――見覚えのある天蓋ね。
目覚めたルイズは内心そう呟いた。むくりと上体を起こす。どうやら寝ていたらしい。目元をこすり、くわぁ、と大きな欠伸。
眠気で蕩けた瞳にはきちんとした意志がなく、頭の思考も緩やかだ。なんとなく視線を窓に向ける。夜だ。それでも明るいのは、明りを付けているからだ。
と、そこでようやく思考が回り始める。
(…………?)
あれ、私、明り付けたまま寝てたっけ? 扉の方に目をやる途中――黒壇のテーブルの横で、キャンパス筆を振るっている長身の男が目についた。
「ブッ!?」
噴き出すルイズ。男――ラインハルトは視線を向けることなく筆を振るい続ける。
「起きたかね。淑女たるもの、寝起き早々に噴き出すのはどうかと思うが――」
「あ、あぁあああぁああんた、あんた、あんた……誰ッ!?」
ラインハルトの言葉を遮って指を指すルイズに、手袋を取ってルーンが刻まれた手を見せる。
「契約を交わした使い魔だが?」
「――――」
使い魔。布を摘まんで引き上げられるように他の記憶が蘇る。召喚の儀。鏡。黄金の男。学院長室での自分の本音。そして。そして、そして――ッ!
「あ――」
メーターが上がるように、ルイズの顔が下から上へと真っ赤に染まった。微笑をたたえるラインハルトの顔を――口を見て。
「ああぁあああああああああッ!? にゃあああああぁぁぁぁあああぁぁあああああ!」
悲鳴を挙げて、枕に顔面ダイヴ。
「――ッ! ――!? ……!」
足をバタバタ、パタパタと打ちあげられた魚のようにパンパンと柔らかいベッドを叩いて軋ませる。
耳まで真っ赤だ。
――キスした、キスした。キスしちゃったのだッ! よく覚えてないけどッ! なんか凄かったのは覚えているけどッ! 顔上げられないけどッ!
契約したことよりも、キスした――という意識しか今のルイズの頭の中にはなかった。脳内がピンク色、というわけではない。どちらかというとマーブルカラー。つまり混色、大混乱。
「――――ッ!?」
そして気付く……! 今、自分が寝間着であることに――ッ!!!!
「わぁああああああああ! わ、うわ、うにゃあああああああぁぁあああ!」
バッタンバッタン、ゴロゴロ、バタバタ。
ベッドの上で行えるだろうありとあらゆる移動、体勢、他などなど。そんなルイズの珍行動は行っている横で、ラインハルトはと言うと。
「……こちら色の方が映えるな」
自らの主の痴態よりも、自分が取りかかっている趣味に意識を向けていた。
■
十分後。
「………………ねぇ」
頭から毛布を被っていたルイズは落ち着いたのか、もそもそと顔を出した。とはいえ、顔の下半分を枕に埋めており、見える顔半分は仄かに赤い。
ルイズの呼びかけに、ラインハルトは筆を置いた。
「なにかね?」
「服、着換えさせたのって……」
「この学院の侍女だ。子女の、それも眠っている者の服を剥ぐわけなかろう」
当然と言えば当然の答えに、ルイズは大きく息を吸って――吐いた。思い切り長い溜息。
「……寝てた筈なのに、なんだか凄い疲れたわ……」
「寝疲れかね?」
「…………」
絶対に違うが、言ったところで理解してくれないような気がするので、先程から気になっていたことを聞く。
視線は黒壇のテーブルの上。山のように積もれた書物。タイトルのほとんどが地理や歴史書、生物などなど。
「その本は?」
「ミスタ・コルベールから借りたものだ。知らぬ地どころか知らぬ世界ゆえな、国家、宗教、地形、文化、文明、他にもあるが、学ぶことが多かった」
……多かった?
なぜ過去形?
