うん、オレも思う。
だが投稿する。だって書いたんだもの。
語られるラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの最期。暗殺を企てられ、退けたものの、その際に負った傷による感染症による衰弱。
壮絶だった。そして最後に彼が付け加えた言葉がそれを更に引き上げる。
「弱ったところを、総統閣下の子飼いの兵達に射殺されるとは。我が身が招いた結末とはいえ、なんともつまらぬ幕引きであったよ」
国に忠を尽くし、国の為に汚泥の激流を泳ぎ続け、辿りついた先が裏切りだ。
ルイズは信じられなかった。理解出来なかった。そんな事をする国も。この男がそんな事で死んでしまうことも。なにより。
「……ねぇ」
とルイズ。その声は濡れていた。震えていた。喉だけでなく、体も震えてきた。
「なんで、笑っていられるのよ……?」
そんな、まるで他人事のように笑っていられるラインハルトが、一番理解出来なかった。
「なぜもなに――滑稽ではないか」
訂正。それ以上に理解できないものがあった。
「どこが……よ」
「無論、全てが」
それは、爆発する自分の感情。
「――ッ! 国のために頑張って、色んな悪いことに手を染めても尽くしたんでしょ!? そんだけ頑張って、敵に狙われて、本当は助けてもらわなきゃいけない仲間に殺される! それのどこが――ッ!」
訳が分からない。何故だか涙が出た。どうしようもなく、むかついた。悲しくなった。なんだか殴りたくなる。腹を思い切り殴った。痛い、痛かった。それだけだ。無力だ。
言葉は続かず、えづく。ひっくひっくと喉を鳴らし、ルビーのような瞳から、涙が零れる。訳が分からない。本当に、訳が分からなかった。
ラインハルトは眉を潜めた。困ったように。初めて、笑み以外の表情を見せた。
「泣くかね、こんな男の末路に。止めておきたまえ。私には、その涙を流せる価値はない」
「そんな」
「その程度の男なのだよ。卿は知らんだろうが、私は私ほど無価値な人間など知らぬし、生きる意味のない人間も、またいないだろう。まだ罪人の方が、生かす価値があ――」
「そんなことないッ!」
遮って断言する。そんな筈がない。そんなことがあって堪るものか。ふざけるな!
「ええ知らないわよ! アンタの事なんて全然知らないわよッ! だって……さっき召喚したばっかりだもん! 第一印象は最恐だし! 第二印象は理解不能だし! ――でもねぇッ!」
言葉を切って、思い切り息を吸って、思い切り言った――否、叫んだ。
「私が召喚した使い魔がッ、無価値なわけ――ないッ!!!!」
あぁ、もう自分が何を言っているのか分からない。学長室で、先生達に見られて――でも止まらない。決壊した川のように、止める間もなく言葉が出る。感情の波が溢れる。濁流だ。何を考えているのかしっちゃかめっちゃか。
――だからこそ。
「私が何十回召喚に失敗したと思っているのよッ!? 魔法の失敗だって百や千じゃきかないわよッ!」
そこに虚偽など纏う余裕などあろう筈も無く。
「何千回も頑張って! 何万回も頑張って! 一生懸命勉強もして! 座学でトップを取れても魔法は全然成功しない! 爆発ばっかりで、みんな私を馬鹿にする!」
溢れ出るのは、ただ本音。
「違うッ! 私は馬鹿じゃない! ゼロじゃないッ! 無能じゃない! 私はヴァリエールの娘だッ! ちゃんと、貴族の血を引く、ヴァリエールの娘だッ!」
ただ、ただ本音ばかり。
「それでッ、それでッ! ようやく――ようやく成功したのがアンタッ!」
指を指す――というか、叩く。思い切り叩いた。岩を叩いたような感触が手の平に響くが、知ったことではないと言う様に。
叩く、叩く、叩く。
「…………」
ラインハルトは口を噤んだまま、涙で濡れる少女を見据える。
「そんな、初めての成功したアンタがッ! 自分を無価値だなんて言ったら、私は……一体何なのよッ! なんだっていうのよッ!?」
叩く、叩く、叩く。
「……なんとか、言いなさいよ。私は、じゃあ、一体、どんだけ、無価値なのよ……言って、みなさいよぉ……ッ!」
叩く、叩く、叩いて――その手を、大きな手が包んだ。
「――なるほど」
手を取ったのはラインハルト。ルイズの手は赤くなり、少し腫れていた。
ぽん、と空いていた大きな手が、ルイズの頭を撫でた。慰めるように。ぽん、ぽん、と。
「知らずの内に、卿を愚弄していたようだ。すまなかったな、私が愚かだった」
