佐世保鎮守府赤松提督は、敵意のない空母ヲ級の戦闘力を確認するため、艦娘との演習を立案する。
バシー海峡で一度、ヲ級との共闘を演じてしまった熊野は、空母ヲ級を含む艦隊の旗艦に抜擢された。
そして演習が始まる。
不安だらけの幕開け。
しかも、相手の艦隊を率いる空母は、佐世保鎮守府が誇るある空母艦娘だった。
日 時:8月8日10:11(明石標準時刻)
作 戦 領 域:佐世保鎮守府 演習海域
コンディション:風南5、散在する積雲5、視程97、海上僅かにうねり
海原に、長い髪の少女が立っていた。
白い道着に、赤のスカート。手に持った弓と、黒い胸当ては彼女が弓道を修めていることを示していた。
外洋の強い風が、時折に銀色の髪を乱し、空中にきらりとした軌跡を残す。
≪翔鶴≫
彼女の右耳には、黒い受信機が付いている。それが、彼女の上官である赤松提督の声を発した。
少女――翔鶴は落ち着いた声で応じた
「はい、何でしょう」
≪準備はいいか?≫
翔鶴は辺りを見回した。
彼女の右には、軽巡洋艦の川内がいる。翔鶴の視線に、親指を立てて応じた。
左を見れば、駆逐艦の陽炎がいる。彼女もまた、力強く頷いた。
翔鶴は答えた。
「いつでも」
≪よろしい、これより演習を開始する≫
彼方で、大きな汽笛の音がした。曇った空の下に、低い音が響き渡る。
敵と味方の艦娘待機船が、ほぼ同時に汽笛を鳴らす。
それが演習の始まりだった。
陽炎と川内が機関を動かし、翔鶴の前に出た。彼女らは前衛として翔鶴の前方を哨戒する。
少し遅れて、翔鶴も主機を動かした。靴の裏でスクリューが回り、体が前に進み始める。
航空母艦は大型艦のため、瞬発力は前の二人ほどではないが、大馬力の機関により最高速度は変わらない。見る見るうちに加速し、先行する川内達に追いついた。
「偵察隊、発艦します」
翔鶴は言って、弓を構える。
左手で弓を持ち、右手で矢をつがえ、流れるように弦を引く。平安の心がそのまま表れたかのような、穏やかで、自然な射型だった。
赤い鉢巻きの下で、長いまつ毛を伴ったブラウンの目が、僅かに細められている。それは海面の遥か彼方を見つめていた。
矢を放つ直前、結ばれていた口元が動いた。
「発艦」
曇天に一筋の矢が放たれた。
それは空中で僅かにその姿を揺らめかせると、次の瞬間には幾つもの航空機となっている。索敵機『彩雲』だ。
彩雲の編隊はやがて別れ、それぞれの方角に向かって飛び去って行った。
戻ってきたのは、30分ほど経過した頃だった。
翔鶴は右腕を伸ばし、肩に固定された飛行甲板を水平にした。一機の彩雲がそこに着艦、操縦席にいる小人――便宜的に妖精と呼ばれている――が翔鶴に何事か告げた。
「敵艦隊、発見」
もはや通いなれた道。
何でもないことのように、翔鶴は小さく呟いた。
*
回流丸の艦橋には、特殊な設備がある。
大きな机があり、その上に演習海域の海図が置かれている。
海図の上には、すでに色とりどりの駒が置かれていた。
飛行機の形をした青い駒は、地図のあちこちに散っていた。一方、『ヲ級』、『不知火』、『熊野』と書かれた、凸の字の形をした緑の駒は、北に突起を向ける形で海域の南側に置かれていた。北へ向けて艦隊は一直線に並んでおり、先頭は不知火だ。
同じ形で、『翔鶴』、『川内』、『陽炎』と書かれた赤い駒もあったが、こちらは地図の外に置かれている。まだ位置が定まっていないからだ。
「そろそろ見つかるとは思いますが」
立って地図を見つめながら、沖田が呟いた。
すると、船員の一人が地図に手を伸ばし、飛行機の駒の位置をヲ級達の方へ寄せた。
予定では、そろそろ偵察機が帰ってくる手はずになっているからだ。時折電探によって報告される、艦載機の位置情報も逐次反映されていく。
