空母ヲ級運用指南 ~蜃気楼の海~   作:mafork

23 / 30
【あらすじ】

 人類に友好的な空母ヲ級を交えた、史上初めての艦隊戦。
 翔鶴と空母ヲ級――『サラ』の連携は成功し、戦況は鎮守府優位に推移する。

 だが、貴重な実験体を横取りされた、深海棲艦の実験泊地『馬公泊地』が
 ついに重い腰を上げる。
 東シナ海の戦いは、鎮守府、深海棲艦、そして暗躍する馬公泊地の三つ巴の
 様相を呈し始めた。





4-6.灰色の娘

 深海棲艦達は、駆逐棲姫の指示によって動いていた。

 今まで、彼女の指揮は完璧だった。

 いつからいたのかは、知らない。どうしているのかも、知らない。だが突如としてこの機動部隊に加わった彼女は、今やその知識と練度でもって、この機動部隊の主力となっていた。

 

《カイ、ヒ》

 

 駆逐棲姫から無線が来る。もっとも深海棲艦は、短距離なら無線を必要としない。意識で思うだけで、その思いが艦隊全体へとさざ波のように波及していくのだ。

 原始的な隊内無線を使うのは、駆逐棲姫のクセのようなものだろう。

 

《カイヒ、ウンドウ。オモカジ……》

 

 指示を聞きながらも、深海棲艦達はのんびりと向かってくる雷跡を見つめていた。

 彼女が間違えるはずはない。こんなことは今まで何度もやってきたのだ。

 だがある時、深海棲艦の一隻が、僅かに嘶いた。

 一つの壁のように、一定の速度で迫ってきていた雷跡に、徐々に距離の差が生まれつつあるのだ。

 到達の遅い雷跡と、速い雷跡がある。

 

《コレハ》

 

 駆逐棲姫が、気づいた。

 深海棲艦の航空魚雷と、艦娘の航空魚雷。

 これは微妙に性能が違う。

 艦娘の航空魚雷は、かつての帝国海軍が使用した九一式魚雷が原型とされ、優れた威力と40ノットを上回る航走速度が特徴だ。一方、深海棲艦の航空魚雷は――諸説あるが――Mk13魚雷に性能が近いと言われている。Mk13魚雷の航走速度は、約33ノットだ。

 そのため、艦娘と深海棲艦の艦載機が連携して航空雷撃を行うと、高速を誇る艦娘の航空魚雷の方が早く到達することになる。

 それはつまり、単純に回避の航路を計算するだけでは、この雷撃は避けられないということだった。

 駆逐棲姫が叫ぶ。

 自由回避の合図だ。輪形陣が崩れ、各艦がでたらめに回避運動を取り始める。

 くぐもった爆発音。

 見ると、戦艦ル級が被雷し、大きく傾斜していた。

 海面を遥か彼方まで観察すると、海上から何かが突き出している。潜望鏡だ。

 

《センスイカン? コウ、ヒョウテキ?》

 

 駆逐棲姫が歯ぎしりした。開幕での攻撃が可能なのは、何も空母だけではない。

 こっそり近づいてくる潜水艦も、不意をついての雷撃が可能なのだ。

 

 ホォォォ!

 

 艦隊旗艦の空母ヲ級が、汽笛のような咆哮をあげる。帽子から黒煙が上がり、機関が全速であることを告げている。

 だが3方向から放たれた航空魚雷は、もうすでに艦隊へ襲い掛からんとしていた。

 

 

     *

 

 

 人に味方する空母ヲ級――『サラ』は、機体を少しだけ傾けて海原を見る。

 輪形陣の周囲に無数の雷跡が生まれていた。その軌跡から想定される、各魚雷の効果範囲は、格子状に交差して、敵に逃げ場ないことを告げている。

 しかも、今回は翔鶴の艦載機との連携航空雷撃だ。

 深海棲艦の航空魚雷と、艦娘の航空魚雷は微妙に性能が違う。艦娘の航空魚雷は、かつての海軍がそうであったように、特に航走速度で深海棲艦の魚雷を上回っていた。

 敵にすれば、無数に発生する雷跡の中に、早く到達するものと遅く到達するものを混ぜられた格好だ。

 扇形に広がる雷跡の群れ。

 その中に潜む、サラという不確定要素が敵の回避を幻惑する。

 