「……もしかして」
「あぁ、全て把握した」
もう一度視線を向ける。本の山。数えてみればひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ……42冊。
「どんだけ速読なのよッ!?」
切れるルイズ。だが切れるポイントが妙にズレている。
「全てに目を通したわけではない。類似点を飛ばせば量は半分程度だ。読了しても姫君が起きぬのでな。今はその暇つぶしというわけだ」
それでも20冊以上あるわけだが。
「暇つぶし?」
ルイズはベッドから出たは、とことことラインハルトの隣に立ち、彼が暇つぶしと称したキャンパスに描かれた物を見て、感嘆の声を上げた。
黄金に輝く空に、銀色の鎧を纏った天使が踊っている。ゼロと馬鹿にされがちなルイズだが、その教養は学内トップ。当然、美術に関する知識量もだ。そんな彼女から見ても、ラインハルトの暇つぶしと称した絵画は素晴らしかった。
だが流石の彼でも時間がなかったらしく、まだ作成途中。それでも既に六割方完成している。
「我が祖国で描かれていた宗教画の一つ、『天に栄えよ』。勇猛なる戦士は死後、この絵画に描かれたヴァルキリーに英雄(エインフェリア)として招かれる。私もそうなると思っていたのだが、この地に呼ばれて生き永らえた。それを思うと、妙に描いてみたくなったのでね」
「画家もやっていたの?」
「なりたいと思った事はあったがね。今ではただの趣味だ」
趣味の領域を逸脱し過ぎだと思う。
「そして暇つぶしでもある。姫君が起きた以上、筆を振るうつもりはない」
「え、凄く綺麗なのに勿体ない」
「……ふむ、ならば完成させた後に贈呈しよう。私が描いたもので良いのなら、だが」
テキパキと慣れた手つきでキャンパスや絵具を片づけていく。それを眺めていたルイズは、ラインハルトの手の甲に浮かぶルーンを見て、最も確認しなければならないことを、今更ながら思いだした。
「そうよ、使い魔の契約! 成功したの――よね?」
首肯するラインハルト。
「あの教師は成功だといっておったよ。何分珍しいからとスケッチしていたがね」
「珍しい……そっか、そうよね。人間が使い魔になるなんて聞いたことないし」
「あぁ、文献には契約を交わした使い魔は主人の目となり、耳となる能力が与えられる記されていたが……」
そうと聞いたラインハルトがルイズから視線を外す。黄金の瞳は空に輝く星空に向けられた。
「何か見えるかね?」
目となる能力があるのなら、ルイズはその視界を通して星空を見る事が出来る筈だ。ルイズはラインハルトを見つめたまま唸り、目を閉じてまた唸る。が、すぐに脱力すると力なく首を振った。
「……何も見えないわね。同じ人間だと使えないのかしら?」
「そこは私も分からんよ。だがそれが使えたところで、あまり良いことはあるまい」
動物であるなら問題はないのだろうが、人間同士ではそうもいかない。常に監視されていることを意識されては、信頼関係など容易に生まれるはずもない。ラインハルトがそれに当て嵌まるかどうかは置いておくにしろ。
「まぁ、そうかもしれないけど……で、次は……えっと、使い魔は主人の望むもの――例えば秘薬の材料とかを見つけてくるのよ」
「ほう、秘薬か」
「作れる?」
「毒薬と解毒剤。あとは自白剤くらいか」
「すっごい物騒なんだけど……」
「物騒な世だったのでな。それでもこちらで同じような植物や虫がいなのであれば、どうしようもないがね」
「そう……。まぁ、秘薬に関してはいいわ」
あっさりと諦めるルイズ。彼女は魔法がまともに使えないため、魔法を用いて造られる秘薬等を作れないのだ。なので材料を持ってこられても、どうしようもないのである。
しかし主の威厳を保つ為か、その事には一切触れなかった。既に主人と使い魔の上下関係など完全に破綻しているが、彼女の中ではまだ有効らしい。すぐに話題が次に移る。
「最後が一番重要で、使い魔は主をその力で守るのが役目なの。でもラインハルトは問題ないわよね?」
召喚した時のあの威圧感。あれはブチ切れたルイズの母であるカリーヌを遥かに上回るものだったのだ。改めて思う、よく立ってられたな、自分――と。
だがラインハルトは是と返さなかった。
「無論――とは言いたいところだが、残念ながら私は魔法が使えん。空を飛ばれてはどうしようもない」
言外に、手が届くならどうとでもなると言っているようなものである。だがその意味にルイズは気付かなかった。え!? と驚いた声を上げる。
「あ、そうか。ラインハルトの世界って魔法がなかったのよね……ん? じゃあラインハルトって貴族じゃないの?」
世界が違っても、ルイズの頭の中では貴族=魔法が使えるの方程式は崩れない。そうであると教育され、今まで生きてきたのだ。
