忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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三十二話 交戦

 

 管狐が戻ってきてから少しの時が経った。

 それぞれがほぼ無言の時間を過ごしていると、俺達五人だけが大天狗の飯綱丸から呼び出された。

 他の天狗達は皆、離れている。

 

「萃香殿、それと皆さんに伝えたいことがあります」

 

 改まって、飯綱丸は要件を述べる。

 

「私は内心、敵の行動に疑問を抱いていました。二柱で我等の村を襲撃し、天魔様や多くの同胞を人質にとりながら、我々にそれ以上何も仕掛けてこない。人質を始末するなどと脅迫すれば幾らでも我々を誘き出す事が出来るというのに、全く仕掛けて来ないのです」

 

 彼女は先の管狐が入った試験管を腰から外す。

 

「それで腹心の典に守矢神社の調査をお願いしました。危険なのは承知でしたが、私もやはりそこになにか鍵があると考えたのです……典には無理をさせました」

 

 中に入ってる小さな管狐が見える。

 黒く禍々しい祟りに取り憑かれ、酷く苦しそうだ。

 

「典は神の片割れに見つかりながらも、必死に情報を持ってきてくれました。典は本来賢くてあまり無茶しない様な奴ですが、そんな彼女が自らを犠牲にして活路を開いてくれたのです。この機会を、無駄には出来ません」

 

 飯綱丸は試験管を強く握りしめる。

 

「話を続けます。典の調査により、やはり私の考えは当たってました。相手にとって本当に守るべき場所は守矢神社です。我らの村を人質に取ったのは、ただの時間稼ぎでしかありませんでした」

 

「……あの、彼女は一体何を見つけたんですか?」

 

 俺は純粋に疑問を投げた。

 

「儀式です。守矢神社で今、秘密裏に儀式が行われています。守谷の巫女が何日もかけて、飲まず食わず儀式を続けているのです」

 

「その儀式は、一体……?」

 

「具体的な内容までは何とも。ですが、儀式を行っている巫女も現人神として強い力を持っています。そんな彼女が何日も掛けた儀式が完了してしまえば、何か恐ろしいことが起こるに違いありません」

 

 恐ろしいこと。

 予想すらしたくはない。

 

「相手の目的が分かった今、すぐにでも守谷の巫女を止めなければいけません。儀式が完了すれば我々にもう勝ち目はありません。神の片割れを下し、巫女を捕えなければ、我々は……いや、この幻想郷ですら、終焉を迎えかねません」

 

「……それで、その神様ってのが」

 

「ええ、大地を創造する祟神達の長、洩矢諏訪子です」

 

 祟神。

 具体的な事は相変わらず分からない。だが生半可な相手じゃない事は理解できる。

 

「萃香殿、そして皆さんにお願いします」

 

 飯綱丸は頭を下げた。

 萃香はまだしも、俺達にも。

 

「我々はヒソウテンソクを使い、村へ攻撃を仕掛けます。ですが我々だけではあの天空神である八坂神奈子には勝てないでしょう。ですが時間稼ぎにはなります。皆さんにはその間、守矢神社に攻め込んで頂きたいのです」

 

 自分たちが囮になると言っているのと同じだった。

 それ程までに決意が堅いようだ。

 

「敵はあまりにも強大ですが……萃香殿と、そしてその吸血鬼の少女なら、勝機はあるかもしれません。どうかお願い致します」

 

 やはり。

 戦いの鍵は、この二人になるのか。

 

「始めからそのつもりで来てるもん」

 

 フランは素っ気なく口にした。

 

「本当にありがとう……仕掛けるのは今夜、我々が先に攻め入ります。それまではどうか、体を休めて下さい。それと、食事を準備します」

 

 これで具体的な方針が決まった。

 後はもう、時が来るまで待つだけだ。

 

 

 

 天狗達が持ってきてくれた食事を食べ終わり、後は各々体を休めていた。

 その時までは後数時間と言った所だろうか。河童達が急ピッチでヒソウテンソクを仕上げている。かなり忙しそうだが、心なしか楽しそうにも見えるのは気のせいだろうか。

 

「なぁフラン」

 

 ふと、俺はフランに話しかけた。

 

「何?」

 

「お前はその、諏訪子って祟神に会ったことあるのか?」

 

「んぅん、無いよ。だって普段は紅魔館の地下から出ないもん」

 

「そっか……」

 

 会話が止まる。

 何だか、すごく誰かと話したい。

 

「なぁ」

 

「煩い」

 

「……ごめん」

 

 鈴仙にも話しかけようとした途端怒られてしまった。

 

「そんなに誰かとお話したいんですか?」

 

「美鈴さん……」

 

 こういう時にそっちから話し掛けてくれるなんて。

 やはり、俺は彼女を呼び捨てになんてできない。

 

