心を穿つ俺が居る   作:トーマフ・イーシャ

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個々のITスキル→改変
集計方式→自己解釈
集計体制→原作遵守
そんな話



奉仕部はITを駆使して依頼者に最高のソリューションを提供します。

~文化祭三日前・午後六時、○○視点、会議室にて~

 

『雪ノ下、優秀賞と地域賞の集計・掲示用フォーマット表計算ファイルが読み込めないんだが』

 

『あら、そうなの?では比企谷くん、新しい表計算ファイルを作成してもらえないかしら』

 

『……また仕事が増えた……』

 

『とりあえず今日の雑務は終了しましょう。それは当日までに間に合えばそれでいいでしょうし』

 

 

 

~文化祭三日前・午後九時、比企谷視点、比企谷家にて~

 

カタカタ

 

(う~む。フォーマットは完成したがこれじゃあ集計には不便だよな……。合計値くらいは自動で計算するようにしておくか?)

 

カタカタカタカタ

 

(集計しやすいようにマクロを組み込んだボタンをつけて……。いや、印刷したときにボタンも一緒に印刷されるのはまずいな……。印刷時に非表示にするか?)

 

カタカタカタカタ

 

(ふむ。発表用と掲示用と参加者への配布用の三種は形式が異なるほうがいいのか?なら別シートに枠だけ作ってそこに書き込む形に……)

 

カタカタカタカタ

 

(確か集計は複数の人間が入れ代わり立ち代わりでするんだっけ?なら改ざんを検出する機能と時間ごとに戻せるようにバックアップ作成機能を作るべきか?)

 

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 

(……気づけば深夜二時。集計効率化用のボタンとフォーマットごとの印刷機能、挙句の果てには暗号化と時間ごとに指定フォルダへ自動バックアップの生成、さらには集計結果をクラウドストレージへ自動アップロードする機能まで付いた最強の集計フォーマットが完成してしまった。俺はVBAについての知識なんて齧るほどしかなかったのに、深夜のテンションでおかしくなったとかそんな言葉では片づけることの出来ない恐ろしい片鱗を感じたぜ。とりあえずこれで完成でいいだろ)

 

(……完成を自覚したら急に眠くなってきた……)

 

…………zzZ

 

 

 

~文化祭二日目・午後一時、相模視点、会議室にて~

 

 パソコンに表示されている集計表の下にあるボタンをクリックすると、会議室にあるプリンタが耳障りな音を立てながら集計結果を印刷を始める。

 優秀賞・地域賞の投票結果の集計が終わり、それを発表・掲示するためにわざわざうちが雑用まがいのことをしている。

 気にいらない。何もかもが。うちが実行委員長で、奉仕部とかいうところに依頼してあの雪ノ下さんを副実行委員長にした。そこまではよかった。

 雪ノ下さんはうちが仕切っていた会議に茶々をいれて最後には進行の役まで奪ったり、本来うちが振り分けようとしていた仕事を勝手に振り分けたり、うちが提案した”クラスの出し物を重視する”という提案をあとになって却下された。

 これじゃあまるでうちが無能みたいに見られるし。おかげで予想以上に仕事は押し付けられ、だけど前に立ってする仕事はみんな雪ノ下さんが勝手に仕切るからうちが仕事していないみたいに見られる。しかもあいつはうちがいない間に葉山くんと喋ったりしてる。マジありえない。

 印刷が完了したプリントを手に取る。賞の集計結果が印刷されている。今まで雪ノ下さんのおこぼれのような仕事しかしていない。それだって、雪ノ下さんがうちに仕事をさせるためにわざとこぼしているようなもの。そんな誰でも出来る雑用を、うちは押し付けられた。

 プリントを折ってポケットに入れる。パソコンのマウスを握り、パソコンをシャットダウンさせる。上書き保存がどうとか出て終了出来なかったから電源ボタンを長押しして強制的にパソコンを落とした。

 うちがいなくたって、文実は動く。うちがなにもしなくても、文化祭は進行する。うちが消えたって、誰も…………。

 うちは会議室を出る。でも、このままじゃ面白くない。気にいらない。トボトボと歩きながら、どこかへと向かって歩く。

 

 葉山くんなら、うちを見つけてくれて、お姫様にでもしてくれるのかな……?

