緋弾のアリアに転生したら危険な姉から逃げないといけなくなりました。   作:レイアメ

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貴方に贈る、愛の花束 R

 それは恋だった。

 

 一目惚れだった。

 

 歪んでいることも、間違っていることも、狂っていることも、

 

 知っていた。

 

 それでも私は、貴方を―――

 

 

◇■◇■◇

 

 

 私が最初に見たのは、白衣の大人達だ。試験管のようなものに入った私を興味深く見ている。どいつもこいつも私をただのモルモットとしてしか見ていないのが、気持ち悪い。それでも純粋だった『私』はただ首をかしげているだけ。

 

 成功だ!これで私たちも!やっとだ、やっと!等と勝手に笑っている。それを冷めた目で見ているとその中の1人が私をポッドから出す。変な液体が滴り落ちるのをタオルで拭く。私ではない、顔では優しいが、その内は欲望に渦巻いている女が、だ。

 うっとおしいと思いながら、されるがままにされる『私』。

 

 その後は服を着せられ、ぬいぐるみやら玩具が大量にある部屋に1人待たされる。待っている間、『私』は暇だったのか、そのぬいぐるみに埋もれる。上も、下も、右も左も、全身をぬいぐるみが囲む。

 やわらかい。

 と予想以上に心地のよいぬいぐるみに埋もれていると、ドアが開く。

 

 連れてくる私に酷く似ている男の子は、私が始めてみると言って良い、人間(・・)だった。だから、私が恋に落ちるのは必然だった。『私』だって、純粋に喜んだ。それを見て笑う彼を見て心が温かくなるのを感じた。

 

 アリス。それが私の名前。嬉しかった数字ではなく、ちゃんと呼んでくれる彼が。ああ、彼にも名前を付けてあげたんだった。最初は『私』が言ったウサギだったのだが、嫌がられてしまった。なのでトキトにした。勿論喜んでくれたし、一緒に笑った。見るやつが見れば当たり前なのかもしれない、だが私にとっては最高の幸せだった。

 

 あの部屋で何もせず、立ち止まっていた『私』の手を取って、外に連れ出してくれた。部屋の外に出ても何も無い。けれどその手が温かくて、ずっと握っていたかった。たまたま空いている部屋に入る。その中にあった研究書類を見た。幸いトキトは文字が読めないみたいだけど、私には読める。

 

 研究結果:失敗。

 NO.1~9を廃棄。

 

 私になるであろう物達を殺した。そう書いてある。私にとってそんなことは関係ないし、興味もない。けれど、もし、トキトが廃棄される可能性があるならば、私はどんなこともする。

 

 部屋に戻った私はすぐに行動を起こす。悔しいことにこの体には力が無い。少なくとも2年は必要だ。その間にトキトに手を出されては私は何もすることができない。だけど、そんなことは絶対にさせない。

 

 だから、私は契約した。あいつらにトキトには手を出さないことを条件に、私はあいつらの目的のために従う契約を。大人達は顔に作り物の笑みを浮かべ、紛い物の感謝をしてきた。ああ、気持ち悪い。そんな顔を私に向けるな。

 

 急いでトキトの元へ戻る。たった数分だが、まるで何日も会っていないように感じる。早く、早く会わなくては。『私』にそう囁く。だからか、視界にトキトが入った瞬間、『私』は減速もせずそのままのスピードでトキトに飛び掛かる。勿論支え切れるわけもなく、2人して倒れこむ。それが何処か可笑しくて笑う。

 

 

 ああ、本当に楽しかった。このまま時が止まってしまえばいいのにと本気で思った。ああ、しかし、時計の針は進む。

 

 遂に2年の時が経った。

 

 

◇■◇■◇

 

 

 目が覚めた。何時もならダイビングしながら起こしてくれるアリスが居ない。そのせいでアラーム機能が完全に停止した時計の針が10:47分を指している。

 

 

「完全に寝過ごした」

 

 

 確か、今日は朝から訓練があったから、誰かが起こしに来るはずなんだけど、何かあったのだろうか。

 欠伸をこぼしながら立ち上がる。

 

 

「腹減ったな、やば、朝ご飯のこってるよな?」

 

 

 分からないことは後回しにして、まずは腹ごしらえだ。

 そのまま俺は部屋を出て、食堂へ向かう。

 

