ブラック・ブレットの二次創作です。
天童木更の復讐劇。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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天童木更ー復讐劇の終わりー

 

 

 天童木更は息を飲んだ。

 悪魔のバストアップが刻まれた扉に手をかけ、押し開ける。

 ミント系の芳香剤のにおいが鼻をつき、薄暗いが意外と広い地下室のその主――室戸菫がこちらを無表情で見つめていた。

 

「……やあ木更、奈落(アビス)へようこそ」

 

 いつしか"あの少年"にも同じ台詞を吐いた時のように芝居がかった調子は無く、今の彼女は"医者"の顔だった。

 木更は黙って頷き、空いた椅子に腰かける。

 

「お手間を取らせて申し訳ありません、菫先生」

 

「……なに、君と私の仲じゃないか。まぁ私は"こんな時"ぐらいしか力になれないからね」

 

「いえ、そんな事はありません。菫先生にはとても……里見くんや延珠ちゃんは特にお世話になっていますから」

 

「――前言撤回だ。"こんな時"ですら……私は君達の力になってあげられない。私にもっと力があれば、延珠ちゃんだって助けてあげられたかもしれないのにね。自分の不甲斐なさに腹が立つよ」

 

「仕方がない――なんて言えるほど、私も"延珠ちゃんを失った悲しみ"から解放された訳じゃありません。でも菫先生に責任はない…………今回だって、先生は何も悪くない」

 

 木更はミワ女の制服のスカートをぎゅっと握りしめた。

 分かってしまった。

 今日ここに来た理由――ここで室戸菫から告げられる宣告。そこのある答えを、木更は悟ってしまったのだ。

 菫は一瞬だけ目を伏せた後、机に置いてあるカルテを手に取る。

 

「患者名、天童木更。過去の事故によって腎臓の機能を失った君は、定期的に血液透析を行う必要があった。

 だが先日。君は血液透析を終えた後、無視できぬ違和感を覚え、再検査を行った。そして――血液透析によって浄化され、体内へ戻った血液の中に……ガストレアウィルスが混入していた事が判明した」

 

 言葉を紡いでいく菫自身、このような事が起こり得た事実に驚きを隠す事が出来なかった。

 だがそれ以上に、

 

「そして私の方で行った検査の結果が先程出た。君はその結果を聞く覚悟があるんだね……?」

 

 ――悲しみが強かった。

 

「……はい、覚悟は出来ています」

 

 木更の声は震えていた。

 木更の肩が震えていた。

 木更の強い意志により、菫はこの件を里見蓮太郎に伏せている。木更自身も伝えていないのだろう。

 ――言えるはずもなかった。

 里見蓮太郎は、ゾディアック・ガストレア《獅子宮ーレオー》との戦いで、相棒であるイニシエーター『藍原延珠』を失ったばかりなのだ。

 そんな彼に言えるはずがない。

 菫は、偽らずに真実を告げた。

 

「天童木更。ガストレアウィルスによる君の体内侵食率は四五%を超えている。もはや血液透析の意味もない――この速度だと、形象崩壊まで秒読みだろう。余命は――二日だ」

 

「ッ……!」

 

 最愛の相棒を失った里見蓮太郎に、最愛の女性が後二日で死ぬなんて誰が言えるだろうか。

 しかし、抗いようはない。

 体内侵食率五◯%を超えると、形象崩壊というプロセスを経て宿主はガストレア化してしまう。

 それが現実。覆せない。

 菫は言う。

 

「正直、今回の件が偶発的に起こった事とは思えない。仕組まれた罠――君を殺す為のね。その可能性は大いにある。そしてその計画は――悲しくも大成功と言う訳だ」

 

 里見蓮太郎がこの場に入れば、室戸菫に掴みかかっていただろう。殴り飛ばしていたかもしれない。

 それでも菫は非情に続ける。

 

「木更、君は後二日でガストレア化する。間違いなく絶対にだ。体に負担をかけでもすればもっと早まるだろう」

 

「…………、」

 

「私でも、蓮太郎くんでさえ助けてあげる事は不可能だ。だが君の仇は必ず、蓮太郎くんが討つだろうね。だから心配はいらない、が――――――」

 

 ――――――――。

 室戸菫から放たれた最後の言葉。

 それは木更の――『天童木更』の生き様を決定付ける一言だった。

 

 

 

『成すべき事があるなら、二日で済ませるといい。

 "どっち"を取るかは君次第だ』

 

 

「――決まっています。だって私は『天童』ですもの」

 