 

 

 

~文化祭二日目・午後四時、比企谷視点、体育館舞台裏にて~

 

 校内に放送が鳴り響いている。携帯には、相模を知らないかというメールが届いている。ああ……仕事のメールは見たくないのに……。

 もうすぐエンディングセレモニーが始まるので舞台裏へと向かうと、雪ノ下たちが楽器を取り出してチューニングしていた。

「おい、なにかあったのか?」

「文実へ一斉送信メールに書いてあったと思うのだけれど、相模さんがいないのよ。集計結果は相模さんしか持っていないからエンディングセレモニーを始められなくてね。それで私たちがバンドで時間を稼ぐ間に事情を知っている人たちに相模さんを探し出して、連れてきてもらおうと思ってね」

「……なるほど」

「あなた、まさか一斉送信のメールが届いていない……ああ、ごめんなさい。あなたのメールアドレスなんて知りようがないものね。メーリングリストに登録されるハズがないものね」

「……悪かったな」

 いや、届いてると思いますけどね?仕事のメールを見たくなかったからつい放置しちゃっただけだからね?いやどちらにしても悪いの俺だわ。

「比企谷くん、相模さんの捜索、お願いできないかな?本来なら私も捜索に向かうべきなんだけど、私はキーボードとしてバンドに参加するの。だから、お願い」

「比企谷くん、私からもお願いするわ」

 城廻先輩と雪ノ下が頭を下げる。

「集計結果って、会議室のパソコンには残っていないんですか?」

「それが、相模さんが集計した分は保存されてなくて」

「プリンタが使われていたから集計結果は印刷されていたはずよ。つまり、集計結果は相模さんがもっているはず」

「印刷されたなら、集計結果はあるぞ」

 何を言っているのか分からないとでもいう顔をしている二人を尻目に、俺はスマートフォンからクラウドストレージサービスのアプリを立ち上げ、二人に画面を見せる。そこには、

「集計……結果?」

「……どうしてあなたが持っているの?」

「集計用フォーマットにそういうプログラムを仕込んでいただけだ。印刷するなら、会議室のパソコンの×××××××というフォルダにバックアップがある。印刷時には自動的にバックアップを作成するようになっているからそこに最新のデータがあるはずだ」

「あなた、こんなことをしていたのね……」

「作ってたら面白くなってきて、つい、な。こんなとこで生きてくるとは思ってなかったが」

「そう……。城廻先輩、相模さんが帰ってきたらそのまま、帰ってこなければここにあるデータを使用してエンディングセレモニーを開始しましょう。司会は私がするわ」

「……うん、そうだね」

 当面の問題は回避したのに、城廻先輩の表情はさほど浮かない。やはり城廻先輩は相模のことが気がかりなのだろう。実行委員長になったからには、最後までさせてやりたいという思いが。

 何が悪いかと聞かれればキリがないが、この場で問題になっている原因を一つ上げるのなら集計作業の体制だ。入れ代わり立ち代わりで、尚且つ一人で作業をするというのは、不正行為をしてくださいと言っているようなものだ。集計を複数名で行っていれば相互に抑止力が働くだろうが、相模はその時一人だった。だから逃げられた。だから集計結果を知る人間は誰もいない。

 だが、当然ながら集計作業をするのは生徒だ。文化祭の最中に長時間拘束されるのは不本意だろうし、他の作業も存在するため必要以上の人手が使われるのは望ましくはない。

 人手は割けないが不正行為は避けたい。体制は変えられない。ならばどうするべきか。不正が出来ない、あるいはリカバリが出来るシステムを作るべきなのだ。だからこそこの”最強の集計用フォーマット”なのである。