駒の種類ごとに、このように定期的に位置を変える船員が配されている。ヲ級と戦うようになってから、試行錯誤を重ねて生み出した戦況の把握方法だった。
艦載機のスムーズな発艦ができないのと同様に、ヲ級はどうも、通常の深海棲艦が持っている航空機の管制能力を、一部で喪失しているらしいのだ。
それを補うために、回流丸の艦橋の隅は、このように戦闘時のみヲ級の管制室となる。
≪敵艦隊、発見≫
沖田達の傍で、無線機が熊野の声を発した。
告げられる位置情報を元に、船員たちが翔鶴達の駒を地図に置く。位置はヲ級達の北西、13海里ほどの地点だった。凸字型の駒の突起部分は、ヲ級達の方を向いていた。
沖田は舌打ちをする。
13海里といえば、約20キロ。通常の艦船であれば砲雷撃戦が始まる距離である。だが艦娘は小さく、海は限りなく広い。おまけに地球の丸みのせいで、視程が無限にあるわけでもない。
艦娘同士の戦いは、通常の艦同士の10分の1くらいのスケールで行われるのが常だった。
だがそれにしても、近い。
思っていると、船員が声をかけて来た。
「社長」
「何です?」
「電文です」
「電文?」
「はい、向こうの『妖精』からです」
沖田は眉をひそめた。
艦娘には、彼女らしか知覚できない『妖精』と呼ばれる存在が憑いていて、艦載機の制御や着弾観測、果ては簡単な艤装の整備さえやってくれるらしい。一方でそれらは独立した意思を持っており、戦闘機を操る妖精ともなれば、相応のアクの強さがあると言われていた。
「妖精」
沖田は、普通の人間用に書き起こされた、妖精のイメージ図を思い出す。
確か二頭身くらいの、ぬいぐるみのような手足の可愛らしい存在であったはずだ。
「可愛いいじゃないですか」
「あいさつかな?」
船員達が呑気に言う。だがそれは、読み上げられる電文の内容で吹き飛ばされた。
「えー、内容は、『お命頂戴いたします』」
えげつない、とどこかで悲鳴が上がった。
無線機が不知火の警告を発する。
≪上空に、敵の戦闘機編隊! 爆撃機も来ます!≫
案の定だった。
こちらの偵察機が、敵艦隊発見の報を伝えた直後の爆撃だ。恐らく、敵の方が先にこちらを見つけていたのだろう。
沖田はヲ級に呼びかけた。
「発艦状況を知らせろ」
≪せんとうき りりく ずみ≫
「爆撃機は?」
≪あと すこし≫
「今すぐ離陸だ。空母『赤城』の戦訓、話してやっただろ」
無線の奥で、逡巡するような間があった。
沖田が重ねる。
「いいか。何があっても、不知火を守れ」
*
「上空に、敵の戦闘機編隊! 爆撃機も来ます!」
不知火の報告を聞き、熊野は上空を見た。
雲の切れ目から、時折航空機の機影が覗く。しかし雲に阻まれて正確な視認は不可能だった。
電探がすでに敵の接近を捉えているが、高度や機種までは分からない。
「ヲ級! 敵の数を!」
「せんとうき 30。ばくげきき おなじくらい。らいげきき 10」
聞き取り辛いが、戦闘機、爆撃機、雷撃機の混成部隊であるらしい。
恐らくは鶴翼陣形。中央に戦闘機隊がおり、その脇を雷撃機と爆撃機で固める陣形で、五航戦姉妹がよく使うものだった。
熊野は口元を引き結んだ。
正規空母『翔鶴』。
艦娘で、彼女を知らないものはいない。
佐世保の航空隊は、横須賀に次いで二番目の歴史を誇る精鋭中の精鋭だ。彼女はその主力だった。
水彩画の世界から抜け出たような、儚げで美しい少女なのだが、戦歴には輝かしい撃沈記録が並ぶ。
そのくせ海軍が一航戦のような積極的な広告戦略の対象にしていないせいか、その素顔は一般には知られておらず、彼女の参戦を知った回流丸の混乱ぶりはひどいものだった。
『翔鶴!?』
『数分おきにポートモレスビーの空爆を進言してくる
