忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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三十三話 ハンデ

 

 月が輝く幻想の夜に。

 漆黒の翼を羽ばたかせる鴉天狗が一人。

 思うままに風を操り空を駆ける、幻想郷最高格の実力者。

 射命丸文。

 

「――さっきからお前が気に食わなかったんだよ」

 

 彼女に相対するは、紅魔館の門番妖怪。

 紅美鈴。

 

「お前のことは知ってるぞ、紅魔館のサボり妖怪だろ? そんな落ちこぼれ妖怪がこの文様に勝てると思ってるのか、あ?」

 

「……ほざけ、この怨霊が」

 

 彼女は今、地底の怨霊に体を支配されている。

 理由や原因は判らないが、美鈴の今の目的は一つだ。

 彼女を支配してる怨霊を、仕留める。

 

「かかってきなさい。落ちこぼれ風情なら貴方には楽勝でしょう?」

 

「言われなくても――ぶっ殺してやるよ」

 

 刹那、音すら超える速度で美鈴に迫る。

 その勢いのまま腹部を狙い蹴りを叩き込む。

 

「チッ」

 

「これで三度目ですね」

 

 三度目。

 文の神速の攻撃を、美鈴が見切った回数。

 

「テメェ、見えてるのか? この速度が」

 

「さて、どうでしょう」

 

 再び距離を取る文。

 その表情には明らかに苛立ちを示している。

 

「意味わかんねぇ、ムカつくんだよぉ!!」

 

 取り出すは天狗が持つ葉団扇。

 それを思い切り振りかざすと、文は大きな風の刃を生み出した。

 無数の刃が美鈴へ襲い掛かる。

 

 空を切り、相手への恐怖を煽る風切りの刃。

 しかし、美鈴は冷静だった。自らに当たる可能性のある刃だけを把握し、的確に避ける。

 その攻撃の最中、文が飛び込んでくる。

 美鈴は一瞬動揺したものの、直ぐ様体制を立て直した。あくまでも冷静を保ち続けている。

 刃の中で迫りくる葉団扇の一閃を、正確に見切る。

 弾幕ごっこですら見られない程の美しい回避技術。

 

「くそッ」

 

 文はあからさまに苛立ちを抑えきれずにいる。

 自らが生み出す風の刃も、神速の攻撃も、尽く美鈴に見切られる。

 避けられ、防がれ、反撃を仕掛けてくる。文もすんでの所で避けてはいるが、攻めてるこちらが追い詰められている感覚に困惑を隠せていない。

 

「おや、その程度なのですか? 幻想郷最速というのは」

 

「くぅぅ、何故だ!! どうして当たらないんだ!!」

 

 文の中にある嫌な気配が大きくなる。

 取り憑いている怨霊の力が大きく増している感覚。怒りのあまり暴走に近くなっている様だった。

 その様子を察し、美鈴は警戒を強化する。

 

「うううヴヴヴぅ! 殺す、殺す、コロス!!」

 

 再び襲い来る風の刃。

 何も変わらない攻撃に再び美鈴は対処する。

 しかし、次の行動はそれまでとは大きく違った。

 

「――吹き飛べェ!!」

 

 いつの間にか背後に回っていた文が、美鈴含む広範囲に突風を生み出す。

 流石にこれは避けようがない。ダメージこそ殆ど無いものの、美鈴は風に煽られて宙へと浮かされる。

 

(く、踏ん張りが……)

 

 拳法を軸に戦っている美鈴にとって、宙に浮かされるのはあまり良い状況ではない。

 足場があり、重心の移動ができてこそ、拳法の真価が発揮されるというもの。

 美鈴自体も飛べはするものの、これでは少々まずい。

 

「――逃さねぇよ!!」

 

「ぐぅッ!?」

 

 途端、首元に負荷が掛かる。

 美鈴の体が、あっという間に守矢神社から離れていく。

 文だ。彼女に襟を掴まれた。そのまま空高くへと登っていく。

 あまりの速度に振りほどけない。

 

(妹様ッ!!)

 

 やがて二人の姿は、守矢神社から見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

「――はぁ、はぁ……」

 

 一方。

 ただ一人、交戦を逃れた聖真。

 美鈴も、萃香と、鈴仙も、そしてフランも、敵と応戦している。

 

 力になれない自分がもどかしい。

 けれど、これは好機でもある。唯一聖真だけを追う敵が居ない。今なら、守谷の巫女を止められる。

 

「……やってやる!」

 

 探し出す。

 必ず探し出して、儀式を止めてやる。

 聖真は固く誓い、神社へと入る。

 

 

 

(――見つけた!)

