忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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十三話 怪力少女

「──やっと出れた……」

 

 時刻は既に昼近く。俺達は人里へ情報を探す為に、永遠亭から人里へ目指していた。

 鈴仙の案内で竹林を抜け出す頃には、時刻は昼近くになっていた。太陽の位置で大体分かる。空を飛べたらもっと早く着くのにと、鈴仙が愚痴を溢している。申し訳ないが俺は飛べない……というか、普通は飛べないのだから、我慢して欲しい。

 

 里に着くにはここから更に森を抜けなければならないらしいので、ひとまず昼食を取る。朝に鈴仙が作った餅を大きな葉にくるんで持ってきた物だ。柏餅みたいだが、何の葉か分からない。柏餅かもしれないし、そうでないかもしれない。

 

 食事中、お互いに会話は無かった。そして食べ終わるとまたすぐに移動を開始する。別にそれが悪い事ではないのだが、妖夢と比べると鈴仙は他人と距離を置くタイプなのか、一晩一緒に過ごしてもあまり俺とは親しくしてくれようとはしない。これから共に危険な場所に向かうのだから少しは仲良くしてくれてもいいんじゃないかと、内心文句を言う。

 

 枯木の森に入る。地面には大量の落ち葉があり、所々にキノコが生えている。何度も見たことのあるキノコから、初めて見た珍しいキノコまで様々だ。

 

「なあ」

 

 鈴仙に話し掛けてみる。

 

「鈴仙は、喰えるキノコと喰えないキノコの区別は付けられるか?」

 

「どうしてそんな事聞くんですか?」

 

「いざって時の為だよ。そこに食料が落ちてて、拾わない理由は無いだろ? 俺は少ししか分からないんだが……」

 

「……まあ、私も少ししか分かりませんけど」

 

「なんだ、お互いそんな知らないのか」

 

「……」

 

「……」

 

 会話はそこで止まった。長続きしないものだ。逆に気まずくなっている気がする。

 

 しばらく歩き続けて森を抜けると、とうとう道が見えてきた。舗装されておらず、道の両脇には幾つもの畑や果樹が見られる。更にその奥、僅かに塀に囲まれた地帯も見えてきた。

 

「あそこが人里?」

 

「ええ、そうです。幻想郷の人間の九割はあそこに住んでます」

 

「つう事は、残り一割は他で住んでるのか」

 

「まあ、大抵は人間が住めるような場所じゃないんですけどね。竹林だって季節によりますが、妖怪が集まってきますし」

 

 俺と同じ人間があそこに沢山住んでいると考えると、それだけで安心感が沸き出てくる。だがそれと同時に、その人里で一体何が起こっているのかという不安もより一層引き立てられた。まさか、皆殺しされたとか……

 いや、考えるのは止めよう。煙が上がっている訳でもないし、それは無いだろう。そんな事今考えても仕方がない。

 

「里に着いたらどうするんだ?」

 

「そうですね……とりあえず、手分けしてお互い情報を集めて、時が来たら集合という事でいいんじゃないですか?」

 

「……だな、そうしよう」

 

 鈴仙の提案により、俺達は二ヶ所ある人里の入り口から左右に分かれて入る事になった。俺はそのままのジャージ姿でも大丈夫らしいが、鈴仙は菅笠を被り、一通り変装して潜入する様だ。

 集合場所は鈴仙側の里の出口。時間は太陽が完全に落ちきった頃。太陽の位置からして、後数時間ってところだろう。

 早速、俺達は行動を開始した。

 

 里には門番が二人立っていた。近付くと俺の様子をまじまじと見つめてきたが、止められる事は無かった。やはり、この世界には俺みたいな外の世界から紛れ込んで来た人もたまにいるのだろう。

 里の様子はとても不思議なものだった。建物はほぼ全て木造で、その様子は江戸時代後期を思い浮かべさせる。実際に江戸時代に行った事はないので例えての表現なのだが、それほど昔風の町並みといったところなのだ。

 しかし、建物は江戸時代でも、店の品物は精々数十年前といった感じだ。八百屋や食事処、居酒屋等の施設は昔でもありそうだが、カフェや花屋なんて江戸時代にあっただろうか? いやまあ、あったかもしれないけれど。

 ともかく、この里はまるで、過去にタイムスリップした様な気分にさせられた。

 

 通りを眺めていると、古風な服装に身を包む者達の中に時折、やけに目立つ格好の者が混じっている。気配も少しおかしい。やはり、里にはこの様に妖怪も住んでいる様か、しかも沢山。少し、怖くなってきた。

 

 店の様子を眺めていたところで、俺は非常に大切な事に気がついた。背負った荷物の中から、俺は財布を取り出す。一応持ってきた物なのだが、果たしてここで普通の日本円は使えるのだろうか?

