忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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十九話 自動反撃

 近くにいた筈なのに、とてもとても遠く感じた。

 

 再び俺はこの場所に足を踏み入れる。巨大な、図書館に。

 目の前には、まだ名の知らない人形使いと、レミリアの親友の魔女パチュリー。その間に、ほとんど視認出来ない程の細さの糸で拘束されているチルノの姿。何かを訴えている様な瞳で、俺をただ見つめている。

 

 ここに来るまでに、俺はどれだけ想っただろう。

 

 今度こそ、最後かもしれない。

 今だからこそ言い切れる。俺の命に代える事になったとしても、この二人は俺が止めなければいけない。

 

 ここに来る前。とある一室で見た地獄の様な光景。

 彼女を、決してそこに行かせてはならない。

 楼観剣を握り締め、想起するは半刻前──

 

 

 

 

 

 ──そこは、地下牢からそこまで遠くない場所にあった。

 楼観剣を探し求め、手当たり次第に立ち入った部屋。そこで俺は、あまりに信じがたい光景に出くわした。

 

 よく、映画やドラマでは見たことはあった。

 道端に人々が倒れている。そこら中で血を流し、苦しみ、悲鳴をあげ、中には既に息絶えている者も。悪人は、それをまるでゴミでも見てるかの様な目で見下す。

 

 想像した事なんてなかった。

 まさか、それに似た様な……いや、それ以上に最悪の光景が、自分の目の前に広がっているなんて。

 

 蝋燭で僅かに灯された部屋。

 ホールの様に広いこの部屋のほとんどを、ピクリとも動かない少女の山が埋め尽くしていた。

 

「……」

 

 声なんて、出なかった。

 部屋の所々で山積みにされている少女。背中にある不思議な翼が、彼女達の素性を物語っている。

 俺は足元に転がっている一人を抱えた。

 暖かい。温もりがある。鼓動だって、僅かに聞こえてくる。目は確りと見開いているが、その奥は深い闇に覆われている。

 軽く揺するが、彼女は動かない。

 声をあげるが、彼女は動かない。

 頬を叩くが、彼女は動かない。

 何をしても、彼女は光無き瞳でただただ空を眺めるだけ。

 俺は、彼女をゆっくりと足元に置いた。

 

 叫ぶ。体の底から、目一杯大きな声で。何度も、何度も、喉が枯れるまで叫んだ。

 それなのに、誰一人動かない。

 まるで『人形』の様に。

 死んでる筈が、無い。こんなにも暖かい少女が死体な訳がないんだ。

 

 目から、涙が溢れて出た。

 ここに居るのは全て、罪無き無垢な妖精達の筈。

 彼女達が一体何をしたって言うんだ?

 

 そして、気が付いた。

 俺は彼女達を踏まない様に部屋の中央へと駆け、必死に一人の少女を探す。

 そこまで深くは調べていない。だが、彼女が居るとしたら上の方だと分かっていたから、俺はそこまで探さなかった。

 そして、確信した。彼女は、チルノはまだ、ここにはいない。

 

 ……やらせてたまるか。

 こんなにも多くの少女達の未来を奪っておいて、今度は仲間思いの彼女まで人形にするつもりなのか。

 

 初めてだった。ここまで、内なる怒りが燃えたぎったのは。

 敵にだって事情がある。何処だって同じだ。他人を殺す人というのは、大概そうしないと自分が死ぬかもしれないから。だからそれが怖くて、相手を殺す。喧嘩、怨み辛み、貧困、戦争。

 だが、例外がある。それは何かを持っている者だ。権力や、金や、力。それを持つ者は、場合によっては退屈しのぎに命を奪う者だっている。そういう輩に限って、罪悪感なんて持ってはいない。何故なら、自分はそういう事を許される程の選ばれた者だと自分に言い聞かせ、無意識に納得し、都合の悪い感情を消し去っているから。

 

 悔しい。

 力の無い、自分が悔しい。

 俺やチルノに力があれば、こんな事態なんて起こらずに済んだのに。

 

 ──アタイはサイキョーだからね。

 

 何故だろう。チルノの言葉が、脳裏を過った。

 こんな時に何を思い出してるんだ、俺は。こんな時にアイツのサイキョー宣言なんてどうでもいいんだよ、チクショウ……

 

「…………サイキョー、か」

 

 俺だって、最強になりたい。

 最強になって、あの二人をボッコボコにしてやりたい。そして自分のしてきた事を反省させて、心の底から土下座させてやりたいッ!