 ……いやこの”最強の集計用フォーマット”が生きてきたのはホントに偶然なんですけどね。自分で作っておいてあれだけどまさか実際に使うとは思ってもいませんでしたよ、ええ。

「ゆきのん!隼人くんのバンドが終わったみたいだよ!」

 葉山たちがなだれ込むようにして舞台裏へと飛び込んできた。

「すまない、俺はこのまま相模さんの捜索に向かう。優美子、あとは頼んだ」

 それだけを言い残して葉山は走って行ってしまった。

「それで?俺も行くべきなのか?」

「……相模さんがエンディングセレモニーに出るべきではあるのだけれど、集計結果が手元にある以上、必ずしも相模さんを連れてくる必要はなくなった……のかしら」

「ゆきのん!……あたし、その、ヒッキーにあたしたちのバンドを聞いてほしいんだ。だから、その、ダメ……?」

「由比ヶ浜さん……。そうね、比企谷くん。あなたは相模さん捜索に加わる必要はないわ。集計結果を適当な紙に書きだしてちょうだい。それが終われば、あなたの仕事は終了よ。お疲れ様。……ああ、そもそも誰にも顔を覚えられていない比企谷くんだものね。仮に見つけて声をかけたとしても不審者と間違えられてしまうから相模さんの捜索は出来ないわね」

「オイ、なんで思い出したかのように罵倒をつけたしたんだ。まぁ、俺も働きたくはないし、行かなくていいんなら……」

「ゆきのん!」

 由比ヶ浜が雪ノ下に抱き着く。あなたたちこれから舞台に立つっていうのにイチャイチャとは、余裕がありますね。

「……それと、その、ヒッキー……」

「ん?」

「その、もしよかったら、あたしたちの、バンド、見てほしいな~……って」

 由比ヶ浜がうつむきながら、そして顔を赤くしながら言ってきた。

「……本来なら仕事を言い訳にして断るんだろうが……、その、俺の仕事は上司の計らいでなくなって手持ち無沙汰になったわけだし?こうやって御膳立てされてるわけだし……」

 俺がぶつぶつ言ってると、由比ヶ浜は顔を近づけてきた。視界いっぱいに由比ヶ浜の顔が広がる。ズズィっと近づかれ、なんかいい匂いがする。

「それで!?見るの!?見ないの!?」

「…………仕事が終わったら見させて頂きましゅ……」

 噛んでしまった。

「由比ヶ浜さん、時間よ。行きましょう」

「あ……うん!ヒッキー、ぜったいに見に来てよね!」

 由比ヶ浜たちは舞台へと行ってしまった。さて、とりあえず……。

「集計結果、書き出すか……」

 舞台裏にある小さな机の上。誰も見ていない小さな小さな俺の正念場だ。

 

 

 

~文化祭二日目・午後四時七分、葉山視点、屋上にて~

 

「ここにいたのか……。捜したよ」

 屋上にて、俺と相模さんの友達二人は相模さんを発見した。

「葉山くん……。それに、二人とも……」

 他の人に連絡しても間に合わないだろう。俺たち三人で間に合わせなければならない。

「連絡取れなくて心配したよ。いろいろ聞いて回って、一年の子が階段上っていくのを見かけたって言うからさ」

 大丈夫だ。相模さんもきっと分かってくれる。落ち着くんだ。

「ごめん、でも……」

「早く戻ろう?みんな待っているから。ね?」

「そうだよ!」

「心配してるんだから」

 相模さんはこちらの言葉には反応を示してはくれているが、まだ足を動かすつもりはないようだ。

「でも、今さらうちが戻っても……」

「そんなことないよ、みんな待っているんだから」

「一緒に行こ?」

 思わず腕時計をチラリと見てしまう。本当に、これ以上は無理だ。

「そうだよ。相模さんのために、みんなも頑張ってるからさ」

「けど、みんなに迷惑かけちゃったから合わせる顔が……」

 相模さんの目には涙がたまり、声に嗚咽が混じる。

「大丈夫だから、戻ろう」

「うち、最低……」

 まだダメなのか……。どうすれば、どんな言葉を君は望んでいるんだ?