 

 意外にも簡単に見つかった。

 一人の少女が神社の本堂内、神棚の前で祈りを捧げている。

 数日と続けられているという情報通り、緑髪の巫女の姿は明らかに痩せ細っており、非常に心配にされられる。

 一体、彼女は何故儀式を行っているのか。無理矢理なのか、それとも自ら進んでやっているのか。

 分からないが、やる事は変わらない。

 

「おいお前、その儀式を辞め――ッ!!」

 

 彼女へと近付いた途端、何かにぶつかった。

 顔を抑えつつ、俺は改めて前を向き直す。

 一体何なんだ? 眼の前には何も無い。ただ祈りを捧げて詠唱を続けている巫女の姿のみ。

 それなのに壁がある。透明なガラスという訳では無い。それよりも透き通っていて、それでいて拒絶されているかのような。

 

「……まさか、これって」

 

 結界、って奴なのだろうか。

 いくら叩いても、蹴っても、一向に彼女には近付けない。

 周囲を探っても円形に張られているのか、全く状況が改善されない。

 このままでは……彼女を止められない。

 

「――クソ! 力ずくしか無いのかよ!!」

 

 力ずく。

 一番非力な俺に、出来るのだろうか。

 ……いや、やるしか無い。皆が戦ってくれているんだ、俺がやらずにどうするんだ!!

 

「上海……力を貸してくれ!」

 

 目を閉じ、心から願う。

 彼女と、上海人形と、心を通わせるように。

 彼女の想いを、全てを、受け入れるように。

 

 やがて、胸が熱くなるのを感じる。

 昨日感じたような、上海との対話に似た感覚。

 自らの体がの中に、力が漲ってくる。

 

 ――受け取って。

 

 やがて、抱きしめていた上海の姿が消える。

 

「……あれ、何だこれ」

 

 気がつけば、代わりに握っていたのは大槍だった。

 西洋で騎士が使うような、大きくて鋭い大槍。

 

「これを使えって事か」

 

 こんな武器、当たり前だが今まで使った事なんて無い。

 ぶっつけ本番だが、それでも自信で満ちていた。

 上海の力が合わさった今なら、きっと行けるはず。

 

「――うぉらぁぁぁぁッ!!!」

 

 大きく振りかぶり、結界に向かって大槍を突き出した。

 槍の先端に魔力が灯り、それが結果を削りあげていく。

 激しい炸裂音を響かせ、少しずつ、少しずつ、結界にヒビが生じていく。

 

「クソ、力がっ……」

 

 だが、体の負担も大きい。

 槍にかなりの力を掛けているせいで、体に満ちていた力がみるみるうちに減っていく。

 感覚的に俺と上海の相性はあまり良くないのかもしれない。力の残量があっという間に減っていく。

 まだ、結界は割れない。

 

「まだだ、こんな所でくたばってられねぇ!!」

 

 気合だ、思い出せ。

 妖夢と会ったあの時を。

 楼観剣を引き抜いたあの時を。

 それと比べればこんなの、屁じゃねぇ。

 

「ちっくしょぉぉぉぉ!!」

 

 全身全霊をかけて槍を突き出す。

 ヒビが徐々に、徐々に、大きくなっていく。

 これならあと少しで――

 

「――吹き飛べ」

 

「うッ!?」

 

 突然、目の前から強風が吹き荒ぶ。

 想定外の出来事に対応できなかった俺の体は風に飛ばされ、本堂の外へと押し出される。

 咄嗟に体制を整え、前を向き直す。

 

「おい、アンタ……」

 

「儀式の……邪魔、です……」

 

 守谷の巫女だ。

 結界の外から出てきたのか。

 

「もう少しで……終わるのです……」

 

 枯れた声。フラフラな立ち姿。

 明らかに衰弱して尚、こちらへと敵意を向けている。

 これは……操られているのか、それとも。

 

「分からねぇ……けど!」

 

 聖真もまた、大槍を構え直した。

 

「悪いがあんたを取っ捕まえて、その儀式とやらを止めてやる!!」

 

 聖真は巫女の元へ飛び込み、その大槍を薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 妖怪の山、遥か上空。

 射命丸文により無理矢理吹き飛ばされた美鈴は、空中にて気配を探っていた。

 空中は地上とは違い、下からの攻撃もあり得る。地上とは索敵範囲が大きく広がってしまう。集中力を高め、周囲に気を張り巡らせる。

 

「――ぃッ!」

 

 瞬間、後方斜め下からの葉団扇による一閃。

 首を狙うその斬撃を咄嗟に腕で防ぐ。

 傷は浅いものの、血が吹く。

 

(くっ……反撃の隙も……!)

