そんなわけで遅くなりましたが、八月編です。
急に黙り込んだコナンに不思議そうにしながら、哀は夕飯の準備に取り掛かる。準備と言っても、ハンバーグを作るのは初めてなのでレシピの確認からなのだが。レシピ本でハンバーグの作り方を頭に入れながら、哀が口を開く。
「そういえば……」
「ん?わりぃ……何か言ったか?」
「まだ何も言ってないわよ。……そういえば、アナタのご両親がこの前来たじゃない?」
「母さんたち?……ああ、お盆の時か。それがどうかしたか?」
「その時、色々話しをしたんだけど」
「あ~、そうだっけ?オレは父さんと事件の話しかしてない気が……」
「アナタたちは……ね」
頭を掻きながら答えるコナンに、呆れた目を向ける哀。
「そ、それで?色々な話をしたからどうしたんだ?」
「……ハァ。いいわ。大した話でもなかったし」
そんな哀の視線から逃れようと、コナンが慌てて話を戻すが、呆れたのか哀は話を続ける気はないようで顔をレシピ本に向ける。
コナンは哀の態度に少々ムッとしたが、すぐに本に視線を向けると夢中になるのであった。
(本当、すぐに夢中になって……。それにしても、彼のハンバーグの好みを確かめようだなんて……。私も変わってきているのかしら。……いいえ、これも有希子さんが嬉々として色々彼のことを話してきたからよ。ええ、そうに決まってるわ。だから、記憶に残ってて……)
本に夢中なコナンを横目で見ながら、哀はコナンに尋ねようとしたこと――ハンバーグの好み――についての言い訳を頭の中で連ねる。それと同時に、お盆の出来事――有希子と優作との邂逅した時のことを思い出していくのであった。
その日、阿笠邸には呼び出されたコナンと住人である阿笠、哀の三人がいた。
「何で呼び出したんだ?しかも、泊まる準備までさせてよ」
「私は知らないわ、大体、呼び出したのは博士なんだから、博士に聞きなさいよ」
「ハハハ、まぁすぐに分かるんじゃ。その時まで、内緒ということでいいじゃろ?」
「まぁ、構わねぇけどさ……。それでその時ってのは、一体いつ来るんだ?」
「ふむ……。もうすぐ来る筈なんじゃが……」
時計を確認しながら阿笠が告げる。すると、玄関から人の来訪を告げるチャイムの音が。
「お、来たようじゃの。迎えに行ってくるから、君たちはそこで待っておるんじゃぞ」
履いているスリッパをパタパタ鳴らしながら、玄関へ向かう阿笠を見送るコナンと哀。二人とも、来訪者に興味があるのか、玄関の方向を見続けている。しばらくすると、阿笠が二人の人物を連れて戻ってくる。その二人を見たコナンは目を見開きながら驚き、哀は何処かで見た二人に首を捻っている。哀がその二人が誰なのか考えていると、答えは隣からもたらされた。
「父さん!母さんも!……え?何で?」
「え?……ご両親?」
驚くコナンと哀に、来訪者――優作と有希子――は朗らかな顔で挨拶をするのであった。
「よぉ、新一。初めまして、哀君」
「やっほー、新ちゃん!元気してた?哀ちゃんも!」
矢継ぎ早に質問を続けるコナンを優作に押し付け、有希子が哀の元へと歩み寄る。そのまま、笑顔で哀の前へと進んだ有希子は、未だ事態を飲み込めていない哀に声をかける。
「ハロー、哀ちゃん。実際に会うのは初めてだから、はじめましての方がいいかな?工藤有希子。新ちゃんの母親よ」
「は、はじめまして。灰原哀と名乗ってます。本名は……「ストップ。前にもいったと思うけど、それはいいの。新ちゃんも知らないんでしょ?」……確かに彼には言ってませんが……。いいんですか?」
「ええ、構わないわ。前にもいったでしょ?哀ちゃんが自分から言える時に、教えてくれればいいって。それに、新ちゃんより先に知っちゃったら嫉妬されちゃうわ」
「はぁ」
有希子の勢いに飲まれたのか、気の抜けた返事をする哀。有希子はそんな哀の様子など気にせず、話を続ける。
「それで、私たちが何で此処にいるかって言うと……」
「言うと……?」
「私が君と話をしてみたかったからさ。まぁ、新一に会いに来たってのもあるがね」
哀の言葉に答えたのは、いつの間にか哀たちの方にやってきていた優作であった。その背後には、やけに疲れた顔をしたコナンと笑顔の阿笠が見える。
「私と……ですか」
優作の言葉を聞き、硬い表情になる哀。哀は有希子とは幾度か電話やメールでやり取りをしている。コナンのことで、哀を責めるつもりもないと聞いている。優作も同じ気持ちであるとも。
しかし、責められても仕方がないことをしたと思っている哀にとって、優作の話をしたかったという言葉は、どうしても想像してしまうのだ。自分を責める為に、会いに来たのではないかと。
最もその哀の想像はすぐに、吹き飛んでしまうこととなる。有希子が優作にツッコミを入れたからである。
「な~にが、君と話をしてみたかった……よ。編集から逃げたくて勝手について来たくせに!全く、私を口実に逃げないでよね!」
「またやったのかよ……」
「え?またって……?」
有希子の言葉に肩を落とすコナン。そんなコナンが零した言葉を聞いた哀が、その意味を尋ねる。
「父さんは、編集から逃亡する作家としてその世界では有名なんだ。日本に居た頃は、事件の捜査に協力するって名目でよく逃亡してた。あっちに活動の拠点を移してからも、たまにな」
「そう……なの?じゃあ、私と話をしたいっていうのは?」
「全くの嘘ってわけでもないだろうが……。多分、逃げるついでに母さんについて来たってのが正解だと思うぜ?」
そのコナンの言葉に、有希子に文句を言われていた優作が口を挟む。
「それは違うぞ、新一。哀君のようなレディーに会うことを優先しただけだ。逃げるのがついでだ」
「あら~、そんなに哀ちゃんに興味があったのね。私には、“有希子と一緒にいたいからさ”なんて言ってたのに……。女は若い方がいいってことなのね!!」
「いや、それは違うぞ。有希子と過ごしたかったのも本当さ」
「“も”っていったわね?私が一番って言った、あの日の言葉は嘘だったのね!」
「こ、これ、二人とも。子供の前で……」
「そんなわけないじゃないか。僕には君が一番さ。君しか見えていないと言ってもいい」
コナンと哀、それと二人の喧嘩を止めようとした阿笠を無視して、二人の世界をつくる優作と有希子。目の前で突如始まったことに、呆気に取られる阿笠と哀。コナンは頭が痛いと言わんばかりに、頭を手でおさえていた。
「ハァ……。また、始まった。ガキの頃から、何かとこの寸劇をするんだよ」
そう言うと、コナンは顔をしかめるのであった。
世界的推理小説家、工藤優作。その妻であり、伝説の女優と言われた工藤――旧姓、藤峰――有希子。
――これから先、末永い付き合いとなる二人と哀は、こうして出会ったのであった。
回想パートは八月編へ。今回は導入編なので短く。
七月編でさらっと流しましたが、夏休みには色々してたんですよ。
海に行った時は、事件の後に哀が蘭によろしくと言ったり。
え?光彦が蛍探しに行く話はないのかって?組織が微妙に絡むので、ありません。
ハンバーグ云々、有希子と優作の寸劇はこの作品内での設定です。
EFは展開に悩み中なので、お待ちください。
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