「そんなことない!相模さんは最低なんかじゃない!君は今までずっと頑張ってきたんだ!だから、もう少し、あと少しだけ、頑張ろう?今まで頑張ってきたみんなのためにも、さ」

「葉山くん、葉山くん……うわあああああああああん!!!!!!!」

 相模さんは俺に抱き着き、大声で泣き出した。

 ……相模さんをエンディングセレモニーまでに連れ戻すのは失敗したようだ。こうやって泣きつかれては、どんな言葉を投げかけても耳には入らないだろう。こうやって抱き着かれては、手を引っ張って屋上から移動することも出来ない。

 すまない、雪ノ下さん。相模さんを連れ戻すことは出来なかったよ。

 

 

 

~文化祭二日目・午後四時八分、比企谷視点、体育館にて~

 

 集計結果を二分で書き出した俺は、文実という立場を利用してスポットライトの隣から舞台を眺めていた。ななめ上というお世辞にもいいポジションとは言い難い場所だが、舞台の上にいる雪ノ下と由比ヶ浜、そして城廻先輩と何故か一緒に舞台に立っている陽乃さんと平塚先生の顔はしっかりと見ることが出来る。

 熱気も光も視線も一手に引き受け、輝いている舞台。かつての俺ならばこの光景を嫌悪していただろう。眩しいステージなど自分とは無縁だと思うだろう。だが、今は。

 俺は舞台に向けて手を伸ばす。歌っていた由比ヶ浜がこちらに気付いて一瞬目を見開いたが、すぐに真剣な、それでいて楽しそうな顔になって再び前を向く。

 ここからでは決して物理的に手が届くことはないが、俺は手を伸ばす。かつて俺が憧れ、諦めた光景。だが、今なら手が届きそうな気がする。

 だから俺は手を伸ばす。いつか、どこかで、あの二人とともに、きっと……。

 

 

 

~文化祭二日目・午後四時二十分、葉山視点、体育館にて~

 

 俺は屋上でようやく泣き止んだ相模さんたちとともに体育館に戻ってきた。

 舞台の上には雪ノ下さんが立っている。

『では、続きまして地域賞の発表に移りたいと思います』

 ……やはり、間に合わなかったようだ。

 みんなは前に密集していて、出口に近い俺たちの周囲には誰もいなかったが、俺や相模さんに気付く人は誰もいない。

 エンディングセレモニーはどんどん進行していく。本来なら最も前に立つべき相模さんを置いて、先へと進む。

 相模さんはただ舞台を眺めている。相模さんの友人二人はどうしていいか分からずにオロオロしている。俺は、ただ俯いて手を固く握ることしか出来なかった。

 相模さんの手に握られた集計結果がプリントされた紙が相模さんの手を滑り落ちた。

 

 

 

~文化祭二日目・午後四時四十分、比企谷視点、体育館にて~

 