 

「あの、すみません」

 

 近くにあった花屋の店員に、話し掛けてみた。様子からすると十代みたいだが、ここの店の娘だったりするのだろうか。

 

「いらっしゃいませ!」

 

「俺、外の世界から来たんですけど、こういうお金って使えますかね?」

 

「それは……基本的には使えないですね」

 

「そうですか……」

 

「あ、ですけど、道具屋に行って外の世界の道具を売れば、結構なお金になるかもしれませんよ!」

 

「その店はどこにあるんですか?」

 

 俺は彼女から店の場所を聞いた後、礼を残して後にした。買い物もしていないのに親切にしてくれて、本当に助かるな。

 言われた通りに進んで行くと、確かにその店はあった。店に入るとそこには現代の様々な道具が並べられてあり、ここがそういう店なんだとすぐに分かった。早速、俺は店員を見つけて話し掛ける。

 

「いらっしゃい! お、あんた外来人か? お金に困ってるんだろ!?」

 

「ええ、困ってます……」

 

 無精髭を生やしたおじさんの言葉の勢いに若干引く。

 

「うちは外の世界の道具を買い取ってそれを売る専門店だからな。何か珍しい物があったら売ってくれ! もしお金も無くて売れる道具も無いなら、うちでしばらく働いてもいいんだぞ!? まあ、あんたにゃその心配は無さそうだがな!」

 

 どうやらこの店は俺みたいな外来人を助ける為の店らしい。お客は外の世界の珍しい物を買えて、外来人は生活の為の糧を得る事が出来て、おじさんは儲けられる。なるほど、売れるならいい商売かもしれない。店内に俺の他にも何人かいるのを見ると、大分成功している様子だ。

 荷物を降ろして、片っ端から売れる物を探す。中身は食料が大半を占めているが、一応売れそうなものはあった。

 懐中電灯、電池、コンパス、一通りの筆記用具、ビニール袋、消毒薬と絆創膏、爪切り。今気が付いたが、懐中電灯があったのをすっかり忘れていた。一人ならどれも必要だったかもしれないが、今は協力者がいる。売ってもそこまで問題ないだろう。

 ……やっぱ、爪切りだけは残しておこう。この時代の爪の切り方が分からない。

 

「はいよ、これが買い取り代ね! 外の世界で言うなら、一万円が二つ!」

 

 渡されたのは一円札という見慣れない紙切れが二枚。これがこの世界での一万円なのだろう。金額的に少し不安は残るが、あれを二万で買い取ってくれると考えれば破格の値段だ。文句は言えない。

 

 礼を言って店を出る。さて、ここからが本番だ。俺は小傘の情報を限られた時間で探さなければならない。

 だが、まずどうやって探そう。墓場によく居たと聞いた気がするから、墓場に行けばいいのか? てか、その前に墓場はどこだ? どこから行けばいい?

 駄目だ、全く分からない。ここはやはり人に聞くしかない。小傘の事を知ってるかどうか、そして知らないのなら、墓場はどこにあるのかを。

 

「……ん?」

 

 ふと、妖夢の言っていた事を思い出した。

 里にも妖怪は沢山いる。だから、里にも操られている者がいるかもしれない、そんな感じの内容を。

 しかし、この様子は何だ? そんな気配は全くない。逆に恐ろしい程平和じゃないか。まるでここの住人皆が、異変の事を知らない様な……

 いや、そんな筈はない。あの空に建つ城が見えてない訳がない。となると、妖怪が暴走しても大丈夫な程に強いヒーローが里を護ってたりするのか?

