忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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二十三話 そして

 ──俺は、本当に馬鹿なんだと思う。

 

 視界に、泣いている彼女の姿が見えた。そして俺は、無意識に刀を取っていた。

 体中がぐちゃぐちゃになってしまった様に痛むのに、目を開けているのがやっとなのに、それでも俺の体は立ち上がろうとしている。

 

 根っからのお人好し、なのだろうか?

 現代で暮らしていた頃はこんな事、想像もつかなかった。目の前で死にかけている人が居たとしても、きっと見て見ぬふりをするんだろうな、そう思っていた。

 自分の命を掛けてまで他人を守る、そんな事、空想的な話だ、と。

 

 不思議に思われるだろうな。

 目の前にいる相手は自分とは桁が違い過ぎる。例えどんな奇跡が起きようと、絶対に勝てる訳無いのに。「どうせ皆死んじゃうんなら、そんな事しても無駄だよ」なんて言われれば、反論は出来ない。

 

 けれど良いんだ。それで良いんだ。

 

 結果が同じだとしても、俺は過程を大切にする。

 馬鹿と言われても構わない、自覚しているのだから。

 だが、ただ一つだけ。これだけは、絶対に譲れない。どれだけ笑われようと、貶されようと、これだけは。

 

 

 ──自分に、正直に生きていくんだ。

 

 

 俺が小傘に会いたいと思ったから、この世界に来た。

 俺が妖精達を救いたいと思ったから、紅魔館に来た。

 そして、俺が彼女を助けたいと思ったから、俺は立った。

 

 何度も付き合わせて悪かった、楼観剣。

 あんたには何度も助けられた。あんたのお陰で、俺は力を得た。

 最後にもう一度だけ、お願いします。多分、一生のお願いになると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 ──最後にもう一度、刀を振る力を──

 

 

 

 

 

 

 

 暗き闇に射す、一筋の煌めき。

 その白髪が揺れ動いた時、少女は確かに光を見た。

 

「……せー、ま?」

 

 そして、青年の体は変わっていく。

 胸元から浮かび上がる、白く浮いた謎の物体。半透明でふわふわと彼の回りを飛ぶそれは、紛れもなく霊そのもの。

 そして、それは彼の変化を明らかにするもの。

 

 白髪、半霊。

 紛うこと無き、魂魄の証。

 

『……おかしいな、どうして血が流れてるんだろ……』

 

 金髪の少女は、後ろへと振り返る。

 

「……フランドール・スカーレット」

 

『あら? 私、自己紹介したっけ?』

 

「あんた、何がしたいんだ?」

 

『どうしてそんな事聞くの?』

 

「……何となくだ」

 

『……仕方ないわね、それじゃ私も何となく答えてあげる』

 

 少女は少々考える素振りを見せた後、思い浮かんだ様に答える。

 

『──幻想郷を無茶苦茶にする事かな、二人で一緒に♪』

 

「……二人?」

 

『そう、二人。私と──』

 

 そして、少女は手に持つ棒を差す。

 

『──レーヴァテインの二人で、ね』

 

 刹那、少女の姿が消える。

 咄嗟に上空に飛び上がり、聖真にレーヴァテインを振り下ろす。

 

「ィッ!!」

 

 両手で刃を支え、レーヴァテインを受け止める。

 腕に掛かる衝撃が、生半可じゃない。

 肘関節が悲鳴を上げる。

 

『──バーカ』

 

 フランドールは嘲う。七色の翼を羽ばたかせながら。

 

「あっッ!!」

 

 急激に熱を帯びた刀身に絶えられなくなり、片手を放す。

 その瞬間、レーヴァテインが聖真の懐へ──

 

 

 聖真は膝を突いた。

 左肩から右脇腹にかけての傷。咄嗟に後ろへと後退した為に深くは無かったが、異変が起きた。

 動かない。上体が、堅い。それに……

 

「ぐ、ぅぅぁ……」

 

 熱い。熱い。何だこの熱さは。

 皮膚が、焼けてしまっている様だ──

 

「──!?」

 

 違かった。

 焼けてしまっている様、なんかじゃない。

 焼けている。傷口が焼け焦げ、黒く爛れている。

 

『アハハハ♪ どう、熱い? 熱いでしょ? 痛くて痛くて堪らないでしょ?』

 

「……クソッ、クソォ!!」

 

 立ち上がる。こんな痛みで、倒れてなんかいられない。

 

『活きの良い玩具……たっぷり楽しませてねぇ!!』

 

 フランは床を蹴り、高速で迫り来る。

 右へ、左へ、撹乱しながら接近し、足元から斬り上げる。

 反射的に大きく左へ飛び、寸での所で避けた聖真。しかし、フランの追撃がその反射速度を越える。

 立ち上がろうとした瞬間、目の前にレーヴァテインが。

 