《着弾するぞ》

 

 沖田の声に応じるように、ドン、と空気が震えた。深海棲艦の叫びが轟く。

 重巡リ級が足をもぎ取られ、傾斜しながら艦隊から落伍していていった。

 高度を取りながら、そして背後でさらに爆音と水柱が発生するのを感じながら、サラは言った。

 

「ごうりゅうする」

 

《了解。雷撃、爆撃終了後の合流地点は敵の狩場だ。気を付けろ》

 

「うん」

 

 そんな会話をしている間に、戦果の報告があった。

 

《命中確認。駆逐艦、撃沈。軽巡洋艦D、撃沈。戦艦ル級Cに、制御不能とみられる火災発生。戦艦ル級A、撃沈》

 

 沖田は言葉を切った。

 

《空母を打ち漏らした》

 

「そうか」

 

《見てみろ。方位、0-5-0》

 

 左方向だった。そちらにはすでに遠くへ去った敵艦隊がいる。

 輪形陣が崩れ、戦闘を諦め、撤退を開始するらしかった。深海棲艦の根城として、海域が泊地化しているのだとすれば、旗艦さえ無事なら何度でも戦力の補充は可能なのだ。

 サラは眉をひそめた。

 敵空母のすぐ近くに、寄り添うように人型の深海棲艦がいる。少し既視感があった。

 

《こちらからは、電探の反応で見るしかないが……挙動からして、そいつが駆逐棲姫、かもな》

 

「くちく」

 

《そうだ。バシー海峡で熊野さんをやったやつだな。敵空母に常に帯同しているらしい》

 

 サラは目を細めた。

 

「へえ」

 

《あいつが、砲と爆雷で空母に迫った魚雷を潰しやがった。翔鶴の話では、戦場全体に気を配って、戦闘機の指揮もやっていたらしい》

 

 手ごわい、とサラは思った。

 サラの知識からすれば、旗艦の空母を守るためにそれほどの深海棲艦がついているのだろう。

 

《ところで、サラ。攻撃手段を残す機体は、これで全部かね》

 

 サラは素早く他の艦載機を確認した。すると、眼下に一機、奇妙な動きをしている機体を見つけた。

 黒煙を吐き、ふらつきながらもなんとか飛んでいる。

 一瞬敵の艦載機かと思ったが、黒煙の合間から微かに白のペイントが見えたことで、ようやくそれが味方のものであると分かった。事前に識別方法を決めていても、黒煙や損傷でそれが確認できなければ、やはりどうしても判断に迷ってしまう。

 さらによく観察すると、その艦載機は、魚雷の投下に失敗した雷撃機だった。まだ魚雷を腹に抱えているはずなのだ。

 しかしなぜか、まだ撃墜されていない。

 

《敵が、味方と誤認しているのかもな》

 

 サラの艦載機と敵のそれはよく似ている。黒煙で微妙な違いが確認できなかったそれを、敵は見落としたのかもしれない。

 

《逃がすか?》

 

「いや」

 

 サラは思った。この子はもう帰ってこれない。

 それならば――。

 サラは今憑依している攻撃機から、意識を解き放った。奇妙な浮遊感が来る。放たれた意識を母艦、つまりサラの体に戻したりはせず、そのまま先ほどの傷ついた攻撃機へ憑依させた。

 途端、身を焼くような痛みが来た。

 機体の損傷はもはや限界を超えている。その度合いが操縦者の痛みとなって伝わってきているのだ。

 後部座席を振り返ると、コクピットのガラスは割れていた。砲弾の破片を食らったのかもしない。

 操縦士の両手にも、べったりと血がついている。雷撃機には伝声菅があり、他2人いるはずの乗組員とやりとりができるようになっているが、誰からも応答はなかった。後方機銃は、きっととっくに沈黙させられているだろう。

 

