だから、自分で自分を評価する。例え誰からも評価されなくても、自分はちゃんとやった、あるいはやらなかったのだと評価する。そうでないと、誰も自分の仕事を肯定してくれないから。
なにそれ、俺が働いたら俺を評価する人間って必然的に俺しかいなくなるじゃん。やっぱり専業主夫が正しい選択なんだなっておもいました。――比企谷八幡
「やけに非協力的だな」
修学旅行最後の夕食後、俺と葉山は川べりにて話をしていた。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
「で?こんなもんで保たれる上っ面の関係で楽しく出来るのか?俺には理解出来ん」
「そうかな……。俺は、これが上っ面だなんて思ってない。今の俺にとっては今あるこの環境がすべてだよ」
「勝手な言い分だな。それはお前の都合でしかない」
本当に勝手だ。どいつもこいつも。
戸部は自分の評価もわきまえないで告白を成功させろと言った。葉山はその告白が絶対に成功しないことが分かっているにも関わらず戸部を奉仕部に紹介した上にそのことを今の今まで黙っていた。海老名さんは素直に話せばいいものを男同士の絡みがみたいとか本来の依頼を歪曲させた分かりにくい言い方で依頼してきた。
だから俺たち奉仕部は今までずっと「戸部の告白を成功させる」というスタンスで動く羽目になった。由比ヶ浜は二人きりにさせようと修学旅行中ずっと気を回していたし、雪ノ下は女性に好かれる京都の名所を調べてもらった。それをお前らは無駄にした。
「……なら、君はどうなんだ。君ならどうする」
はぁ、俺からすれば戸部も海老名さんも、お前らのグループもどうでもいいんだが。
だがお前らはグループが解散すれば俺たち奉仕部のせいにするんだろ?依頼内容は意図的な説明不足状態。奉仕部以外の協力者は皆無。報酬はない。失敗時の責任だけは多大。
全く、なんて無理難題だよ。とんだブラック案件だぜ。
「……はぁ、やればいいんだろ。お前には出来ないことをやってやるよ。だからもう邪魔すんじゃねえよ無能が」
俺はその場を後にした。だが、言葉と態度とは裏腹に、俺の口はにやついていた。理不尽な仕事を振られて面白がっているなんて、社蓄を通り越してワーカーホリックだな。
面白れぇ、俺のやり方で解決してやるよ。
灯篭が足元を照らしている竹林にて、俺たちは待機していた。
戸部はまっすぐ立って、海老名さんが来るのを待っている。葉山が陰鬱な顔で戸部を見ている。そのよこには大岡と大和がいる。由比ヶ浜がハラハラした顔できょろきょろしている。雪ノ下が冷めた目で戸部を見ている。
俺は戸部と少し会話をした後、雪ノ下たちのところへと戻る。
「ヒッキー、いいとこあるじゃん」
「どういう風の吹き回し?」
二人とも少し笑いながら言う。
「そういうじゃないんだよマジで。このままだと戸部は振られる」
「そうかもしれないわね」
「そう、だね……」
『そうだね』じゃねーよ!と叫びたくなったが、堪える。彼女たちはまだこの依頼の真相に気付いていない。だが、今更話したところでどうにかなるものではない。
「一応、丸く収める方法はある」
「どんな方法?」
俺は自信にみなぎった声を出す。あの時、チェーンメール撲滅のために葉山に解決方法を伝えたあの時と同じ気持ちだ。土壇場で導き出したこの依頼の回答は完璧だ。顔には出さないが、心のなかでほくそ笑む。
「任せろ」
俺が言えることはそれだけだ。あとは俺の出した回答を見ているだけでいい。
海老名さんが来た。戸部がしどろもどろになりながらも告白しようとしている。今こそが最大の好機だ。俺は茂みの影から飛び出した。自身に満ちた足取りで戸部たちのほうへ向かい、
「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」
目の前にいる海老名さんは目を丸くする。
戸部も、今は俺の横にいるからよく顔が見えないが、きっと同じように驚いているのだろう。
俺?自分でもよく分かる。口がこれでもかとニヤついているだろう。これでも、かなり堪えているんだぜ?そうしてないと、でかい声で高笑いでも上げてしまいそうになりそうだ。
「ごめんなさい。今は誰とも付き合う気がないの。誰に告白されても絶対に付き合う気はないよ。話終わりなら私、もう行くね」
海老名さんは立ち去って行った。
「だとよ」
俺は固まっていた戸部へと振り返る。声をかけると、戸部は混乱しているかのようにあたりをきょろきょろしたり髪をかき上げたり、ないわー、と連呼したりしていた。
海老名さんの姿が見えなくなると、葉山連中がやってきた。どいつもこいつも笑顔で戸部を洗礼している。何がそんなに面白いんだか。まあ、俺も笑っているんだが。
「ヒキタニくん、わりぃけど、俺負けねぇから」
ニカっとした笑顔で俺を指さすと、戸部たちは歩き去っていく。いや、俺は別に海老名さんと仲良くしたいとか思ってないんですけどね、ええ。
戸部たちは行ってしまい、俺と葉山だけがここにいる。
「すまない」
「ホントだぜ。お前らがブラック案件持ち込んだおかげでこんな夜遅くまで時間外労働させられたんだぞ」
「いや、そういうことを言いたいんじゃなくて……」
「まあ、いいんじゃね?……俺の、くふっ、完璧な作戦によって、……フフッ、お前らのお望み通りの結果になったんだし」
もう笑うのが我慢できなくなってきているんだが。
「君はそういうやり方しか、知らないんだとわかっていたのに。……すまない」
「ははっ、そのやり方を依頼したのはお前だろ?別にお前に言われても俺は気持ち悪いとしか思わんが、礼の一つくらいもらってもいいとおもうんだけどな~」
「ああ、すまない」
「俺はどうでもいいけど、雪ノ下と由比ヶ浜には謝罪しろよな。お前らが虚偽の依頼をしたせいで、雪ノ下も由比ヶ浜も、無駄に働かされたんだぞ」
「……分かったよ」
葉山は立ち去っていった。あ、今言いに行かないんだ?
