忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver   作:エノコノトラバサミ

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十二話 幻想郷の皆さんは冗談が好き(例外有り)

 暖かい。ふかふかする。

 目が覚めると、体に布団が掛けられてあった。きっと鈴仙か妖夢が掛けてくれたのだろう。見掛けたら礼を言っておかなければ。

 居間には誰もいない。ふと時計を見ると、短い針は午後三時頃を差していた。結構な時間、寝てしまっていたのか。

 

 やることも無いし、俺は永遠亭を探索する事にした。

 居間でじっとしているのも退屈だったし、誰かと話して情報を得たかったし、そして何よりトイレに行きたくなったからだ。

 玄関近くをウロウロしていると、診察室という表札を見つけた。ここなら、あの永琳さんとかいう人がいる筈。

 扉をノックすると、案の定返事が聞こえた。

 

「失礼します」

 

「あら、貴方は外来人さん。どうかしたのかしら?」

 

「その、トイレは何処にありますか?」

 

「トイレなら、廊下を玄関から真っ直ぐ行って、左に曲がって突き当たりにあるわ」

 

「ありがとうございます、それじゃ失礼し──」

 

「待って」

 

 出ようとした所を、永琳さんに止められた。

 

「ちょっと話が聞きたくて、終わったらまた来てくれる?」

 

「あ、分かりました」

 

 話って、何なんだろう? さっきも考え事をしてたみたいだし、俺が何かしたのだろうか?

 

 和式トイレで用を済ませた後、俺はまた診察室へ訪れた。今度は椅子が一つ増えている。

 

「ちょっと話が聞きたくてね。そこに座って頂戴」

 

「はい」

 

 診察室の中は机に椅子、簡素なベットとここまでは普通なのだが、棚の中に見るからに怪しい物体が沢山入っている。この一角だけ診察室じゃなくて研究室みたいだ。

 

「私は八意永琳。ここで医者をしているの」

 

「大体の事は妖夢から聞いてました」

 

「ならいいわ。それじゃ、本題に入るけど……」

 

 彼女の眼光に、少し怖くなってくる。

 

「貴方、人間?」

 

 失礼な程に単刀直入だ。

 

「ええ、まあ、人間ですけど、一応」

 

「一応、ね」

 

「あの……どうしてそんな事聞くんですか?」

 

 永琳さんは少し考えた後、難しい顔をしながら答えた。

 

「今回の異変の事、私個人で出来る限り調べてみたのよ。道具に支配される人間……元凶はあの城という事は分かっていたし、原因も解明していたけれど、救出する方法が解らなかった。そんな中、貴方は魂魄妖夢を救いだした。彼女も大方、道具に操りていたのでしょう。どうやって救いだしたのか、気になってね」

 

「……俺、実はとある能力があるんです」

 

「能力?」

 

「道具と意思を通わせる、って感じです。ある事がきっかけで、力を持つ道具の声を聞いたり、意識を共有させる事が出来る様になりました」

 

「……道具に直接語りかけて、洗脳を解いたって所かしら?」

 

「いや、力業で無理矢理解きました。死ぬほど辛かったんですけどね」

 

 苦笑いを浮かべたが、アレを今思い出すと冷や汗が滲んでくる。もう出来れば二度とそんな事はしたくない。

 

「……現状、貴方ぐらいしか解けそうにないのね」

 

 永琳さんは溜め息をついた後、俺に話し掛けてきた。

 

「かぐや姫って、知ってるかしら?」

 

「あのお伽噺の事ですか? 竹から生まれた」

 

「ええ、そうよ。それで一つ、貴方に頼みがあるのたけど……」

 

「何ですか?」

 

「うちの姫様を助け出して欲しいのよ」

 

「姫様? 姫様って誰ですか?」

 

「かぐや姫」

 

「……え?」

 

「蓬莱山 輝夜って言うのよ。うちの姫様、そのかぐや姫本人なの」

 

「……冗談ですか?」

 

「そう見えるかしら?」

 

 ……マジで?

 この世界、お伽噺とも繋がっているのかよ。

 てか、かぐや姫何歳なんだろう?