「私は血筋でいえばそう大層なものではない。音楽家の父は平民であったし、母の血は貴族であったが、格はそれほどのものではなかったよ」
「ふーん」
なるほど確かに。それが真実なら、家柄という点では公爵家であるルイズの方が圧倒的に上だ。だがそれで優位に立とうとか、まして見下すなどはありえない。契約する前にラインハルトの立場を聞いていたし、彼自身の発する波動というか存在感はまさに貴族。王者たれと言われる者のそれである。
例え両親ともども平民である、と言われた所でルイズの反応は変わらなかっただろう。
というか、まず信じてなかった。
「信じられんかね?」
顔に出ていたのか、内心思っていたことを当てられて焦るルイズ。
「え? だって……全然。まだ王様だって言われた方がしっくりくるわ」
「ルイズ」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれて驚くルイズ。自然と背筋が伸びた。
「覚えておくといい。血が貴ければその心もまた貴い――ということはない。血を誇るのは良い。それは先祖が詰み上げた功績の証明だ。だがそれ以上に誇るべきは心だ」
「……心」
「そうだ。貴族とは貴いから貴族であるのではない。尊ばれたからこそ、貴い者と語られ、そして次世へと継がれる。民を守り、強大なる敵に恐れる事無く迷いなき一歩を進める者こそが――」
「……本当の貴族?」
「然り。民を守らず、民の背に隠れる者は貴族ではない。ただの臆病者だ。その点、卿は真に貴族であった。周りの者らが怯え膝をつく中、最後まで立ち続けた。……自慢ではないがね、私と視線を合わせ続けられる者など、あちらではそういなかった。ゆえに誇れ。あの時の卿は、真に貴族であった。そして――おや」
高説を途中で区切り、ラインハルトはルイズに視線を向けた。
ルイズはなんだろう? と首を傾げると、瞼の端から雫が流れた。
「……え? あ、あれ?」
気付けば、涙が零れていた。慌てて袖で拭うが、すぐに滲んで。
「お、おかしいわ。な、泣いてないわよ! 泣いてないんだからねッ!?」
必死で取り繕おうとするけれど、声は段々と湿っていって。
「これは、その、涙じゃなくて……これは、ちょっと、違くて、ねぇ――ひぐっ」
気付けば――嗚咽も漏れていた。
「――ひっく」
そこでようやく、ルイズは自分が泣いていることを自覚した。
途端、胸の奥から溢れて来るなにか。目を擦ってもすぐさま涙で視界が揺らぐ。
――またか、またなのか。
泣きだした自分を罵倒する。一日に何度泣けば気が済むのだ。このままじゃ、泣き虫で情けない主だと思われてしまうではないか。
そうは思っても止まらない。滂沱のように流れていく透明な雫。出来るのは、せいぜい声を殺すことだけだ。
「――違く、て、ね……」
声が出せるなら、せめて言い訳したかった。悲しくて泣いているんじゃない、と。
悲しみとか悔しさとか、そんなことで涙を流したことは幾度もあった。たくさん流した。だから、もう、自分はそんなことで涙を流さないはずなんだ。
だから、これは違うのだ。
そういう、涙ではないのだ。
ただ、嬉しかったから――
『ゼロのルイズ』
何度、そう言われてきただろう。
『魔法の使えない半端者』
何度、そう馬鹿にされてきただろう。
彼らが友達と遊んでいる時、ルイズは必死に魔法の練習をしてきた。何度も練習して、練習して練習して――それでも魔法は爆発する。失敗続きだ。周りが十回やれば成功する魔法を、彼女は何千回と杖を振り続けても失敗に終わってきた。精根尽き果て、その場で失神することも珍しい事ではなかった。
他人だけではない。家族の期待にもろくに応えられない惨めな自分。ただ一人だけの味方が下の姉で、でもここにはいない。
それでもルイズは折れる事無く走り続けてきた。
誰よりも速く走っているのに、未だスタート地点さえ辿りつけない。
だから辿りつこうと、並び付こうと、そして追い越してやろうと、休むことを忘れて、一生懸命走り続けた。
努力は実る。その言葉を信じて走り続けた。頑張って来た。だがいくら水を灌いでも、努力の実らず、花は咲かず――。
そして今日。
ようやく花が咲いた。凄い花だった。花の名前はラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。見た目も立場も凄まじく、まるで黄金の獅子のようだ。例えグリフォンやドラゴンだって、この使い魔には敵わないだろう。
そして、誰よりも王者のような男。
一目見てすぐに、この人に認めてもらいたいと思った。
誰よりも。馬鹿にしてきた連中よりも、キュルケよりも、姉よりも、母よりも――。
そう思っていた相手に、お前は真の貴族だと、言ってもらえたのだ。
言ってくれたのだ。
認められたのだ。
認められたのだ!
これが嬉しくないわけがない!
