心を穿つ俺が居る   作:トーマフ・イーシャ

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自分以外を傷つけることを是とした比企谷八幡

俺は、間違えたのだろうか。

修学旅行で海老名さんに嘘の告白をした、あの時。俺のとった行動は間違ったとは自分では思わない。戸部はもう海老名さんに告白する直前だった。だから嘘の告白で海老名さんに誰とも付き合わう気がないと宣言させた。時間も労力もかからない、あの場では最適解だったと自分でも思う。

だが、葉山、雪ノ下、由比ヶ浜は否定した。嫌いだと言った。やめてほしいと言った。どうすれば良かったのだろうか。あの土壇場で、他の何が出来たのだろうか。考えても分からない。

例えどんな理由があろうとも自分を傷つけてはいけない。何故ならそれを見て傷つく人がいるから。平塚先生はそう言った。飴細工のように甘ったるく壊れやすい考え方だと思った。見た目だけが綺麗な、しかしそれだけの毒にも薬にもならぬ考え。まあ、何となく理解できる。誰だって自分が大切だ。自分が第一だ。だから自分が傷つくのが嫌だから俺に傷ついてほしくないのだろう。

俺も、自分が傷つくのは嫌だ。働きたくはないし、俺や俺の行動を否定されたり暴言や陰口を言われればストレスもたまる。だが、今まで俺は奉仕部とは依頼を解決するために不利益を被ったり傷を引き受けたりしてでも解決に尽力するような、そんな部活だと思っていた。だから林間学校も、文化祭も、修学旅行も、他人に言わせれば"傷ついている"とも受けとれる行いによって解決、あるいは解消してきた。それで不利益を被っても、傷ついても、仕方がないと、必要なんだと、それが求められているのだと思っていた。

しかし、奉仕部顧問である平塚先生も奉仕部部長である雪ノ下も俺の行いを否定した。つまり、俺の考えていた奉仕部のイメージと異なっていたということだ。奉仕部員が誰も傷つくことも良しとせず、ただ依頼解決のために動いて、自身の不利益になるようなことはせず、結果は依頼人の責任にする。だから雪ノ下は由比ヶ浜の依頼のときに『あくまで奉仕部は手助けするだけで願いが叶うかは依頼人次第』なんて予防線を張っていたのか。ならば俺が間違っていた。修学旅行では、『俺たちは戸部が告白に成功するように裏でいろいろやっていたから告白に失敗したのはお前に責任がある』というスタンスでいれば良かったのだ。

 

なら俺も奉仕部に所属させられている身としてはそのスタンスでいるべきなのだろうか。だが、そんな生ぬるいスタンスではいつか必ずトラブルになるだろう。そして間違いなく、その時に矛先が向くのは俺だ。俺が望まなくともそうなるのは小さい時から経験している。いつだって、どこだって、悪いのは俺になる。

なら、どうすれば良いのか。いつか沈むと分かった船に乗り続けるほどあそこに思い入れもない。なら決まっている。脱出するしかない。奉仕部を退部する。これしかないだろう。

 

しかし、退部届を出して終わり、でもない。あの船には決して脱出をさせない亡霊がいる。暴力と権力によって縛り付ける、独神がそこにはいる。まずはその亡霊をどうにかしなければ。

 

 

 

修学旅行を終えて最初の登校日の昼休み。俺は職員室にいる平塚先生のもとを訪れた。

「部活を辞めたい、だと?」

「ええ、そうです。もうすぐ受験なんで、勉強に集中したいなと」

律儀に本音を話しても通るまい。建前で良い。

「しかしまだ君は二年生だろ?受験のために部活を辞めるのは早いのではないかね?」

「好きでやっていることならまだしも強制で入れられた部活で勉強時間が削られるのはちょっと……」

「君が更生するまで退部は認められない」

「更生って、あそこにいても俺は変わりませんよ」

「……奉仕部でいろいろな人と出会って来て、それを切り捨てる気なのか?それを無駄だと?」

来た。ここだ。

「今まで出会いを不意にしてきた先生に言われても……」

「衝撃の、ファーストブリットぉぉ!」

「ごふっ!」

平塚先生の拳が俺の腹に突き刺さる。膝が折れて床でうずくまる。

「とにかく、退部は認められない。私が退部を認めるのは、私自身が更生したと判断したときだ」

うずくまった状態で俺はほくそ笑む。計画通り。

 

 

 

「……来たのね」

「あぁ、まあな」

放課後、俺は部室で雪ノ下の冷たい視線を浴びていた。俺も冷たい視線を雪ノ下に浴びせているつもりだが、反応しない。きっと、羨望や嫉妬のような熱い視線は浴びなれているようだが、失望や嘲笑のような冷たい視線を浴びたことはないのだろう。俺と逆だな。