葉山たちは立ち去って、あたりには俺一人だけになった。
「くふっ」
口から息が漏れる。
「ふふっ、ふひっ」
一人になったことで、歯止めが聞かなくなっていく。
「くふっ、ふふ、はは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
依頼人の誰もが面倒くさいことをしてくれたおかげで、とんでもないブラック案件となってしまった今回の依頼。誰もが依頼を正確に把握できているとは言えない状況で、完璧とも言える回答を導き出し、実行した。葉山と海老名さんのグループを壊したくないという依頼、戸部の告白に失敗したくないという依頼の達成条件を見事に達成した。まさに完璧。パーフェクトアンサー。これで笑いがこみあげないわけがないだろ?
ほんとマジでウケるわー、マジウケるわー。べー。
高笑いしていると、後ろで人の気配を感じた。っべー。雪ノ下と由比ヶ浜の存在を忘れて高笑いしちゃった。いやんこれ黒歴史ー。恥ずかしー。
咳払いでごまかしながらも雪ノ下たちの元へと歩いていく。
「おつかれー」
「……う、うん、ヒッキーおつかれー」
由比ヶ浜が苦笑いをしている。まあ、戸部の告白を支援していた奉仕部の人間が、いきなり告白の邪魔したんだからな。そりゃ、戸惑うわな。
「比企谷くん」
凛とした声が響く。その声色はいつもよりも少し冷たい。
「ああ、勝手なことしてすまなかったな。とりあえず、詳しいことは修学旅行が終わってからおいおい説明していくから……」
「……あなたのやり方、嫌いだわ」
「……なんだ雪ノ下。今日は優しいな。いつもならやり方どころか存在そのものを否定してるのに」
「そうでなくて、その、うまく説明できなくて、もどかしいのだけれど……。あなたのそういうやり方、とても嫌い」
「ゆきのん……」
雪ノ下は冷たい声を発した。こりゃ怒ってるな。情報共有が出来てなかったからな。報連相、とっても大事。
「あ、あたしたちも、戻ろっか」
由比ヶ浜が帰るのを促す。無理しているときの声だ。俺たち三人は素直にその声に従って元来た道を引き返す。
「いやー、あの作戦はダメだったねー。確かに驚いたし、姫菜もタイミングのがしちゃってたけどさ」
「そうか?完璧だったろ?全員の依頼は綺麗に達成したし」
「けど、うん。結構びっくりだった。一瞬本気かと思っちゃったもん」
「俺が?誰かに?愛の告白?そんなもんは中学で卒業したからな。もうするわけねーだろ」
「だよね。あはは……」
「そうだろ。ははは」
竹林に由比ヶ浜のから笑いと俺の笑い声が響いている。
「でも」
さっきまで散発的な会話が続いていたが、由比ヶ浜は言葉を切った。
「でもさ、……こういうのは、もう、なしね」
……なぜそんな辛そうな笑い方をする?これ以上なく完璧な結果だっただろ?
「あれが一番効率がよかった、それだけだろ」
「違うよ」
「違うわ」
俺の言葉に雪ノ下と由比ヶ浜は同時に返答する。
「効率とか、そういうことじゃないよ……」
「確かに、このままだと戸部くんは海老名さんに振られて、葉山くんのグループは消滅していたのかもしれない。あなたがしたことは、結果的には成功だったのかもしれないのでしょう……」
「けど、けどさ……人の気持ち、もっと考えてよ……。……なんで、いろんなことがわかるのに、それがわかんないの?」
由比ヶ浜の顔が笑顔でごまかせないくらい悲痛に歪み、俺のブレザーを掴む手は、強かった。
雪ノ下は手を胸元でぐっと握りしめ、俺の顔を睨みつけている。
二人は見るからに辛そうだ。それの原因はもちろん……。
え、なんで?訳分かんないんですけど?なんで?
