進行が遅くて申し訳ありません。
日付は変わって家庭訪問の翌日。
阿笠邸のリビングに朝食の席にもつかず呆然と立ち尽くす阿笠の姿があった。
「ワシの朝食は……?」
「何言ってんだよ博士?そこに用意してあるじゃねぇか」
「そうよ。朝食抜きなんてことしないわよ」
阿笠が呆然と見つめる先にはパンにサラダ、コーヒーといったこれぞ洋食の朝食といったメニューが並んでいる。各自でサンドイッチにするのだろう。パンは大皿に盛られており、脇にはブルーベリー、イチゴの二種類のジャムにピーナッツバター、マーガリンが置いてある。さらに、キッチンから哀がスクランブルエッグにハム、ツナを持ってくる。
「……新一」
「なんだよ?早く座れよ。灰原と博士は何挟むんだ?
俺はピーナッツバター&ジェリーにすっかな~。懐かしいしな」
「……新一」
「だからなんだよ!」
「……博士?早く席につきなさい」
用意をすべて終えた哀がコナンの隣に座りながら阿笠に席につくように促す。
コナン達の向かいの席に着いた阿笠は二人に本当に食べていいのか尋ねる。
「これをワシも食べていいのじゃな?本当じゃな?」
「ハァ?何当たり前のこと言ってんだよ」
「そうよ」
二人の答えを聞いた阿笠はその言葉を理解しているのかいないのか固まっている。
そんな阿笠の様子にもう構っていられないと二人は朝食を食べ始める。
「おっ」
「どうかした?あっソレ取って」
「ほら。いや前にピーナッツバター&ジェリーのサンドイッチ作ったことあんだけどよ。
アメリカのヤツとなんか違ったんだけどさ」
「ありがと。ああ、それならこれが輸入食材だからじゃない?」
「ああ、なるほど。やっぱ向こうのじゃないとダメだったのか」
「私もアメリカで食べてた味が忘れられなくてね。いろいろなメーカーを試したのよ。
そうしたら結局輸入食材が一番だったの」
コナンと哀がピーナッツ&ジェリーのサンドイッチについて語っている間に、阿笠がようやく再起動を果たしたのか二人に再度話しかける。
「なぁ、新一」
「なんだよ」
「ワシはなんて幸せなんじゃ」
「どうしたんだ?急に?」
「昨日はトンカツ、今日は朝からジャムにピーナッツバター。
いつもなら絶対に食べることができんものばかりじゃ」
「……それで?」
「これも新一が泊まりに来てくれたおかげじゃ。……そうじゃ、いっそ新一もここで……」
「喜んでいるところ申し訳ないんだけど、これで最後だからね、博士。これからは厳しく」
「……いや、でもどうすれば新一を引き取れるんじゃろうか。ワシが預けたからの……」
「……聞いてないみたいだぜ?」
「……そうね。早く食べて学校行きましょうか」
阿笠にこれからは厳しく健康管理していくことを伝える哀だったが、阿笠はブツブツと小声で思案しており一切聞いていない。続きは学校から帰って伝えることに決めた哀はコナンに早く学校に行こうと提案する。昨日からの阿笠の暴走を体験しているコナンも哀の提案に異論は無かった。
「博士!俺たち学校行ってくるからな!」
「……有希子さんに手伝ってもらうかの?変装を有希子さんにしてもらって芝居を……
おお、そうじゃ芝居と言えば有希子さんに学芸会のことを伝えんと……」
「博士!行ってくるから食べたら片付けるんだぞ!」
「……え~と、時差が大体十四時間だったかの?「博士!行ってくるからな!」……ん?