 

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「……話ってなんだよ、先生」

 

 里見蓮太郎の顔はやつれていた。

 藍原延珠を失った心の穴は一向に塞がる気配を見せない。

 民警の仕事は仮のイニシエーターと共に続けてはいるものの、以前のような目覚ましい活躍は息を潜めていた。

 

「すまないね、蓮太郎くん」

 

「……気にしないでくれ、いつまでも後ろ向いてる俺がダメな事くらい俺自身が分かってる」

 

 蓮太郎は自覚している。

 弱いことも、情けないことも。

 こんな体たらくじゃ、先に逝ってしまった延珠が浮かばれないって事も。

 菫は知っている。

 里見蓮太郎がそういう"強さ"を持っていることを。

 だから、彼に告げた。

 天童木更の現状を――――。

 蓮太郎の顔が青ざめていく。

 

「――――嘘、だろ? 木更さんが…………? おい、嘘だろ……嘘って言ってくれよ先生……!?」

 

 里見蓮太郎は菫の両肩を掴んで感情のままに大きく揺さぶった。

 悪い冗談だ、酷い悪夢だ。

 ――木更さんが、死ぬ……?

 

「なぁ――先生!!」

 

「蓮太郎くん」

 

「ッ!?」

 

 いつもやる気無さそうに、心底怠そうに輝きの無い室戸菫の瞳は、強い眼差しを持って真実を語っていた。

 認めたくない。その表れか、蓮太郎は首を幾度も横に振る。

 

「蓮太郎くん、私は君に絶望を告げた訳じゃないんだ」

 

「……希望なんて微塵もねえだろ」

 

「ああ、木更は死ぬ。絶望だろう。だがね、蓮太郎くん。君はこのままでいいのか?」

 

「……なにがだよッ」

 

「君が、今、木更の現状を知ったという事は……木更は"復讐"を選んだという事だ。最後の二日を以って――『天童』を殺し尽くす復讐の生き様を」

 

 菫は力無く佇む蓮太郎の両肩を強く鷲掴み、里見蓮太郎にしか出来ない"唯一の救い"を彼に囁いた。

 

「……急げ、蓮太郎くん。木更に復讐者として――『天童殺し』として終わって欲しく無ければ、君が止めるんだ。木更の為に……何よりも君自身の為に!」

 

 その言葉が体を突き抜けていく。

 天童殺しの天童。いつか、彼女の敵に回る事さえ覚悟した。

 彼女を止めるために。

 そう、それが今。

 蓮太郎は菫の手を弾く。

 あげた顔、瞳には義眼の幾何学模様が光り、強い意志の光が灯っていた。

 

「……すまねえ、先生。行ってくる」

 

 

 XXXXXXXXXXXX

 

 

 天童日向。

 天童玄啄。

 天童凞敏。

 木更が腎臓を、蓮太郎が手足と目を失ったあの事件に関わっていた『天童』を抹殺した木更は、東京エリアの中心――『聖居』を睨みつけた。

 

「本当はいつでも動けた。でも、里見くんが私を留めていた。……ごめんね、里見くん……」

 

 ――所詮、これが『私』なの。

 木更は『殺人刀・雪影』を撫でる。

 もはや腎臓など問題ではない。

 変色した『赤い目』が射貫くのは、ただ一人の老人。『聖居』の奥に佇む聖天子の側近。

 殺すべき――天童菊之丞。

 

「天童式抜刀術三の型八番――」

 

 門兵が異変に気付くが、遅い。

 深い呼吸で空気が張り詰め、鋼の鞘鳴りが闇夜に響いた。

 

「――『雲嶺毘劫雄星』――」

 

 物理現象を超越した絶技。

 パキビシと闇夜を裂く快音。門兵の背後で、『聖居』を閉していた門が一瞬にしてバラバラに斬り断たれた。

 あまりの光景、災厄を目に、門兵は腰を抜かしてへたり込む。

 その脇を『復讐者の顔』で通り過ぎる『天童木更』は、刀を納め、冷徹に冷酷に呟いた。

 

「死にたくなければ静かにしていることね。関係ない人達を巻き込みたくはないもの」

 

 聖居中に警報が鳴り響く。

 天童木更の『天童殺し』は、残り時間からしてこれが最後だ。しかし最後でも構わない。

 ――何もかも忘れて、私は『天童殺し』の天童木更として天命を全うし、そして死ぬのよ。

 

「天童式抜刀術――――」

 