『提督室に爆撃をしかけたこともあるらしい』
『妹と提督の見分けがつかない近眼らしい』
『ものすごい美人だそうだ』
『才色兼備もいい加減にしろ!』
そうしたあれやこれや。
彼女を出すという事実だけで、この演習が茶番でないことは明らかだった。
(勝負はまだ互角)
熊野は艦隊に素早く指示を出した。
「不知火! わたくしと共に前に出て、対空射撃やります! ヲ級と……」
熊野は、次の名前を呼ぶのに躊躇した。
実は、演習の開始直前に一悶着あったのだ。
「……沖田さん」
≪はい≫
熊野は頭を振って、気を取り直す。
「ヲ級に対空戦闘を! 雷撃機を優先的に減らして!」
≪了解しました。ヲ級、戦闘機を雲下組と雲上組に分けろ≫
熊野は自身の偵察機にも指示を飛ばした。
偵察から帰ったばかりの零式水上観測機を、一旦頭上で集合させ、その後向かってくる敵編隊に向かわせる。下駄(フロート)を履いた緑の飛行機が、雲を目がけて飛んでいった。
が、その途中で、1機が火を噴いた。
墜落する水上機とすれ違うように、緑の戦闘機が雲の下を旋回する。翔鶴の艦載機――零式艦上戦闘機だ。
沖田の言葉通り、翔鶴は新鋭機の烈風や紫電を出してこなかったが、その的中ぶりが今は複雑だった。
他の場所からも、墜落する機体が雲を破って現れ始めた。
ヲ級が放った黒い円盤のような艦載機がほとんどで、翔鶴が放った緑の戦闘機はほとんど撃墜されていない。
雲の隙間から零戦の動きを追う。爆撃機の4機編隊にたった1機が食いつくと、瞬く間に直援機を蹴散らして、爆撃機の腹の下から急上昇。高度を取ったところで機体を下へひねり、機銃を撃ち込んだ。
ぱっと爆撃機が火を噴いた時には、零戦は次の機体に躍りかかっている。身軽な戦士が、鈍重な相手の頭上で三段跳びを舞っているように見えた。
「つよすぎ」
≪さっすがですねー。使い込まれてる≫
撃墜された爆撃機は、深海棲艦の内臓をまき散らしながら海へ散っていく。
艦娘の艦載機と違い、まさしく死んだという表現に近い。ヲ級は気にしていないようだが、これは昨晩読んだ本によれば、個々の自我が薄いことに起因しているのだろうか。
沖田は見慣れているようだが、熊野にはやはりこれを味方として指揮することへの違和感が強い。
「くまの どうした」
熊野は固唾を飲み、首を振った。
今は難しいことを考えている暇はない。
航空戦ではまず戦闘機が突っ込んで露払いをする。逆にいえば、戦闘機同士の空中戦が始まったということは、爆撃機や雷撃機の攻撃が始まるのももうすぐということだった。
ヲ級が叫んだ。
「うえ!」
≪敵爆撃機、急降下します!≫
「対空戦闘用意!」
熊野は砲を上空に向けた。
雲の切れ目。そこに、機首をこちらに向ける爆撃機の編隊がいた。数は20機ほど。翼で空気を裂き、こちらへ突き進む様は、まるで獲物へ飛び込む猛禽だ。
撃て、の号令は砲声で塗りつぶされた。
手足の高角砲と機銃が火を噴いた。耳朶を撃つ射撃音で耳が遠くなる。辺りに硝煙の匂いが立ち込める。
弾幕は、逆さまに降る鉄の豪雨だ。
だがそれでも敵はやってくる。
≪雷撃機は全機追い払いました。急降下爆撃だけにご注意を≫
沖田が告げた。
バラバラになりながら海面をバウンドする、数機の雷撃機が見えた。
そうして手空きになった戦闘機が、急降下する爆撃機の後ろに付き、数機を撃墜する。対空射撃に当たった一機が、火を噴いて離脱していく。
まだだ。
熊野は爆撃機を睨み付けた。
急降下爆撃の回避方法は、とにかく相手の軌道を読むことだ。正確なタイミングで舵を切れば、爆弾は自ずと外れてくれる。
やがて、風防越しに妖精の姿が見える距離まで近づいた。
撃つ。
今だ。
「面舵!」
熊野は主機を一杯にし、舵を切った。体が右へ傾く。復原力ぎりぎりの軌道。
