「さて、図らずも当初の目的は果たせた訳だ。まぁ、あの様子だと二、三日は新一に対する怒りはおさまらないだろうな……」
蘭と言う嵐が去った後、優作が新一たちに話しかける。
「そんなに怒ってたのか?」
言われた新一が問うのは、ようやく変装を解いた哀。彼女なら面白がって誇張する両親とは違って、真実を告げてくれるだろうという確信がある為である。
そこまで信用されているとは知らない哀は、先程肩をいからせて帰っていった蘭を思い出しながら答える。
「確かにかなり怒っていたわね。彼女、私と違って喜怒哀楽がはっきりしている人だとは思っていたけど……あそこまで怒っているのを見たのは初めてね。まるで別人みたいに激昴していたわよ、彼女」
「まぁ、蘭ちゃんからすれば哀ちゃんは他所の子だし、そこまで怒っているところは見せないわよ。でも、怒鳴ったりはしなかったから、蘭ちゃんも抑えていたとは思うわよ。その分、怒りが持続するかもしれないけど」
うんうんと頷きながら哀の疑問に答える有希子。小さい頃はよく新一と蘭は怒鳴り合いの喧嘩をしていたものだと、昔を懐かしんでいた。
「ま、これで蘭も疑わないだろうし。当分は連絡しなくても、事件に集中してたってことで、誤魔化せるだろうからいっか」
「アナタがそれでいいなら、それでいいんじゃない?」
気楽な新一の言葉に、哀は投げやりに返す。乙女心を軽視している新一の気楽さにイラついているのもあるが、それをわざわざ忠告する気もない為である。
「ま、蘭くんのことは片付いた訳だが……新一はコナンに戻るまでどうするんだ?」
「あー、予想では明日の……午後六時くらいだっけ?」
「誤差はあるでしょうけど、それくらいでしょうね。出来れば、それまでの間は私に付き合って欲しいのだけど」
「やだ、哀ちゃん大胆!」
「この機会にデータを取りたいのよ。まぁ、設備の問題があるから基本的には何時間かに一度、体調とかの経過観察をする程度なんだけど」
「優作~、哀ちゃんが冷たい~」
有希子のからかいの言葉を気恥かしさから無視していた哀だが、有希子が哀が冷たいと優作にすがりつき、優作が有希子をなだめ始めると新一に無言で助けを求める。
哀には、有希子のようなタイプの人間と接した経験がない為、どう対応すれば良いのか分からないのである。
「あー、気にすんな。別に気を悪くしたとかじゃないから。で、明日は引き籠る予定だったんだが……お前明日は学校休むのか?」
「当たり前でしょ? 誰が経過を記録するのよ」
「いや、父さんと母さんもいるしさ。体調観察程度なら、お前じゃなくても……」
「残念だが私は無理だぞ、新一。明日の昼はこっちの出版社と約束があるからな。この機会に取材を受けることになっているんだ」
「私は江戸川文代として、小五郎君のとこに行ってくるわ。それで、コナンが学校を休むことと、明後日の朝に日本を発つってことを説明してくるつもり」
優作が明日は予定があると言うと、有希子も有希子で江戸川文代に変装して小五郎と会うという。
「じゃ、博士……は学会で居ないのか」
「そういう事。それに、灰原哀も博士の学会について行っていることになっているの……忘れたの?」
哀の言葉に視線をそらす新一。直近のゴタゴタですっかり忘れていたようである。
結局、明日は優作と有希子の二人は外出し、新一と哀は工藤邸で待機することになるのであった。
翌日、新一と哀は優作と江戸川文代の格好をした有希子の二人を見送ると、本日二度目の経過観察を行っていた。
「……朝より少し体温は高いわね。気分の方はどう?」
「問題ねぇって。にしても、服部のヤツは面倒くさかったなー」
「……起床直後との差も想定内の値ね」
「アイツ、江戸川文代について納得したのはいいけど、自分の方が先に真相を見抜いたとか自慢してきてよ」
「そう。……口開けて……次、舌。……変わりないわね。はい、終わり。次は、お昼の後ね」
「……聞いてる?」
淡々と検診を終えた哀に、思わず尋ねてしまう新一。哀は、そんな新一を気にせず検診に使用した道具を片付けている。
「ええ。西の探偵さんとくだらない言い争いをしたんでしょ? ああ、次の検診まで自由にしてていいわよ」
「じゃ、久しぶりに原書の方でも読むかな。お前も読むか?」
「遠慮しておくわ。有希子さんが戻ってくるまで、データをまとめたいし。有希子さんが戻って来たら、お昼の準備を手伝う約束してるしね……」
道具を片付け終わった哀が、新一の方を振り向くと既に小説に没頭している新一の姿が。その姿を見た哀は、ため息を一つするとデータをまとめていくのであった。
「うん、やっぱり哀ちゃんって筋がいいわ。味付けもばっちりだし、これなら新ちゃんも満足するに違いないわ!」
「ありがとうございます。まぁ、彼が満足云々と言うのはどうでもいいですが……」
小五郎のところから戻って来た有希子が、哀と一緒に昼食の準備をしていた。小五郎との話はすぐに終わったらしく、準備する時間はたっぷりとある為、時折様々な話題を交えながらの作業である。
「そう言えば、私のレシピって活用してくれてる?」
「ええ、まぁ。彼が夕飯を食べていく時とかに。博士が一緒の時は、油物は避けていますけど」
「あー、博士が一緒だと油物はねー」
博士の体型を思い浮かべ苦笑する有希子。同時に、哀の言葉から自分のレシピがほぼ新一専用となっていることや、二人で食事をすることがあることに気がつき、自然と微笑みが浮かんでくる。
「じゃ、今度博士が居ないときは油物作ってあげないとね?」
「え? ……まぁ、博士がいない時なら……」
「お願いね、哀ちゃん」
楽しそうに笑う有希子を、哀は不思議そうに見つめるのであった。
昼食を食べると有希子は再び外出――今度は買い物――し、新一と哀は読書しながら数時間おきに検診を行っていく。
やがて、優作と有希子が帰宅すると新一がコナンへと戻ると推測される時間であった。
「ふむ。苦しんでいるな」
「何を冷静に……」
「いや、私は哀君を信じているからな。新一も小さくなる以外に害はないだろうさ」
新一の悲鳴が高くなっていくのをバックコーラスに、どこか呑気に会話していく二人。心配していない訳ではないのだが、幼児化する際の痛みは経験済であるコナンから心配は不要と言われた為に、そう振舞っているのである。
「……有希子さんも十分冷静ですよ」
「あら、終わった?」
「終わったって……他に言うことねーのかよ」
気だるそうに告げる子供の声。その声の持ち主に、有希子は笑って告げるのであった。
「じゃ、こういうのはどう? また会ったわね、コナンちゃん?」
章タイトル『蘇っただけの探偵』で良かった気がします。
あと一話で5章は終わりです。次話は原作に少し戻ります。
解毒薬の効果時間
これらは作中設定です。
関連活動報告は【コナン】。
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作中に登場する人物、企業、建物、団体はフィクションです。