時間軸は小学五年の二月。
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阿笠邸のリビングにはソファーで本を読むコナンと哀の姿があった。
コナンは推理小説、哀はファッション雑誌。
彼らの間に会話はなく、穏やかな食後のひと時を過ごしていた。
その穏やかな静寂を破ったのは、哀であった。
「これ、博士のことじゃない?」
コナンはその言葉に体を起こす。後頭部で感じる心地よい感触から離れたくはなかったが、このままでは読めないのだから仕方ない。
「どれ?」
哀はコナンが体を起こし始めたので、髪を撫でていた右手を引き戻す。そのまま、雑誌を両手で持ち直すと、二人で読みやすいようにとコナンに自らの体を寄せる。
「ほら、この記事に書いてある初恋の人って」
哀が指差した記事は、フサエブランドのインタビュー記事。その中で、フサエ社長がイチョウのマークにまつわる思い出話の一旦として、初恋の話をしていた。
――イチョウのデザインはどのようにして生まれたのでしょうか
もともとイチョウは好きだったんですが、ブランドデザインになったのは偶然なんです。小学生の頃、転校する時に初恋の人に“十年後に再会しよう”って手紙を出したんです。その再会場所がイチョウの木の下だったんです。そして、十年後……
――再会できたんですね。それで、その思い出のイチョウをマークに?
いいえ。来なかったんです。それで、来なかった彼のことばかりを考えていた時に、無意識に描いていたのがイチョウのデザインだったんです。それが、評判がよくて……そのままブランドデザインにしたんです。
――そうなんですか。その方とは結局?
実は再会出来たんです。約束したイチョウの木の下で。時間は掛かってしまいましたが
――まさに、運命の人と言う訳ですね?
その後も様々なインタビューが記事には掲載されていた。イチョウデザインは何処かにいる運命の人への密かなメッセージだったとか。そもそも、イチョウを好きになったのも、その彼の一言がきっかけだとか。インタビュー記事の半分が運命の人――博士――についてだったが。
「博士がすぐにあの暗号を解読できていたら……イチョウのデザインは誕生しなかったのかもしれねぇな」
「さぁ、それはどうかしら。その場合は、“初恋の人との思い出”にきっかけが変わるだけかもしれないわよ?」
「ま、仮定の話をしてもしょうがないか……。ただ……」
「ただ?」
「結局、二人が出会わなければ生まれなかっただろうなって。きっと、あの二人は出逢うべくして出逢ったんだろうなって」
「運命の二人ってこと?アナタがロマンチックなこと言うなんて……」
「悪いかよ?」
「別に?」
そこまで言うと、二人は顔を見合わせて笑う。そんな二人に背後から声がかかる。
「あ~ら。仲良しさんね、お二人さん?」
突如かけられた声に二人が振り向く。そこには、満面の笑みで二人を見つめる男女の姿が……
「か、母さん!?父さんまで……。い、いつから?」
「有希子さん!?優作さんも!?……え?なんで?」
驚愕の声をあげるコナンと哀。二人の驚く姿を満足げに見ていた男女――優作と有希子――は、一通り二人の驚く姿を堪能した後、口を開く。
「いつからって……。哀ちゃんが“博士のことじゃない?”って言うちょっと前からかな?」
「気がつかないとは……お前もまだまだだな」
「あら、しょうがないわよ。二人ともお互いのことしか頭にないんですもの。二人はラヴラヴだものね」
「ああ。それなら、仕方がないな。全く……見せつけてくれる」
コナンと哀は否定をしようと口を開くのだが、開いた口からは意味ある言葉が出てこない。
「大丈夫。哀ちゃんは見えてたけど、コナンちゃんはソファーで見えてないから。膝枕してたとしても見えてないから!」
「まぁ、お前が体を起こす姿を見れば、どんな体勢だったか予測はつくがな」
コナンと哀は絶句する。決定的な場面は見られていない……が、見られたも同然だ。コナンは話題を変えることにする。
「で?連絡もなしに来て、何の用だよ?」
「残念ながら、コナンちゃんに用はないのよね。今日の目的は哀ちゃん」
「私……ですか?」
「そ。バレンタインのプレゼントを贈ってくれたでしょ?そのお礼をしにね」
「そんな……。毎年言ってますが、そういうつもりで贈った訳じゃ……」
来日の理由を聞くと、バレンタインのお礼に来たと答える有希子と、それを断る哀。毎年繰り返されるやり取りではあるのだが、今年は違う点があった。
「いつもホワイトデーに合わせてプレゼント贈ってくるじゃねぇか。しかも、今は二月の終わり。プレゼントのお礼をするには早すぎじゃねぇか」
「ああ、それはね?これ!」
そう言うと、有希子はカバンから包みを取り出すと哀に渡す。コナンと哀が包みを見ると、それはフサエブランドのものであった。
