忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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思ったよりも早く出来ました。
本当に久しぶりの投稿ですけれど、何とか思い出しつつ書いております。
何か気付いた事などがありましたら是非教えて頂けると幸いです。

因みに、過去話のちょっとした修正、改変などもちょくちょくしていきます。
その際に何かしら細かな設定変更などもあるかもしれないので、そのたびに何かしらでお知らせしていけたらと思います。

実際、幾つか考えた結果、執筆時点ではまだ未登場だったキャラクターを追加で登場させるように変更しました。
作中では輝針城異変の時系列なのでそれに極力合わせていくようにしていきます。


三十話 新たなる火蓋

 

「おおい、萃香――!?」

 

 聖真は萃香の姿を見つけ、彼女へ呼び掛けた。が、その後ろには更に二つの影があった。

 二つ。もし影が一つだけなら上手くレミリアを見つけた可能性もあった。だが二つだ。彼女じゃない。

 

「――まぁまぁ、そう警戒せんでも大丈夫さ」

 

 萃香は飄々に言葉を返す。

 やがて二人の姿がはっきり見えたが、彼女達は聖真には全く見覚えが無い。

 だがその特徴的な部分は、彼女達が何者なのかを分かりやすく知らしめてくれた。

 

「……犬?」

 

「違います! 狼です!」

 

 怒られてしまった。

 二人共白髪で犬耳と尻尾がついている。なんなら服装も、装備すらも一緒だ。唯一違うのは髪型と顔ぐらいだ。

 その統一された姿を見るに、何だか兵隊を想起させられる。

 

「こいつ等は天狗さ、白狼天狗って言うんだ」

 

「哨戒部隊の楓と申します」

 

「同じく哨戒部隊の椛と申します」

 

「で、その二人が何で萃香と一緒に居るんだ?」

 

「それは私からご説明致します」

 

 天狗の一人、楓が話し始める。

 

「今、私達天狗が統めている妖怪の山が強大な危機に晒されているのです。天狗の村は既に陥落し、天魔様や多くの天狗達が人質になっております。飯綱丸様率いる脱出に成功した天狗達が何とか奪還を仕掛けておりますが……戦況はかなり不味い状況です」

 

 そこでもう一人の天狗、椛が話を続けた。

 

「そこで周囲の警戒に当たっていた私がここ、紅魔館周辺で人影や戦闘の痕跡を発見し、飯綱丸様に報告しました。そこで藁にも縋る思いで助力を願い、この付近を探索していたのです」

 

「そして萃香を見つけた、と」

 

 事情は分かった。敵では無いことも十分に。

 ただそれは、あまりにも分かりやすい波乱の始まりを示していた。

 

「かつて四天王として山を統めていた萃香様の助力があれば、天魔様の奪還も叶うことでしょう。どうか我等を助けては頂けないでしょうか?」

 

 天狗二人が頭を下げ、萃香に助けを求めている。

 かつて山を統めていたと言うことは、この天狗達は元々萃香の手下だったという事なのだろうか。そうなると俺の想像以上に萃香は元々凄いやつだったんだろうな。

 俺にとってはただの飲んだくれ鬼って感覚なのに。

 

「……敵は、どういう奴なんだ?」

 

 俺は天狗達に問う。

 

「守谷の二柱です、彼女等が私達を裏切ったのです」

 

「二柱?」

 

「神様だよ、簡単に言えば天地創造の神さ。乾坤なんかとも言われてるね」

 

「はぁ!?」

 

 なんだそれ、そんな神様と戦ってるっていうのか!?

 

「それに、一部の天狗達も敵に操られこちらに刃を向けております。中には飯綱丸様を庇って敵に捕らえられた……文も」

 

「アイツも居るのか、そりゃちょっと面倒だね」

 

 これまでの話を聞いているに、かなりヤバイ敵なのは理解できた。それなのに萃香は軽く聞き流している感じに見える。

 

「なぁ萃香……やはり行くのか?」

 

「ん? まぁそうだねぇ。かつての可愛い部下達だし、求められてるなら助けない訳にゃいかないよ」

 

 あまり表情を変えずに、淡々と答える。

 

「そんなヤバイ神様相手に勝てるのか?」

 

「ん〜、どうだろうねぇ」

 

 飄々と言葉を濁した。

 だがその言葉の真意は、俺は何となく分かった。

 

「……だったらもし、俺達皆が行けばどうだ? それなら――」

 

「その必要はあまりせん」

 

 天狗の楓に、言葉を遮られた。

 

