忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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三十一話 河童の秘密基地

 

 萃香に抱きしめられながら空を飛び続け、しばらく。

 俺達が降り立ったのは妖怪の山の麓、そこからは歩いて行く事に。

 まず初めに抵抗軍を指揮している大天狗に会いに行く事になっている。話によるとどうやら天狗達は協力者の河童達の元に匿ってもらっているらしい。

 その場所である妖怪の山の滝まで歩いて行く。

 

「気を付けて下さい。多分大丈夫かと思いますが……操られた天狗たちが見回っている可能性があります。くれぐれも、周囲の警戒を怠らないで下さい」

 

 椛の忠告に、それぞれ静かに頷いた。

 

 山の中をただひたすらに進んでいく。

 いくら気を付けてと言っても、目的地まではしばらくかかる。それまでずっと気張って見張り続けているのも中々にしんどい。

 そうなってくると自然と会話が発生してしまうもので……

 

「ところで妹様、あの武器はどうしたんですか?」

 

「ん、要らなくなったから永遠亭に置いてきちゃった」

 

「ええ!? 勿体ない!」

 

「美鈴、しぃ……」

 

「すみません……」

 

 まさか美鈴さんが第一に話し出すとは思わなかった。フランに諭されて口を紡いでいる。

 こう見えて意外と欲求に素直なのかもしれない。

 

「椛さん、目的地まではあとどのくらいですか?」

 

「まだかかります、ここらで少し休憩しましょうか」

 

「そうですね、お願いします」

 

 俺も体力的に辛くなってきた。

 お願いして、少しだけ休ませてもらう。

 

「はいお水」

 

「あぁ、ありがとう鈴仙」

 

 鈴仙から貰った竹筒の水筒を一口飲む。

 

「ところで聖真さん、私や妹様はともかく、鈴仙さんも呼び捨てなんですね」

 

「え、あぁ、そういえばそうですね」

 

「ホント、何で呼び捨てなのかしら。人間のくせに」

 

 そういえばいつから呼び捨てにしていたのだろう?

 俺が現状呼び捨てにしているのは妖夢、萃香、影狼、チルノ、フラン、美鈴、そして鈴仙。妖夢や萃香、影狼は紅魔館前から色々関わりがあったからだし、チルノやフランは共闘したり戦ったり、それに子供だし。

 美鈴さんは本人がそれでいいから呼んでるとして、鈴仙は……

 

「……ウドンゲだから?」

 

「は?」

 

 やべ、ちょっとキレてる。

 

「あ、ごめんなさい、勘弁して下さい鈴仙さん」

 

「分かれば宜しい」

 

 許してくれた、ウドンゲちゃん優しい!

 

「二人は仲がいいんですね」

 

「えぇ!? そんな訳ないわよ!!」

 

「そうですよ美鈴……あぁなんか美鈴さん呼び捨てにしづらい! 美鈴さん、昨日だってあれだけ言い合ったんですよ!?」

 

 なんか美鈴さんに私語は使いづらい。

 何でだろ。

 

「というより萃香様、何故人間なんかに呼び捨てにされてるんですか!?」

 

 椛が萃香に物申していた。

 確かにそんなに偉かったやつを呼び捨てにするなんて、それが分かった今じゃ大変な事だ。

 過去の自分に言ってやりたい。

 

「ん〜、そういえば何でだろうねぇ〜、まぁいいじゃないの! ……んぐっ、んぐっ、プハァ!」

 

 休憩中にお酒飲んでやがる。

 

「――おい人間、萃香様の気まぐれで見逃されているが、いつお前の首が落ちても不思議じゃないんだからな、萃香様に感謝するのだぞ」

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいな! さ、お前さんも一杯!」

 

「あ、いや、その……私は任務中ですし……」

 

「……アンタ、鬼の酒が飲めねぇってのかい?」

 

「ぁ……ありがたくいただきますぅ……」

 

 天狗にだけ当たりがつえぇ……

 

「どうぞ妹様、新鮮な血液です」

 

「ありがと美鈴……ごく、ごく……」

 

「いえ、どういたしまして」

 

 一方のこちらは可愛らしく血液を飲んでいる。

 ……待て、それ何の血だ?