「何だかんだ、やっぱり皆気が立ってるんですよ。皆からピリピリした気配を感じますからね。表に出さないだけで、不安なんです」

 

「美鈴さんは、その気ってのが分かるんですか? 俺にはなんとも……」

 

「えぇ。ま、私の特技みたいなものですよ」

 

 彼女は優しく微笑んだ。

 

「特技、ですか……俺にもあれば……」

 

「何を言ってるんですか、聖真さんにもあるじゃないですか。道具と意思疎通とか出来るんでしょう?」

 

「確かにそうなんですが……」

 

 美鈴さんの言ってる事も間違いじゃない。

 確かにこれは俺だけに出来る特技だとは思う。

 だけど肝心なのはそうじゃない。

 

「……力に、なれてない気がするんですよ」

 

 不安なのだ。

 自分が何も出来ないと不安で仕方なくなるんだ。

 俺は間違いなく弱いから。皆が苦しんでいる時に力になれないんじゃないかとすごく心配なんだ。

 

「――アンタは別に弱くなんてないよ」

 

 その言葉を言ったのは萃香だった。

 

「元はと言えば私もアンタに救われた身さ。ま、腕っぷしは確かに大したこと無いがね。そういう荒事は、鬼に任せとけば良いもんよ」

 

「萃香……」

 

 ありがとう。

 そう言ってもらえると、やはり心に来るものがある。

 

「……頼むな、上海」

 

 上海人形を抱きかかえ、俺は胸の内から願った。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 何だ、これ?

 青いバラ?

 夢、か……

 

「お姉ちゃんを――」

 

 

 

 

 

 

「――起きな、そろそろ時間だよ」

 

 萃香に肩を揺らされる。

 俺はいつの間に寝てたのか。

 

「天狗達はもう行ったよ。そろそろ村に着く頃だ。私達も出るよ」

 

 気がつくと基地の中はもぬけの殻だった。

 それに、さっきまでそこに居たヒソウテンソクも無くなっている。基地の上空に大きなゲートがあるみたいで、そこから飛んでいったらしい。

 ……いいなあ、見たかったな、動いてるとこ。

 

「言っとくが、敵は神様と巫女だけとは限らない。もしかしたら他にいるかもしれないからね。気を引き締めてかかるんだよ」

 

 萃香の呼びかけに、俺達は静かに頷いた。

 

 

 

 そうして俺達もまた、河童の基地を出発する。

 極力相手に気付かれない様に低空を飛び、妖怪の山を進んでいく。

 しばらくすると遠くから微かだが怒声や悲鳴が聞こえてきた。

 戦闘が、始まったようだ。

 

「いいかい、そろそろだよ」

 

 萃香の案内で飛び続け、ついに神社の鳥居が見え始める。

 ふと辺りを見てみると、ここは妖怪の山の頂上だった。

 飛行を辞め、俺達は鳥居を真正面から潜る。

 

 もう、ここまで来たら隠れる必要は無かった。

 

「ここが、守矢神社……」

 

 一目見た感じ、かなり大きかった。

 もっと寂れているのをイメージしていたのだが、この様子だと現実世界の大きな神社と同じぐらい本堂は大きい。

 こんな神社の神様なんて、強いイメージしか沸かない。

 

「――ようこそ、守矢神社へ!」

 

 そんな本堂の扉から、一人の少女が顔を出す。

 

「私は洩矢諏訪子! 守矢神社の祭神の一人だよ! 私を信仰すれば良いことあるよ〜?」

 

 随分と突拍子に自己紹介をするものだな。

 何だか拍子抜けだ。

 

「それで、今日はどんな――」

 

 刹那。

 ぐしゃりと何かが潰れる音が聞こえた。

 そして俺の眼の前で……

 

 諏訪子の頭が、弾け飛んだ。

 

「……フラン、か」

 

 何が起こったのかはすぐに理解できた。

 フランが問答無用で能力を使い、速攻で諏訪子を仕留めたのだ。

 それは分かったが……この光景はあまりに衝撃的過ぎる。

 

「……死んだ、のか?」

 

 俺は小さく呟いた。

 

「……おやおや、随分と罰当たりだね」

 

 その言葉は、他の四人の誰からでも無かった。

 どこからともなく、声が聞こえるのだ。

 

「神様ってのはね、信仰が力なのさ。信仰がある限り、人々から畏れられている限り、神に死なんて訪れないよ。ま、弱っちゃう事はあるけどね」

 

 頭が潰れた筈の諏訪子の体が。

 ゆっくりと、起き上がってくる。

 

「君達の目的は分かってるよ。早苗の儀式を止めるんでしょ? あの管狐がこそこそ探ってたからね。そろそろ来る頃かと思ってたよ」

 