「……そうよ」
「だが、卿に何を言われようと、私の認識は変わらない」
「……ッ」
キッと睨み上げるルイズ。だが言葉は続き。
「私個人の認識から外れれば、なるほど。私ほど価値のある人間はいなかっただろう。私がいなければ、第三帝国はあそこまで増長することも、強力になることもなかっただろう。私ほど恐れられ、私以上に強い者はいなかっただろう」
「……なによ、自慢?」
「ただの事実だ。この程度、自慢にもなりはせん」
「……じゃあ嫌味?」
「……卿は私をどうしたいのかね?」
「…………」
「…………」
暫し、無言で見つめ合う二人。
ある意味、二人だけの世界とも言える空間に、空気の読めない爺が手を挙げた。
いや、これ以上ないタイミングではあるが。
「あー……いいかね、そこなお二人さん?」
「はヒッ!?」
「なにかね」
完全にラインハルト以外、視界どころか意識に入れてなかったルイズは驚かされた猫のように飛びあがり――。
そこを、ラインハルトに抱き抱えられた。
「!?」
抱きかかえられたルイズは思わずラインハルトに目をやり、過呼吸に陥った魚のように口をぱくぱく。次いで猫の如く暴れるが、それで振りほどけるわけもなく。
オスマンはちらちらとそれを見た後、さっさと話を進める事にした。
「で、どうすんの?」
やけにフレンドリーな口調になっているが、緊張が今のやり取りで消滅してしまったので、もうどうでもよくなっているオスマン。
「さぁ? 私は呼ばれただけであって、何をすればいいのかも分からん」
「あー……それじゃそこのヴァリエールとコントラクト・サーヴァントしてくれれば、儂
としては嬉しいんじゃが」
コントラクト・サーヴァント。その単語が出た途端、借りてきた猫の如く大人しくなるルイズ。未だ涙で濡れる瞳は不安で揺れている。
「コントラクト・サーヴァント……使い魔になれと?」
「……うむ」
重々しく頷くオスマン。対して。
「構わん」
アッサリ。本当に軽い感じで首を縦に振るラインハルト。
「え、いいのっ!?」
と、驚いたのはルイズ。
驚き五割、嬉しさ三割、不安二割でブレンドされた、言葉に出来ない表情。
「構わぬさ。この身は忠義の軍服を纏い国に仕えた身ではあったが、切られた挙句に、もう国はどこにも存在しないのだ。往き場のないこの身を拾ってくれるというのだから、是非もない。それに、私が使い魔にならねば不都合があるのではないかね?」
問いに答えたのはコルベール。彼の顔からも、既に険は取れていた。
「はい、ミス・ヴァリエールは召喚の儀は失敗と見なされ、留年することになります」
「ならば殊更、断れんよ。それとも……私では不服かね?」
「そ、そんなことないっ――けど、いいの?」
未だ不安そうに尋ねるルイズに、ラインハルトは一笑した。
「契約云々抜きにしても、私は卿の事が気に入った。あの広場で私から目を逸らさず、気丈に振る舞ったあの姿は正しく貴族であった。あぁ、あれこそ貴族だ。それこそ上に立つ者の本懐であろう。なにより今の罵倒、胸に響いたよ心から。あれほど真っ直ぐに想いをぶつけられては、応えぬわけにはいかぬだろう? ゆえに
「――――」
ボンッ、と瞬時に真っ赤なトマトと化すルイズの顔。威圧されていて今まで意識していなかったが、ラインハルトは男の理想像を突き詰めた極致にいると言っていい容姿をしている。容姿だけではない。才能、人格、能力。
完全、完璧、果てには究極。そんな言葉で構成されたような男だ。
そんな男に抱き挙げられ、更には間近で微笑まれ、トドメにこの殺し文句。
更に更に、ルイズは多感な十六歳。もう色んな意味で彼女のライフポイントは0だった。
そして――追い打ち。
死体に鞭打つかのような展開が続く。
「して、契約方法は?」
「……。あー……。……キスです」
「キッ!?」
明かされる衝撃の事実に、知っていたルイズは驚愕した。
対してラインハルトは、
「ほぅ、ロマンチックだな」
実に楽しそうだった。ルイズと視線が重なる。もうどこまで赤くなれば気が済むのかというくらいに真っ赤。ぷるぷると、別の意味で泣きそうになっている。
彼女の頭の中では使い魔と契約ではなく、男の人とキスをするという式が出来あがってしまっていたのだ。色々と本音もぶちまけたから、まぁ恥ずかしい恥ずかしい。
そろそろ血液が沸騰するのではなかろうか。比喩でなく。
