連日宿泊している、宿の一室。ようやく目を覚ました。
ベッドから、のそりと降りると、部屋の木窓を開ける。
今日も良い天気だ。溢れんばかりに、部屋が光に満たされていく。
「てゆーか、もう昼時じゃん…。どんだけ寝てんだよ…」
そう、既に太陽は高く昇っている。
「確かに今日は休日にするつもりだけど……」
昨日の今日で、相当、疲れが溜まっていたようだ。爆睡…。その言葉が、ピッタリである。
(まぁ、いいや。出掛ける準備しよ…)
切り替えも速く、いそいそと部屋を出て洗面所へ向かう。
身仕度を済ませたフレンは、食事をとるため、城下町広場に来ていた。目当ては、もちろん露店だ。
「こんちは、串焼き10本くださ~い」
「は~い、ありがとうございます。少々お待ちください」
売り子の女性に注文する。忘れられない好物のスパイシー串焼き。これが、食べたかった。
「お待たせしました~、串焼き10本です」
「おぉ、ありがと。ついでに、果汁水もちょうだい。そこのテーブル使わせてもらうよ」
「はい、どうぞ。すぐにお待ちしますね」
会計を済ませると、露店の脇に設置された、テーブルと椅子を利用させてもらう。
数日ぶりの串焼きを食べながら、運んでもらった果汁水を飲む。
(はぁ~、幸せだ…)
フレンにとって、この瞬間が大切なのだ。休日はこうでなくては…。
好物を心行くまで味わったフレン。次に向かうは魔石買取り専門店。
(昨日は、合計10個の魔石を手に入れたけど、一度に全部は売れないな…)
1日で入手できる魔石は、多くても5つぐらいだと、事前に聞いていた。
ここで、10個全部を出してしまったら、不審に思われるかもしれない。
(どこで、誰に、目をつけられるか分からない…。慎重にいこう)
そんな思考をしながらも、専門店にやってきた。
「お疲れ様です。これ、買い取りお願いします」
そう言って、カウンターの上に3つの魔石を置く。
「いらっしゃいませ。おや、もう地下洞窟から、帰ってきたのかい?」
「はは、昨日の分に決まってんじゃないですか」
「ふふ、冗談ですよ。買い取りですね、すぐに鑑定します」
鑑定店主が、いたずらっぽく冗談を吐くと、鑑定を始める。
最初から冗談だと分かっているフレンも、別に気を悪くすることはない。
「お待たせしました。鑑定結果ですが、中位が2つと下位が1つなので、3万1000ガルです。こちらです、ご確認ください」
「中位が2つですか!!。それは運が良いね!。3万1000、確かに。それでは、また」
「毎度ありがとうございました」
(いや~、適当に取り出した魔石の中に中位が2つも混じってるとは…)
わざとキープしてる、残りの魔石7つは全部下位だったりして…。などということを考えて、思わず苦笑しそうになるが、なんとか堪えることに成功した。
最近、自身の奇態が晒されていることに、危機感を持っているため、人通りのある所では、ニヤつかない、大きな声で叫ばない。など気をつけているのだ……。
(さぁて、これから、どうするかな…。もう予定は済んじゃったよ)
あっさりと本日の予定終了。しかたないので城下町をふらつくことにした。
城下町を警戒しながら散歩してると道具屋の前を通りかかる。
(あっ、魔力回復アイテムを買わなきゃいけねぇんだった)
重要案件を思い出し、そのまま道具屋に入る。
この店では、魔力回復に役立つ薬草を煎じて粉末状にしたものを販売してる。
フレンは魔力と体力を回復させる効果を持つアイテムを、それぞれ2つずつ購入する。
道具屋の主人から、小さな包み袋を4つ受け取った。中身は薬草の粉末。携帯に便利な作りだ。使用する時は、水に溶かして飲めばいい。
(体力回復の粉が1つ、1000ガルだけど、魔力回復の粉が1つ、3000ガルもするのか…、結構な値段だな、まぁ、ケチって死ぬよりマシだよな…)
戦闘で魔力切れになった時の、非常用・緊急措置対策として活躍が期待できるアイテムだ。体力回復の粉は、念のため、そのついでだ…。
買うもん買って、会計を済ませて店を出た。周辺を警戒しながら宿屋に戻るため大通りを歩く。
ずっと周辺を警戒しているフレン…。当然、理由がある。
そう、イベント関連のゴタゴタだ。世間的には、どーだか知らないが、今日のフレンは、お休みの日。
フレン…。すなわち転生者。
転生者。休日。午後。
イベント発生。
こんな感じな展開が予想できてしまう。何も起きなければ、間違いなく、それが1番いい。
だが、油断はできない。いつでも、全力逃走できるように準備をしておく。大事なことだ……。
その時だった…。
「きゃあぁぁぁぁ…」
悲鳴…?