 

 何だろう、急に気分が上がってきた。

 どうして勝手に絶望してたんだ、俺は。まだ何も終わっちゃいないだろう!

 チルノだってまだ救える!

 妖精達だってまだ救える!

 あの二人に負けるなんてまだ決まっちゃいない!

 

 行くんだ。

 とっとと楼観剣を探して、あの二人の首筋に突き付けて、泣いて謝らせてやる──

 

 

 

 

 

 ──館中、走り回った。

 楼観剣は、何の変鉄もないとある部屋の床に転がされてあった。

 息は上がっているし、汗だって大量に掻いている。だが、疲れなんて全く感じない。それ以上に苦しい戦いが、目の前にあるんだ。

 

『アリス、めんどいからやっといて』

 

「ったく、仕方ないわね」

 

 パチュリーが図書館の奥へと戻って行く。

 好都合だ。その選択、今すぐ後悔させてやる。

 計画は立てた。この二人の数少ない情報を駆使して、チルノを救える最も可能性の高い作戦を。

 

 人形使いから繰り出された計四体の人形。各々が斧を持ち構えている。人形に不釣り合いな程に大きい斧を。

 

「今の私は機嫌が悪いの。怪我したく無かったら、大人しく捕まりな──」

 

 言葉なんて、聞く義理など無い。

 俺は全力で走る。目指すは、本体。

 

「──ッ、いいわ、貴方の脚切り落としてあげる!!」

 

 四体の人形が、斧を振りかざし迫り来る。

 どうするかはもう決まっている。これは賭けだ。俺の予想なら成功する筈。失敗したのなら、初めから戦うなんて無理なんだ。

 人形の一体がすぐ目の前まで来た。斧が、大きく横から俺の太股目掛け刃を突き立てる。

 だが、止まる訳にはいかない。俺がするのは、ただ念じるだけ。

 

 

 ──頼む、楼観剣ッ!!

 

 

 空を裂く音が、はっきりと聞こえてきた。

 柄を切断された斧が地面へと落ち、大きな金属音を鳴らす。

 楼観剣を持つ右腕が、下から上へと斬り上げた。俺の意思より先に。

 

 二体目、三体目、攻撃の当たる寸前に右腕が動く。人形を斧の柄ごと綺麗に切断する。

 最後の四体目も同じく、反射的に斬り捨てた。

 

 ──自動反撃(オートカウンター)

 

 俺の認識した攻撃を、楼観剣が反射的に切り返す。萃香との実験で見せてくれた、楼観剣が俺に与えてくれた力であり、俺の唯一の武器。

 

 人形を全て斬り捨てられ、若干怯む人形使い。彼女までの距離はもう数メートル。人形を出そうものなら、懐に入って切り裂ける距離。

 

「来ないでッ!!」

 

 人形使いから放たれた魔力の弾。複数の弾が拡散しながら、俺へと迫って来る。

 だが、そんな事は予想の範囲内。俺は低く落とし、滑り込む。

 俺のスライディングに合わせ、人形使いが拳を降り下ろす。この姿勢では、直撃は避けられない。

 

 あくまで、普通の反射神経なら。

 

 体が勝手に動く。

 頬に当たった拳の力を、首が勝手に捻られ受け流される。

 そのまま、懐へ入る。首を戻すと同時に、外側から楼観剣を──

 

「──ぁ、い、たいッ……」

 