ヒュ、と音を立てて、頬のすぐ傍を鉄塊が通り過ぎていく。
右舷方向で爆発。
至近で炸裂した爆弾で、熊野は青の塗料を被った。
≪熊野、小破! 以後右手の高角砲は使えません≫
審判が告げた。
熊野は唇を噛んだ。
砲撃戦が主眼である以上、これ以上損害を受けるわけにはいかない。まだまだ前座なのだ。
「損害報告を!」
「不知火、損害なし」
≪空母ヲ級、損害軽微≫
「ちょっと あたった」
熊野は頷いた。後ろを見ると、不知火は無傷、ヲ級は頬に少しだけ青の塗料を付けていた。
先手を取られた割には、悪くない出来だ。
旗艦と思われている熊野と、空母のヲ級に攻撃が分散したのが幸いした。
「制空権は?」
≪最終的には、優勢で終わりました。相手が来ると分かっている迎撃戦では、初めからアドバンテージがあります。向こうが早めに引き揚げたのも、ありますがね≫
これは大きい。
熊野は自身の偵察機に集合をかけた。残りは3機。空に観測機を飛ばせられるなら、着弾観測射撃は可能だ。
「どうします?」
不知火の質問に、熊野はすぐ決断した。
「針路を維持! 空母ヲ級は前進半速、わたくしと不知火は前進全速。今のうちに懐に入りましょう」
「てきも こっち きてる」
ヲ級の報告に、不知火が呟いた。
「ぶつける気で近づきます」
静かな声に、彼女の持ち味である獰猛さが乗っていた。
「あら。陽炎さんが怪我しちゃいますよ」
「陽炎もきっと同じことを考えます」
言い合いながら、艦隊を北へ進めた。
敵も全速力でこちらに向かってきているのだとすれば、相対速度は時速70ノット(120キロ)に迫る。
距離はあっという間に縮まり、相対距離5海里の地点で電探が敵を捉えた。
「電探射撃しますか?」
熊野は不知火の具申を退けた。
「いいえ。この距離では、すぐに目視距離に入りますわ」
電波の発信点の低さによる、この有効距離の短さが艦娘の電探の泣き所である。
もっとも、電波が大気で屈折する関係上、水平線の裏まで探知できるというメリットは変わらずあるのだが。
やがて熊野は水平線付近に、敵艦隊の姿を認めた。距離にして2000メートル弱。艤装とは便利なもので、洋上の一点と化した艦娘さえはっきりと視認できる。
こちらを見つけたのは敵も同じだ。
目を凝らすと、川内と陽炎がすでにこちらへ砲を向けていた。翔鶴も上空に艦載機を集合させている。
敵が面舵を切った。
熊野達は取舵。これで両艦隊は、この距離を保ったまま並走することになるだろう。間に2キロの海原を挟んで、3隻と3隻が睨み合う。
単縦陣同士の同航戦。同じ方向に向かって、同じ速度で走るから、相対速度はほぼゼロになる。
だから同航戦の接敵時間は長くなり、決定的な破壊を行うことができる。勿論、それは相手も同じことだ。
「砲戦用意。逸って前に出過ぎないように。砲撃時間効率は、こちらが有利」
「了解しました」
不知火が応じた。沖田からは通信が来る。
≪沖田です。こちらの爆撃可能な機は、すでに数が12機に減っています。このまま制空権の維持に努め、爆撃は最後に取っておきます≫
熊野は目を凝らし、翔鶴の様子をさらに伺った。
彼女の上空には、すでに艦載機の編隊が再構築されていた。12機の爆撃機で、どうにかなる相手ではない。
「了解しましたわ」
言ってから、熊野は息を整えた。ショルダーベルトで提げていた主砲を、両手で敵艦隊の方へ向ける。
親指ほどの小人――妖精がひょっこり現れて、仰角と向きを微調整してくれた。
両腕と両腿に装着された副砲も、自動回転し砲口を敵へ向ける。
「撃ぇっ」
主砲が火を噴いた。高角砲とはけた違いの轟音が大気を打つ。噴煙で一瞬目の前が塞がり、衝撃波が海面を抉り取る。
飛翔、そして着弾。