 

「じゃ、そろそろ出発するか?」

 

 俺が皆に提案する。

 

「そうですね、と言いたい所ですが……」

 

 しかし、美鈴さんの様子がおかしかった。

 何故か空を見ている。

 

「……見られていますね」

 

「見られてるって……敵――」

 

 そう、言いかけた瞬間だった。

 辺り一帯を強風が襲い、俺の身体が一瞬だが吹き飛ばされそうになる。

 咄嗟に体制を立て直し、その発生方向を確認する。

 

「――なッ……」

 

 美鈴さんが片足を上げ、脛で何かを受け止めていた。

 そこに見えるは下駄を履いた脚と、それに連なるは黒い翼の天狗の姿。

 敵の奇襲だ。

 

「相変わらず早いですね、ブン屋の天狗は」

 

「美鈴さん!!」

 

「私は問題ありません、それよりも自分の身を守って下さい」

 

 あんな速さの攻撃、食らったらひとたまりもない。目にも止まらぬどころか認識すら出来なかった。

 あれじゃ俺なんて即……。

 そしてそれを確実に受け止めた美鈴さんも、またやはり妖怪の強者だということを実感させられる。

 

「おう文、元気そうだなぁ」

 

 萃香が襲いかかった天狗に話しかけた。

 彼女が椛達が言っていた文という人物だったのか。

 

「……おうおうおう、鬼が来てるなんて聞いてねぇぞ? これじゃ話がちげぇじゃねぇか」

 

 かなり独特な口調な気がする。

 彼女はこんな人物なのか?

 

「へっ、適当に敵倒してるだけで済む楽な仕事だと思ったのに、これじゃ割に合わねぇな。アイツに直談判しにいくか」

 

「……おい」

 

 萃香が文に話しかける。

 

「何だよ鬼、俺は忙しいんだよ。とっとと失せやがれ」

 

「誰だいアンタ?」

 

「誰? 知ってるだろ、幻想郷でも有名な新聞記者の文ちゃんさ」

 

 何だろう。

 萃香の機嫌が、とてつもなく悪くなっている感じがする。

 こんな気配、初めて感じた。

 フランとかの気配とは違う、またヤバイ感覚。

 

「……怨霊だねアンタ、その天狗に取り憑いて何しようってんだ」

 

「怨霊!?」

 

 待ってくれ、道具じゃないのか!?

 

「は? そんなん俺の勝手だろ? 生憎鬼の相手をするほど暇じゃないんでね、さっさと消えろよメンドくさい」

 

 そう言い残し文は去っていった。

 

「なぁ萃香、怨霊って何なんだ? アイツはそれに操られているのか?」

 

「あぁ、そうさ」

 

 萃香はいつになく真面目に答えた。

 

「アンタにも分かるように簡潔に言うなら、怨霊は他者に取り憑きやすい幽霊だ、それもかなり厄介な類いのね。本来なら地底に封印されてるが……何故今アイツの中に……」

 

 萃香も腑に落ちないようだ。

 

「道具じゃなくて、怨霊に操られて……」

 

 ということはつまり。

 

「……俺の能力が、通用しないのか」

 

 敵の道具に触れて目覚めさせる手段が、一切通用しないということ。

 

「怨霊が居る理由に心当たりとかは無いのか?」

 

「……知らんよ、だが……この異変は見えている範囲以上に根深いものかも知れないね」

 

 そう、萃香は語った。

 

「行きましょう、早く大天狗様に合流しないと」

 

 椛に急かされ、俺達は再び歩き出す。

 

 

 

 

 

「……ここの何処に拠点があるんだ?」

 

 妖怪の山の滝に到着した。

 しかし、見た所拠点らしきものは全く見当たらない。

 

「見えなくて当然です、一目で見つかったら簡単に攻め込まれますからね。人間はそんなのも分からないのですか?」

 

「あーはいはい、すみませんでした」

 

 どうにも椛には見下され続けている。

 萃香が言うには天狗はだいたい皆こんな感じらしい。

 

「こちらです、ついてきて下さい」

 

 そう言って椛が案内したのは滝の裏側。そこに小さな洞窟があった。

 その洞窟の先を進む。その先は一見行き止まりになっているのだが、椛がある岩を押すと奥に扉が現れた。

 扉の先にまたある、暗く狭い洞窟を進んでいく。

 

「なんじゃこれ、まるで秘密基地じゃねぇか……」

 

 滝の裏にある上に秘密のボタンで開く扉。

 本当に小さな頃に夢見た秘密基地まんまで少し興奮してくる。

 

「河童共もいつの間にこんなの作ってたんだねぇ」

 

 萃香が答えた。

 と、そこで俺はふと彼女に問いてみる。

 

「なあ、さっきから言ってる河童って……やっぱりあの河童か?」

 

 河童なら俺だっておおよそ知っている。

 緑の体に二足歩行、きゅうりが大好きで頭のお皿が割れたり乾くと死んでしまうあの河童だろう。

 流石に有名だ。

 

「そうだねぇ、その河童で間違いないよ」

 