 エンディングセレモニーは恙なく進行し、問題なく終了した。

「お疲れ様でした。皆さんのご協力のお蔭で無事、文化祭を終えることが出来ました。ありがとうございました」

「お疲れ様でしたっ!!!」

 片付けがある程度終わり、雪ノ下の締めの一言で解散した。生徒たちはハイタッチやハグを交わしている。

「お疲れ様!」

「お疲れ様っす」

 城廻先輩がこちらに気付いて歩み寄ってきた。

「比企谷くん、エンディングセレモニーが開催出来たのも君のファインプレーのおかげだよ!ありがとう!」

「いえ、たまたまです」

「相模さんに最後までさせてあげられなかったのはちょっと心残りなんだけど、それでも、最後に最高の文化祭が出来た。本当によかった。ありがとう」

 結局、相模は現れなかった。片付けにも現れず、連絡は取れないままだ。それでも、対外的には問題なく進んだ。それでよかったのだろう。

 城廻先輩はじゃあね、と言い残して去っていった。

「お疲れ様」

「ああ、お疲れ様」

「あなたのおかげで無事終えることは出来たわ。あなたはMVPよ。誇ってもいいわ」

「MVPなのに誰からも祝福されないな……」

「あら、私だけでは不満かしら?」

「……ありがとよ」

 いつの間にか横には雪ノ下がいた。俺たちはきゃいきゃいしている生徒たちを背に、出口へと向かう。

「あ、ヒッキー!終わったんだ!」

 出口付近には由比ヶ浜が立っていた。

「由比ヶ浜、どうしてここに?」

「うん、ヒッキーとゆきのんを待ってたんだ!お疲れ様!」

「わざわざそんな……。クラスのほうはいいのかしら。あなたも、クラスの打ち上げがあるのではなくて?」

「まだ開始までちょっと時間あったから一旦抜けてきたんだ!」

「ま、そういうもんか。由比ヶ浜もお疲れさん。舞台、結構よかったと思うぜ」

「ありがとうヒッキー!あたし、すっごい緊張したけどすっごく楽しかった~!ねぇ、ゆきのん、ヒッキー、来年の文化祭なんだけど、奉仕部でバンドしない!?」

「慎んで遠慮させて頂きま……、いや、まあ、結論を出すのは来年になってからでいいだろ」

「……?あなた、珍しいわね。いつもならこういうことはすぐに断るのに」

「まあ、なんだ。来年の話なんだから別に今決めなくてもいいだろ。鬼に笑われるぞ」

「……なんで鬼?でも、まあ、そうだよね。来年だってあるんだし、時間だってたっぷりあるし」

「ええ、そうね。まだ時間はあるんだもの」

 俺たち三人は並んで体育館を後にする。俺たちは三人だけだが、その他大勢ときゃいきゃいしてるよりよほど心地よい。いつまでもこいつらと一緒にいたいと思う。俺たちはなることが出来るんじゃないだろうか。

 

 綺麗で、美しくて、誰もが求めている、けれどそれは遠く彼方にあるような、そんな”本物”に……。

 

 

 

~文化祭二日目・午後四時四十分、葉山視点、二-F教室にて~

 

「隼人~お疲れ~」

「葉山くんのバンドすっごくかっこよかったよ~」

「そうそう!なんかキラキラしてた~」

「葉山くんすげーわ!聞いててなんか心が震えた!」

「そうそう!隼人くん、横で演奏してて分かるんだけどさ、みんなを引っ張ってくっつーかさ」

 教室に顔を出すとまだ片付けをしているみんなが残っていた。

「ありがとう。それより、早く教室を片づけてしまうか。このあとは打ち上げだろ?」

 エンディングセレモニー中、相模さんはいつのまにかどこかへ行ってしまった。教室にいるかと思ったがあては外れたようだ。

「そういや、雪ノ下さんのバンドもすごかったべー!なんつーか、きらびやかっつーか!」

「そうなのか」

「あれ?隼人くん見てない感じ?そういやエンディングセレモニーの時も見てない気が」

「あ、ああ。相模さんを探しててちょっと、ね」

「相模さん?そういえばエンディングセレモニーで司会してなかったよね?」

「ここにもいないし、どしたん?」

「探してるんだが見つからなくてね」

「あれじゃね?エンディングセレモニーが嫌で逃げたとか!」

「あ~あるある!開会式でカミカミだったし!」

「なんか目立ちたくて委員長に立候補したとかって話だし~」

「…………」

 相模さんを探しに行くか。

 

 

 

~文化祭一日後・午前八時二十分、相模視点、二-F教室にて~

 

 変化を感じた。

 

 登校してからというもの、うちが話しかけるとみんな言葉を濁しながらうちから離れていく。離れたところでうちに聞こえないようにこそこそ話している。避けられてる。

 なんで!?こうならないように今まで立ち回ってきたのに!?