こうなった原因を頭をフル動員して考える。俺たちは戸部と海老名さんから依頼を受けた。そして修学旅行での葉山の一連の行動から海老名さんの真意を知ったのが数時間前。で、エセ告白をして、現在に至る。
雪ノ下と由比ヶ浜は海老名さんの真意を知らない。だから、修学旅行が始まる前から戸部の告白が成功するように一生懸命にやってきた。俺がやったことは、それをすべてぶち壊したようなものだ。なるほど、確かに、腹が立つのも理解出来る。これだけお膳立てして、告白が失敗するどころか訳の分からん結果に終わったんだからな。
え~なにそれ~俺悪くないじゃん。いや確かに情報共有出来てなかった俺に非があるともいえなくも無きにしも非ずかもしんなくないけどさ~いや悪いのか悪くないのかどっちだよ。
まいっか。葉山が謝罪に来るだろうし、そんときにでも誤解を解いておけばいいか。
俺は二人に告げる。
「悪かったな。告白を成功させるために裏でいろいろやってくれていたのに、急遽、予定を変更することになって。そのせいでお前ら二人が真剣にやってくれたことを無駄にしちまって。そのあたりの原因なんかは葉山も含めて学校に帰ってから説明するから、今日はもう帰ろうぜ。ホテルを抜け出してここに来てんだから、見つかったら先生にどやされるぞ」
京都駅。一人、京都の街並みを見つめながら新幹線を待っていると、海老名さんが来た。
「はろはろ~、お待たせしちゃった?」
今回の、奉仕部への依頼人の一人だ。
「お礼、言っておこうと思って」
「ほう、そいつは殊勝な心掛けだこと。葉山なんかすまないしか言わねえのに。それに、相談されたことは解決していない」
「表向きはね。でも、理解してたでしょ?」
「ああ。ホント、なんで素直に言ってくれないんですかねぇ?最初から全部言ってればこんなドタバタしたスケジュールにはならなかったろうに」
「あはは、ごめんね。それと、ありがとう」
「雪ノ下と由比ヶ浜にも謝っとけよ。今回の依頼のせいで二人とも無駄に働かされたんだからな。残業代は出ないけどお客様の声と笑顔があれば十分です!をあいつらは体現させられてるんだからな」
「……そうだね。二人には悪いことしちゃったな」
海老名さんの張り付いたような笑顔に少しの陰りが見える。
「私、ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね」
「冗談でもやめてくれ。あんまり適当なこと言われるとうっかり惚れそうになる」
俺も海老名さんも吹きだしてしまう。
「そうやって、どうでもいいと思っている人間には素直になるとこは嫌いじゃない」
「俺はいつだって素直だよ。社会が捻くれているんだよ。そして俺もそんな自分が大好きだ」
「私だって、こういう心にもないことすぱっと言えちゃうとこ嫌いじゃない」
え、嘘やったんか~い。なんでやね~ん。それにしても俺のエセ関西弁ひでぇな。
「私ね、今の自分とか、自分の周りとかも好きなんだよ」
海老名さんは言葉を切る。そして、俺に告げる。
「だから、私は自分が嫌い」
海老名さんは去っていった。
今回の依頼はどいつもこいつも半端な物言いで奉仕部をさんざん引っ掻きまわされた。なんならグループの壊滅を回避することよりもグループの壊滅の責任を奉仕部へ押し付けることが目標であるかのように。そんな中、雪ノ下と由比ヶ浜は持てるだけの最大限のパフォーマンスを出して戸部の告白を支援した。報酬が出るわけでもないのに、依頼の達成をただ、目指して。彼女たちは、ある意味で誰よりも純粋だったのだ。
そして俺は土壇場のその時・・・・!圧倒的閃きっ・・・・・・・!!によって見事に回避出来たわけだ。あの作戦を思いついた瞬間は電流走る・・・!!と心がざわ……ざわ……した。実行して成功したときは高笑いを上げてしまったし、今でもその時を思い出すと、笑いがこみあげてくる。だが、俺の閃きがなければ戸部は告白、失敗する。そしてグループはいずれ消滅。そしてその責任は奉仕部へ行くわけだ。
俺が告白でやった作戦は自分でも素晴らしいと思う。笑いがこみ上げてくる。口から息が漏れる。口角が上がる。
なら、俺が居なければ?二人なら、依頼の真意に気付けたか?由比ヶ浜なら?無理だろうな。頭が悪いとか以前に由比ヶ浜は葉山たちを信頼している。疑いをかけたりはしないだろう。雪ノ下なら?やはり気付けないだろう。雪ノ下はそもそも葉山グループと接点がなさすぎる。それまでは林間学校で少し話した時と、あとは由比ヶ浜経由の話程度の知識しかないだろうし、修学旅行中はクラスが異なるので会うことすら少ないだろう。
となると、雪ノ下と由比ヶ浜は最後まで告白を成功させるために行動し続けただろう。だが、この告白は失敗することが確定している。さながら、途中で切れている線路を走る電車のように。いくら雪ノ下と由比ヶ浜が電車を整備してレールの点検をしても、線路がない以上は、必ず脱線する。そしてその責任は、整備を怠ったと、雪ノ下と由比ヶ浜にのしかかるわけだ。
――なんだよそれ、笑えねぇよ……。