「てきが き、きき、きづいて、ないなら、ちょーどいい」

 

《おい。まさか》

 

「うん。みかたの、ふり、する」

 

《は、ハーグ条約が泣いちゃうかもなぁ》

 

 サラは無視。ペダルを踏んで、雷撃機を変針させた。針路の変更角度は60度。慌てる必要はない、敵艦隊に見つかっても変に思われないように、ゆっくり、慎重に。

 やがて戦線の最後尾を捉えた。炎上する鯱のような駆逐艦を飛び越え、横倒しになった軽巡洋艦を過ぎ、撤退する艦隊に追いつく。

 敵艦隊の殿(しんがり)は、駆逐棲姫になっていた。

 少女の原型をかなり厳密に残した深海棲艦は、髪が長く、腰の辺りにまでかかっている。着ている黒い水兵服は丈が短く、へそが見えていた。

 年の頃は――サラに人間の年はよく分からないが――少なくとも、サラよりは幼いように見える。そして、可愛いらしい子だった。きっと、多分、大きな目とふっくらとした頬は、可愛らしいといって差支えないだろう。

 サラの雷撃機は、その駆逐棲姫の頬のすぐそばを抜けた。

 深海棲艦の艦載機は小さいから、機体に乗り移り、主観的に戦場を知覚するとどうしてもそういう規模感になる。

 駆逐棲姫は通り過ぎるサラを、一瞬だけ目で追ったように見えた。手を伸ばせば、ハエを潰すように掴まれてしまう距離だった。

 

(でも、ばれてない)

 

 念じながら、さらに直進。長い黒髪の、成熟した女性の姿をとった戦艦ル級の上を通り過ぎる。

 下から荒い吐息が、聞こえ、ぞくぞくした。

 空母はその先だった。自分によくに似た後ろ姿。

 敵は、サラに対して背中を向けていたが、直進しているわけでもない。慎重に観測すると、徐々に面舵を切っているのが分かる。速度は、20ノット弱。左方向に散った艦載機群を指揮し、追撃部隊を足止めするので忙しいらしく、サラに気づいたそぶりはなかった。

 艦隊のど真ん中を通っているため、主砲の轟音で機体が軋む。至近距離で鳴るそれは、もはや暴力的なほどだった。

 

(いける)

 

 高度をさらに落とした。

 そこで、後ろで何かが動いたのがわかった。多分、駆逐棲姫だろう。

 ぼろぼろで空母に戻ってくる艦載機にしては、不自然な動きだからだ。電波も出していないし、何より着艦するためにはもっと高度を上げなければならない。

 だが、サラは高度を下げた。

 ここには直援機はいない。魚雷がちゃんと航走するかも怪しいものだ。

 だから艦娘のそれで言うところの、第2射法を採用する。

 もっと、下へ。さらに下へ。プロペラで波を叩くように。

 そして、機体を水平に。金属製の照準機を覗くと、機体の方向は相手の未来位置を捉えていた。

 今だ。撃つしかない。

 背後から、何者かの視線。

 雄たけびがあがった。

 気づかれた、と思った瞬間、魚雷を投下。

 エンジンをフルスロットルにして高度を上げ、空母の頭上を通り過ぎる。敵の帽子の上端が、機体の腹をこすったような気がした。

 

「とうかした!」

 

《よくやった! 離脱だ! 離脱――》

 

 そこで、全ての感覚が消失した。

 暗転。

 指揮機体との通信途絶。

 艦載機に飛んでいた意識が、本体である空母ヲ級――サラの体に戻ってくる。

 ぞくり、と冷たいものを感じたのはその時だ。

 

(なに、これ?)