 今宵、聖居は赤く染まる。

 

 

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 天童木更の『救出』。あくまで救出としたそれに、里見蓮太郎は最も信頼を置ける者らを協力者とし集めた。

 片桐ペア。蛭子ペア。そして現在仮契約を結んでいる蓮太郎のイニシエーター壬生朝霞と、天童木更のイニシエーター、ティナ・スプラウト。

 事情を聞かされた六人の中には、予想通り重たい空気が落ちる。そこを撃ち抜くように蛭子影胤が口を開いた。

 

「ときに里見くん。君は"この程度の戦力"で、本気の彼女に勝てると思っているのかね?」

 

 ぞわりと背を撫でる恐怖。影胤の言う通り、病気から"本気"を出す事など不可能だった彼女が、その枷を無視して力を振るえば――と、蓮太郎もそれは百も承知の上だった。

 だから、救出なんだと蓮太郎は言う。

 

「俺たちの役目は木更さんを殺すことに非ず。救出する事だ」

 

「彼女を救えると?」

 

「救うよ」

 

「里見くん、かつて君が私と相対した時、君は私を殺す気で戦っただろう。そして勝った。私が言うのもなんだが、楽勝とは言い難い形でね」

 

「何が言いたい」

 

「"私や君など"意に返さぬ力を持つ彼女に殺す気で挑まないとは、死にたいの類語でしかないだろう」

 

 蓮太郎は背の高い影胤の胸ぐらを掴んで引き寄せ、挑むように、

 

「お前はそろそろ、『殺す』よりも『助けたい』気持ちの方が強い事を知るべきだ」

 

「残念ながら、その辺りは改心するつもりはない。ヒヒッ、何せ悪いと思っていないものでね」

 

 蓮太郎は、やっぱりコイツはコイツだと吐き捨て胸ぐらを離す。影胤が佇まいを直した所で蓮太郎は切り出す。

 

「今一度確認させてくれ。俺は死ぬ気なんて毛頭ないが、相手は木更――天童流抜刀術免許皆伝を収めた怪物じみた『天童殺し』だ。無事でいれる保証は……ない。それでも――――」

 

 それ以上は紡がなかった。

 彼らの目が語ったのだ。

 野暮なこと聞くな、と。

 

「……ありがとう。じゃあ行こう、『聖居』へ!」

 

 同時に、蓮太郎の携帯に『聖居』から――聖天子から連絡があった。

 

 

 罪人『天童木更』から聖天子と天童菊之丞を守れ――――と。

 

 

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 問答無用とは正にこの事。

 遠心力を利用したカマイタチの斬撃が走り、七名の民警が行動を余儀無くされる。二刀のバラニウム製小太刀が神速で振るわれ、一刀を極めんとするバラニウム製日本刀による抜刀。二梃のフルカスタムベレッタがホルスターから抜かれ銃剣ユニットが展開、同時に斥力フィールドが展開され、カマイタチを跳ね返しつつ銃口が火を噴く。

 

「……ッ!」

 

 渾身の一撃を辛うじて躱され、黒い少女――天童木更は舌打つ。納刀された『殺人刀・雪影』に力を込め、

 

「三の型八番――『雲嶺毘劫雄星』ッ!」

 

 一瞬にして剣閃を走らせ、無数の斬撃が六名の民警に襲いかかった。

 

「ヒヒッ、無駄だ。イマジナリー・ギミックッ!」

 

 絶対的防御。ステージVIガストレアの攻撃を完全に防御可能を念頭に置かれ完成した『新人類創造計画』の遺産、蛭子影胤の斥力フィールドが無数の斬撃をほぼ完全に防御しきった。

 攻撃が止んだその瞬間に、モデル・スパイダーのイニシエーター、片桐弓月の高速移動からの蜘蛛の糸による捕縛術と、ティナ・スプラウトの手袋に仕込んだピアノ線による捕縛術の開始。だが天童木更は流れる動作で極細の糸とピアノ線を斬り裂く。

 その動作を予め読んでいた少年、ステージVIガストレアを葬る最強の矛として生み出された『新人類創造計画』の遺産、里見蓮太郎が木更の懐に潜り込むように踏み出した。

 すまねえ木更さん。殺す気なんてないけど、手加減も出来ない! 