 今までクラスの二番目だったけど、あのうざい金髪ギャルと取って代わって一番上に立ってやろうとしたのに!?そのために文化祭で活躍して、頂点に立つはずだったのに!それが今では周りには誰もいなくなって……、

『うち、最低……』

 そんなわけがない!うちが最底辺だなんて、そんな……。

 うちの視界にいるのは、あいつ。うちと同じ文実になっておきながらよく分かんないことしかしてなかったあいつ。

「相模さん、ちょっといい?」

 話しかけてきたのは葉山くんだった。やっぱり、うちはまだ……!

 

「ここじゃ話しにくいし、ちょっと移動しないか?」

 

 

 

~文化祭一日後・午前八時三十分、葉山視点、二-F教室にて~

 

 誰もいない階段の踊り場で俺は相模さんに伝える。相模さんがエンディングセレモニーで逃げたとか文実でも雪ノ下さんの背中にくっついてばかりだったとか、そういった噂を。

 相模さんはそのことに納得がいかないようだったが、事実であるところも多いのか押し黙っている。

「それで、君は、その……、奉仕部に依頼したのか……?」

「うん……」

 そうか……。なら……。

「放課後、奉仕部部室に行かないか?」

「え?」

 雪ノ下さん。今日、俺は君と対峙するよ。確かに、彼女の行動は褒められた行為なのではないかもしれない。失敗したかもしれない。けど、それでも、彼女が潰れる理由にはならない。失敗したなら、やり直せばいい。たとえ失敗しても次に挑戦できる機会を失う理由にはならない。

 ただ、もし彼女が次に踏み出せなくなるなら、彼女の次をみんなが邪魔するなら、俺は……。

 

 

 

~文化祭一日後・午後四時四十分、比企谷視点、奉仕部部室にて~

 

 紅茶の香りが漂う部室、久しぶりに三人が揃った。一度は離散の危機に陥った文化祭も終わり、ようやく落ち着いた放課後が過ごせそう……と思っていた。

「どうしてうちをサポートしなかったし!」

 何故か相模と葉山が部室に来ていた。

「サポートに関しては十分にしていたでしょう。むしろあなたより仕事をさせられていたのよ?」

「雪ノ下さん、彼女は奉仕部に依頼をしたのだろう?なら経緯がどうであれアフターケアまでサポートしてあげる必要があるんじゃないのかな?」

「あなたは部外者でしょう。なぜ出張ってきているのかしら?」

「あんた、葉山くんに何を……」

「いいんだ。それより話を進めよう。彼女は確かに失敗したのかもしれない。だからといって、次に挑戦する機会が失われていい理由にはならない」

 なるほど、葉山は相模の噂を解消したくてここに来たわけか。今朝から相模のことは少し耳にした。ぼっちな俺でも初日から聞いたんだ。裏では相当に出回っているのだろう。我を否定し、和を重んじる葉山のことだ。噂によって相模が孤立するのが気にいらないんだろう。

「あはは……、確かに、噂は、結構流れてるけどさ……」

「由比ヶ浜さん、耳を貸す必要はないわ。それで、私たちに何をさせたいのかしら。噂を消してほしいのかしら」

「そうだ。彼女が排他されている今の環境を直してもらいたい」

「逃げたのは彼女よ。彼女は文化祭から逃げ、それを揶揄されたから撤回してもらいたいというのはなかなか無様な話なのではないかしら。奉仕部は魚を与えるのではなく魚の取り方を教えるのよ。その魚の取り方が辛くて逃げられたからといって、追いかける理由にはならないわ」

「それは……」

 まあ、そうだろう。失敗したときの尻拭いまで奉仕部に押し付けられてはたまったものではない。失敗は、自分で受け止めるべきだ。失敗しても次がある、なんてよく言うが、その次が貰えないことを他人のせいにしている人間が同じ失敗をしないと誰が思う?

