忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

7 / 39
七話 失ったもの

 どんなに激しい雨でも、どんなに長い雨でも。

 止めばきっと、空には虹が掛かっている。

 どんなに辛く、悲しい事があっても。

 それを乗り越えれば、きっと幸せがまっている。

 そんな、願いを込めて。

 

 

 

「──オーバー・ザ・レインボー!」

 

 振りかざした傘から飛び出す、七色の弾幕。

 赤、橙、黄、緑、水、青、紫。それぞれが一丸となって螺旋を描き、暗い部屋を照らしながら大女へと向かっていく。

 大きな両手で弾幕を受け止める大女。しかし、弾幕の勢いは彼女の力を上回り、そのまま壁際へと押し込んでいく。このまま発射し続けていれば、効果的な攻撃となっていただろう。

 だが、そこで弾幕は止まった。

 

「こっちだ!!」

 

 窓を開き、ベランダから飛び出す小傘。大女は母の亡骸で泣いている聖真には眼もくれず、小傘を追って外へ出た。

 これで完全に、標的は小傘一人に絞られた。

 

 深夜の道路上で相対する二人。

 周囲に人影はなく、僅かな月の光と街灯のみが町を照らす。町の中である筈のこの場所が、不気味な程の静寂に包まれている。

 小傘は二枚目のスペルカードを天へ翳す。

 

「──化符『忘れ傘の夜行列車』」

 

 どこから途もなく現れた唐笠の大群が一列に並び、弾幕を放ちながら大女へ向かって飛び進む。

 しかし、大女は空を飛び、宙を舞うように避ける。唐笠の大群はふっと消えると、再び別の場所から大女へと向かって現れた。

 避け続ける大女。しかし、唐笠の大群は徐々に速度を増してゆく。獲物を逃す事を許さず、徐々に追い詰めていく。

 

 痺れを切らし、小傘へと向かっていく大女。弾幕が直撃する前に小傘を仕留めようと迫って行く。

 

「──スペルカード!」

 

 この程度、小傘には想定内だった。

 

「化鉄『置き傘特急ナイトカーニバル』」

 

 小傘の左右、二方向から現れる唐笠の大群。それを見て引き返そうとする大女。

 だが、その背後から、始めに小傘が出したもう一列の大群が。

 三方向。三角形の形で大女を追い詰め、三つの列車が激突する。弾幕は爆発四散し、周囲に強い光を放った。

 

 傘で光を遮り、すぐに大女と向き合う小傘。

 大女は未だこちらを見ながら宙に浮いている。小傘の弾幕攻撃にどれくらいの効果があったのかは、一目では分からない。

 

『ぽぽぽぽ……』

 

 不気味な笑い声を発しながら、小傘の元へと向かう大女。小傘は四枚目のスペルカードを放つ。

 

「──雨傘『超撥水からかさお化け』」

 

 水色で、雨滴の様な弾幕が、大女へと放たれる。それはまるで豪雨の様に凄まじい密度で迫ってくる。避ける隙など、与えない。

 小傘はこれで確かめるつもりだった。敵にとって、自分の弾幕による攻撃がどれだけ効いているのかを。場合によっては、弾幕を捨てざるを得ない。

 

 大女は弾幕をものともせず、一直線に小傘へと向かっていく。

 彼女は確信した。弾幕は、ほとんど効いていない。大女を倒すには威力が足りない。

 

 小傘の首へと手を伸ばす大女。そうはさせぬと、その両手を傘で受け止める。手と傘の鍔迫り合い。

 小傘の力は決して弱くはない。だがそれ以上に大女の力が異常だった。魔力を帯び、普通の傘とは比べ物にならない強度の小傘の傘、本体を、ミシミシと悲鳴を上げさせ、少しずつ折り曲げていく。

 小傘の体に走る激痛。自分の死を予感させる『傷み』。だが、それは悟られてはならない。傘はあくまで彼女の武器。それを相手に信じさせなければいけない。

 

「──ハァ!!」

 

 小傘の掛け声と同時に、周囲に霊力による突風が巻き起こる。その勢いは大女を吹き飛ばすには十分だった。

 霊撃。一時的に敵を怯ませる防御技。しかし、もうしばらくは使えない。次に掴まれたら最後、大女の手に握り潰されてしまう。

 小傘は、最後のスペルカードを取り出す。

 