おお、気をつけて行ってくるんじゃぞ!……今が七時四十分だから……大丈夫じゃな。
そう言えば授業参観もあったのぉ。でも、日程はまだ分からないし伝えなくとも……」
コナンの再三の呼びかけにも阿笠は考えごとに没頭しておりなかなか気づかない。
コナンが書置きをして学校に行くことを検討し始めた時にようやく阿笠が気づいた。
コナンは返事を返すなり再び考えごとに戻った阿笠に呆れた顔をすると玄関の外で待っていた哀に話しかける。
「行くか……。ったく何を考えてたのか知らねぇがあの暴走はどうにかならねぇかな」
「お疲れさま。まぁ、科学者は程度の差はあっても自分の考えに没頭するものよ。
没頭するってことはそれだけ集中力があるってこと。
閃きと忍耐、集中力、そして知識に……あとは好奇心。
どれも科学者の要と言っても過言ではないわ」
「博士の集中力が凄いってのは分かってるさ。じゃなきゃ、短期間で発明品をあんなに作れないさ。あとさっき挙げた他の要素も必要だってのもな。
それにしてもこうやって考えると科学者も探偵と同じだよな」
「どこが?全然違うと思うけど」
「お前がさっき言った要って探偵にも言えるんだよ。
ま、これは俺の考えだから他のヤツは違うって言うかもな」
「まぁ、知識や閃きは大体分かるけど。他はどうして?」
「忍耐は粘り強く証拠を探したり、真相の探求を諦めないために必要だろ?
で、集中力ってのは小さなことでも見逃さない観察力に繋がってるし、
推理している時は必ず集中しているものさ」
「まぁ、そうね。で、好奇心ってのは?」
今までの答えには納得できる。知識や閃きは推理の基礎となるものだろう。
忍耐も真相探求には必要になることも説明された今は納得できる。集中力なんて言われてみればもっともだ。だが、哀には好奇心は探偵の要とはどうしても思えなかった。
哀が答えを待っていると、それまでコナンは哀の顔を見ながら語っていたのに少し思案すると顔を正面に向けた。そして少し躊躇したあとに斜め上に顔を向け答え始めた。
「……これは俺の場合なんだけどさ」
「ええ」
「結局探偵って人種は謎解きが好きなんだよ。もちろん犯人を捕まえたいとか、悲劇を防ぎたいって気持ちもある。……自分でいうのも何だけどさ」
「あら、正義感があるってことじゃない」
「だけど、それなら警察官になればいい。探偵じゃなくて……な」
「そう……なのかもしれないわね」
「探偵ってヤツは事件の真相が知りたい、謎の答えが知りたい、真相が分かった時の快感が忘れられない……探偵なんてヤツはどっかで楽しんでいるのさ。宝探しみたいな謎解きだけじゃねぇさ。殺人事件の時でさえも……な。そんなヤツらに好奇心がないわけねぇだろ」
「……好奇心から始まるのが探偵。正義感から始まるのが警官ってことかしら」
「ま、そんな所だ。だから俺は探偵なんだよ……事件を楽しんでる所があるからな。
特に殺人事件は悲しみが溢れているのにな」
「……別にいいんじゃない?」
「え?」
「そこにある悲しみの感情を忘れないのなら。アナタは……忘れていないもの」
「……そうだといいな」
顔を斜め上に向けたまま、コナンが少し遠い目をする。哀にはコナンが何を考えているのかは分からない。
分かるのはコナンが
それが哀には少しだけ……ほんの少しだけ悲しかった
哀はコナンが言った要のうち好奇心は他とは違う意味であると知った。好奇心以外の要はどれも探偵をしていくときに重要であるという意味での要。しかし、好奇心は探偵の根底にあるという意味で要だったのだと。
(そんな所も科学者と同じなのね……。科学も探偵も根底にあるのは好奇心……か)
別に探偵と科学者に限った話ではないのかもしれない。それでも哀にはこの共通点にホンの少しだけ運命を感じずにはいられなかった。
その後は先程のやり取りなど無かったかのように普段通り話をしながら登校していく。
ただ、その内容はやはり小学一年生がするような話ではなかったが……