泥の船の船長にさせられた雪ノ下。俺が辞めることでこれからの責任はすべて雪ノ下のものになる。しかし雪ノ下は乗っているのは泥の船であることに気づいていない。いや、雪ノ下ならそれを知っても自分なら運転出来ると思うのだろう。哀れを通り越して滑稽だ。

数回言葉を交わすと、部室にノックが鳴り響く。入って来たのは、平塚先生、城廻先輩、そして一色と名乗った一年生。話を聞くと、無理矢理生徒会役員選挙に立候補させられたが、一色の担任が立候補を取り消させてくれないので、奉仕部でどうにか生徒会長にならないようにして欲しいとのこと。

「教師も生徒もロクな奴がいないなこの学校には……」

俺の発言で全員に睨まれる。だが事実なのでなんとも思わない。

話を進めていて、俺は応援演説で不信任となる案を思いつき、提案した。だが否定した雪ノ下の迷いを俺は見逃さなかった。やはり俺が傷つくことで自分が傷つくのが嫌なようだ。

「すぐに結論は出ないようだな」

平塚先生が仕切っているが、こんなものを生徒に解決させようとしている時点で失笑ものだ。平塚先生が奉仕部を作ったのはこうやって仕事と責任を押し付けるためではないかと思えてしまう。

「いや、思いついた」

俺の発言に全員が耳を傾ける。

「先生、選挙で不信任になり、生徒会役員が決まっておらず、再度選挙を行う場合、一度不信任になった生徒がもう一度立候補することは可能ですか?」

「いや、それは出来ない。選挙規約には明記されてないが、生徒会役員に不適切な生徒は立候補出来ないという選挙規約は存在する。つまり、不信任になると不適切な生徒として扱うことにしている」

「している……つまり可能だと」

「比企谷……私は出来ないと説明したのだが」

「再度選挙を行うとなった場合、立候補者がいなかったら、不信任の生徒が立候補する可能性はその言い方だと否定できませんが」

「それは……確かに、立候補者が誰もいなかった場合、不信任の生徒の立候補を止める選挙規約はないが……」

「間違いなくそうなりますね。不信任で落選しても立候補者がいなければ学校側は再び一色を立候補させる。絶対に」

「……」

全員が押し黙っている。

「これで分かった、一色が選挙に落ちたところでなにも変わらないということだ。二回目、三回目があるだけだ」

「なら、一体どうしたら良いんですかっ!」

「比企谷くん、何か案があるのでしょう?早く言いなさい」

ああ、案があるよ。一色は生徒会長にならず、代役を立てる必要もない方法が。

 

「簡単だよ。一色の担任を訴訟すればいい。生徒会役員選挙にいじめによって立候補されたことを認識しているにも関わらず一色にパワハラとも取れる断れないような言い方で立候補の取り下げをさせなかった。だから訴えた。こうすれば一色の担任は消えて、一色は立候補の取り下げが出来る」

 

全員が絶句している。

「比企谷……そんなことをしていいと思っているのか!?教師を消すだと?いい加減にしろ!」

「そんなことをしていいなんて言う相手が違うでしょう。それは一色を立候補させたいじめる側の人間と取り下げをさせなかった一色の担任に言うべきだ。そして一色の立候補を取り下げさせるべきだ。それが出来ないから、こんな手段を使うことになったんでしょう?」

「ヒッキー!そんなひどいことしちゃダメだよ!」

「ひどいこと?だからそれは一色の担任だろ。一色の担任がひどいことをしたから、訴えるんだろうが。そのための裁判所だろ」

「そんな、先生を訴えるなんて、出来ませんよ……先輩、それしかないんですか……?」

「なら脅しで終わらせればいい。脅しで取り下げてくれるなら訴える必要もないだろ。もしそれでも取り下げないなら裁判所へ行け」

「比企谷くん、脅しが通用すると思うのかしら?一色さんは実際に訴訟したくはないでしょうけど脅しだけで通るとは思えないわ。だからその案は却下よ」

「どうしてそう思う?」

「立候補を取り下げないと訴えるなんて生徒に言われて誰が信じると思うの?」

「なら前例があれば良いんだろ?」

「前例……?以前にこの学校でいじめに対する訴訟が行われたなんて聞いたことがないわ」

「何言ってんだ。そこにいるじゃないか。平塚先生が」

「私!?私はそんな経験ないぞ!?」

ここまで言ってまだ理解できないのか?昼休みにしっかりとフラグを立てたじゃないか。

 

「違いますよ。俺が、今から、平塚先生を、訴訟すればいいんじゃないですか」

 

そのために昼休みに平塚先生に殴られたのだ。そのときのことはしっかりと録音している。証拠としては十分だろう。

「比企谷あああ!!!」

平塚先生の拳がまた俺の腹にめり込む。

「ぐふっ、ごほっ、……で、腹が立ったからまた殴ったと。今のも録音してますから、証拠がまた一つ増えましたね」

「……やめろ、すまなかった。今後暴力は振るわないと誓う。だからそれを……」

「一色、俺がこれを使って平塚先生を訴訟する。その後、お前は担任を脅してこい。つい最近に前例があり、尚且つ実際に訴訟した俺がバックにいると知れば、いくらその担任の頭がお花畑でも本気だと思うだろ」

