忘却の忘れ傘 ~a lonely quicksilver 作:エノコノトラバサミ
意外にも、竹は燃えやすい。
妖夢の持っていた刀、楼観剣を使ってその辺の竹を切り出し、集めて焚き火をしていた。日は完全に落ち、月の光のお陰で真っ暗闇にはなってないが、それでも相当暗くなっている。それに、気温も低くなってきた。
この焚き火は命の光。俺の着ていた上着は彼女に貸してあげているので、この焚き火だけが唯一の暖なのだ。
「聖真さんは、外来人なんですよね」
夕飯の缶詰めを食べ終え、沈黙の中、妖夢が話し掛けてきた。
「外来人……別の世界から来たって事か」
「はい」
「なら、そうだな」
「どうして今頃、幻想郷に来たんですか?」
「……人を探している」
「人を?」
「多々良小傘って名前なんだ。聞いたことあるか?」
「……はい、あります。見たこともあります」
「本当か!?」
「ですが、それは最近でも半年近く前の話ですし、今のこの幻想郷では、どこで何をしているのかも全く……」
「半年前でもいい。小傘は何処に住んでいるんだ?」
「明確な住み処は分かりませんが、よく人里や寺の墓場で見掛けました。人を驚かせようと色々やっては、失敗ばかりしていました」
「人を驚かせようとしている……?」
「聖真さん、どうして彼女を探してるんですか?」
「……俺が、アイツの持ち主だからだ」
「持ち主……? 憑喪神の持ち主って事ですか? 聖真さん、人間ですよね? 外来人なのに、彼女の持ち主なんて……」
「俺もどうしてかは知らないが、三ヶ月前、俺はバイトの帰宅途中に傘を拾った。やけに丈夫な傘だなとは思ってたが、それが小傘だったんだ」
「三ヶ月前と言ったら、あの空に浮かぶ逆さまな城が現れて幻想郷がおかしくなり始めた時期です。彼女が幻想郷から外の世界に行った事と、何か関係が……」
「さぁな。記憶もあまりはっきりしてなかった様だから、ほとんど何も分からない」
小さくなった焚き火に、新たな竹を放り込む。よく燃える代わりに、すぐ灰になってしまう。
「しかし聖真さん、どうしてそんな能力持ってるんですか? 生まれつきとか……」
「いや、偶然身に付いた。生まれつき感受性が強いみたいで、小傘の魔力的なのを体に受け続けたら、こんな力が付いちまったんだ。『今を生きる憑喪神』ってとこか」
「生きる憑喪神……ですか」
「力を持ってる道具の意思を読み取ったり、力を引き出す事も少しは出来る。今回は大分役に立ったけど、この力だけじゃこの世界では大して戦えないのは、何となく分かっている」
「そんな事ありません。聖真さんはとても強いです。だから、諦めなければ必」
「そういうのはいい」
「けれど──」
「いいんだ。それより、妖夢は何者なんだ? そのふわふわしてる白い奴も、前から気になってたし」
「私は半人半霊と言います。この白いのは半霊で、謂わばもう一つの私です」
「半人半霊……てことは、半分死んでるのか?」
「そうですね。普段は冥界という死後の世界で働いていますし」
「……すげぇな、この世界。死後の世界の住人とも会えるのか」
「私は生きてますけどね、半分。あ、でも、幽々子様は完璧に死んでますから、結局のところ会えるんですね」
「幽々子様?」
「はい、私の主人です。普段私は幽々子様の元で、庭の手入れや剣術指導をやらせて頂いてます」
「……冥界のお嬢様ってとこか」
「そうですね」
死後の世界で生活していると考えると、何だかおかしい。死んでいるのに生活しているのか。言葉が矛盾している気がしなくもない。
「私もすぐに白玉楼に戻らなくてはいけません。幽々子様もきっと心配していると思いますから」
「ああ、そうだな……刀はどうするんだ?」
「異変が治まるまでは聖真さんに預けます。聖真さんなら、粗末には扱わないでしょうからね」
「……まあな」
また竹を放り込む。少し眠くなってきた。
「明日はどうするんだ?」
「ここがどの辺りかにもよりますが、竹林を出て里に向かうか、永遠亭に向かいます。私個人、出来れば永遠亭に行きたいと考えてます」
「どうして?」
「里が無事だとは思えないのです。人間や妖怪が沢山集まる所ですから、私みたいな事になった人が必ずいると思います。今どうなっているのかは分かりませんが……」
「永遠亭って、診療所の事だよな」
「私も何度か行った事がありますが、とても腕のいい医者ですよ。悪人では無いですから、大丈夫だと思います。ウサギも沢山いますしね」
「ウサギ……その医者はウサギ好きなのか?」
「ウサギ好きと言うか、ウサギが部下ですからね」
「部下? ……ウサギが?」
「はい。あ、でも、月のウサギですから、普通のウサギじゃないですよ」
「月のウサギ? ……もしかして、月で餅つきしてるとかいうんじゃ……」
「してた、ですね」
「……その医者って、月から来たのか?」
「よく分かりましたね」
「マジかよ……」
冗談のつもりだったのだが、本当に何でもアリなのか、この世界。
「さて、夜になってから大分時間が経ちましたし、そろそろ寝るとしますか」
「ああ、そうだな」
寝ると言っても、二人で同時に寝たのではいざという時に危ない。あらかじめ、二人で交代しながら寝ると決めていた。その方が焚き火も焚いていられるので暖かいし、誰かが来ても安全だ。
「それでは、まず私から寝ます。お休みなさい」
「ああ」
俺が渡した上着を毛布にする様に、妖夢は地面に寝転んだ。暫くは見張りをしなくてはいけない。一人で寂しいところもあるけれど、頑張らなくては。
時折竹を取りに行ったりと時間を過ごし、気がつけばすっかり妖夢は眠っていた。
やる事もないし、ジーッと妖夢の顔を眺めていた。半分死んでいるからか、肌が白い。
「……」
こうして眺めていると、彼女が綺麗な顔をしている事に今更気が付いた。襲われたり助けたりと散々で気がいってなかったが、もし現代で出会っていたら惚れていたかもしれない。
「──ぅん……」
「危ねぇ……」
彼女が寝返りで焚き火の方に手を入れそうになったので、慌てて戻す。その時触れた彼女の肌は柔らかくて、ちょっぴり冷たかった。
思えば、今は暗いところで二人きり。しかも彼女はすっかり眠っている。こういうシチュエーションはラブコメで時折見かける。
「……ハァ」
だからと言って、無理矢理襲おうなんて気持ちはこれっぽっちも無い。そんな場合じゃないし、彼女が本気で抵抗したら俺なんて簡単に首の骨をへし折られる。ただ、彼女の寝顔を眺めている事がちょっぴり楽しいだけだ。
……これは変態なんだろうか?
