忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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 今回がプロローグの終わりみたいなものです。キリのいい場所で区切っているので、約三千字と相当少ないです。



三話 メリーさんの電話

『──私メリーさん、今ゴミ捨て場にいるの……』

 

 それは、幼い少女の様な声。彼女が一体何を言っているのか、理解出来ない。

 何故ゴミ捨て場にいるんだ?

 何故こんな時間に電話してくるんだ?

 何故相手が俺なんだ?

 考えた結果、ある一つの結論へたどり着き、俺は電話を切った。

 

 ──恐らく妖怪だ。また、俺達を襲いに来るに違いない。

 

「小傘!!」

 

 呼び掛けるが、返事がない。メリーさんとは一体何者だろうか? 情報が無いと、いつ何処で襲われるのか検討が付かない。

 だがしかし、まだ気配が感じられない。あまり近くにはいないようだ。

 

 プルルルル、と再び電話が鳴る。俺は電話には出ず、硬直してひたすら眺めていた。もう電話には出ないと誓う。出なければ、きっと襲ってこない。

 着信音の鳴る音をひたすら耐える。電話は一行に鳴り止む気がしない。一体、何分鳴り続け──

 

 この時、俺の眼にあまりに信じがたいものが写った。

 家の時計が、起きたあの時から一メモリも動いていない。それだけじゃない。家の中のあらゆる物の動きが止まっている。冷蔵庫も開けられず、蛇口も回らず、電気も付かず、外にも出られない。

 今この場で動いているのは、俺と電話だけ。

 

「嘘……だろ」

 

 受話器を取らない限り、この夜は永遠に終わらない。永久に着信音に脅える事になるのだ。

 俺はその事実に怯え、電話を取った。

 

『私メリーさん、今この町にいるの……』

 

 それだけ言うと、電話は切れた。

 この町とは……つまり、今俺達のいる町の事だろうか? そうなれば、彼女は少しずつ、俺達の元へと近付いて来ている。

 また、電話が鳴る。

 

『私メリーさん、今ガソリンスタンドにいるの……』

 

 ガソリンスタンド。思い当たるのは、俺のバイト先にある彼処だけ。

 動悸が起こる。汗が滲み出てきた。確実に近付いて来ている。

 また、電話が鳴る。

 

『私メリーさん、今マンションの前にいるの……』

 

 この時、初めて感じた気配。禍々しく澱んでいて、始めて感じるにも関わらずそれが濃縮された殺意である事は理解できた。

 動悸が激しくなり、痙攣が起き始める。まともに立ってる事さえキツい。

 また、電話が鳴る。

 

『私メリーさん、今マンションの階段を登っているの……』

 

 僅かだが、コツンコツンと何かが登ってくる音が聞こえる。それに伴い濃くなる殺意、荒くなる呼吸。

 

「誰かぁ!! 助けてくれぇ!!」

 

 目一杯叫ぶが、全く反応が無い。時計はまだ動いていない。聞こえるのは小さな足音だけ。

 その足音が徐々に家へと近付き、そしてとうとう治まった。同時に、電話が鳴る。

 

『私メリーさん、今あなたの家の前にいるの……』

 

 カチリ、という音がして、扉が僅かに動いたのが分かった。これは『開けろ』という事なのだろうか?

 時計の針はまだ、動いていない。

 開けるべきか、開けないべきか……悩んだ末、俺は身構えながらも扉を開いた。

 でなければ、この悪夢は終わらない。

 

 扉の前には、誰もいなかった。

 同時に、電話が鳴る。

 

 とてつもなく澱んだ殺意が物凄く近くから感じられるのに、それなのに、姿が見えない。どこにいるか全く把握が出来ない。いつ襲われるか、本当に分からない。外に逃げ出そうかと考えたが、やめた。どうせ無駄だ。

 

 覚悟を決め、俺は電話を取った。

 同時に、時計の針が動く音がした。

 

『──私メリーさん、今あなたの後ろにいるの』

 

 その声が終わると同時に、背後から何かが刺さる音がした。

 

「あ……」

 

 おそるおそる振り返る。

 

「……こ、が……」

 

 二人の少女が、同時に床に倒れた。

 そのうち片方の胸に、鋭く輝く銀色の物体が刺さっている。

 

「あ……あぁ……あァァ」

 

 その物体を引き抜くもう一人の少女。

 薄汚れた金髪。ボロボロのドレス。千切れかけている左腕に、銀色の物体をもつ右腕。所々破けて、(わた)が飛び出している。

 

「──私メリーさん」

 

 俺を見つめるその顔に、眼球は無い。

 何をするのかを想像しているかの様に、口元をにやけさせる。

 銀色の物体に血らしきものは付いていない。だが、そんなことは俺には関係無かった。

 

「あぁぁ……あぁぁぁ……」

 

 意味の籠ってない声。今、俺は何を想っているのだろう。

 恐怖? 怒り? 哀しみ? もう、自分でも分からない。分からない。自分がこれからどうするべきなのか、どうしなければいけないのか、もう、どうでもいい。

 

「あは……アハハハ」

 

 あれ、俺どうして笑ってるんだろう?