 

 このままではジリ貧だ、いずれ限界が来る。

 何とか反撃の狼煙を挙げなければ。

 だが、どうすれば。

 

 手が出せない。

 相手は全方位から攻撃を仕掛けてくる。

 駆け抜けざまの一閃。一撃の威力はそこまで高くはないものの、急所への攻撃を許せばそこから敗北しかねない。

 防御を解除できない。

 

「――このまま切り刻んでやる!」

 

 幻想風靡。

 自らの持つスペルカードの様に速度を上げ、美鈴の全身を切り刻んでいく。

 完全に目では追えない、圧倒的な速さ。しかしそれでもやはり美鈴は確実に、最低限の防御だけはこなしている。

 

 彼女も覚悟を決めていた。

 こうなれば根比べだ、相手が疲れるまで耐えてやる!!

 

「――チッ、しぶといんだよテメェ!!」

 

 文は更に速度を上げる。

 美鈴の全身がズタズタに裂かれていく。

 全身を襲う鋭い苦痛。痛みによる冷や汗が止まらない。

 だが、それでも美鈴は耐える。

 

「くたばりやがれぇ!!」

 

 最高速度のまま、美鈴の真正面から飛び蹴りを放つ。

 斬撃の中に織り交ぜた唯一の打撃。この速度の中で放つ打撃の威力は計り知れない。全身既にボロボロの美鈴に的確に当たれば、勝負を決めかねない。

 このままでは――

 

「――この時を待っていました」

 

「ッ!?」

 

 美鈴はこの一瞬、自ら防御を外した。

 敵の真正面からの攻撃を、唯一の反撃の時を、ずっとずっと待っていた。

 敵の速度は圧倒的。これは攻撃力に加算されれば脅威だが、逆に自らの身を破滅させる可能性も含んでいた。

 力はほぼ込めない、速度重視の回し蹴り。

 当たりさえすれば、文にとっても致命傷になり得る。

 

 刹那の一閃、二人の脚が交差する。

 

「――バーカ」

 

 その瞬間、文は笑った。

 そして美鈴の目に、何かが――

 

「――アァァァあぁッ!!?!?」

 

 美鈴が顔を押える。

 だが、手の下から血が止まらない。

 美鈴は咄嗟に今の出来事を理解した。

 

 彼女の、文の制動力を甘く見すぎていた。

 彼女は咄嗟に自ら後ろに下がり、美鈴の攻撃を空振らせた。

 そして一瞬無防備になった美鈴の顔、目の部分を葉団扇にて切り裂いた。

 

「ハハハ、ザマァねぇな!!」

 

「…………」

 

 これでもう目は使えない。

 ただでさえ速すぎる射命丸文を、もう捕らえられない。

 

「……もう勝った気でいるんですか?」

 

「あ?」

 

 だが、美鈴はまだ折れていない。

 

「来なさい、貴方程度このくらいのハンデが丁度いい」

 

「……何だお前、馬鹿じゃねぇの?」

 

 瞼から出血し、血の涙を流してもまだ、美鈴は構えを続ける。

 

「ハッ、そこまでしてくたばりてぇのか」

 

 文は再び、周囲を高速で駆ける。

 

「だったらすぐ楽にしてやるよぉ!!」

 

 前後左右上下斜角、全方位からの攻撃。

 既に多くの傷を負った美鈴には反撃の術はない。

 次の文の一撃で、勝負が決まる。

 

 そう、思われた。

 

「――ガッ……」

 

 側面からの一撃を与えようとした瞬間。

 文の頭部を美鈴の肘鉄が襲う。

 そして文の動きが止まったその一瞬を狙い、美鈴の膝が文の顔面を突き刺す。

 

「ぐッ……くそ、テメェ……」

 

 変わっていない。

 目を裂かれる前と、何一つ動きが。

 

「何故だ、どうして俺の居場所が分かる!?」

 

「さぁ、どうしてでしょうかね」

 

 美鈴の笑みは、まるで勝利を確信したかのようだった。

 

 


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