 

 深海棲艦の無線技術は、艦娘のそれとは違う。

 それは深海棲艦のそれぞれが、個の概念が薄く、思いを共有できることを利用している。深海棲艦にとって、電波に頼ったコミュニケーションはむしろ原始的なやり方だ。

 意識の一部を、常に他者と共有しあっていると言ってもいいのかもしれない。

 そのつながりを媒介することで、人類などには探知しようのない通信が、可能となるのだ。

 

(たど、られてる)

 

 今、サラは強烈な違和感にさらされていた。

 艦載機と行っていたはずの、通信。それを解き放ち、今まさにサラの体へ意識を回収している最中なのだが、逃走する意識を何かに追いかけられているような気がした。

 

 ――そこにいたのね。

 

 ぞっとするほど、冷たい声だった。

 

 ――愚かなこと。

 ――完璧な世界を捨ててまで。

 ――そんな、矛盾だらけの場所に。

 

 声は、なぜだかサラのそれとよく似ているような気がした。

 

 ――燃え尽きて、しまえ。

 

(燃え、尽きる?)

 

「いけない」

 

 しっかりしろ、目を開けろ。膨大な光に目がくらむ。それでも意志力でこじ開けた目が、やがてサラ本体が見ている光景を正常に捉えた。

 

「ヲ級――じゃなかった、サラ、大丈夫ですか!」

 

 前方を航行する不知火が、サラに振り返っていた。

 頭痛を堪えて周囲を確認すると、そこは戦闘海域から離れた海原だった。近くには回流丸の姿も見える。

 安全な位置にいることに、サラは安堵した。

 

「だいじょぶ」

 

「い、一瞬すごく痙攣しましたけど」

 

 そう言うのは、陽炎だ。

 サラは自分がちゃんと杖を保持しているのを確認すると、水平線の方を確認した。

 目に見える範囲に敵艦隊はいない。目視で確認されていない以上、サラが攻撃を受けることはないだろう。敵の艦載機に見つかったとしても、ここにまで攻撃機を飛ばせるほど、敵に余力はないだろう。

 そう思った時、ふいに電波が体を舐める気配があった。

 その瞬間、砲撃音が轟き、飛翔音が近づいてきた。

 

(ほうげき、されてる)

 

 周囲に水柱が乱立した。

 電探射撃だ。生き残った戦艦かもしれない。

 

《電探射撃? にしては、精度が……》

 

 電探といえど、万全ではない。コンディションによっては敵と島影を誤認することもあるし、何よりも電探の情報だけで敵の種別を判断するのは難しい。

 だというのに、敵の砲撃は周囲にいる陽炎や不知火には惑わされず、正確にサラにだけ照準してきていた。

 その瞬間、サラの脳裏に不吉な推測が浮かぶ。

 危険を承知で、意識を再び艦載機へ飛ばし、敵艦隊の様子を確認する。

 

「っ!」

 

 思った通りだった。

 ボロボロの雷撃機は、撃墜されたのではなかった。

 敵の空母ヲ級が何かを手で弄んでいる。

 あれは、雷撃機だ。

 離脱する前に、敵のヲ級に捕まり、握りつぶされたのだ。

 魚雷はどうなったのか、と思った瞬間、空母ヲ級の遥か手前で水柱があがった。人型の駆逐艦がその辺りに砲を向けている。

 恐らく砲撃で水中を掻きまわし、魚雷の早期爆発を狙われたのだろう。

 

「しっぱい」

 

 サラは歯を食いしばった。

 

(ごめん)

 

 だが、もはや雷撃の失敗などどうでもよかった。敵の空母ヲ級が捕らえた艦載機を手で弄びながら、水平線の彼方を見つめていたからだ。

 それは、サラがいる方向。

 敵はサラがどこにいるのか知ってしまったのだ。

 サラが乗り移っていた艦載機を捕まえ、その意識の糸を辿ることで。

 敵のヲ級は、燃えるような目つきだった。憤怒と憎悪が、金色の相貌の中に燃えている。

 裏切者。

 敵空母が雄たけびをあげる。こちらへ向けて砲撃が連鎖し、艦載機も殺到、駆逐棲姫もサラの方へ転舵した。

 

《なんだ!?》

 

 無線に乗って、艦娘達の驚いた声が来る。前線を張っている、第1艦隊の艦娘達だ。

 

《急に向きを変えたぞ》

 

《何を狙ってるの?》

 

 翔鶴の声が、それらに指示を下していた。

 

《支援艦隊の方へ向かっています! 不知火、陽炎、サラの退避を!》

 

