一言:寒い日々が続きますね。
※“EXTRA FILEについて”に閲覧時の注意事項があります。
先にそちらをご覧ください
「じゃ、帰ろっか? 哀ちゃん」
授業を終え、帰り支度を整えていた哀に歩美が声をかける。それに真っ先に反応したのは、当の哀本人ではなく彼女たちをソワソワした態度でチラチラ見ていた男たちであった。
彼らは、一斉に哀たちへと振り向くと次の瞬間には崩れ落ちる。朝から哀と歩美からチョコを貰えるのではと期待し続けていた彼ら。しかし、二人は友チョコを配るだけで、義理チョコさえ配る気配がない。それでも微かな希望を抱いていたのだが、それさえも砕け散ってしまい絶望したのである。
そんな男子生徒の反応に驚く歩美を他所に、哀は普段通りの口調で問いかける。
「別にいいけど、アナタ部活はいいの?」
「えっ? ああ、部活は休みなの。何でも十年前くらいにある女子テニス部員が、『バレンタインは女子の一大イベント! こんな日に部活なんてしてられない!』って言ってから、バレンタインの部活は休みにするのが伝統らしいよ?」
「そう……変わった人がいたのね」
哀の脳裏にある女性の姿がよぎったが、どうでもいいかとその考えを切り捨てる。それよりも彼女には、周囲の視線の方が気になった。朝登校してきてからというもの、何処に行っても探るような視線が向けられる。普段から視線を向けられることは多かったが、今日のソレは異常である。
(一体何だって言うのよ。遠くからチラチラと……気づかれてないとでも思ってるのかしら? 大体、言いたいことがあるなら口にしなさいよね)
哀はそう考えるが、男子連中からすれば哀に言えるはずがない。何故なら、その視線は哀が自分にチョコを渡すかもしれないという期待の視線なのである。事前に元太たちから、チョコを用意しているという情報を得ているだけに、その視線に尚更力が入るというものである。
そんな男子たちの考えなど知る筈もない哀は、帰り支度を終えると歩美に声をかける。
「さ、帰りましょうか」
「あ、うん。そうだ、帰りどっか寄ってく?」
「今日はまっすぐ帰るって言ったでしょ?」
「あ、やっぱり? ま、歩美と寄り道するよりコナン…「ちょっといいかな?」…えっと……?」
歩美の言葉を遮り話しかけてきたのは、教室に入ってきた別のクラスの男子生徒。確か、バスケ部期待の新人だったなと歩美が思い出していると、その男子生徒は哀と歩美の正面に立つ。
「何かしら? 早く帰りたいのだけど」
「いや、君たちがいつまでもボクのところに来ないからね。ボクの方から来たと言う訳さ」
「「……はぁ?」」
男子生徒の言葉に疑問符を浮かべる哀と歩美。教室に残っていた他の生徒たちも、それは同様である。
そんな教室の空気を無視して、男子生徒は話を進める。ある意味大物である。
「今更恥ずかしがらなくてもいいよ。君たちがチョコを用意してることは、既に知っているよ。さぁ、ボクにその思いの詰まったチョコを……」
「さ、帰りましょ」
「そだね」
男子生徒を見なかったことにした哀と歩美。彼女たちは男子生徒の横を通り過ぎると、そのまま教室をあとにする。
男子生徒は、哀たちが帰ったことにも気づかず話を続ける。彼が我に返ったとき、教室には彼一人であった。
「ふふっ、ホントにシャイだね。そんなに恥ずかしがることないのに。いや、それともボクからアプローチして欲しいのかな? そうだ、ホワイトデーにプレゼントを贈ってあげようじゃないか!」
彼はとても前向きであった。
「あの人、何がしたかったのかな?」
「さぁ? 興味ないわ」
教室をあとにした二人は、先程の男子生徒について話すが、哀は興味がないようである。また、話を振った歩美もそこまで興味はなかったようで、すぐに次の話題へと移る。
「で、結局今年もコナンくんにはチョコはないの?」
「ないわよ? アナタも今朝見たでしょ? 彼に渡さなかったのを」
「まぁ、そうなんだけどさ」
今朝と言うのは、学校で渡して騒がれるのを嫌った哀が、登校中に元太と光彦に仲間チョコをあげたときのことである。その際、歩美も渡しており、彼女はコナンにもちゃんと渡している。