 ――天童式戦闘術一の型三番、

 

「『雲嶺毘湖鯉鮒』ッ!」

 

 放たれたのは下から突きあげるアッパーカット。加えて超バラニウム製義手に埋め込まれたカートリッジが炸裂し、骨を砕く一撃が木更に迫る。

 ゼロ距離。回避不能な距離。

 ――だが、

 

「甘いわ里見くん!」

 

 何が起こったのか。蓮太郎の義手は雪影によって弾かれ、あろうことか義手に僅かなヒビが生じたのだ。

 バラニウムを超える次世代合金である超バラニウムに、あの態勢から斬撃を通すなど人外の技。

 即ち木更は、

 

「里見くん、その程度で私を止める気なら辞めておきなさい。これは社長でも友達でもない……格上の敵からの些細な助言よ」

 

 人外へ到達していた。

 木更の双眸は赤く光っている。ガストレアに侵されている証拠。だが彼女はただ侵されている訳ではなく、

 

「一時的に……イニシエーターと同じ力を……ッ!?」

 

 蓮太郎が驚く暇などない。

 その空隙に攻撃は襲い来る。

 

「ッ!」

「世話の焼けるボーイだなッ!」

 

 ――肉を断つ音がした。

 蓮太郎は目を見開き、喘ぐ。

 

「ぇ……片桐……お前……!」

 

 義眼に降り注ぐ血。それは眼前に背を向けて立つ片桐玉樹の血だった。玉樹は右肩から先が切断されており、それを行った天童木更自身も驚愕に動きを停止していた。

 それを逃さんと蛭子ペアと壬生朝霞が猛威を振るう。合わせてティナによる後方からの近距離射撃が開始。

 片桐弓月は兄に駆け寄っていた。

 

「兄貴ッ!!」

 

「……騒ぐんじゃねぇよ、弓月」

 

「でも兄貴血が、血が止まんないよぉ……!」

 

 弓月は玉樹の肩口に上着を巻き付けようとするが、巻き付ける部分すらないほど切り落とされている。血は溢れ出し玉樹の顔色は見る見るうちに蒼ざめていく。

 もう、助からない。それを自覚している玉樹は、背に守った不幸面の憎い男に血と共に吐き捨てた。

 

「ヘイヘイ……、守られたとか思ってんじゃねえよ。オレっちは……姐さんの手で逝けるなら本望だ……」

 

「ふ、ふざけんなよ!!!」

 

「ふざけてんのはどっちだ……! テメェは言ったろ……、無事でいれる保証は無いかもってな。オレっちはそれを覚悟してここにいた……そして、死ぬんだよ」

 

「死ぬとか言わないで兄貴!」

 

「ごめんな弓月、お前のこと……最後まで看てやれなくて……姐さんも好きだが……オレっちは弓月のことを誰よりも愛していた…………から……――――――」

 

 それが片桐玉樹の最後の言葉だった。

 力なく倒れる玉樹の体。出血多量によるショック死。弓月は動かなくなった兄の体を介抱し、蓮太郎を睨みつけた。だがそれは一瞬で、憎しみの目は別の人物へ向けられたのだ。

 

「よくも……よくも兄貴ぉぉぉ!!」

 

 戦闘に参加した弓月は、まるで真っ直ぐに進むことしかプログラムされていない弾丸だった。ただ憎しみと悲しみの塊は死地へ飛び込み、四方八方から襲来する攻撃を全身に受けながらも止まらず、兄の仇へ。

 

「よくも…………――――――」

 

 小さな拳を叩きつけて――。

 

 

 XXXXXXXXXXXX

 

 

「木更、堕ちる所まで堕ちたか」

 

 天童菊之丞は言い、掴まれる華奢な腕を払い除けた。

 

「申し訳ありません聖天子様」

 

「いけません菊之丞さん!」

 

 エリア領主の言葉は届かず、天童菊之丞は『天童殺し』の前へ――。

 

 

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 天童木更は押し殺す。

 邪魔をするからよ。

 私はやらなくちゃダメなの。

 天童を、天童菊之丞を殺す。

 もう、邪魔をしないで!