 不知火が面舵を切って回頭した。サラも今度こそ艦載機から意識を戻し、艦隊運動に注力する。

サラが不知火の後を追うと、陽炎が殿を務めた。

 

「両舷全速! 方位0-8-0!」

 

 不知火がさらに指示するが、その姿は着弾の水しぶきで掻き消えた。

 進路を指示するマストのランプも見えなくなる。

 気づくと、サラは陽炎と不知火の間を飛び出し、完全に孤立していた。着弾で指示を聞きのがし、舵の始動がずれたのだ。

 

「サラ! 面舵です!」

 

 はっとし、慌てて舵を切る。

 水平線の遥か彼方に、豆粒程度の大きさで駆逐棲姫の姿が見えていた。

 距離はまだ遠い。

 彼女はサラへの相対距離5キロの地点で、魚雷を放った。

 艦娘に対する雷撃としては、異常な遠さだ。外洋の潮流の中では、深海棲艦の魚雷など嵐の中の木の葉のようなものだ。よほどの腕がなければ、そんな雷撃は通せない。

 だがその駆逐艦の雷撃は、それを成し遂げた。

 猛烈な速度で魚雷が迫る。そしてどういうわけか、雷跡も見えない。まるで酸素魚雷だ。

 周辺には、戦艦の砲撃。精度は甘いが、着実にサラへ寄せている。

 魚雷も気にしなければならない。

 

「陽炎!」

 

「分かってる、サラ、下がって! 煙幕張るから、すぐに退避を!」

 

「それじゃ足りません! 不知火が魚雷を受けます!」

 

 だが遅かった。

 サラは、斉射された魚雷の隙間に体を躍り込ませた。そこに、ル級の砲撃が来た。

 衝撃。

 頭、そして首。下半身が驚異的な復原力を発揮し、転倒はしなかった。

 視界が赤かった。右側がやけに暗い。それに、帽子だ。帽子から見たことない色の液体が垂れてくる。

 

「不知火、サラを曳こう!」

 

 陽炎の声がする。意識が混濁していく。

 

≪損害は?≫

 

 沖田の声に、応えたのは不知火だった。

 

「誘爆はなし……でも、砲弾が……帽子を貫けてます」

 

 サラの意識があったのは、そこまでだった。

 

 

 

「サラ!」

 

 不知火は、空母ヲ級――サラを慌てて抱きかかえた。

 だが直後、信じられないものを見た。

 

「……え?」

 

 彼女は、明らかに砲撃による貫通を帽子に受けていたはずだった。だがその傷が、見る見るうちに治癒されているのだ。

 艦娘のダメコン。いや、それよりももっと本格的な応急修理要員でさえ、これほど強烈な回復力はないだろう。

 

「ヲ級。あなたは、一体……」

 

 不知火はそう呟いた。

 治癒の終わり際、青い光が一際大きくなる。

 

(これは、まるで)

 

 蝋燭が消える間際の、最後の輝き。頭にそんな不吉な推測が浮かび、不知火は慌てて頭を振った。

 

 

     *

 

 

 日     時:8月15日13:48(明石標準時刻)

 作 戦 領 域:台湾南部 馬公泊地

         第2実験棟(旧台湾帝国大学 馬公支部跡地)

 コンディション:  ―

 

 

 いったいいつから、この展開を予想していたのだろう。

 電文を打ちながら、馬公泊地の男は思いを巡らせた。

 最初、あの人類に友好的な深海棲艦は、地中海で発見された。現地の調査で、それが放射線を発していたことが明らかとなり、馬公泊地は早くからそれが航空母艦『サラトガ』の魂を有している可能性に気づいていた。

 艦娘には、人間の体と船の魂を結ぶ鉄片、要石があり、これはかつて沈んだ艦の一部である場合も多い。核実験で沈んだサラトガの魂を持っているなら、その艦の一部、つまり放射能を発する鉄片を体内に有している可能性もありえたのだ。

 だが同時に、地中海からの報告は、その深海棲艦が弱体化していることを告げていた。

 

(その頃からか)