 何が面白いんだ? こんな状況なのに、なんで俺は笑ってるんだよ……

 だって、小傘が……小傘が殺されたんだ。

 

「──殺ス」

 

 それが自分の口から出たなんて、思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 頭が思うよりも先に、体が動いていた。

 気がつけば俺は彼女から銀色の物体を奪い、その体に何度も何度も突き立てていた。

 どれだけ体が裂けようと、(わた)が飛び出ようと、お構い無く刺した。切った。裂いた。潰した。引きちぎった。

 

 後に残るは、無惨な布切れと汚れた綿だけだった。

 小傘は、もう、いなかった。

 俺はただ、彼女がいた場所で泣き崩れていた。

 

 

 

 

 

 それが夢だという事は、何故かすぐに分かった。

 ひたすら真っ白な謎の空間に、小傘一人だけがそこに居た。

 彼女は笑って手を振ると、みるみるうちにその体が消えて無くなっていく。

 手を伸ばしても、もう届かない。

 

 ふと思い返せば、たった一日しか彼女と過ごせなかった。

 後になればあっという間だが、その一日が、俺にとってはどれだけ世界が変わった日になっていた事だろうか。

 まるで、妹が出来たかの様だった。

 人間じゃないだとか、そんなのはどうでも良かった。

 俺は彼女の事が好きだったし、彼女も俺の事を慕ってくれた。

 余裕があれば彼女に似合う服を買ってあげたり、何処か遊びに行こうとも考えていた。

 そんな幻想が、あの一瞬で、全て消え去った。

 

 

 

 

 気がつけば、朝になっていた。俺はいつの間にか床で寝てしまった。

 被せられた布団を退ける。体の節々が痛い。床で寝るものじゃないと実感した。

 

「……学校か」

 

 当たり前の事を呟いて、立ち上がる。部屋の中は何も変わっていない。昨日まであった筈のものは、全部なくなっていた。

 あの布切れも、綿も、ナイフも、そして……

 

「……小傘」

「はい?」

 

 彼女は、もう……え?

 

「そこに散らかってたゴミ、片付けておきましたよ」

「…………」

「あの……聖真さん? どうかしました?」

「……お前、本物?」

「何を言ってるんですか……」

「だって、昨日刺されて、それで、夢で……えっと……」

「聖真さんの夢の事は知りませんが、私は幽霊ですよ? 人間みたいに実体が全てじゃありません。まあ、刺されるのは痛いですし、傘が壊れちゃえば私も消えちゃうんですけどね」

「……は、はは」

 

 そうだ、小傘は人間じゃないんだよ。何を勘違いしていたんだ俺は。

 

「小傘!」

「うわ、ちょ聖真さん! 何で抱きついて来るんてすか!? 何で泣いてるんですか!?」

 

 やっぱり小傘だ、本当に小傘だ。あんな夢は嘘だったんだ。

 もう、離したくない。

 

「ごめんな……」

 

 自然と、謝罪の言葉が出た。

 

「……ありがとうございます」

 

 小傘は、俺を抱きしめ返してくれた。

 

「私の事、心配してくれたんですね……」

「当たり前だろ、バカヤロウ」

「ふふ……馬鹿で良かったです」

 

 俺は、幸せだ。

 今まで感じていたあの虚しさは、もう何処にもない。

 俺を想ってくれる小傘に会えて、本当に、本当に良かった。

 絶対に生きてやる。どんな理不尽な妖怪に襲われても、どんな強力な怪異に襲われても、二人で絶対に生き延びてやる。

 

「……聖真さん」

「なんだ?」

「……私、朝ごはんが食べたいです」

「……そうだな」

 

 俺はゆっくりと小傘から離れ、瞳に残る涙を拭った。

 

「それじゃ、作るか」

「私も何か手伝います」

「それじゃ、座ってテレビでも見ててくれ。スペースが広くなって動きやすくなるからな」

「それって邪魔って事ですか!?」

「はは、ごめん、冗談だよ」

 

 母さん、父さん、ありがとう。

 俺、今日初めて、生きていて良かったって感じたよ。

 




 次話から、本格的に物語に入っていきます。リメイク前でいうプロローグの中盤辺りになると思いますが、皆さんご覧の通り全くといっていいほど展開が異なります。
 これからも襲い来るだろう妖怪と怪異、小傘と幻想郷の関係、そして聖真の辿る道。リメイク前をご覧になってくれた方には最終的な結果は分かると思いますが、それでも十分楽しめると自負してはいます。
 どうぞ、これからも忘却の忘れ傘を宜しくお願いします。

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