「でも、家で歩美たちに内緒で渡したり……」
「しないわ」
歩美の問いかけに一言で答える哀。その姿に、歩美は今年もダメだったかと肩を落とすのであった。それでも、来年こそはと会話をしながら気合を入れる歩美であった。
そんな彼女たちが校門に差し掛かると、聞きなれた声が聞こえてくる。
「遅い」
「コナンくん!? 部活は? っていうか、何でそんなとこにいるの?」
「オレもいるぞ?」「ボクもです」
「小嶋くんに円谷くんまで……」
聞こえてきたのはコナンの声。彼が姿を現すと、それに追従するように元太と光彦も現れる。彼らが居たのは、駐輪場の裏。丁度、校舎からは死角となる場所であった。
「いやー、サッカー部に行こうとしたら先輩から、コナンがいると練習にならないって」
「それはオメーも一緒だろ?」
「仕方ありませんよ。最近は二人目当て練習を見学しに来る生徒が多かったですからね」
生徒会でも問題視されていましたと、光彦が続ける。どうやら、バレンタインということで普段以上に女生徒が集まることを危惧した先輩が、二人を遠ざけたようである。
「それはまた……で、光彦くんは?」
「ボクは単純に生徒会の仕事がなかったので。久々にコナンくんたちと帰ろうかと」
「で、何で隠れてたのよ?」
「サッカー部を休まされたっていうのに、堂々と待ってられっかよ」
少し不機嫌そうに言う元太。サッカー部を休むのが不本意だったのだろう。
「ま、そう言う訳。さっさと帰ろうぜ?」
そう言うと、さっさと歩き出すコナン。それを追いながら、歩美は元太と光彦に今日の成果を聞く。
「で、どれくらい貰ったの?」
「ボクはクラスの方の義理チョコを除くと……十個ですね。尤も、全部義理でしょうけど」
「オレもそんくらいだな。コナンは、クラスのヤツらの義理チョコ以外はゼロだけどさ」
元太の言葉に驚く歩美と光彦。余程以外だったのか、足を止めている。
「ゼロ!? コナンくんが!?」
「ま、昼休みは保健室に逃げてたからな。コナンのヤツ。で、部活は休みになったし、下駄箱とか机に置いてくのは禁止されたじゃねーか」
その元太の言葉に納得する歩美と光彦。基本的に他のクラスの生徒がチョコを渡すのは、昼休みか放課後である。その両方を回避してしまえば、必然的に他クラスの生徒からのチョコはゼロになる訳である。
「そっかぁ。今年は一杯貰って、哀ちゃんが嫉妬して仲が進展するかもって期待したんだけどなぁ」
「ま、灰原が嫉妬してる姿なんて想像出来ねぇけどな」
「確かにそうですね」
元太の言葉に光彦が同意する。歩美も声にこそださないが、同感のようである。仮に嫉妬したとしても、哀がソレを表に出すかと言われると首をかしげずにはいられない。
「ま、オレたちが何もしなくても、あの二人ならそのうちくっつくって」
そう言って、前を歩く二人を眺める元太。その視線の先には、並んで歩く哀とコナンの姿。コナンの言葉に相槌を打つ哀。そんな二人の姿を見た歩美は、思わずと言った感じで言葉を紡ぐ。
「何というか……幸せそうだよねー。別に哀ちゃんもコナンくんも笑っている訳でもないのに、何処か楽しそうだし」
「ですね。今も二人の世界のようですし。アレ、絶対ボクたちのこと忘れてますよ」
「久しぶりに一緒の下校だからじゃねーか?」
彼らの生暖かい視線に気づくことなく、コナンと哀は歩いていくのであった。
――下校中のコナンと哀の会話:抜粋――
「で、いつものは?」
「心配しなくても準備してあるわよ。ま、失敗しても文句言わないでよ?」
「お前が失敗するかっての。それに失敗したとしても、お前の手作りなら喜んで食べるぜ?」
「あら、そうなの? じゃ、今年は間違えてレーズンを入れてみようかしら」
「なっ!?」
「冗談よ。折角アナタの為に作るのに、そんなことする訳ないじゃない」
「……マジで冗談だよな?」
「……」
「何か言えよ!?」
これにてバレンタイン中一編は終了です。
バスケ部期待の新人。彼が今後登場するかは未定。名前も未定。
帝丹テニス部の伝統。
これらは拙作内の設定です。
感想頂けると喜びます。
活動報告にてリクエスト受付中。まだまだ募集中です。気軽にどうぞ。