 

 男は思う。

 人類に友好的な深海棲艦。

 だが深海棲艦は、海に沈んだ思いが荒れ狂っているだけの存在だ。

 人類への怒り、無念、郷愁。

 その源がなんであれ、人類に牙をむいてくる以上、人への対抗心がその存在を形作っているのは容易に想像ができる。

 人類に友好的である時点で、人を恨む深海棲艦としての存在が揺らぐのは目に見えた帰結ではないか。

 

(いずれ、消える)

 

 それは避けようのないことだった。

 蝋燭が燃え尽きるように、あの深海棲艦は持って生まれたエネルギーをやがて全て使い果たし、弱体化の果てに滅ぶだろう。

 しかし、その時、その中にある空母の魂はどうなるか。

 それも、ただの空母ではない。戦艦『長門』のように、戦後まで生き残り、クロスロード作戦で焼かれた、特殊で、貴重な艦の魂だ。

 その行方だけが不確定要素だった。

 消える前に、手を打つほかはない。

 

(一度、馬公へ運んでくるのが最良だったが……)

 

 男は電文の内容を点検した。

 

 1 発 馬公泊地 艤装開発班 宛 五航戦『瑞鶴』

 2 速ヤカニ馬公泊地ヘ帰投セヨ。

 3 東シナ海ノ深海棲艦ノ規模ハ予想以上。

 4 至急爆装ヲ整エ

 5 指示ヲ待チ

 6 東シナ海ノ深海棲艦ニ アウトレンジ攻撃ヲ仕掛ケヨ。

 7 

 8 敵艦隊ハ 戦艦複数隻

 9 駆逐棲姫、及ビ随伴ノ駆逐級

 10 機動部隊トシテ 空母ヲ級『2隻』

 11 以上

 

 まず、満足のできる出来栄えだった。軍令部への許可は、すでに取り付けてある。

 この電文を送信すれば、現状のアジアで最強の力を持つ空母の内の一隻が、東シナ海へ駆けつけるだろう。その荒ぶる力、それこそが馬公泊地がこれから放つ切り札だった。

 

「消える前に、中身の空母サラトガの魂だけは、回収させてもらう」

 

 回収とは、勿論文字通りの意味ではなかった。

 深海棲艦の中に、本来なら艦娘の艤装に宿るべき艦の魂が降りる。それは『降りそこなった』魂と言われ、それを再び然るべき艤装に呼び戻すには、その深海棲艦を撃破するしかない。

 だからこそ、大規模作戦で強力な深海棲艦を撃破するのと、新たな艦娘の着任が重なることが多いのだ。

 

(あの深海棲艦――『サラ』は、我々の手で殺す)

 

 男は己に言い聞かせた。

 

(深海棲艦が、人になれる? そんなうまい話が、あるわけがない。我々は、戦争をしているんだぞ)

 

 電文が、送信された。

 姉の危機を知り、やがて翔鶴型の2番艦が馬公へ補給にやってくるだろう。

 後は、この馬公泊地の読みが的中していれば、艦娘と深海棲艦を取り巻く因果が、(くびき)のように瑞鶴の航空隊を空母ヲ級の下へ導くだろう。

 

「そうあれかし」

 

 先人に倣って、男はそう呟いた。

 

 

 海が、正しく歴史を映しますように。

 この戦争(ゲーム)の真のルールを理解しているのは、今のところ馬公だけである。

 

 

 




 馬公泊地のシーンは、前回のがあまりにも分かりにくいと思ったので追加しました。

 馬公泊地の思惑とは、
 いつまで経っても例のヲ級が手に入らない。
 でも空母の魂は欲しい。
 だから撃沈して魂だけはもらうよ!
 というところ。

 作者があとがきで本文の内容を補足しちゃうのは邪道中の邪道ではありますが、
 一応、念には念を入れてということで。

 ところで五航戦姉妹の夏ボイスは素晴らしかったですね(露骨な話題そらし)。


 お読みいただきありがとうございました。

 末筆になりましたが、お気に入り200件突破ありがとうございます。 
 望外の喜びでございます。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。