 相模は失敗した。それだけだ。それすら自分で落とし込めないでどうする?周りの人間がやいやい言ったところでなにかあるわけがない。

「話は聞かせてもらった」

 奉仕部の部室の扉が開かれ、平塚先生が入ってきた。

「平塚先生……なぜここに?」

「比企谷に用があってきたのだが……、それよりも先に決めるべきことがありそうだな」

 平塚先生は相模と葉山を一瞥し、話を続ける。

「相模に奉仕部へ行くように行ったのは私だが、こんなことになっているとはな……。大きな違いがある君たちなら互いにいい影響を与えると思ったのだがな」

「それで……、平塚先生は何か?」

「ああ、まず雪ノ下。今回の依頼は”相模をサポートして文化祭を成功させる”ということだったよな?」

「……ええ、そうですが?」

「相模も、間違いないか?」

「えっ、あ、はい」

「ふむ、さきほど雪ノ下は噂への対処について、奉仕部の理念とは異なると言ったな?」

「ええ、確かにそう言いました」

「しかし、依頼内容を見る限り、最初に理念を破ったのは奉仕部側ではないか?相模のサポートとなると、これは魚そのものを与えるやり方だ。君は飢えている人間に半端に魚を与えた。そして再び飢えだした相模を放置している」

「それは……」

「理念を守るというのであれば、軽率な依頼を受けるべきではなかった。文化祭を失敗したのは相模かもしれんが、相模の依頼に失敗したのは奉仕部だ。それを理解せずただ依頼人を否定しているようでは駄目だ」

 平塚先生はそこで言葉を区切り、告げる。

「奉仕部は一週間の部活停止処分とする。頭を冷やしたまえ」

 平塚先生の言葉に俺も、雪ノ下も、由比ヶ浜も目を見開いていた。そんな、やっと、やっと戻ろうとしていたのに、そんなことって……。

「相模、機会が欲しいならやろう。もうすぐ体育祭がある。君がいかなる理由で文化祭実行委員長に立候補したのかは知らないが、もし、もう一度立ち上がろうというのであれば、私は君を推薦しよう。ただし、自分一人で立候補した前回とは違い、私が推薦するということを忘れないように」

「……先生、その」

「まあ、こんなことをいきなり言われても戸惑うだろう。今すぐでなくてもいいから、近いうちに答えを聞かせてくれ。それと比企谷、学校の生徒と有志団体の情報をネット上にアップしたことについて話がある。午後五時に職員室まで来るように」

 平塚先生はそう言い残して去っていった。

「じゃ、じゃあうちはこれで。行こ、葉山くん?」

「あ、ああ」

 相模と葉山も去っていった。

 秋特有の肌寒いすきま風が体を冷やしていく。

 静まり返った部室で、最初に口を開いたのは俺だった。

「……済まない、俺が相模捜索に当たっていれば、あるいは……」

「比企谷くん、どういうつもりかしら?あの時、比企谷くんに指示をしたのは私よ?この一件はすべて上司であり奉仕部部長である私の責任よ。私の判断ミスであり、当然ながら私が責任を負うべきだわ」

「で、でもさ、ヒッキーに見てもらいたいからってゆきのんにお願いしたの、あたしじゃん。ゆきのんはあたしの我儘を聞いてくれただけだし、悪いのはあたしなんだよ……」

 俺たちは互いに泥をかぶり合うことしか出来なかった。お互いにお互いを認め合って、自分を傷つけて、差し出して、割を食って、お互いを擁護し、敬愛し、尊重する。これはきっと、本物なのだろう。そしてその美しさはきっと……、

 

 破調の美、だ。


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