「ちょ、ちょっと待って! わた、私、私まだ心の準備出来てない! だから、そう! 少し待って――」
「そうか。では犬に噛まれたと思って諦めたまえ」
「――――――ッッッ!?!??!??」
……五分後。
「……やーワシ、凄いもん見ちゃったかも」
学院長室には、オスマン一人だけが残っていた。ふぅーと寿命が十年くらいは詰まっていそうな溜息を吐く。その顔には、僅かに赤みがあった。照れである。
あの後、契約――というかキスと言った方がいいのかもしれない。
先の一幕。タイトルを付けるとしたら美女と野獣の口づけ、とでも言おうか。
枯れた爺であろうと、そう、なんか――ワシもまだまだ頑張っちゃおうかな? って思えちゃったりしちゃったりするくらいには、凄かった。
そしてヴァリエールは目を回して気絶した。多分、頭の回路が焼け切れたのだろう。ラインハルトは気絶した彼女を壊れモノを扱うかのようなお姫様抱っこして、コルベールと共に出ていった。
「……ふぅ」
ただの契約の筈が。
なんだか、盛大なラブロマンスを観劇した後のような満足感。充足感。
「ワシもやってみようかなー」
そんな言葉を呟いた三分後。
有言実行を試みたオスマンは比喩でなく殺されかけた。
豪奢な廊下に敷かれた絨毯の上を、二人の男が踏みしめて歩いていく。先頭を歩くのはコルベール。眼鏡越しの視線は前ではなく、背後。少女を抱えたラインハルトに――正確にはその手の甲に発現したルーンに向けられている。
「珍しいルーンですね」
「そうかね? 僅かに痛みが走ったが……姫君が気絶したのもそのせいか?」
「……。あーはい。たぶんきっとそうじゃないでしょーか」
契約上位者にルーンは現れないのでそれはない。ミスタが思いきり唇を奪ったからですよ、とは言わないでおいた。幸い、どうしてそうなったのかは自覚がないようだし。
「……姫君、ですか?」
「ならんかね? 主というよりも、こちらの方が彼女には似合っていると思うのだが」
「あぁ、いえ問題ありません。ただ貴女が言うと、彼女が本当に王女か何かに見え
てしまって……」
「ふむ……まぁ、問題がなければこれでよかろう」
「…………」
多分、いやきっと起こるだろうなーと未来の騒動に意識を向けていると、今度はラインハルトが声をあげる。
「卿は幾分、姫を気に掛けてくれているようだが……」
「いえ、彼女は色々と不遇な身の上にあるので、ミスタのような方が彼女を支えてくれるなら、教師としても嬉しく思います」
「私も、卿のような人間が教師をやっていることを嬉しく思う。軍人が教師になる。考えた事も無かったよ」
一瞬、足が止まった。
「気付いて……いや、ミスタなら気付くでしょうね」
顔に僅かな陰りを見せて言うコルベール。
「なに、埋めた墓を掘り返す趣味はない。卿にとって今が是であるなら、それで良かろう」
「……そう言って下さると、ありがたいです」
そうして短いながらも会話を続け、コルベールは足を止めて横を向く。木製の扉。ドアノブを回して開ける。
「この部屋です」
「ありがとう、ミスタ・コルベール。姫君が起きたら、授業に向かわせよう」
「あ~……いえ。その心配には及びません。本日の授業はあと一つだけですし。ミスタも色々と整理することはあるでしょう」
「心遣い感謝する。では、この世界の本があれば見せてもらっても良いかね」
「構いませんよ、魔法関係の」
「否、私が読みたいのは地理と歴史、そして文化等が記載された歴史書が好ましい。なるべく客観的な視点から書かれた物であるならば、なお良い」
「…………」
言われて、コルベールは若干顔が引き攣った。おかしくない。全然おかしくないのだが、目の前の男にそれを渡したら、ハルケギニアが征服されそうな気がしてならない。
「分かりました……」
「それと絵画を描くための画材一式、用意してはくれぬだろうか?」
おれ、ザミエル姐さんに殺されるかもしれない。いや、マジでほんとに思う。
ごめん、許して姐さん。助けて龍明母さん。水銀×黄金書くから助けて。
読み返すと「け、獣殿……?」ってなりましたが、まぁいいか。ザミエルだって龍明になったんだし、それくらいの変化つけてもいいよね?
獣殿が「ふもっふ!」と言うくらい許されるよね。
あと獣殿、ノリノリですが、恋愛感情とかは全くないのであしからず。
女は駄菓子という人ですし。
まぁ興に乗ったら少し付き合うかもしれませんが。今回の後半は少し悪乗り気味だけど。