(──頼む)

 

 聖真は、目を瞑った。

 自らの手に持つ、唯一のパートナーを信じて──

 

『……冷、たい……でも、熱い……』

 

 聖真の首元を狩るかの様に大きく横へ振られたレーヴァテインを、彼は無駄な動き一切無く避け、更に流れる様に反撃を行った。

 無駄な力の動きを省き、使用者の負担を最小限に留める。

 

 ──完全反撃(フルオートカウンター)

 

 聖真の、最後にして最大の武器。

 

 

『……私、また斬られたの? 嘘、私が、こんなや──!?』

 

 錯乱し始めたフランドールに、更なる一撃。

 刃が、彼女の腹部から突き出る。血にまみれながらも、刀身は雪の様に白く輝いて。

 

 引き抜かれたと同時に、紅い液体が噴き出す。

 

『──うガァぁッ!!?』

 

 振り返ると同時にレーヴァテインで薙ぎ払う。

 だが、それすらも空を斬り、自らの体から吹き出る血液を視界に写す。

 

『……何、これ』

 

 そして彼女は、初めて【痛み】を感じた。

 

『──シネ』

 

 眼が、変わった。

 紅く耀くその眼には、残虐の念しか残ってはいない。

 

『ヤケロ、チギレロ、サケロォ!!』

 

 力任せに振られるレーヴァテイン。

 そして、それを完全反撃にて往なす聖真。

 フランドールの体に斬傷が増えるにも関わらず、勢いは増していく。

 

『ツブレロ、クダケロ、コワレロォォ!!!』

 

「──うッ……」

 

 斬っても、斬っても、斬っても斬っても斬っても。

 フランドールはひたすら前へと進む。

 何だコイツは、どうして倒れない……

 聖真に負の念が僅かに過った、その瞬間だった。

 

『──アハ』

 

「しまッ!?」

 

 大きな金属音が部屋に鳴り響く。

 楼観剣が、大きく後ろへと弾かれた。

 力の差が大きすぎて、即座に手が戻せない──

 

『──キレチャエ♪』

 

 そして、レーヴァテインは青年の体を抉る。

 

「アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァッ!?!?」

 

 絶叫。聖真の右肩が、深く焼ける。骨に達する部分まで。

 同時に、刀をも落とす。

 

「グ、ヴうぁぁッ……」

 

 執念だった。落としてすぐ、左手で聖真は刀を拾い上げ──

 

『キュッとして──』

 

 ──る暇など、彼女は与えなかった。

 

『──グシャってね♪』

 

 嫌な音がした。間違いなく、骨が砕けた音だった。

 

「あ……嘘、だろ……ぐ、あぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 チルノと全く同じだった。膝が、突如黒く染まる。自らの血液によって。

 

『ふぅ、やっとスッキリしたわ♪』

 

 初めから、遊ばれていた。

 フランドールにはこれがあった。あらゆる物を破壊する力、これさえ使えば、聖真など何時でも仕留められた。

 彼女が剣で勝負したのなど、単なる暇潰しでしか無かった。暇潰しが少々派手になっただけなのだ。

 

『運動したら、少しお腹が空いたわ。ちょっと血も流し過ぎちゃったし』

 

 フランドールが迫り来る中、聖真はチルノの方を見た。

 彼女は必死に扉の方へと向かっていた。だが、その速度は余りにも遅すぎた。それに、部屋から出られても、その脚では逃げ切れない事位は解っていた。

 

 

 

 俺は、もう終わりだ。

 

 これ以上、奇跡が起きる事も、力が覚醒する事も、無いだろう。

 

 次に目を開くその時、俺は何を見ているだろうか?

 

 皆の顔か……それとも、三途の川か。

 

 我が儘は言わない……けれど、俺に出来る事を、最後に一つだけ。

 

 自分の力で出来る事を──

 

 

 

 フランドールに顎を捕まれ、体を持ち上がられる。

 抵抗する力も気力も、最早残されてはいなかった。

 

 

 

 ──楼観剣に、彼女への想いを。

 

 

 

『それじゃ、頂きます♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして青年は、吸血鬼に血液を吸われ、意識を失った。

 彼がこの場で目覚める事は、もう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、初めからずっと見ていた。

 加能聖真が二人の魔女相手に刃を振るっていた所も、ずっと。

 今泉影狼は、見ていた。

 

 全て演技だった。

 彼女の目的は、久方ぶりに人間を喰らう事。

 酒を盗もうとして捕まったのも、聖真に良いように使われたのも、全ては彼を喰らう為だった。

 