「助力は萃香様のみで十分です。貴方達の助けはいりません」

 

「なッ……でも……」

 

 ここまでキッパリと断られるなんて思いもしなかった。

 言い返そうとも、咄嗟に言葉が出ない。

 

「まぁまぁ、そうはっきり言わなくてもいいじゃないの」

 

 そこで萃香が割って入る。

 

「こいつ等は排他的でプライドも高いからねぇ、見ず知らずの人間やら妖怪の助けなんて受けたがらないのさ。まぁ、確かに大抵の奴らじゃ守谷の神様にゃ勝てんけどね」

 

 萃香はハッキリと断言した。

 

「けど……アイツなら、太刀打ちできるかもしれないね」

 

 その視線の先には……フランドールの姿。

 

「萃香様、時間がありません。どうかお早めに」

 

「そうかい……それじゃ、私ゃ行ってくるよ。永遠亭の薬師に言っといてくれ」

 

 そう言い残して、萃香と二人の天狗が離れていく。

 

「……待ってくれ」

 

 その様子を、俺は黙って見ていられなかった。

 嫌な予感がした。

 このまま見逃していたら……もう、その姿を見られなくなってしまいそうな気がした。

 

「一日だけ、一日だけでいいから時間をくれないか? 俺の勝手で悪いが、このまま萃香だけ見送るなんて……なんか嫌なんだ」

 

 想いが、抑えられなかった。

 

「まだ出会ってから日は浅いけどさ……一緒にして楽しかったし、紅魔館では俺の為に戦ってくれたって聞いたし……そんな萃香だけを危険な場所に送り出したくなんてないんだよ……」

 

 あの日の事が、一瞬頭に過ぎる。

 

「きっと……他にもそう思ってる奴はいる筈だ。だから頼む、一日だけ待ってくれないか? 永遠亭で皆と相談すれば、もっと大きな戦力になれる筈だ、だから!!」

 

 俺は深く、深く頭を下げた。

 このまま永久の別れになんてしたくなかった。

 絶対に。

 

「…………」

 

 天狗二人が顔を合わせ、そして頷いた。

 

「……分かりました、一日だけ待ちましょう。永遠亭には案内役として私が待機します。楓は報告を」

 

「ええ、後は宜しく」

 

 そうして、白狼天狗の一人はこの場を去った。

 

「……さて、お前さんの心意気に免じて、一度永遠亭に帰るとするかね――」

 

 

 

 

 

 しばらくして、永遠亭の広間。

 そこにアリスを除いた全員が集まっていた。

 永琳、鈴仙、てゐ、聖真、妖夢、萃香、チルノ、フラン、パチュリー、美鈴。

 そして案内役として残った椛。

 

「どうか、萃香と一緒に天狗たちと戦ってくれないか!!」

 

 開口一番、聖真は皆に頭を下げて願った。

 

「敵は神様で間違いなくヤバイ奴だ、俺も行きたいと思っているが、俺なんかの力じゃなんの助けにもならない。けど皆ならきっと萃香の助けになれる! 萃香は確かに強いけど、今の幻想郷じゃ何があるか分からない。戦力は一人でも多いほうがいい、頼む!!」

 

 皆が、黙って聞いていた。

 

「…………あの」

 

 一番初めに口を開いたのは、鈴仙だった。

 

「そもそも、何故私達が天狗達を助けないといけないんですか?」

 

「ッ……」

 

 聖真はただ、見ているだけ。

 

「助けに行く行かないは各々の勝手でいいですけど、それを私達に頼むのはお門違いなんじゃないですか? そんなに心配なら自分自身で何とかして下さい。私にはやることがあるんですから」

 

 そう言って、彼女は席を立つ。

 

「――待ってくれ!」

 

 それを聖真が引き止めた。

 

「言ってることはもっともだ。鈴仙に天狗達を、萃香を助ける義理はない。やることだってあるし、アンタが俺ほど萃香や他の仲間達に情を持ってないのも分かってる!」

 

「そうね、だから何?」

 

「……取引、にはなってないのは分かってるが……もし、助けてくれるなら、俺が何だってする! 命以外ならなんでもやる! だから、力を貸してくれ!」

 

「何でもするって、アンタ……」

 

 鈴仙は頭を抱えていた。

 

「そもそもどうしてアンタが必死になってんの? 危ないのは天狗達じゃない? なんでそこまで助けようとしてるのか理解できないわ」

 

「…………後悔するのは、いつも終わった後なんだ」

 

 聖真は続けた。

 