 悟られていたのか。

 確かにその光景が見られたのなら、悟って当然なのかもしれない。

 

「けれど、そうはさせないよ」

 

 諏訪子の体から、頭が作られる。

 あまり見たくはない光景だった。

 

「私達の目標の為に……この幻想郷を我等の新しい国として作り変える為に、早苗を今ここで止めさせる訳にはいかない」

 

 途端、全身に悪寒を感じる。

 相手が、諏訪子が、仕掛けてくる。

 

「悪いけど全員――祟られて貰うよ」

 

 刹那、大地を潜る白い何かがこちらへと迫る。

 白蛇だ。何か神聖で、それなのに禍々しいものを感じる白蛇。

 

「避けろぉ!」

 

 咄嗟にそれぞれが左右へと避けたお陰で全員が無傷だった。

 再び、諏訪子へと向き直す。

 

「――危ないッ!!」

 

 今度は俺の前に何かが迫る。

 そのあまりの速度に反応できなかった。

 

 全身に、激しい強風が襲いかかる。

 だが衝撃はない。何かが俺を庇ってくれたかの様に。

 

「――チッ、またお前かよ」

 

 その声は、あの時の。

 

「悪いですが、貴方の狙いはお見通しです」

 

 文だ。

 あの時の天狗が、俺を狙ってきた。

 そしてまた、彼女が俺を守ってくれた。

 

「聖真さん、こいつは私が引き受けます。他の皆をお願いします」

 

「……分かりました、お願いします」

 

 交差する二人を背に、俺はその場を離れた。

 

 

 

 白蛇の攻撃を避けた鈴仙だったが、彼女はこの時多くの波長を感じ取っていた。

 その攻撃がトリガーになっているかの様に、複数人が集まっているのを察知したのだ。

 現に聖真と美鈴の元に射命丸文が攻撃を仕掛けたのが見えている。文に攻撃を仕掛けるか、諏訪子に攻撃を仕掛けるか、一瞬考えていたその時だった。

 

「――ッ!!」

 

 空から光の雨が降り注ぐ。

 瞬時に回避したものの、僅かに脚に掠った。

 

「……いつからそこに居たのかしらね」

 

 そこに居た姿には十分見覚えがあった。

 よく知っているし、弾幕ごっこで何度か戦いもした。

 だが、今ここで突然相対するとは。

 

「――魔理沙」

 

 魔法使い、霧雨魔理沙。

 

「よう、鈴仙じゃないか。こんな所で何してるんだ? 永遠亭はどうした?」

 

「……こっちのセリフよ。アンタこそどうして祟神の味方なんてするのよ」

 

「さぁね」

 

 当然だが、話し合いでは解決しそうにない。

 

「今宵はいい夜だな。そんな日はうさぎ狩りでもしたくなるぜ」

 

「へぇ、いい度胸ね。アンタに狩れるほどヤワなうさぎじゃないわよ」

 

 互いに武器を構える。

 魔理沙はミニ八卦炉を、鈴仙は自らの指を。

 

「――狂気に堕ちなさい、泥棒ネズミ!」

 

 

 

「……まさかとは思っていたけど、やはりそうだったみたいだね」

 

 伊吹萃香は理解したようだった。

 その額にはあまりに珍しく、汗が滴っている。

 

「文が怨霊に取り憑かれている時点で予感はしていたが……間違いなく、地底が関わってるね。あのさとり妖怪は何をしてるんだか」

 

 目の前に居る相手に相対する。

 

「お前もそう思うだろ、勇儀」

 

 旧地獄の街を統める、元山の四天王の一人。

 怪力乱神、星熊勇儀。

 

「……やっぱりね、あんたも何かに操られてるのかい。全く、元四天王が情けないねぇ」

 

 勇儀は何も言わない。

 ただ静かに、構えを取る。

 

「やろうってのかい……たく、仕方ない」

 

 鬼と鬼。

 かつての同族が、ここで相対する。

 

「かかってきな、その顔にデカいのぶち込んで目ぇ覚まさせてやるよ!!」

 

 

 

「どうやら、残ったのはお嬢さんみたいだね」

 

「……」

 

 諏訪子と対峙するは、吸血鬼フランドール。

 

「どうだいお嬢さん? 見た所かなり強いみたいだし、こちらに付けば私が新たに作る国のリーダーとして皆を導く権利をあげるよ。私は来る者は拒まないのさ」

 

「……」

 

 フランは何も言わない。

 何も返さない。

 

「……おや、どうしたんだいお嬢さん? 震えてるのかい?」

 

「……」

 

 この時、フランは疑問に思っていた。

 諏訪子の事ではなく、自らのこの想いの事を――

 

 

 

 

 

「上海……置いて行かないで……」

 

 月夜に魔女一人、導かれるかのように妖怪の山へと飛ぶ。


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