「待ちなさい、それをさせるわけにはいかないわ」

「何故だ?俺は教師から暴力を振るわれた被害者だ。訴訟する権利はあると思うが」

「それは……先生も暴力は振るわないと誓っているでしょう。なら、訴える必要なないのではないかしら?」

「信用するとでも?俺が?平塚先生を?」

「……」

「比企谷……私は、そこまで信用がないのか……?」

「普段のストレスを俺に暴力という形でぶつける人にあるとでも?」

「ヒッキー!どうして、こんな……ヒッキーはこんなことする人じゃないよ!ヒッキーはもっと優しい人だったはずだよ!?それなのに、どうして……」

「だから言っているだろこれは正当な権利に基づいてやっていることだと。もっと優しい人だった……?優しい人は、訴訟してはいけないのか?訴訟することは、悪いことなのか?」

「だって、平塚先生がいなくなったら、この部活はどうなるの!?」

「顧問がいなくなれば廃部だろうな。だが、それを気にして俺に暴力を振るわれ続けろと言うのか?」

「それは……でも!」

「雪ノ下も、由比ヶ浜も、俺が傷つくのは嫌だと言った。だから、俺はそれをやめるよ。俺は俺を傷つけず、俺以外の人間を傷つける方法をとることにしたよ」

「そんなの、認められるわけがないでしょう!」

「何も出来ないお前らに言われても説得力がないぞ。お前らは何も出来ず、しかし俺のやることの否定はする。だから俺が変わるしかないんだよ。これがその結果だ。俺が、俺でも依頼人でもない人間を傷つけて依頼を達成する。これが新しい奉仕部だな」

「そんなことはないわ。この依頼だって、比企谷くんの方法を使わずとも、解決して見せるわ」

「……なにか勘違いしていないか?」

「え?」

「もう訴訟することは確定事項だ。というかもう訴状は出すように弁護士に伝えている。この依頼に関係なく、訴訟はする。あとは一色がどうするかだ。一色がこれを利用して一色の担任を脅すなら協力はしてやるが、他の案があるならそうすればいいだけの話だ。お前らがこれを否定するなら、俺にはもう何も出来ないよ。じゃあな、俺はこの部を辞めるよ。まあ、部活そのものがなくなるだろうがな。一色、俺は2-Fに所属しているから相談があるなら乗る。まあ、あとは一色の担任を脅すだけだ。俺よりお前のほうがそういうの得意そうだし、録音しとけくらいしか言えることはないと思うがな」

俺は部室を立ち去る。後ろで何か騒いでいるが、何を言われても聞く気もない。ただ、立ち去るだけだ。

「比企谷くん!」

後ろを振り返ると、城廻先輩が走ってきた。そういえばこの人俺が訴訟する話をしてから全然喋ってなかったな。

「……なんですか」

「どうして、あんなことを……?」

「それはさっき説明してきたはずですが」

「じゃあ、どうして外部の人間がいる状況で話したの……?」

「……それは、どうせ今日か明日にでも言うつもりでしたから……」

「……もしかして、一色さんのため?」

「……」

「今日の雪ノ下さんを見ていて思ったの。文化祭の時と雰囲気が似てた。恐らく君がいないと雪ノ下さんは文化祭と同じことをする気がしたの。そうなれば一色さんは苦しむことになると思う。だから君は……」

「……違います。結果的に一色の依頼の解決に繋がっただけです」

「文化祭の時、屋上であったことは聞いたよ。私は最低って言っちゃったけど、あなたはあなたなりの考えがあってあんなことをした。そうでしょ?そして今回もそう」

「それも言いましたよね。俺が傷つくのはやめた。これからは他人を傷つけることにすると。これがその第一歩ですよ」

「文化祭のことは否定しないんだね。それに、一色さんを救おうとしたことも」

「……」

「文化祭で君がしたことが間違っているのかどうかなんてそこにいなかった私には分からないし、言う権利もない。今回の一色さんのことも、脅しが成功すればある意味ではすべてが丸く収まる。比企谷くんが訴訟するのも、間違っているとは思わない。一色さんの件と訴訟の件は別問題だから。だから、これだけは言わせて」

そこで城廻先輩は溜めるように間を開けて、

「ありがとう」

そう言ってくれた。思えば、初めて奉仕部の活動で礼を言われた気がする。

「別に、依頼をこなしただけです。礼がほしかったんじゃないですから」

「それでも、ありがとう。依頼を引き受けてくれて。依頼を解決してくれて、ありがとう」

俺はそれ以上何も言わず、その場を立ち去る。城廻先輩の言葉が胸に温かく浸透する。今まで奉仕部で活動してきて、一番温かいと、いて良かったと思ったのが、退部後とは、皮肉なものだ。

 


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