ただ、嬉しすぎて、溢れた感情が涙になって、溢れてしまっただけなのだ。
そう――言い訳しようと、言葉にするのだけれど。
「ひぐ、うぇ、ええぇぇえ、ごめ、だ、らぁ――違くひっく」
言葉にならない言葉しか出てこない。ラインハルトの服を掴み、違う、違うんだと首を振る。言葉で伝わらないならせめて行動で、というつもりなのだが、もはやただ泣いているだけにしか見えず。
それを、ラインハルトは変わらぬ微笑のまま、ルイズの頭に手を置いた。ルイズの小さな頭をすっぽりと覆う大きな手。
あの時と同じだ。情けないと思うと同時に、安心して嬉しく思う自分が恨めしいような、単純なような……。
「誰が認めずとも、私が認めよう。その心は貴族であり、エインフェリアに相応しい魂だ」
あぁ駄目だ。まだ止まらない。また決壊する。
ポロポロと流れる涙。
魔法が使えないという劣等感を抱いてから溜り続けてきた、彼女の不安、怯え、恐怖。心に沈澱していた負の感情が、涙と一緒に流れていく。
もっと、頑張ろう。
もっと、強くなろう。
もっと、偉くなろう。
誰よりも王者らしいのが、自分の使い魔なら。
せめて自分は、誰よりも貴族らしくなろう。
そうして、結局。
ルイズは、泣き疲れて眠ってしまった。
その寝顔は涙で濡れていたが――とても、とても健やかな寝顔だった。
■
「――寝入ったか」
ラインハルトの腕の中には、寝息を立てて眠るルイズ。泣いてスッキリしたのだろう、先よりも幾分健やかな顔を暫し眺めた後、彼女を寝台へ降ろして毛布を掛けると、椅子に腰かけた。
そして暫く夜空を眺めた後、部屋の明かりを落とす。
「…………」
夜の闇に染まる室内。室内を照らす光源は、窓から射す月明かり。そして――己が手に刻まれた使い魔の証。
左手を持ち上げる。手の甲にはルーン。その紋様は文献に載っていたガンダールヴのそれと合致していた。ガンダールヴ。始祖ブリミルと共に闘い、その名を伝説に残した四人の使い魔。
北欧神話を象る伝承の一つ、巫女の予言で挙げられる名だ。とはいえ、こちらとあちらでは意味は違うだろうが。
ガンダールヴ。
ヴィンダールヴ。
ミョズニトニルン。
そして――最後の四人の名はなく、ただ記すことさえはばかれる。という一文が記載されているのみ。全ての本がそうなのか、たまたま受け取った本に載っていなかったのかは不明だが、それは己の事ではないのでどうでもいい。
ガンダールヴを綴る文献にはこう書かれていた。
『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる』
他の文献と統合した結果、ラインハルトはこれの効力を自在に武器が扱えるようになるものだ、と幾つかある候補の一つに挙げていた。そして最有力候補でもある。
――とはいえ。
「そうそう使う機会もあるまい」
元々、武芸百般はおろか、文武百般を通ずるどころか極めたのがラインハルトという怪物である。武器が自在に使えるようになったところで、その効力は如何ほどのものなのか。さしたる興味もない。
だが、それよりも気になること。
「変わったな、私は。いや――変えさせられた、と言うべきか」
目を閉じて思うのは、今日の己。
少し――いや、幾らか自分らしくない言動だった。その原因もまた、このルーンだろう。
「洗脳、あるいは意識誘導か? 魔法の知識は欠片もないが、これを編み出した者は人というモノをよく理解している」
意識誘導――おそらくは、契約した対象に好意を抱かせる、というものだろう。
服従ではなく好意。前者には反発というデメリットが付随するが、後者には無いデメリットがない。賢いやり口だ。反意されることはまずありえず、使い魔と主との関係を好く、そして長く続かせることが出来る。
なぜ、魔法も使えぬラインハルトがそこまで正確に気付けたのかと言うと、簡単である。
彼は、己のコンディションを十全に把握しているからだ。契約と同時に変化した僅かな認識。それでも角度にすれば小数点が付くような差異だ。
だが、それでも洗脳であることには変わりはない。気付けば激昂し、主従の関係を破壊しかねない呪いのようなそれを――
「……面白い」
その一言で、ラインハルトは済ませた。
あぁ、面白いではないか、やってみせろ。この私をどこまで変えられるか見せてみよ。この程度で揺れる自我ではない。それを別にしても、契約する前からルイズは気に入っていたのだ。本当に久しぶりだったのだ。恐怖と怯えに濡れながらも、心の底から真っ直ぐに、感情をぶつけてきたものなど。