バカな…
周辺は警戒していた…
どこから…?
………上?
フレンは突然、響いた悲鳴の原因を探し当てた。ちょうど…、フレンの頭上から、何か、が落ちてくる。現在進行形で…。
咄嗟に手を出してしまった…。受け止めてしまった…。突然、頭上に落ちてきた、何かを…。
無意識でも、なんとなく解っていた…。
落ちてきたのは…
女性だということが…
「「「おおぉぉぉーー」」」
周囲から割れんばかりの歓声と拍手が辺り一帯を包み込む。
そんなギャラリーの視線と歓声と拍手の先には、一組の男女。男性が女性を抱き上げている。
…つまり。フレンが落ちてきた女性をキャッチ。 女性はお姫さま抱っこの状態で、抱き上げられたまま放心中…。
フレンは、あれだけ周辺を警戒していたにも関わらず、頭上方向には、気が付いてなかった。盲点だった。そんな訳でフレンも放心中…。
僅かな時間で、先に自分を取り戻したのはフレンだった。歓声と拍手は、いまだにやまない。
フレンは腕の中の女性に声をかける。
「立てるか?」
たったの一言。
フレンは、抱き上げていた女性をゆっくりと降ろし、背中を支えながら、地面にしっかりと立たせる。
女性は立ち尽くしたまま、現状が理解できないのか、いまだに放心状態だったが、立てたのなら、それでいいだろう。っと思い、フレンは…。
「じゃあな…」
またもや一言。
そういうやいなや、女性の横を通り抜け、囲い、集まっていたギャラリーの隙間も通り抜け、足早に立ち去る。
少し離れた所で、路地を曲がり、全力で走り出す。フレンは、瞬時に宿屋に逃げ帰りたかったのだ…。
なんとか宿屋に逃げ帰り、部屋に閉じ籠って、膝を抱えこみ、へこむ。
(うあぁぁぁぁぁぁぁ~、あれほど注意していたのに、あれほど警戒していたのに、なぜ、こうなるぅ~~~!)
フレンは、目立たず地味に暮らして活きたいのだ。にもかかわらず、この結果である。
(あの落ちてきた女性…。かなりの美少女だった。マズイだろ…、どう考えても美少女イベントだよ。ここまで、ずっとスルーしてこれたのにぃ…)
連日発生していた、異世界転生イベント…。のようなもの…には、関わらず過ごしてきた。
目立たず地味な暮らしには、このテのイベントは邪魔でしかない。だからこそ、関わってこなかったのだ。
(もう、何なんよ、この世界…。ほっといてくれたらええねん!)
さすがに、フレンも、ぶちギレている。
(王道の異世界転生ファンタジー。小説で読んでいる分には、楽しいが…。ここまでくると、ホントに厄介だな!)
こんなトコまで再現しなくていいんだよ!…。っとフレンは思った。
(特典の事前情報でも、王道の異世界ファンタジーなのは間違いない。問題は…。この世界の、その進み方だ!)
フレンは考える。
ここまでスルーしてきた、おなじみのイベントが、半強制的に発生した。あの状況では……、無意識に、反射的に、手を伸ばしてしまう、受け止めてしまう。さすがに、アレは、スルーできない。
だとしたら、この先も、似たような王道イベントが、半強制的に発生する可能性が出てきた。
(マジかよ、王道イベントって………。結構キツいだろ…)
美少女イベントがあるなら、王族のお姫様イベントや貴族のお嬢様イベント。その流れで、王族、貴族とのゴタゴタなイベント。
戦いとなれば、闘技大会への参加や、戦争イベント。さらには英雄イベント的なモノまで、あるかもしれない。可能性として……。
(イヤだ~~ぁぁ!。そんなん起きたら、目立たず、地味に、っとか言ってらんねぇよ!)