「すげぇな、河童ってこんなの作れるのか……」

 

 河童と天狗の秘密の拠点。

 もしかしたら、何となくだが人体実験とかヤバい化け物とか生み出したりしていそうだ。マッドサイエンティストみたいに。

 ちょっと怖いが……凄く興味がある。

 めっちゃ見てみたい。

 

「――そろそろ到着します」

 

 やがて明るい光が差し込み、その光景が広がった。

 

 

 

 

 

「……なんだこれ!!」

 

 突如として眼の前に現れたのは建造中の巨大ロボだった。

 まるでマジンガーだとか鉄人みたいな感じのゴツくてデカいロボットが、多くのつなぎを着た少女たちによって作られている。

 マジでアニメの世界に来たみたいだ。

 

「すげぇ、想像と違うけどやべぇ、まじすげぇ!」

 

「アンタ語彙力落ちてるわよ」

 

 鈴仙に突っ込まれてしまった。

 

「――萃香殿の到着だ! 皆迎えよ!! 萃香様の到着だ!!」

 

 見張りの天狗が大声で叫ぶと、方々から多くの天狗達や作業中の少女たちが一斉にこちらへと集まり、頭を下げて平伏した。

 

「お待ちしておりました、萃香殿。この度はご助力感謝いたします」

 

 その先頭に居た天狗が、言葉をかける。

 

「久しぶりだね飯綱丸……早速だけど、戦況はどうなってるんだい?」

 

「はい、お久しぶりでございます。萃香殿」

 

 飯綱丸と呼ばれた天狗が話を続ける。

 

「今現在、敵は守谷の二柱を中心にそれぞれ我らの村と守矢神社を占拠、防衛しております。我々は村の奪還を第一目標に交戦しておりますが……敵の人員は少ないながらも強力な力を有しており、更に人質も居るため、かなり苦戦している状況です」

 

 つまり天狗達の村を取り返すには、まず人質を開放しなければいけないという事か。

 

「また、守矢神社には敵が何かを守っている痕跡がありますが……それが何かを視認することが出来ず、そもそも二柱の片方が守っているために攻め込むことが出来ません。優先度からしても、どうしてもそちらには戦力は割けません」

 

「何かを守ってる、ねぇ……」

 

「調査の為に腹心の管狐を向わせていますが……まだ、戻ってはいません」

 

 確かにそれは気になる。

 守っている物の中身によっては、何か逆転の兆しになるかも知れない。

 

「最後に、河童達が最後の切り札として新型ヒソウテンソクを建造中です。これが完成すればきっと大きな戦力になれるかと」

 

 これがその、ヒソウテンソクってやつか……

 確かにこんなのが味方ならすっごい頼りになりそうだ。

 ……ていうか彼女達が河童なの? イメージと全然違うんだが。

 まぁ、幻想郷ってのはそういう世界なんだろうな。

 

「そうかい、まぁ大体分かったよ……じゃ、私ゃコイツ等と色々話してくるから、あんた等はしばらくどこかで待ってておくれ」

 

「ああ、分かった」

 

 そうして萃香が天狗達を引き連れ、どこかへと行ってしまった。

 しばらくは適当に待つしか無い。

 

 

 

 そういう事なのでやはり俺は気になっていた巨大ロボの近くへと向かう。

 未知のテクノロジーと言うべきなのか、現代では見たことのない工具やら素材やらが至る所に置かれてある。これほどワクワクした事は……あの時ビームを撃とうとした時以来だろうか。

 

「おや人間、どうやらさっきからずっとこれが気になっている様だね?」

 

 突然、誰かに話しかけられる。

 どうやら河童の少女の一人のようだ。

 

「あぁ、こんなデカいロボットをこんなに近くで見るのは初めてだからさ……マジですげぇな」

 

「そう!? そうかいそうだよねぇ、やっぱり見る目がある人間は違うねぇ!」

 

 一気に機嫌が良くなった様だ。

 

「どうだい、このニューヒソウテンソクは! 今回は事が事だからねぇ、本格的に鉄のボディを装着して戦闘特化に仕上げたのさ!」

 

「へぇ……」

 

 突然饒舌に語り始める。

 正直何が何だか分からない俺には具体的な返事が返せない。

 

「流石に前までの風船ボディじゃあの神様には対抗できそうにはないからねぇ」

 

「ふ、風船?」

 

「おおっと、一人で語っちゃってごめんね。私はにとりって言うんだけど、人間はなんて名前だい?」

 

「俺は聖真っていうんだ」

 

「へぇ、聖真ねぇ……因みにそこの人形は何なんだい?」

 