「それでさ、そのベイカー街の子供たちってのが、“ベイカーストリートイレギュラーズ“って言ってな。情報を集めたりしてたんだ。江戸川乱歩の作品にも少年探偵団が」
「少年探偵団と言えば……」
「ん?なんだ?」
「今日から学芸会の出し物の練習だとか円谷君言ってなかった?」
「ああ、言ってたな。仮面ヤイバーのセリフとか知らねぇっての」
「あらあら、大変みたいですね?仮面ヤイバーさん?」
「あらあら、そういうアナタも大変みたいですよ?女スパイさん?」
「「……ハァ」」
今日からの学芸会の準備を想像し気が重くなる二人。できることなら辞退したい。
だが、そういう訳にもいかない。どちらも主役級であるため、昨日は大いに揉めたのだ。
ここで自分たちが我が儘を言って迷惑をかけるわけにはいかない。
「今日の学活って……」
「四限よ。これから学芸会までは図工と音楽の時間が学活に変わるらしいわね」
「そうだっけ?……必要授業数とかどうなんだろうな」
「芸術活動だから代替扱いじゃないの?よく知らないけど」
「まぁ、帳尻合うようにしてあるか……。ともかく光彦だよな問題は」
「私とアナタの分はホントに出来上がってそうよね。絡みも多いでしょうし」
「だよなぁ……」
いつも少年探偵団の面々と待ち合わせしている場所に二人が着いたが、いつもなら既に居る光彦の姿がない。歩美と元太は既に来ているので合流すべく歩き出した。
二人は先の会話がいよいよ真実味を帯びてきたと感じていた。
「よぉ、歩美、元太」
「おはよ、二人とも」
「おう、コナン、灰原」
「おはよう!二人とも」
「で、光彦は?」
「光彦くんは先に学校に行ってるよ。台本を先生にコピーしてもらうんだって」
「もう全員分のセリフが出来たのか!」
「おう、昨日帰ってから光彦の家で三人で決めていったんだぜ。な、歩美?」
「うん。でもほとんど光彦くんが考えたから、歩美と元太くんは見てるだけだったよ」
「それに、アイツに俺がやる怪人にカッケーセリフを入れろって言ったらよ~。
無茶苦茶怒るんだぜ、アイツ。おっかねぇからそれから口出してねぇ」
「あれは元太くんにも問題あったよ。だって、急に仲間を裏切って“オレがここを食い止める!行け!ヤイバーアイツを倒してくれ”って」
「だってカッケーじゃんかよ」
「でも元太くんの役は劇のボスなんだよ?アイツって誰になるの?」
「うっ、そ、それはもういいじゃんかよ。昨日散々光彦に言われたんだからさ」
コナンが光彦について聞くと先に登校していると歩美が答えたため、四人で学校へと向かう。歩きながら話を聞いていると、三人で集まったはいいが結局光彦一人で台本を完成させたみたいである。
「まさか全員分とは思わなかったな」
「そうね。小嶋君の話だとかなり気合入れてたみたいだから練習もキツイかもね」
「……面倒なことになっちまったな」
その頃帝丹小学校職員室では……
「小林先生、台本書いてきましたので確認をお願いします。問題がないようでしたらコピーをしてください。そうですね、朝のHRまでまだ三十分ありますから十分で確認してそれから……」
「わ、分かったから。とりあえず確認するから、ね?台本渡してくれる?」
「ああ、すみません。これです。誤字を中心にお願いします。内容は流し読みでいいです。
あくまでもコレは草案なので、演者や他の方と読み合わせてから決定稿を出したいので」
「そ、そう?(コナン君に光彦君が気合入れてたって聞いて早く出勤したけど正解だったわ。まさか、全員分とは思わなかったけれど……)」
「あ、それと草案と言っても大きく修正することはないですから。
これに沿って今日の学活で必要な小道具とか決めたらどうでしょうか」
「そ、そうさせてもらうわね。ありがとうね光彦君」
(……この子本当に小学生なの~!?)
準備編 その1でした。次で準備編は終わる……はず。
作中にコナンが語った探偵の要はあくまでも私の主観です。
今回作中で触れた探偵の要はあくまで科学者と共通することであげているものです。
これ以外にも大事なことはあるでしょうし、必要なこともあるでしょう。
ご意見・ご感想お待ちしております。