 俺の脚は止まらない。

 人形使いを切り裂くと同時に方向を転換し、チルノの元へ駆け寄る。

 一瞬、後ろを振り向く。脇腹を裂かれ、流れる血を止めようと膝を着く人形使い。僅かに見えたその表情は、困惑と苦悶に満ちている。

 

 走り様、チルノの背中を左手で持つ。そのまま本棚の後ろまで駆け抜ける。

 重い。幾ら少女と言っても、やはり片手で持つのは相当な力が要る。だが、離す訳にはいかない。

 

「パチュリー! 早く来なさい、パチュリー!!」

 

 実際、人形使いを倒すのは今が最大の好機だろう。だが今優先すべきなのはチルノを助ける事だ。彼女を倒せる最大の好機であると同時に、チルノを助け出せる最大の好機でもある。二つの選択肢で、俺はチルノを選んだのだ。

 

 適当な本棚の裏に隠れる。短時間の出来事ながら、体力の消耗が激しい。汗は大量に滴り落ち、呼吸は大分荒くなっている。

 自動反撃(オートカウンター)は本当に心強い。だが反面、無理な体勢での反撃を強いられる分体力が非常に激しく消費されている様だ。長期戦となれば、俺の体は使い物にならなくなるだろう。そうなる前に決着を付ける。

 

 左手で抱えたチルノを床に置き、彼女の体に巻かれている糸を楼観剣で斬った。彼女の拘束は、これで解かれる。

 

「大丈夫か?」

 

「せーま!」

 

 頬に伝わる冷たい感覚。これが、彼女の少し変わった温もり。

 チルノの小さな体が、俺の体にくっつく。彼女が首に回した両腕が、俺の心と体を冷気で癒してくれる。

 

「せーま、怖かったよせーま!!」

 

「……とりあえず、一旦離れろ。安心するのは早い」

 

「……うん」

 

 少し離れたチルノの両肩に手を置き、力付ける様に語りかける。

 

「良いか、二人でここを脱出するぞ」

 

「でも、アタイ……」

 

「大丈夫だ、大丈夫……今の俺はサイキョーだ」

 

「……」

 

「信じてくれ、俺とお前が力を合わせれば、あの二人にも対抗できる」

 

「……本当?」

 

「ああ」

 

「……うん」

 

 本当は、口から出任せだ。チルノと力を合わせるなんて、やり方も全く分からないし成功する保証もない。そして、そうする気もない。

 二人で脱出する、なんて言ったが、嘘なんだ。

 

 チルノだけをここから出して、俺はここに残る。

 彼女を確実に逃がす為に。

 

 彼女には、逃げ延びて欲しい。

 彼女は、妖精達にとっての最後の希望だ。俺なんかとは違う。その小さな体には、多くの少女達の未来が託されているんだ。

 

「アタイは強い……アタイは天才……アタイはサイキョー……サイキョーなんだ……」

 

 目を閉じ、必死に念じる彼女。

 当たり前だ。自分の手に仲間の未来が懸かってるのは、彼女だって恐らく分かっている。失敗は出来ない。

 

「パチュリー、アイツ等を逃がさないで!!」

 

『はいはい』

 

 図書館に響く声。僅かに顔を覗かせると、パチュリーが図書館の扉の前に立っている。彼女を突破する事が、ここから脱出する条件となった。

 

 俺達を探しに行く為か、空へと浮き上がる人形使い。応急処置された脇腹からは、未だに血が漏れている。

 

「……合図したら扉に突っ込む、いいな?」

 

 こくりと頷くチルノ。

 ここからどうなるかは、全く予想はつかないし、計画も何もない。一か八かの出たとこ勝負だ。

 だが、打つ手はある。もし、もしも、これが成功したならば、俺達の勝利は確定したに等しいだろう。

 

 限界まで人形使いを引き寄せる。

 俺達が見付かる、その直前まで──

 

「──今だァ!!」

 

 本棚の陰、二人同時に飛び出した。

 俺の狙いはパチュリー。正確には、パチュリーを支配している『何か』だ。

 

 そう、俺は今から、彼女の意識を解放する!


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