 にとりは隣でぷかぷか浮いている上海を見て言った。

 

「何だか見覚えがある気がするんだよねぇ……」

 

「上海を知ってるのか?」

 

「上海……あ、もしかしてあの人形使いの!?」

 

 どうやらアリスと面識があるようだ。

 そこまで親しいわけでもないみたいだが。

 

「どうしてアンタがその子を持ってるんだい?」

 

「まぁ色々あってね。ちょっと長くなるから今は……」

 

「ふぅん、別にいいけどさ。それより――」

 

 彼女は笑顔で手を招いた。

 

「折角だから、色々案内してあげるよ」

 

 

 

 それからしばらくの間、にとりの案内でこの基地を見て回っていた。

 どうやらここは本来、河童達が隠れて何かしら作るためのガレージのような場所みたいで決して居住地という訳では無いらしい。確かに見てみると機械系の道具ばかりが置いてあり、寝泊まりに使うような物はほぼ皆無だ。所々に見える天狗たちも皆、基本的に地べたにへたり込んでいる。

 そんな彼女達の表情は、あまり明るいものではなかった。

 

 その一方、にとりはずーーっとヒソウテンソクの話をしていた。

 両手には超水圧砲を付けたとか、ボディにはオリハルコンが混ぜられているとか、最大速度はマッハ5だとか、自爆スイッチ完備とか。

 やっぱり具体的なことは分からないから適当に相槌を打つしかできなかったけど、すごいな、うん。

 ……待て、自爆スイッチいるか?

 

 話を聞き続けていたら、いつの間にか鈴仙やフラン達と再び合流していた。

 どうやらぐるっと一周していたらしい。

 

「……アンタ、今度は誰連れてるのよ」

 

 また鈴仙に呆れ顔で言われてしまった。

 

「おやおや、君達もヒソウテンソクに興味があるのかい? だったら教えてあげよう」

 

 にとりが勝手に話を始めようとする。

 

「いや別に興味ないけど」

 

 鈴仙は冷たくあしらった。

 

「……ヒュイ!?」

 

 そんなに信じられないって顔しなくても……

 

「だ、だって……巨大ロボだよ? 皆の憧れ……」

 

「――おぉいにとり!! サボってないで働けぇ!!」

 

 別の河童が怒鳴っている。

 どうやら彼女サボっていたようだ。

 

「ご、ごめん! すぐ行く!!」

 

 おしゃべり河童はヒソウテンソクの元へと戻って行った。

 

「アンタ、よくそんな他人と仲良くなれるわよね」

 

「いや今回はただ一方的に話されてただけなんだけど……」

 

 結局、萃香達に動きがあるまで俺達四人は入口近くで待機していた。

 恐らくこの話し合いが終われば、戦いに向かうことになるのだろう。

 それまでに覚悟を決めておかなければ。

 

 そうして、無心になっていた最中だった。

 

「……ん、何だあれ?」

 

 基地の入口にぷかぷかと浮かぶ何かがある。

 ぱっと見、まるで幽霊のようだが色が黄色というか茶色っぽかった。よーく見てみると形が動物……狐に見える。

 恐怖は感じなかったので恐る恐る近づいてみる。

 

「…………い……る、ま……」

 

 何か、言っている。

 よく聞こえないので更に近付く。

 

「いいづなまる、さま…………」

 

 その姿がハッキリと見えた時、俺は衝撃を受けた。

 狐の幽霊みたいな存在。それが何か禍々しいものに汚染されている。

 まるで、呪われているみたいに。

 

「お、おい、大丈夫――」

 

「――触るなぁ!!!」

 

 途端、振り返った俺の前には萃香の姿が。

 いつの間に居たんだ。

 

「そいつに触っちゃダメだ、すぐに離れろ」

 

「わ、分かった……」

 

 萃香の真剣な警告に、素直に従うしか無い。

 

「典ぁ!」

 

 今度は先の大天狗、飯綱丸がそれに駆け寄る。

 

「おい典、しっかりしろ!!」

 

「……敵の目的が……分かり、ました」

 

「ああ、ああ。よくやった。もう休め。お前は必ず助けてやるからな」

 

 すると、狐の幽霊は飯綱丸の腰につけられた試験管の中へと入っていった。

 試験管の中で尚、先の禍々しさが未だ感じ取れる。

 

「萃香、あれは何なんだ?」

 

「……祟りさ」

 

 祟り。

 その時点で嫌な予感しかしない。

 

「皆、聞きな。戦いの時は決まったよ」

 

 萃香は俺達四人に向かって言った。

 

「今宵だ。あのデカいのが出来次第、神様共に喧嘩を売るぞ」


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