 

「退いてよ里見くん!!!」

「木更ぁァァァァァァァァ!!!」

 

 感情を剥き出しに叫び声を上げる里見蓮太郎が走り出す。炸裂させた義足のカートリッジ。天童木更も腰に据えた刀を渾身の力で抜き放つ。

 

「隠ッ禅ッッ――!!!」

「阿魏悪ッッ――!!!」

 

 そして同時に、

 

「――黒天風ッッ!!!!」

「――双頭剣ッッ!!!!」

 

 二撃の蹴りと二撃の斬撃が衝突し、木更は再度驚愕を露にした。二撃目は音速を超える斬撃が、蓮太郎の蹴りによって相殺されたのだ。

 その驚愕が空隙となり、

 

「上下ぁァァァァ! 花迷子ぃィィィィ!!!!」

 

 里見蓮太郎は大きく片足を上げ、木更の脳天へ踵落としを繰り出した。

 直撃を受けた木更は脳を揺さぶられ、床に顔面から衝突。ガストレアウィルスの侵蝕による擬似的な身体強化が無ければ即死こ一撃。その一撃に、蓮太郎の全てが詰まっていた。

 

 もう、止まってくれ木更さん。

 もうあんたに罪を犯させたくない。人を殺させたくないんだ。

 それは英断だっただろう。里見蓮太郎は間違いなく、この瞬間、またも東京エリアを救ったのだ。聖天子に迫る脅威を排除するという形で。

 

「………………さと、みくん」

 

 もはや体に力すら入らない天童木更はか細い声で呟いた。

 

「…………わたし…………まちがって……いたの…………?」

 

「……あぁ。あんたは間違えた」

 

「…………だから、死ぬのね……」

 

「……あぁ。俺の手であんたは死ぬ。ここで……死ななくちゃならない」

 

 ポタリと、木更の綺麗な黒髪に滴る冷たい水。蓮太郎の涙。またも大切なモノを失う悲しみ。それは木更にも伝播し、彼女も涙を流していた。

 

「……ダメよ、里見くん……。あなたに殺人なんて……似合わないもの」

 

「それでもあんたは、ここで……」

 

「――ダメなのよ」

 

 天童木更は立ち上がった。殺人刀・雪影を杖にし、強く立ち上がったのだ。まだ終われない、と。

 一同は身構えるが、

 

「里見くん、目を瞑ってちょうだい」

 

「え?」

 

「私が良いって言うまで、目を開けちゃダメよ」

 

「そんなの――」

「私が見張ろう、里見くん。安心して目を瞑りたまえ」

 

 影胤の言葉だとより信用できないとぼやきつつ、蓮太郎は目を閉じる。なぜか影胤は、ティナと壬生朝霞にも目を閉じるよう促した。

 まるで、これから起こることが判っているかのように――。

 

「ありがとう、里見くん――」

 

 小さく、蓮太郎の唇に柔らかな感触があった。思わず目を開けようとした蓮太郎を止め、木更は言う。

 

「私が良いって言うまで、本当に目を開けちゃダメなんだから」

 

 うん。やっぱり里見くんには、もうあんな悲しみを背負わせるのはダメよ。辛かったでしょ、小さな子供たちを看取るの……だって里見くん、優しいものね。だからね、もうそんなの背負わせるのはダメ。

 

 木更は誰にも聞こえない声で――

 

 

 

 

「――『螺旋卍斬花・開花』

 

 

  復讐するは……我に、……」

 

 

 

 

 天童木更は、己自身に刻んだ斬撃を解放した。里見蓮太郎の手で殺されるのではなく、自殺を選んで――。

 

 

 XXXXXXXXXXXXX

 

 

 天童菊之丞は目を伏せた。

 足元に広がる孫の肉塊と血沼。

 尊うためでも冥福を祈るでもない、純粋に『哀れ』だ、と。

 

「貴様は天童殺し。ゆえに天童である自分自身が殺されたのだ。貴様が己を天童殺しと名乗った瞬間より決まっていた結果。醜いな、木更」

 

 醜い。この醜い肉塊全て、何かの研究材料として使わせてもらおう。何かの役には立つだろう。

 菊之丞は踵を返した。

 

 その時――。

 

「……――ぐふっ……」

 

 背後の血沼で蠢いていた『天童木更』の腕が、殺人刀・雪影を投擲、天童菊之丞の心臓を貫いていた。

 天童木更が侵され、一時的に制御下に置いていたのは、モデル・リザードのガストレアウィルス。そしてリザード、つまりトカゲにはよく知られる機能がある。

 そう、自切である。自切した尻尾はエネルギーが続く限りは動き続ける。モデル・リザードの天童木更は『螺旋卍斬花・開花』の瞬間に片腕を自切し、この瞬間を待ち侘びたのだ。

 あの男は、必ず哀れにくる。その瞬間に、復讐を成し遂げる為に。

 

 

 

 ――復讐するは我にあり――

 

 

 

 天童菊之丞は高尚に笑いながら、その命に終わりを迎え、天童木更は死にながら復讐劇に幕を落とした。

 

 

 

 



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