 ……聞いたらいけない気がする。

 

「うちの姫様も異変と同じ時期に姿を眩ましちゃって、何処に居るのか分からないのよ。それに、十中八九操られてると思うしね」

 

「どうすればいいんですか?」

 

「もし見付けたら、助け出すのを手伝って欲しい、それだけよ。勿論、その代わりに貴方の目的も手伝うわ。それでいいでしょ? 腕の良い医者が手助けしてくれるんだから、簡単には死なずに済むわよ」

 

 あの苦しみをいつかまた味わうのかと少し悩んだが、それ以上に死ぬ方が怖かった。小傘に会えずに力尽きる方が怖かった。

 医者が手伝ってくれる事こそ心強い事はない。地獄の苦しみを味わう代わりに生き延びる可能性が増えるのなら、俺はそれを選ぶ。

 

「分かりました、約束します」

 

「交渉成立ね。今は特に何もして欲しい事はないから、ここでゆっくりしていくと良いわ。行く宛が無いなら、幾らでも泊まって良いわよ。ウドンゲにも言っておくから」

 

「ありがとうございます……あの、所で」

 

「何?」

 

「ウドンゲって、誰ですか?」

 

「鈴仙の事よ。鈴仙・優曇華院・イナバって言うのよ、あの子」

 

 な、名前長げぇ……

 

 

 

 話を一通り終えて、俺は再び永遠亭探索を開始した。時刻はそろそろ五時。お腹が空いてきた頃だ。というか、昼食を食べていなかったので既に空いている。

 適当に歩いていると、水の流れる音が聞こえた。それに、何かを板に叩きつける音も聞こえる。音からして、何をしてるのか分かった。

 

 その部屋に向かうと、鈴仙がエプロン姿で料理をしていた。何だか様になっている。この様子だと、よく作っている様だ。

 

「おはよう、ウドンゲ」

 

 悪戯心でつい呼んでみた。

 

「殺しますよ」

 

 怒られた。

 

「ごめん悪かった、さっきまで永琳さんと話してたからさ。料理作ってるのか?」

 

「見れば分かるじゃないですか」

 

 何故か俺には冷たい鈴仙。一体俺の何がいけないのか? それとも単に人見知りなのか?

 まあどちらにせよ、ここには長く居られないだろう。去り際に鈴仙の調理を見て気になった事を伝えてから行く事にした。

 

「ちょっといい?」

 

「何ですか?」

 

「それ、筍を煮てるみたいだけどさ、もしあれば鰹節をお茶のパックか何かに入れて煮詰めてみるといいよ」

 

「……」

 

 返事は無かった。

 

 

 

 

 永遠亭の探索も一通り済ませ、頃合いを見て居間へと戻る。通りかかりに鈴仙が夕食を一通り作り終えてるのを見て、そろそろ時間だと察した。案の定、俺が戻ってきて少したった後、永琳さんや妖夢も居間へと戻ってきた。そういえば妖夢、どこで何をしていたのだろうか?

 

「ご飯出来ましたよ~」

 

 お盆を持ちながら入ってきた鈴仙。一度では持ちきれず、居間と台所を何度か往復して運んでいた。手伝おうと思ったが、何故か永琳さんに止められた。

 ご飯、味噌汁、漬け物、天ぷらに筍の煮物。筍は天ぷらにも使われていた。竹林だからか、筍は沢山あるみたいだ。

 

「師匠、そういえばてゐ見掛けませんでした?」

 

「見てないわね。要らないんじゃない?」

 

「ですね」

 

 いただきますの掛け声で食事を始める。彼女等の話を聞いていると、永遠亭には彼女二人やかぐや姫の他にも住人がいる様だ。これだけ広い屋敷なのだから、いても不思議ではない。俺が探索してた時には二人しか見掛けなかったが。

 

「そういえば妖夢、どこに行ってたんだ?」

 

「私ですか? ちょっと竹林に戻って探し物をしてました」

 

「何か無くしたのか?」

 

「はい、いつから無くなったのか正直よく覚えてないのですが、もう一つの刀を……」

 

「刀、二本持ってたのか」

 

「宛が無かったのでとりあえず来た道を引き返したのですが、やはり見付からなくて……」

 

 俺の記憶だと、彼女に会った時には既に刀は一本しか無かった。

 

「竹林には無いよ。俺が妖夢に会った時には既に無かった。無くしたんならもっと前だ」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 がっかりした様子があからさまに浮かんでくる。時間があれば、探すのを手伝ってあげよう。

 

「ウドンゲ、ちょっと料理上手くなったんじゃない? 特に筍なんか、いつもより美味しくなってるわ」

 

「そ、そうですか!? まあ、私がちょっと本気を出せばこの位は出来ますよ」

 

「なら毎日本気を出して欲しいわね」

 

「あ、あはは……」

 

 永琳さんが鈴仙を誉めている。俺は今日初めて彼女の料理を食べるので上手くなってるのか分からないけれど、少なくとも不味くはない。というか、その筍の煮付けは俺が一工夫教えたのだが。まあ、黙っておこう。

 

「この筍美味しいね、ウドンゲ」

 

「殺します」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 やっぱり怒られた。

 でもウドンゲって言うの、地味に楽しいんだよなぁ。

 

「怒っちゃ駄目よ、ウドンゲ」

 

「そうですよ、ウドンゲ」

 

 あ、妖夢まで言った。

 

「仲良くしようぜ、ウドンゲ」

 

「眉間に銃弾撃ち込みますよ」

 

 何で俺だけ!?