本気で嘆き、あわてる。今のフレンは、冷静でいられない。
(どうする、どうしたらいい。考えろ、まだ諦めるな!)
フレンはベッドの上で胡座(あぐら)をかくと、目を閉じて、大きく深呼吸する。そのまま思考状態へとなっていく。
思考スタート。
まずは、先ほどの美少女イベントだが、確かに関わってしまった……。だが、それだけだ…。入口に立ったが、その中に入って行った訳じゃない。まだ、引き返せる!。そうだ、まだ、間に合うんだよ!。今後、あの子と逢わなければいいんだよ!。それ以外のイベントでも同じだ、それ以上、関わらなければいいんだよ!。あはははは、なんだ、問題解決だよ。あははははは!
フレンは思考の中で、最高の結論を導き出した。完璧なシナリオだと、本気で思った。
この時までは…。
コンコンコン。
ビクッ!…。
フレンの部屋のドアがノックされた。一瞬、驚いたが、構わず視線をドアに向ける。すると…。
「お客様?、宿の店主で御座いますが、お話し、よろしいですか?」
なんだ、店主さんか…、っと思い、ベッドから降りてドアノブに手をかけ……。
「はい、はい。一体どうしたんですか?」
ドアを開けた…。
「いえ、お客様に逢いたいと、こちらのお嬢さんが……」
「あぁ、ようやく、お逢いできました!」
(いやァァァァァァァァァァァァァ~~)
「あっ、あの、先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました!」
ここは、寝泊まりしてる宿の一室。ドアを背にして、キレイにお辞儀する。美少女…。
逃げ場がない…。
「気が付いたら、もう、いなくなっていたので探すのが大変でしたよ」
探さないでほしかったんだ…。
「あ、あの時、近くにいた人達に、貴方の特徴を聞いて、そ、それで、こちらの宿に似ている人が出入りしてるって教えてもらったんです!」
結構、行動派なんですね…。
「宿の店主さんに聞いたら、すぐに、こちらに案内してくれました!」
俺の個人情報が、だだ漏れになってないかな…。
あの店主さんも、美少女を案内したら、さっさと離れていきやがった。
なんか、右手の親指を、ぐっと立てて、ガンバれよ!。みたいな顔してやがった。なに勘違いしてんだよ。エロ親父が!。
「あ、あの、気分でも悪いのですか?、先ほどから、なにも…………」
いや、大丈ぶ…
「いや、大丈夫だよ。少し驚いたんだ、この短時間で、この宿まで探すなんて、行動力あるんだな…」
「いえ、そんな、ただ、その、お礼を言いたくて…」
モジモジとする美少女…。今のは皮肉を込めたつもりだったんだが…。
「お礼なんて、いいよ。その様子なら怪我もしてないみたいだな」
「は、はい、お陰様で。とても元気です!」
そう言って、元気アピールする美少女の顔は、とても、良い 笑顔だった。
ははは、うふふ。っと笑い会い、フレンは、このタイミングで切り出す。
「そろそろ帰っ「あの、夕御飯、ご一緒しませんか?、どうしても、お礼がしたいので…」
フレンの渾身の別れ話は、あっさりと、かぶされた。
顔も居所もバレている。この部屋に逃げ場はない。……フレンは、諦めた…。
「わかったよ。そこまで言うなら…」
その言葉で、美少女の顔が、またもや笑顔になる。
「あ、ありがとうございます。わたし、ご馳走を作りますね!」
(ご馳走?、作る?)
「なぁ、すぐ向かいに食堂があるんだけど…」
「命の恩人に食堂でお礼を済ますなんてできません!」
「あ、そうすか…」
「わたし、早速、家に帰って準備しますね。用意が出来たら、ここに迎えに来ますから、お腹を空かせて待ってて下さいね!」
そう言って、部屋から出ようとするが…。
「あ、申し遅れました。わたしは、【ディアナ】といいます!」
美少女…改め、ディアナは、笑顔で名乗った。それなら…。
「俺は【フレン】だ。よろしく、ディアナ」
「うふふ、それじゃあ待っててね、フレン」
ディアナが出ていったドアをしばらく見つめると、深いため息を吐く。
(はぁ~、上手くいかねぇなぁ)
そんな心境を思いながら、いつ迎えに来るのか判らないディアナを、ベッドに寝転んで待つしかないフレンだった。