 やはり分からない。考えるにしても情報がない。もっとこの世界の事を知らなければ。

 

「──太子様だ! 太子様のお通りだ!」

 

 突如聞こえた男の叫び声。訳も分からずただ立ち尽くしていると、道の向こうから誰かの人影がみえた。それと同時に、俺は異様な光景を目の当たりにする。

 この様子を見て真っ先に思い出したのは、歴史の授業で習った大名行列だった。大名達が一列になって進み、通行人の一般人は大名行列が終わるまで頭を下げなければいけないと。

 酷似していた。先頭の派手な女が僧侶を引き連れて歩いている所を、通行人の皆が頭を下げている。この光景は一体何なんだ!? 彼女達は何者なんだ!?

 

「こら、そこの外来人! 何を立っている!?」

 

「やばッ──」

 

 戸惑いを隠しきれず、すっかり頭を下げるのを忘れてしまった。僧侶数人がこちらに向かって近付いてくる。コイツら一体何を──

 

「止めなさい」

 

 先頭の女が一声上げると、男達の動きはすぐに止まり、元の列へと戻った。どうやら助かった様だ。その後、女は俺の目の前まで近付くと、粛々と頭を下げた。

 

「外来の方、ようこそ幻想の地へ。私の名は豊郷耳神子。全教の教祖を勤めております」

 

「……はじめ、まして」

 

 何なんだ、この感覚は。派手な格好の割には礼儀正しくていい人なのに、何か、変な感じがする。

 

「貴方は、宗教に興味はありますか?」

 

「……少しは」

 

「そうですか、それはいいことです。そうだ、いい機会ですし、私が全教の教えを説いてあげましょう」

 

「……お願いします」

 

 本当はそんな時間の無駄使いはしたくない。けれど、何故か体が本能的に恐怖しているのだ。

 一体何に、どうしてなのか……

 

「私が説く全教というものは、この幻想郷で生まれた新たな宗教なのです。数多くの人間、妖怪、鬼、亡霊、悪魔、その他諸々の集まるこの地には非常に多くの隔たりがあります。それらは全て種族の違いが生んだ差別に過ぎないのです。全教は数多くの種族から生まれる差別、偏見、不平等を無くし、あらゆる種族が皆平等に暮らせる世界を創る事が目的なのです! その為にもまずは人間がその心を開き、全てを受け入れなくてはなりません!」

 

「……」

 

 コイツは何を言ってるんだ、意味が分からない。どういう理屈でそう考えているのかは知らないが、俺には女の言葉がただの身勝手なエゴにしか聞こえなかった。本当に、頭がおかしいんじゃ──

 

「外来の方、もし興味を持たれたのなら、命蓮寺に来てみるといいです。その際は私の同志が、貴方に修行をつけてくれる事でしょう」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 満足気な彼女の背中を眺めた後、俺は一旦路地裏へと退避した。少しの間、表の通りには出たく無かった。

 

(やっぱり……この里は危険だ……)

 

 豊郷耳神子。彼女の眼は、あの時見た妖夢のそれとほとんど同じだった。ここに生きている筈なのに、光を失った無機質な眼。心囚われし者の瞳。しかも、その力は妖夢の比ではない。もっと強い力で縛り付けられている。

 命蓮寺。そこが、奴等の本拠地なのか。彼女の同志という事は、やはり彼女と同じ様に囚われているのか。探ってみた方がいいのか。

 というより、何故里の住人皆があの女を信仰している? あんなメチャクチャな宗教信じる方がおかしいのに、どうしてなんだ?

 やはり、何かで脅されている……?

 こうなったら、調べてみるしかない。

 

「命蓮寺? お前、命蓮寺に行きたいのか?」

 

「はい」

 

 しばらくした後、俺は通り掛かりの男に命蓮寺への道を尋ねてみた。

 

「命蓮寺ならあそこに見える大きな屋根の建物だ。まだしばらく歩かなきゃいかんが、あそこ目指してりゃ迷う事は無いだろ。だが悪い事は言わんから、止めておいた方がいい」

 

「……ありがとうございます」

 

 止めておいた方がいい理由は、既に何となく解っている。解っている上で俺はそこに行く。俺はただの外来人なのだから、下手な真似さえしなければ無事に帰ってこれる筈だ。

 