「あっちで先行販売してたヤツ。私とお揃いのお財布なのよ~。それで、こっちが……」
有希子がもう一つ包みを哀に差し出す。先と違うのは、コナンにも包みが差し出されていることだ。
「これは、私からのバレンタインプレゼント。中身は色違いのハンカチと優作の新作」
「父さんの新作がバレンタインプレゼントって……。いや、嬉しいけどさ」
「私だけ二つも……。それにお揃いなんて」
「いいのよ。哀ちゃんのはバレンタインとホワイトデーの二回分だもの。だから、この時期に来たのよ」
バレンタインとホワイトデーの両方のプレゼントを渡す為に、二月末に来たのだと語る有希子。
そんな母親にコナンは呆れた目を向けた後、優作と話を始める。
「で、父さんまでこっちに来て大丈夫なのかよ。新作がここにあるってことは、多少余裕あるんだろうけどさ」
「実は……なんてな。次回作の構想の為と言ってあるし大丈夫だろう。それより……」
優作はそう言い有希子と哀が話し込んでいるのを確認すると、二人に聞こえないようにコナンに話かける。
「邪魔をしたみたいだな」
「……いや、まぁ」
「まぁ、許せ。有希子もお前たちに会うのを楽しみにしてたんだ」
「いや、別に怒ってないけどさ」
「そうか。で、これなんだが」
優作はコナンに白い封筒を差し出す。受け取ったコナンが中身を確認すると声をあげる。
「これって、高級ホテルのディナー招待券じゃねぇか!!しかも、ホワイトデー特別って……」
「哀君と行ってくるといい。安心しろ、話は通してある。私の息子と嫁が行くとな」
「よ、嫁って……。それに息子ってのも。何より小学生が行けるか!!」
「ハハハ、冗談だ。私のファンの子達に一夜の夢を与えたくてと言ってある。小学生二人で行くこともな」
「それならいいけど……。いや、いいのか……?」
状況を把握しきれず悩むコナンに、優作が笑いながら話を続ける。
「そこでホワイトデーのプレゼントを渡せばいいじゃないか。私からのバレンタインプレゼントだよ。勿論、哀君には内緒にしておくさ。有希子にも、な。サプライズは女性に喜ばれるからな」
「ありがたいんだが……。プレゼントのハードルが……。これで、下手なヤツは贈れなくなっちまったな」
「ハハハ、悩め。金が必要なら融資してやってもいいぞ?」
明るく朗らかに笑う優作と、真剣に悩み考え込むコナン。対照的な親子の姿がそこにはあった。
コナンと優作が二人で会話を始めた頃、有希子と哀も二人に聞こえないように会話していた。
「優作とコナンちゃんの会話……気になる?」
「いえ。それより、私なんかとお揃いっていいんですか?……それに先行販売してた財布って高かった記憶が……」
「ああ、いいのいいの。気に入っちゃたんだもの。それに娘とお揃いって憧れだったのよね~」
「む、娘って……」
有希子の言葉に照れる哀。娘の様に接してくれているのは承知のことだが、面と向かって言われるのは未だ慣れていないのだ。
そんな哀の様子を可愛いと思いながら、有希子は話を続ける。
「それより、ごめんなさいね?」
「何がですか?」
「コナンちゃんからのお返しが霞んじゃうかなって。ホワイトデーの時、がっかりしないでね?」
「まだ先のことを心配しても……。それに彼がくれるものなら……」
そこまで言うと、頬を朱に染める哀。その姿を見た有希子は、我慢できずに哀に飛びつく。
「可愛いー!!やっぱり、可愛いわ!!」
「ちょ、苦しいです!有希子さん!」
「あら、ごめんなさい。……って、優作もコナンちゃんも盛り上がってるわね~。優作ったらあんなに笑って」
「本当ですね。それにしても、何を考え込んでいるのかしら?」
哀は笑う優作と悩むコナンを見る。笑う優作も気になるが、考え込むコナンの方が哀には気になった。
(何かしらの暗号でも出されたのかしら?本当、謎が好きな親子ね)
コナンたちを見ていた哀は、何か言いたげな有希子の視線に気づく。
「どうかしましたか?」
「面白いなって」
「確かに、あの光景は面白いですけど……」
「ううん、そうじゃなくて。私と哀ちゃんであの光景を見ても、視界の中心っていうか……考えの中心?まぁ、そういうのが違うんだなって」
「はぁ」
「私はあの光景を見て、優作が笑っている理由について考えていたわ。けど、哀ちゃんはコナンちゃんが、何で考え込んでいるかを気にしたじゃない?」
有希子は、哀に笑顔を向けて続ける。
――私と違ってコナンちゃんを中心に考えたんだなぁって
阿笠邸のリビングでは、カラカラと笑う工藤夫婦と考え込むコナン、顔を朱に染め俯く哀の姿がしばらく見られるのであった。
工藤夫婦来襲でした。
作中にイチョウ関連のネタは模造設定です。
有希子たちが新一ではなく、コナンと呼ぶ理由は本編で明かされる筈です。
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