砲口2つ分の水柱が上がったが、外れた。
「右、遠」
次は副砲の斉射だ。
ガガン、ガガン、と連装式の副砲が腕や脚から発射される。
攻撃の衝撃に耐えてから、熊野は目視での観測に移った。
緩やかな放物線を描いた砲弾が、着水。川内と陽炎の間に、色とりどりの水しぶきが生まれた。着弾観測、そして戦果確認のため、砲弾の塗料の色が艦娘ごとに異なっているのだ。
して、弾着点は――
「遠、遠、右遠」
大きく、外れだ。
しかし熊野達には観測機があった。
間髪入れずに、観測機に乗った妖精が着弾位置を正確に報告。
報告された内容と、艤装の測的装置による諸元。それらが熊野の経験と、艦の魂に結び付く。
「射角5度上げ、右10!」
撃ぇ、の号令と共に、不知火と熊野の砲撃音が連鎖した。
川内と陽炎の至近に着弾の水しぶきが巻き起こり、赤と茶色の塗料が乱舞する。二人の姿が塗料の霧で見えなくなるほどだ。
≪川内、中破。陽炎、小破≫
審判の報告に、熊野は笑った。至近弾ばかりでも、ダメージとしては十分だ。軽巡洋艦『川内』が中破したとなれば、砲撃の脅威はぐっと下がる。
後は旗艦を――
「くまの!」
ヲ級の叫び。熊野は一発で状況を理解した。
≪敵航空隊の、第二次攻撃来ます!≫
「くじ ほうこう! きょり ちかい! ばくだん、ぎょらい!」
言わんとすることは分かるが、沖田とヲ級が一緒に話すので聞き取り辛い。
その辺りが災いしたのかもしれない。
9時方向――左を向いた熊野は、一瞬どちらに優先対応するか迷った。
海面すれすれを飛ぶ雷撃機の群れと、上空から急降下してくる爆撃機の群れ。典型的な雷爆攻撃。同時に攻撃されたら避けられない、片方だけでも無力化しなくては。
「迎撃機は?」
≪やっております。雷撃機を優先中です≫
「お願い!」
熊野は高角砲で急降下する爆撃機を狙った。その時、視界の隅で数機の雷撃機が撃墜された。
しかし、まだ2機残っている。魚雷の発射まであといくらもない。
優先順位。
熊野の中でぐらつく。
魚雷は一撃必殺。対処をこのままヲ級に任せるべきか、自分も砲撃し、着実に魚雷の被害を減ずるべきか。
艤装への不信。自分の判断への不信。
有機的に連動していた、戦闘のリズムが途絶える。
「熊野さん!」
不知火の悲鳴で、はっと我に返った。
決めた。そのまま爆撃機に照準。
数は6、いや7機。1機撃墜。
敵が投弾体制に入った。大きく舵を切って、未来位置の予測を幻惑する。
ミスは、許されない。誤れば、僚艦を危険にさらしてしまう。思い出したくもない光景が、束の間、脳裏をよぎった。
熊野、私は気にしないで……。
「くまの!」
ヲ級の悲鳴で、熊野は我に返る。右足のすぐ傍に、雷跡が迫っていた。
そう言えばバシー海峡でもこんな目に遭ったな、と熊野はぼんやり考えた。
あの時と同じく、ヲ級からの視線を感じる。
霞む視界の中で、熊野は彼女の瞳の色が、青から金色へと移り変わるのを見た気がした。
登場艦船紹介
航空母艦:翔鶴
翔鶴型航空母艦 1番艦
全長:260メートル 全幅:26メートル
排水量:29,800トン
速力:34ノット
乗員:1,660名
兵装:40口径12.7cm連装高角砲8基
25mm3連装機銃12基
戦闘機、爆撃機、攻撃機
-常用機 72機
-補用機 12機
1941年就航、真珠湾、珊瑚海海戦、マリアナ沖まで戦い抜いた航空母艦。
1945年除籍。
本作は艦娘が出てきてからかなり間が経っている設定であり、
佐世保鎮守府に所属する彼女は、史実に近い歴戦の武勲艦である。
仲の良い妹が離れた泊地に転属しているのが最近の悩み。
少々短めですが、章立ての関係でここで一区切りといたします。
続きは4月12日~13日に投稿する予定です。