 示された屋根に向かって歩き続ける。それから数分歩いた頃だった。よそ見していたせいか、俺は人とぶつかってしまった。相手の方が力が強く、俺が弾き飛ばされる。

 

「痛ッ、あ、すみま……」

 

 相手の姿を見て、俺は目を疑った。

 二本の角が生えた少女だ。しかも、俺に見向きもしない。明らか過ぎる程に様子がおかしい。彼女の眼はまだ見ていないが、ふらふらと歩く時点で狂っているみたいだ。

 何だか、ヤクの常習犯の様な雰囲気がある。彼女、この後すぐにとんでもない事を仕出かしそうだ。彼女の様子が気になるあまり、俺は彼女についていった。

 

 ふらふら歩き続けてしばらくすると、彼女はとある看板を凝視し始めた。そこには酒処と書いている。どうやら、居酒屋らしい。

 

「……さ、け」

 

 彼女が確かに声を発した。

 

「……さけ、のみたい」

 

 体が震え出す少女。あの歳で既に飲酒しているのかと俺は思ったが、二本の角からして彼女は普通の人間じゃない。その辺り、常識で考えない方がいいだろう。

 

「さけ、さけ、さけ、さけ、さけ、さけ、さけ……」

 

 これは本格的にやばくなってきた。声を掛けようかと一瞬悩んだが、怖くて彼女に近付けない。回りに野次馬も増えてきている。

 

「──もう、我慢出来なぁぁぁぁぁいッ!!!!」

 

 酒処の扉を蹴破り、中へと入っていく少女。俺も急いで後を追う。

 

「酒だぁ!! 酒を飲ませろォ!!!」

 

 店内で大暴れする少女。見た目とは反して、力で壁やら家具やらを粉々に壊していく。なんつう怪力なんだ、一体!?

 客も店員も慌てて店から飛び出す。このままじゃ俺にもとばっちりが喰らうかもしれない。最後に店を出ようとしたその時だった。

 

 誰かが店の壁を突き破った。そこから現れた人物が、少女の顔に拳を叩き込む。あまりに速く、起こった出来事を認識するのが精一杯だった。

 顔を押さえて悶える少女を見下しているのは、不思議な法衣を着た女性だった。グラデーションのかかったロングヘヤーが特徴的で、とても綺麗な人だ。だがその表情は言うならば修羅。相手への慈悲など全く感じられない。

 殴られた仕返しにと、起き上がり様に女性の腹部目掛けて蹴りを放つ少女。しかし、女性はその脚を片手で受け止めると、もう片手で膝関節に拳を撃ち込んだ。

 何かが折れる音が、はっきりと聞こえてきた。

 

「ぐあァッ!?」

 

 あの怪力少女の蹴りを片手で止めて、しかも一撃で骨を断つなんて、信じられない。あの女性、化け物じゃないのか。

 

「連れて行きなさい」

 

 女性が一声かけると、すぐさま回りから男達が集まり、太い縄で彼女の体を縛った。痛みに悶えるあまり、抵抗する事を忘れている少女はそのまま、男達に連れていかれる。事が終わり、野次馬もほとんどいなくなった。俺も、その場から離れた。

 

 

 

 日は既に落ちかけ、そろそろ集合の時間となった。

 俺は鈴仙の元へと向かう。集合場所につくと、鈴仙は既に俺の事を待っていた。

 

「……どうでしたか?」

 

「そっちは?」

 

「駄目ですね、全く手掛かりが掴めませんでした」

 

「そうか」

 

「そちらは、何か手掛かりは掴めましたか?」

 

「俺は……」

 

 悩んでいた。俺には、一つ気になる事があった。今からそれをするべきか、非常に悩んでいた。

 

「──なあ鈴仙、もう少し時間をくれないか?」

 

「何をするつもりなんですか?」

 

「通りすがりの女の子を助けに行ってくる」

 

「……何ですか、それ」

 

 最後に俺は見てしまった。あの法衣を着た女性の冷た過ぎる暗い眼と、脚を折られた少女の絶望で光る眼。

 あの二本の角の怪力少女は、正常だ。この世界に囚われていない。それが解った途端、俺は彼女を見捨てられない。助けてやりたい。それがどれだけ危険な事か解っていても。

 


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