 だが、彼女に計算の違いと心境の変化があったのは、捕まってすぐの事。

 知らなかった。まさか、あの時鬼が同行していたなんて。

 

 泥棒をして捕まり、命乞いして僕になった後、油断している隙を突いて喰らう。相手は外来人、妖怪の驚異を知らないからこそ、上手く行くと踏んだ。

 しかし、捕まって何故か、彼女は歓迎された。酒まで飲み交わし、枷も拘束も何もしないまま、付いてきていいと言われたのだ。

 

 好都合、初めはそう思っていた。

 だが、彼に付き従う内に、彼の持つ想いを知った。

 ただ一人の少女を追い求めて。今の幻想郷がどうなっているのかを知った上で、尚更。

 

 自分はどうだ?

 人を騙して、そんな気高い覚悟を持った彼を喰らって、それで良いのか?

 妖怪にあるまじき思考が、彼女を揺らした。

 気が付けば、彼女の目的は彼を喰らう事ではなく、彼を観察する事へと変わっていた。

 

 聖真とチルノが霧の湖で居なくなった時、影狼は実は真っ先に紅魔館へ向かっていた。

 臭いだ。臭いで聖真達が何処に行っていたのか、解っていた。話には出なかったので、他の皆は影狼の鼻が効く事を失念していた。

 

 そうして影狼は、図書館での戦いを影から見ていた。

 気配を消して、一人ずっと。

 怖かったのだ。二人の魔女の力は明らかに強かった。聖真とチルノが追い詰められても、助けに行く勇気がなかった。妖怪は妖精と違い、殺されれば死ぬのだから。

 

 だが、その想いは妖夢の姿を見て、変わった。

 二人の魔女にたった一人で挑む、その覚悟。護りたいと思うその強い意思に、彼女は変わった。

 

 ──私にも、何か出来る事は。

 

 そして、彼女は図書館から、そして紅魔館から飛び出した。

 自分に出来る事を果たしに──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──ったく、使えねぇ奴だぜ』

 

 図書館に立つ、一人の影。

 箒に三角帽子、そしてウェーブの掛かった長い金髪。

 

『アリスもパチュリーも、いつの間にそんな弱くなったんだ?』

 

 そう。輝針城異変で行方不明になった筈の一人、霧雨魔理沙。

 彼女はどうしてここに居るのか?

 そして、彼女はどうして妖夢と同時に、パチュリーにまでも止めを刺したのか?

 それを知るのは彼女本人のみ。

 

『さて、と。どうせフランがヤってる事だし、私はコイツを連れて退さ──』

 

 魔理沙が妖夢を抱え様とした。

 だが、その手は直前にて、止まる。

 

「……妖夢に触るな」

 

『……おーおー、そんなに(いき)り立って。これだから野犬は怖いぜ』

 

 彼女は、生まれて初めて、他人の為に牙を剥く。

 その胸に、大きな勇気を抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せーま……せーまぁ…………」

 

 彼は答えない。

 

「目を開けて……せーまぁぁ!!」

 

 彼の目は、開かない。

 白髪が、黒く戻っていく。

 

「──離せ! せーまを離せぇ!!!」

 

 地面を這いずりながらも、氷精は必死に氷を撃ち続ける。

 だが、それが吸血鬼の何処に当たろうとも、彼女は微動だにしない。

 ひたすらに、彼の血を吸い続ける。

 彼の体が、徐々に細くなっていく。

 

「……せーまを、離せ…………」

 

 とうとう、氷精は力尽きる。

 

「う、うッ……ごめんなさい……あたいが、もっと強かったら…………」

 

 どうする事も出来なかった。

 変える事なんて出来なかった。

 皆で楽しく笑い合えた日々は、もう戻って来ないのか。

 

「誰か……せーまをた──!?」

 

 感じる。何か、大きな気配を。

 こちらへと近付いてくる。

 

「……そん、な……」

 

 終わった。本当に、終わった。

 視界が絶望に染まり掛けた、だが──

 

 

 

 

 扉が、豪快に蹴破られる。

 

 

 

 

「──こりゃ、酷い有り様だねぇ」

 

 氷精は、顔を上げた。

 

「ちょいとそこのお嬢ちゃん、私ゃそいつに恩があるんでね。離して貰えないかい?」

 

『…………』

 

 吸血鬼は、ただ話し相手を睨み付ける。

 

『……邪魔するな』

 

 そして、青年の体を離した。

 

「悪かったねぇ……まあそれでも、やる事は変わらんけれど」

 

 光は、まだ消えない──

 

「あんたにゃ、キツいお仕置きが必要だ……」

 

 萃まる夢、幻、そして百鬼夜行。

 

 ──伊吹萃香、見参。


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