「涙とは、ああも美しいものだったか」
かつては涙など、他者欺くための技術――そんな目で見ていた。それ以外になんの価値も見出せなかった。だがそれは、今日の出来事で些か変えられた。
「良い目だった。良い心だった。あぁそうとも。嘘ではないさ。真実、仕える事に嫌はない」
第三帝国にいた貴族達は、権力に狂った者ばかり。他者の貧困を笑い、他者の失敗を酒のツマミにしているような、およそ貴族という言葉は当て嵌まらなかった。確かに貴族然とした者達はいたが、それこそほんの一握り。
だが、そんな貴族達を否定する気は、ラインハルトにはない。あれもまた、一つの貴族の形。
血と骸で作られた時代だったのだ。狂わなければ生きていけなかったのだろう。そして狂っているといえば、その最たるのが己だ。
「破壊の情、か――」
今も変わらず、胸に燻り続けるこの渇望。それがこのルーンによって薄れるのであれば、否はない。幻想は幻想のまま。目覚めることなく、魂の奥底で眠っていればいい。
「既知はもう消えたのだ。黄昏が続く以上、それ以上を望むは傲慢というもの。それを壊すような真似など、どうして出来よう――」
ふと漏れた言葉に閉じていた目を開く。
「私は……」
今、何を言ったのか。
何を思って、そんな言葉を口にしたのか。
既知と、黄昏。
言葉にすればどこでも使われる、ありふれた二つの単語。だが、知らずに口から零れたそれらは、本来の意味とはまた違うように感じられて。
「…………」
宙に向けた瞳には何も映らない。ただ夜の帳に呑まれた天井を映すだけ。
「ふふっ、ふふふふ……」
途端、込み上げてきた感情に声を漏らした。よく分からない。よく分からないが……悪いものではない。
とても愉快な色をしている。言葉にすれば……あぁ、なんであろうか。言葉に出来ない。否、嵌める言葉は幾らかある。
だが出来ない。したくない。言葉にすれば色褪せる、そんな温かくも輝かしい色。
信じもしない神がいるという教会で出会った、かの首斬りの青年。彼と語らった時と似た、暗雲が晴れるような……
「ロートス・ライヒハート。かの者は、日本に行けたのだろうか……」
おそらく、戦場にて散っただろう。そう思うのはただの勘だ。だから続く思いも、また、勘だ。
彼は、きっと日本に行ける。
死んでどこへ行くのだ、という無粋な言葉はいらない。ただ、そう思うのだ。それだけで十分だ。
世界は、黄昏に満ちている。
「……あぁ、酔ってしまったかな、私は」
陶酔している。酒ではなく、己の心から溢れる何かに。あるいは宙から包まれる温もりに。
そうして、破壊の愛を幻想と断じた黄金の獅子は、異界の地にて一時の眠りについた。その背に、可愛らしくも誇らしい、小さな主を乗せて。
ルイズ、もはや上に立つ腹積もりが微塵も見られない。まぁ、ラインハルト前にして誰がこいつより上に行こうと思うのか。
ついに使い魔になってしまった獣殿。
メルクリウスの魔人練成によって魔人化していませんが、元から超人であったので、それにガンダールヴを足したらどうなるのか……
ラインハルトは幾ら無双させても、「え、その程度なの?」と思われてしまうから性質が悪い。
獣殿はどこまでさせれば「え、そこまでやっていいの?」状態になるのか
……波旬KOはやり過ぎというか不可能ですが。
感想にもありましたが、現状、獣殿の体は人間です。
あとロン毛です。『破壊の愛』を自覚しながらも、それを幻想と断じたロートスの言葉を真摯に受け止め、眠らせているのが現状。
破壊の黄金は眠っています。
あと召喚の際の威圧は……まぁ、違う世界に来て彼の魂が若干キャッホウした、と思ってくれれば。
作者としては、ルイズが覇王の色に染められていってどこまで行くのかなーと漠然な不安がありますが。
将来のルイズは龍明母さんかザミエル姉さんのどっちになるのだろーか。
ラインハルトの助言次第でどちらにもなれるルイズさんマジ恐い。
ザミエル化して虚無の魔法を扱うルイズ……うわ恐い
現状、ラインハルトの一人称が全く安定していない事に強い不快感を抱いている方もいるかと思いますが……気にしないでくれ。私は過去を振り返らないのだ。振り返った先にある黒歴史など、デウス・エクス・マキナなのだ。知らんのだ。