それからどれだけ経ったのか、時計がない俺には分からない。正直な所、単に忘れてしまっただけだ。それを少し後悔する。
太陽が少し顔を出した。早朝だ。俺はまだ一睡もしてない。流石に限界が近くなってきた。
念のため、焚き火に沢山竹を入れておく。ぐっすり眠っている彼女を起こすのは気が引けるが、これ以上起きていられる自信がない。どうしようか迷っているうちに、本格的に睡魔が襲ってきた。
ああ、ヤバイ。どうしよう。今から妖夢を起こそうか。そうだ、起こし方がいい。
けれど既に脳が眠り始めていて、言葉が出ない。
「起き……よ、ぅ……」
あぁ、瞼がどんどん重くなっていく──
──おはようございます。
目を開けて真っ先に見えたのは、妖夢の顔だった。枕が何とも言えない温もりを持っている。それに、とても柔らかくて……
「──うぉ!?」
直ぐ様俺は起き上がった。
膝枕なんて、恥ずかし過ぎる。
「昨夜は申し訳ありません。交代する約束だったのに、すっかり寝込んでしまって……」
「い、いや、いいんだ。気にするな」
寧ろこっちが気にしてならない。
今思えば、小傘と一緒にいた頃も、俺は小傘と二人で寝た事はなかった。無論彼女も出来たことがない俺には、こんな体験は初めてな訳で……
「どうかしたんですか?」
「な、何でもない……」
つい意識して挙動がおかしくなる自分がまた、恥ずかしい。
焚き火で出来た灰を地面に埋めて、俺達は移動を始める事にした。
まずは妖夢が空を飛んで辺りを捜索する。目的は永遠亭。彼女が飛び上がってから暫く待つと、笑顔で戻ってきた。とうやら見つけたらしい。
竹林を二人で歩いて行く。道中特に何もなく、平和な自然を堪能する事が出来た。他の妖怪に会わないとは、中々の幸運だ。
途中何度も道を確かめ、ついに永遠亭らしき建物を発見した。見た目は現代にもある様なちょっと豪華な和風の屋敷だ。ここに月の医者やウサギがいるのか。
「ごめんくださぁい」
「はぁい!」
妖夢が呼び掛けると、すぐに誰かの返事が聞こえた。
「いらっしゃ……あ、妖夢さん!」
「久しぶりです、鈴仙さん」
扉を開いたのは、妖夢が鈴仙と言っている、ウサ耳を着けた紫色のロングヘアーの少女。どこかの学校の制服みたいなブレザーを着ている。
「大丈夫でしたか? 異変が起きてからほとんど誰も姿を現さなくて、心配してたんですよ」
「正直、大丈夫じゃありませんでしたけど、この人に助けて頂きました」
「この人は?」
「加能聖真、ただの人間だ」
「ふぅん、まあ誰でもいいわ。とりあえず上がって休んでいくといいですよ。その様子じゃ、大分苦労したみたいですし」
そんな露骨に興味無さげな様子は流石に傷付く。
「お言葉に甘えて」
「お、おじゃまします……」
妖夢に付いていく様に、永遠亭の中へと上がった。
中の様子は意外と普通だった。月から来たというのだから、てっきり変な機械や物体が沢山あるものだと思っていたが、中身も少し豪華な和風の屋敷だ。
「ここで座ってて下さい」
通された部屋で、俺と妖夢は座布団の上に腰掛けた。ここが彼女達の居間なのだろう。ここもごく普通の部屋だ。
「師匠、お客人を──」
足音と同時に声が遠くなっていく。何だか彼女、苦労人の雰囲気がする。何気に気のせいであって欲しい様な、別にどうでもいい様な。
しばらく待っていると、鈴仙がお茶を持ってやって来た。その隣には見知らぬ女性が立っている。銀髪で、赤と青の何とも言い難い独特な服を着ている。この人が鈴仙の師匠なのだろうか?
「お久し振りです、永琳さん」
「ええ。無事で何よりだわ。そちらの方は?」
「聖真さんと言います。昨日、彼に助けられたお陰で、私はここにいます」
「そうなの……まあ、ゆっくりしていって頂戴。私は部屋に戻るわ」
俺を見て、永琳という人は何かを考え始めていた。俺が何か彼女にとって気になる事でもしたのだろうか? 外来人だから……って事は無さそうだが。
鈴仙から貰ったお茶を飲み干すと、疲れと安心感からかどっと眠気が襲ってきた。やはり、あの程度の睡眠時間では疲れは取れなかった。
鈴仙に許可を取り、居間の隅で横になった。
眠りに就くのはあっという間だった。