「──雨符『雨夜の怪談』」

 

 最後のスペルカードの割に、弾幕は先程の雨傘のスペルと比べれば薄いものだった。先程の豪雨と比べて密度が低く、ギリギリ大女が避けられる程度になっている。

 小傘の力が切れ始めた、と思うかもしれない。事実、先のスペルカードや霊撃は、非常に多くの霊力を伴った。小傘の消費も著しいだろう。

 だが、これは作戦。大女にある誤解を与える為の作戦なのだ。

 

 案の定、大女は隙間を繕う様に弾幕を避け、小傘の目の前へと飛び込んだ。今度こそ小傘の首をへし折ろうと、再び両手を首に突き出す。

 小傘が傘で防ごうとするも間に合わず、ガッチリと首を掴まれる小傘。呼吸が出来なくなり、みるみるうちに小傘から力が抜けていく。

 

 必死の抵抗で、大女を何度も蹴る。しかし、手を離すどころかどんどん締め付ける力が強くなっていく。弾幕は、もう放てない。

 

「あ……かッ……」

 

 意識が薄れていく。力が入らない。もう、駄目だ。

 小傘はガックリと項垂れると、彼女の体は光の粒子となり、天へと消えていった。

 

『ぽぽぽぽぽ……』

 

 自らの勝利を祝うように不気味な笑いをする大女。

 最後に、あの仕留め損ねた男を殺そう。そう思い、女はアパートへと向かう。

 

 

 

 聖真は眠っていた。

 酷い出血と、泣き続けた際の疲労によるものだった。涙で眼を腫らしながら、母の亡骸の上で寝息を立てていた。

 

 その聖真の傍に、大女が現れる。今度こそ聖真を殺そうと、最後にその手を伸ばしてくる。

 首に手を添え、力を──

 

 ぐさり。

 大女に、そんな音が聞こえた。

 何処から音が聞こえたのか、すぐに分かった。

 

 自分の、首だ。

 首から何かが突き出している。

 大女は決死の力で振り向く。

 

 死んだ筈の小傘が、そこにいた。

 傘の石突、先端部分で、女の首を刺していた。

 

『ぼ……ぼ、ぼ……』

 

 大女が首に刺さった傘を抜こうとするも、負けじと押し込んでいく小傘。

 やがて大女は力尽き、だらりと両手をぶら下げ、体が粒子となって消えていった。

 

 大女は、小傘が妖怪の類いだと思いきっていた。

 だが、実際は幽霊。本当ならば壁もすり抜けられるし、一時的に存在を消す事も出来る。

 先程の通り、小傘の本体は傘だ。霊力が消えない限り、小傘自身が攻撃を受けて死ぬ事はまずない。メリーさんの一件の様に、一時的に存在が消えた事により、大女は小傘が死んだと思い込んでいた。

 その時点で、勝負は決まっていたのかもしれない。

 

 首を絞められかけていたにも関わらず、目を覚まさない聖真。それほど、彼の傷は深いのかもしれない。

 そんな彼を、小傘は背後から優しく抱き締めた。

 言葉は発しなくても、想いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 あの夜の出来事から、しばらく経ちました。

 あれからすぐ、私が付近の人達に助けを求め、聖真さんは病院に運ばれて行きました。

 頭の怪我は思ったより深く、様子見の意味も込めて二週間近く、聖真さんは入院していました。頭に包帯を巻いている聖真さんは、非常に痛々しい姿でした。

 病院の中では、聖真さんはほとんど何も喋りませんでした。途中、警察という人や記者という人が聖真さんから話を聞こうとしていましたが、聖真さんはやはり何も喋りませんでした。

 私が話し掛けても、同じでした。

 

 聖真さんが退院した時、既にお母さんの葬式は終わってました。聖真さんは自分の家の中に飾ってあった遺影を取ると、虚ろな目でずっと見つめてました。

 私が何度慰めようとしても、聖真さんは口を開くどころか、私に目さえ合わせてはくれませんでした。

 

 その日の夜、聖真さんがいなくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ歩き続けたのだろう。

 どれだけさ迷い続けたのだろう。

 俺は、これから何処へ向かえばいいのだろう。

 