 

 

 

 

 

 食事を終えた後は、風呂に入る。

 俺以外は全員女性なので、先に俺が入る事になった。

 

「おぉ……」

 

 風呂場に入った時、つい珍しさで感嘆の声を挙げてしまった。

 五右衛門風呂という名前だった気がする。お湯を沸かす現代の風呂ではなく、お湯を焚く昔の風呂。幼い頃に歴史の博物館で見たっきり。勿論、初めて入る。

 

 頭と体を洗って、足を入れてみる。少しぬるかった。まあ、これから温かくなってくるんだろう。久しぶりの風呂を、俺は堪能する事にした。

 

 時が経つにつれ風呂が温かくなり、湯気で回りが真っ白になってくる。窓はちゃんと付いているが、湯気が逃げていくには狭すぎる。もう少し何とかならないものだろうか? こんなに視界が悪いと、覗きに気が付きにくいだろう。まあ、俺は男だから覗かれる心配は……

 

「──!?」

 

 そんな事を考えながら窓を見たら、僅かに人が逃げていくのが見えてしまった。

 え、ちょっと、マジで? 俺覗かれてたの? 誰に? 何の目的で?

 いかんいかん、落ち着かなければ。命を狙われた訳では無いのだから。

 ただ、覗かれてそのまま逃げ出す様に上がるのは嫌だ。せめて覗いた犯人ぐらいは特定したい。

 

 俺は窓の下でじっと身を潜める。誰かが近付いてくる足音を頼りに、犯人を特定する為に。

 少し時間が経つと、僅かだが足音が近付いてきた。それはどんどんこちらへと向かって、窓の目の前で足を止める。

 よし、今だ! 俺は飛び上がって──

 

「うわッ!?」

 

「な、鈴せ──」

 

 鈴仙の眼を見たその瞬間、視界が歪む。

 途端、俺は足を滑らせて地面に頭を打った。

 歪んでいる視界が暗転する……

 

 

 

 目が覚めると俺は、診察室のベットに寝かされていた。

 頭がジンジンと痛む。触れると、たん瘤が出来ていた。

 

「あら、お目覚めね」

 

「……永琳さん……俺……」

 

 あれ? 思い出せない。頭を強く打ったせいか、風呂場でどうして俺が倒れたのか思い出せないのだ。

 

「全く、危ないわね。妖夢が見付けて運んでくれたから良かったものの、下手すれば死んでしまうわよ」

 

「はい、すみません……」

 

 薄いタオルケットが被さっているものの、体は肌寒い。どうしてこんなに寒……!?

 

「あの、服は!? 服は何処ですか!?」

 

「あ、お風呂場に忘れちゃったわね」

 

 ……今、俺全裸なんだけど!?

 

「もしかして永琳さん……見ました?」

 

「……気にしない気にしない、男でしょう? ほら、さっさと服取りに行きなさい」

 

 まあ確かに男だけどさ……

 

「あ、それと一つ」

 

「何ですか……」

 

「久しぶりに楽しめたわ」

 

「……え、ちょ、冗談ですよね?」

 

「そう見えるかしら?」

 

「思いきり笑ってるじゃないですか」

 

 こういう冗談は本気で止めて欲しい。

 

 ともかく、早く服を取りに行かなくては。寒いし、このまま全裸は色々とマズイ。念のためタオルケットを腰に巻いて、急いで風呂場へと直行する。

 

「俺の服は何処に──」

 

「あ──」

 

 ……妖夢。

 

「…………肌、綺麗だね」

 

 この後、また診察室で目が覚めた。

 

 

 

 

 

「……寝れない」

 

 就寝の時間。他の皆は別の部屋で寝ている中、俺は寝れずにずっと布団の中に潜っていた。

 考えてみれば昼寝もしてるし、風呂の時間に二回も気絶しているんだ、寝れないのも当たり前かもしれない。こんな時はどうすればいいか。

 

 何となく起き上がり、俺は永遠亭の庭へと出てみた。 竹林の真ん中に建てられた屋敷の手入れされた庭が、月の光に照らされて儚げに輝いている。満月ではないが美しく、とても幻想的だ。ここにかぐや姫がいたというのも、この景色を見ていると真実味が増してくる。