「全てが終わった後に、初めて分かるんだ。あの時こうしていれば、失わずに済んだのかもしれないって分かるんだ。紅魔館の時だってそうだ! 自分を信じて進んで行って、死ぬ思いも何度もしたけど……結果的にはこうして、皆無事で帰ってこれた! 無謀で無駄かもしれないけれど……俺は……待ってるだけなのは嫌なんだ……」

 

「……ハァ、もう」

 

 鈴仙が聖真の頭を掴み、下を向きかけていた視線を無理矢理上げてくる。

 

「アンタ、自分に出来ることはなんでもするって言ったわよね?」

 

「あ、あぁ……」

 

「だったら、私に料理を教えなさい!」

 

「り……料理?」

 

 聖真はポカンと口を開けていた。

 

「そう! 外の世界で料理してたんだから、レシピとか色々あるんでしょ? それを全部教えること、いいわね!」

 

「あ、あぁ、分かった。全部教える」

 

「……すみません師匠。そういう訳なので、少しの間留守にさせて頂きます」

 

 永琳に向かって深く、頭を下げる鈴仙。

 

「ええ、罰として帰ったらフルコースをお願いするわね」

 

「……ありがとう」

 

 聖真もまた、二人に向かって深く頭を下げた。

 

「――あたいも!」

 

 そこで割って入ったのは、チルノ。

 

「あたいもせーまを助ける! あたいの力な――」

 

「――ダメよ」

 

 そのチルノの言葉に、割って入る声。

 

「チルノちゃんは行っちゃダメ、絶対に」

 

 フランドールだ。

 

「フランちゃん……?」

 

「ごめんねチルノちゃん、けれどダメなの。山の神様はすっごく危ないから、妖精が相手になっても多分……どうにもならないの」

 

「…………けど」

 

 ここまで冷静に引き止められると、チルノもあまり強く言い返せない様だった。

 確かにあの時のチルノは強かったが、基本的にはあの力はほとんど使えない。普段の力のチルノでは……あまり相手にはされないだろう。

 

「私が行く、チルノちゃんの代わりに」

 

 フランがそう、力強く答えた。

 

「……ありがとう、二人共」

 

 聖真はまた、フランにも頭を下げる。

 

「それならば私も行きましょう」

 

 それは意外な人物から聞こえた。

 

「美鈴さん……?」

 

「呼び捨てでいいですよ。妹様が行くのでしたら、お目付け役として私も同行しましょう。あ、パチュリー様は大丈夫ですよ、まだあの時の疲れが残っているかもしれませんし、ここで休んでいて下さい」

 

「もう、そういうのはいいのに」

 

「いえいえ妹様、私はあくまで従者ですから。レミリア様もそのご家族の妹様も守るのが使命です。それに、戦力は多いほうがいいでしょうからね」

 

「本当に、ありがとう……」

 

 三人。

 鈴仙、フラン、美鈴の三人が、共に名乗りを上げてくれた。

 本当に感謝してもしきれない。

 

 

 

 これで会議は終わり、後はもう明日に備えるだけだった。

 この日の永遠亭の家事はすべて妖夢が代わってくれた。明日に備えて英気を養ってくれとのことで、気合を入れて料理を振る舞ってくれた。とても有り難い。

 

 

 

 後はもう早めに寝るだけ。

 明日からはまた、戦いが始まろうとしている。

 そんな中、俺はずっと考えていた。

 自分にできることが何なのかを。

 

 紅魔館では俺達を救ってくれた楼観剣なのだが、あの時の戦いで力を使い果たしてしまったのかほとんど声が聞こえなくなってしまった。

 体に伝わってくる力もほとんど感じられなくなり、恐らくだがもう普通の刀に戻ってしまうのかもしれない。

 これから訪れる戦いでは、多分役には立たないだろう。それでも……

 

「ありがとな」

 

 俺は刀に精一杯の感謝を込めて、本来の持ち主である妖夢の部屋に置いていった。

 

 そうなると、現状俺に戦闘手段がない。

 フランが手離したレーヴァテインは何故か俺にも声は聞こえない。その他にそういった力を持つ道具を譲ってくれそうな者は居ない。つくづく、他人頼りな自分に嫌気が差してきそうだ。

 何か、何か出来ることは無いだろうか……そう考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 こん、こん。

 

「…………」

 

 こん、こん。

 

「……うぅん……?」

 

 まだ真夜中の時間帯に、襖を叩く音が聞こえる。

 寝ぼけているのかと思ったが、間違いない。

 かなり小さな音だが確かに叩いている。

 

