがいる。
残り短い階段を僕は飛び越えた。
そこに、その子はいた。あの時と同じ場所に、あの子がいた。
変わったのはスラッと伸びた背。凹凸が目立つようになった体つき。服装は白いワンピースに白い帽子……さすがにあの服は無理だよね。僕もあの時の格好をする勇気はないや。
彼女がゆっくりとこっちを向く。帽子の鍔で顔は見せてくれない。
大きく、一つ深呼吸をした。
「久しぶりだね、ミソラちゃん」
返事がない。あ、これはまずいパターンだ。本気で怒ると無口になるんだよね、この子は。あの時の僕なら、きっと怖くてあたふたしてた。けどそんなことしないよ。伸ばせば手で触れれる距離まで近づく。
「ほんと……久しぶりすぎるよ。10年だよ?」
「そうだね。もうお酒が飲める歳になっちゃったね」
涙交じりの声に気づいていたけれど、僕は謝らなかった。ここで退いたら、告げれないから。
「そのままで良いから、聞いてくれるかな?」
また返事がなかった。でも、これは怒ってるときのじゃない。たぶん……。
「ずっと向こうにいて……皆と離れ離れになって……寂しかったんだ」
あ、口がへの字になった。機嫌を損ねてるや。
「それで……気づいたんだ。僕の気持ちに」
口が一文字に戻る。
「もしかしたら、離れてる間に芽生えたのかもしれない。けど、たぶんこれは10年前からあったもので、10年間変わらなかったものなんだと思う。少なくとも、僕はそう信じたい」
ああ、どうしよう。ここまで来て胸が痛くなってきた。訓練で事故した痛みよりも、10年前の戦いで負ったどの怪我よりも、ずっとずっと痛い。
きっと、君も同じだったのかな?
「ミソラちゃん……」
だからこそ、僕は10年遅れて前に踏み出した。
「好きです。僕と一緒になってください」
ポケットから箱を取り出して、中身を見せた。二つのリングがある。
決まった! と思った。けどミソラちゃんは何も言わない。恐る恐ると顔色を窺うと、目を点にしていた。
「あの……ミソラちゃん。どうしたの、返事を……」
「ど、どうしたのって……こっちの台詞だよ!」
顔を真っ赤にしてミソラちゃんが叫んだ。あれ? 何か僕、間違ったことしたかな?
「え、変?」
「変って……当たり前でしょ!? 恋人すっとばして、これって、け……けっけけけ……け……」
「結婚?」
「わ~、言わないでって!!」
帽子で顔を隠してしまった。
「父さんと母さんはもっと早かったし、シドウさんとクインティア先生だって僕たちと同じ歳で子供いたから、遅いぐらいかと思ったんだけれど……」
「逆だよ。早すぎるよ……」
そうか、そうなのか……。ずっと学園にいたから、世間知らずになっていたのかな、僕。
「迷惑……だったかな?」
遠慮がちに訊くと、ミソラちゃんは帽子からちょっとだけ顔をのぞかせてくれた。目は涙でいっぱいで、頬は腫れてるんじゃないかってぐらい赤くなってる。
「ううん……ううん……」
首を精一杯横に振るミソラちゃんが可愛くて……僕はそっと抱きしめた。
もう泣かないでね。10年も遅れちゃったけれど、これからずっと……10年も、20年も一緒にいるから。
お久しぶりです。
ア~ンド……
流星のロックマン10周年!
おめでとうございます!!!
いやあ、10年か~。長いな~。
せっかくの10周年。
何かしたいですよね? イベントしたいですよね~。
ってわけで短編を一作品仕上げました。
クオリティ低いし、私の趣味丸出しですが、良いよね?
特別なこだわりとしては、台詞を書かなかったことです。
最初から途中までは台詞を書かず、最後のシーンだけ台詞を言わせる。
キャラ同士のやり取りを二人だけに絞って際立たせてみました。
面白いのかは別です。
楽しんでいただけましたかね(*´∇`)?
流ロク10周年ってことに、
今日の午後六時ごろに気づいたとか、
その後三時間でおお急ぎで作ったとかは内緒です。