 眠れるまで、ずっとここに居ようか。そう思ったけれど、夜は寒い。長くいると風邪を引きそうだ。

 部屋に戻ろうとした、そんな時だった。暗い夜ながらも、影が一つ永遠亭の庭へと写し出される。

 

「……流れ星」

 

 空を飛ぶ謎の影から尾を引く様に星が流れて行く。間近で流星が落ちてくるかの様に、それは夜空へ消えて行く。たった一瞬だったけど、不思議な光景を目に出来た。きっとしばらくは忘れないだろう。

 部屋に戻り、俺はまた布団の中へ──

 

 

 

 

 

 ──重い。

 何かが俺の上に乗っている。まだ重い瞼を擦りながら、窓へと視界を移す。日は既に昇っている。

 毛布のせいでよく見えないが、何か俺の布団の中に潜り込んでいる。何だか温もりも感じる。これは、まさか添い寝という奴なのか!?

 慌てて毛布を捲ると……

 

「……んぁ、おはよう」

 

 垂れウサ耳の少女が眼を覚ました。

 

「おい、お前誰だよ? 何で俺の布団の中にいるんだよ?」

 

「もう忘れたの? 誘ってきたのはそっちなのに」

 

「え……」

 

 そんな記憶、全くないぞ!?

 

「私の初めて奪っておいて、酷いわ……」

 

「お、おい、泣くなよ!?」

 

 何なんだよ一体!? 俺は昨日何かしたのか!? 流れ星みたいなものを見た覚えしかないぞ!?

 

「おはようござ──って、てゐ! あんた何処に居たのよ!?」

 

「あ、鈴仙!? いや、この、これはその、違うんだ!! 俺は何も──」

 

「チッ、折角からかって楽しんでたのに」

 

「楽しんでた……?」

 

 また、冗談だったのかよ……

 俺は一体何なんだ?

 どうしてこんなに嵌められるんだ?

 朝っぱらからもう疲れたよ……

 

「人間、悪かったね。謝るから気を悪くせないでおくれよ。そのうち良いことあるからさ。それじゃ、またね!」

 

「ちょっとてゐ、今度はどこ……もう」

 

 一言残して、あっという間に垂れウサ耳の少女はいなくなってしまった。てゐという名前らしいが、何しに来たのだろうか。

 

「ごめんなさい、てゐが迷惑をかけて」

 

「いや、別にいいって」

 

 疲れたけど、そこまで迷惑でもなかったし。

 

「居間で待ってて下さい。そのうち朝ごはん持ってきますから」

 

「分かった……」

 

 心なしか、昨日と比べて鈴仙の態度が変わった気がする。

 何かあったのだろうか?

 

 眠気を取る為に顔を洗い、俺は居間で朝食を待った。そこには妖夢もいて、ボーッと外の景色を眺めている。

 それから少しして、朝食が運ばれてきた。同時に永琳さんも居間へとやってくる。起きたばかりなのか、髪がボサボサだ。

 朝ごはんはお餅だった。海苔、醤油、きな粉、餡と、様々な種類がある。お正月にいちど食べたきりなので、約二ヶ月ぶりに餅を食べる事になるな。

 

「お、旨い」

 

「そうですね」

 

 妖夢も賛成している。つきたてなのか、ホカホカで微かな甘味がある。そういえば元は月のウサギとか妖夢が言っていたし、本当に月で餅をついてたのかもしれない。でなければ多分、こんなに美味しくはならないだろう。

 

「この後、どうするのかしら?」

 

 永琳さんが訪ねると、先に妖夢が答えた。

 

「私は幽々子様が心配してると思うので、一旦白玉楼に戻ります。聖真さんは?」

 

「俺は……」

 

 少し悩んでいたが、一応言うだけ言ってみよう。

 

「小傘の手掛かりを探す為に、出来れば人里に行きたいと思ってるんですけど……里は危ないらしいですし、正直悩んでます」

 

「そうね……あんまりいい噂は聞かないわ」

 

 やはり今は大人しくしていた方がいいのか。

 

「……けど、姫様の情報も手に入るかもしれないし、行った方がいいと思うわね」

 

「大丈夫、ですかね?」

 

「そうねぇ……鈴仙と二人で行く?」

 

「私ですかぁ!?」

 

 あからさまに嫌な顔してるな。

 

「あら、嫌なの?」

 

「…………分かりましたよ、行けばいいんですよね、行けば」

 

「分かれば宜しい。という訳だから、二人で頑張ってね」

 

「は、はぁ……」

 

「何でこういう時私ばっかり……」

 

 あんまりいい予感はしないなぁ……

 すっかりご機嫌斜めな鈴仙の顔を見ながら、俺はそう思っていた。


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