 重い瞼をこすり、俺は襖を開けた。

 

「……あれ? 誰も……」

 

 眼の前には誰も居ない。

 そう見えたが、その答えは下にあった。

 

「これって……確か」

 

 それを拾い上げようとした瞬間、視界が何かに吸い込まれる――

 

 

 

 

 

「――この感覚は」

 

 久しぶりの感覚だが、覚えている。

 意識が引き込まれた。道具の中に居る。

 

「ここは……」

 

 辺りはまるで豪華なお屋敷のようだった。

 立派な絨毯、みるからにふかふかなベット、おしゃれなクローゼット。

 そして、綺麗に並べられたお人形達。

 

「やっぱり、ここは……」

 

「――ようこそ、私の中へ」

 

 いつの間にかそこに居たのは、青いエプロンドレスを身にまとった美しい金髪の少女だった。頭につけた大きな赤いリボンが可愛らしさを引き立たせている。

 そうだ、その姿は間違いない。

 

「……上海人形、だったか」

 

「ええ。アリスのお友達の上海人形よ」

 

 可愛らしく上品なお辞儀を返す。

 

「俺に何の用事があるんだ?」

 

 念の為、気は抜かない。

 もしかしたら襲い来るかもしれない。

 

「……まずは謝るわ、ごめんなさい。私の欲望が暴走して、貴方や妖精達に迷惑をかけてしまった」

 

「いいんだ……原因は分かってる、今はもういい」

 

「そして聖真、貴方にお願いがあるの」

 

 上海人形が、手を差し出した。

 

「――私を連れて行って」

 

「お前を……どうしてだ? アリスはどうした?」

 

 理由が分からない。

 突然の申し出に少し困惑していた。

 

「……このままじゃ、アリスはダメ。私の本当の想いに気付いてくれない……ずっと自分の世界に閉じこもってばっかりなの」

 

 上海人形は俯いていた。

 

「本当はアリスにも謝りたい……けれど、今のままじゃ謝っても気付いてくれない……私は、今のアリスと一緒に居ちゃいけない」

 

「……」

 

 確かに、あれからアリスの状態は一向に良くならない。

 傷はもう完治している筈なのに、心は全く直っていない。

 

「私はずっと、アリスのために行動してきた。私自身はそのつもりだったの……暴走して、歯止めが効かなくなっていても、心の奥ではずっと、ずっと、アリスを想ってた……」

 

 悲しい思いが、俺にも伝わってくる。

 

「だからお願い、私が貴方の力になる。その代わり、これが終わったらアリスにありのままの私の想いを伝えて欲しいの」

 

 それが、今の上海人形の望みだった。

 断る理由なんてない。

 俺の願いも、上海の願いも、一緒に叶えて見せる。

 

「ああ、約束する。力を貸してくれ、上海」

 

 俺は彼女の手を取った――

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 各々準備を整え、天狗達の拠点を目指し旅立つ。

 吸血鬼のフランドールに対しては永琳が特製の日焼け止めクリームを渡してくれていた。そんなもので日光を防げるのかと疑問に思ったが、意外と防げているらしい。凄い。

 

「フランちゃん、まってるからね! かえってきてね!」

 

「うん、必ず返ってくるよ、チルノちゃん」

 

 2人がしっかりと約束を交わしている。

 

「……それにしても、何ですかそれ? 一晩で何があったんですか?」

 

 鈴仙が俺に質問する。まぁ当然だろう。

 何せ俺のすぐ横には何故か上海人形が浮いてるんだから。

 

「契約したからな、今回はこいつが力を貸してくれる。宜しくな、上海」

 

 上海人形はまるで頷くかのように動いた。

 

「……半分鬼になったかと思えばもう半分は人形使いですか」

 

 まるで理解できないかのように鈴仙はため息をついた。

 それはそうだろう。俺だって何故上海が浮いて勝手に動いているのか理解できない。恐らくだが、今の上海の中の魔力がかなり強いのだろう。もはや生きていると言っても過言ではない。

 

「今回は力になれなくて申し訳ありませんが、永遠亭は必ずお守りします。無事に帰ることを願っています」

 

「貴方にはまだ姫様を探し出してもらわなくちゃいけないのだからね。鈴仙共々、しっかり帰ってくるのよ」

 

「妖夢、永琳さん、必ず帰ってきます」

 

「それでは行きましょう」

 

 最後に妖夢と永琳に一言ずつ挨拶を交わし、五人は妖怪の山へと出発する。

 胸に強い決意を固めて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……上海……私の上海……どこなの…………」

  

 


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