 三日前、俺は家を飛び出した。深い理由はない。

 ただ、全てがどうでもよくなっただけ。俺がやらなくちゃいけない事だとか、そういうのはもう、うんざりだった。

 世の中は理不尽だ。他の奴等はみんな適当に平和な暮らしをしているのに、どうして俺ばかり何度も死にかけなくちゃいけないんだ。俺は、普通に生きてちゃダメなのか。

 母さんまでいなくなって、俺はこれからどうすればいいのだろうか。

 

 お金なら沢山ある、母さんの保険金という、望まぬ金が。母さんが生き返ってくれるなら、喜んでこんな金、ドブに捨ててやるのに。

 

 やり直したい。全てを投げ捨てて、一からやり直したい。生まれたばかりの状態になりたい。そうして皆と同じ様に平和に生きて、何事もなく人生を過ごして、ゆっくりと死にたい。

 そんな事を思い、気が付けば俺は昨日から、深い森の中をさ迷っていた。立ち入り禁止の看板を越えた更にその先を、何も考えずに。

 

 鞄から水を取り出し、飲む。必要な物はある程度買い溜めしておいた。死にたくはないから。

 ただ俺は自分の人生をやり直す為に、その為の『何か』を見つけるために、森を進んでいく。

 『何か』なんて、ある訳ないのに。

 

 太陽が後少しで沈みきり、森を暗闇が支配する寸前、俺の額に雫が落ちてきた。

 雨だ。

 雨が降ってきたからといっても、雨宿り出来る場所なんて無い。ここは深い森の中。木と草以外は何もない。

 

 森の木々が、少しずつ鳴き始める。ザー、ザーと、葉を叩くように。やがてそれは森の中で木霊(こだま)し、騒音となって俺を襲う。

 煩い。イライラする。頼むから静かにしてくれ。そう頼んでも、木々は受け入れてくれない。

 耳を塞ぎながら歩いても、音は俺の中に響いてくる。雨に当たる度に、服が濡れて重くなる。

 寒い。風邪を引きそうだ。思えば今は冬。雪が降る程の寒さではないが、それでも雨に当たれば冷たい。

 

 体を震わせながら、雨の中を進む。

 一歩踏み出す毎に、今まで感じてきた温もりを思い出す。忙しい日々の中にあった、暖かなあの時間を。

 誰かと会いたい。

 誰でもいい。他人と触れ合いたい。

 一人は、寂しい。

 顔を流れる水滴の中に、俺は自分の涙が混ざっている事に気が付いた。

 

 日が沈んでも尚、雨は止まない。

 もう数時間、俺は雨に打たれ続けている。

 こんな状態で眠れる筈もなく、暗闇の中を延々と歩いている。歩いて、歩いて、歩いても、何処にもたどり着けはしない。

 どこまで進んでも闇しかない。徐々に、俺は闇に囚われてるのではないかという錯覚に襲われてくる。

 そうだ、もしかしたら、また別の化け物が俺を襲いに来たのかもしれない。こうして俺を闇の中に閉じ込めて、精神的に弱ったところを襲うつもりなんだ。

 ポケットからナイフを取りだし、無茶苦茶に振るった。この闇を作り出してる奴を斬り殺すために。

 

「……」

 

 手応えなんてある訳無い。

 この闇を作り出してるのは化け物なんかじゃない。

 俺だ。俺が自分で闇に閉じ籠ってるんだ。

 自覚はしている。けれど、自分じゃどうにも出来ない。足掻くだけ足掻いても、また引き摺り込まれていく。

 

「……助けて」

 

 誰かに宛てたものではなく、無意識に呟いていた。

 

「きて」

 

 だから、返事が来るなんて、思いもしなかった。

 

 顔を上げると、目の前に見知らぬ少女がいた。彼女は俺を見つめると、振り向いて歩き出す。

 

「待ってくれ!」

 

 俺は駆け出した。こんな森の中に、どうしてこんな少女がいるんだ。どうして俺に声を掛けたんだ。

 全力で走っているのに、追い付く気がしない。寧ろ離されている。彼女を見失わない為に、必死で走り続ける。

 

 やがて、彼女の姿が消える。

 

「……なんだ、ここ」

 

 真っ暗闇の森の中。

 俺の前には、古びた洋館が建っていた。




 本格的な戦闘シーンは、あまり得意ではないので、これから練習していきたいです。
 特に弾幕ごっことか超難しいですわ……

 因みに、三話に渡り戦った大女は、尺八様という怪異です。
 深秘録にも出てきますよ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。