 突然だが、転生したこの体は意外とハイスペックで、身体能力はおろか、5感や直感がかなり高い。流石に犬には勝てないがそれなりの嗅覚を持っている。

 

 

「何だこの臭い。何か鉄棒みたいな臭いしてんな」

 

 

 食堂に入った瞬間、鼻を押さえる。強烈な鉄の香りがしたからだ。普通はもっと美味しそうな匂いをしてるんだが、どういうことだろう。誰か居ないのか厨房の方へ近づくと、更に臭いがきつくなる。何故か脂汗が噴き出す。それでも歩みは止めない。

 

 

 目に入ったのは、赤い、紅い、真っ赤な、血、血、血、血血血血血血血血血血血血血血血血血―――?!頭が、指が、手が、太ももが、内臓が、あるべき箇所にないパーツ、その断面からアカイ血が流れる。

 

 完全に思考が停止し、腰を抜かす。体が自然と震え、吐き気がする。

 思えばこれが初めて関わる死。今この瞬間、何の変哲もない日常から、非日常へと引きずり込まれるのを幻視した。

 この静けさ、そして目の前の死体。何かが起こった。今はそれしか分からない。だが、この様子だと他にも殺された人が居る。そううまく思考が纏まらない頭が急激に冷える。

 

 

―――アリス?アリスはどうした。

 

 

 体の震えが止まり、全身に力を入れる。そのまま死体―――おそらく調理人のおじさん、が持っていた包丁を持って、駆け出す。

 

 

 色々な部屋を回った。真っ赤に、真紅に染まった部屋ばかり。優しかったお姉さんも活発なおじさんも物知りだったお兄さんも、誰もが死んでいた。まともな死体なんて無かった。

 

 

―――アリス、アリス!何処だ!何処に居るんだ!

 

 

 何処を探しても見つからないアリス。焦りだけが募る。走り続けていると息が上がり、体が悲鳴を上げる。今更ながら訓練をしておくのだと後悔する。

 

 

 シャラン。鈴の音のような音が聞こえた。音がした方を見ると、ドアが少しだけ空いている。うるさいほど高鳴る心臓を押さえながら、そのドアの隙間から中を覗く。中には長く煌めく金髪が見える。

 

 

「アリス―――」

 

 

 シャリン。血が部屋を汚す。シャリン。腕がとれる。シャリン。生命が一つ消えた。

 

 

「あれ?もう起きたのトキト。おはよう!」

 

 

 その瞳は、俺だけを見て、俺だけを映していた。何気ない仕草、何気ない言葉、何気ない笑み、何も変わりなく(何もかも可笑しく)

 その黒いドレスは、赤い部屋でアリスを更に美しく(恐ろしく)見せる。

 その雰囲気は、ただ真っ直ぐに、無垢に、純粋で(狂っていて)

 

 認めたくなかった。目を逸らしたかった。耳を閉じたかった。でも、アリスはそれを許さない。

 

 

「最近ね、寂しかったんだ。だってトキト全然かまってくれないし、何処か余所余所しいし、でもね分かったんだ!」

 

 

 アリスが近づく、情けなく崩れ落ちた俺に。

 アリスが語り掛ける、ガタガタ震えてる俺に。

 

 

「あの人たちに脅されてたんだよね!でもいいんだよ」「やっと終わったから。邪魔な人たちは居なくなったから。これでまた一緒に遊んでくれるよね!じゃあ、何をする?かくれんぼ?鬼ごっこ?」

 

「な、んで―――何、で」

 

「どうしたの?震えているよ?寒いの?だったら―――」

 

「何で人殺しといて、そんな、そんな平然としてるんだよ!!」

 

 

 俺の絞り出すような叫びを聞いても、アリスはただ首を傾げて普通の声色で答える。

 

 

「だって、私にはトキト以外ないもの」

 

 

 怖い。転生して唯一の家族であるアリスが、ただただ怖い。その笑みが、その行為が、その好意が、恐ろしく感じてしまう。

 アリスが手を俺の顔に向かって伸ばす。俺はその手を払った。

 

 

「―――えっ?」

 

 

 アリスが一瞬固まる。その隙に効きもしない能力を使ってまで走り出す。

 この時、トキトは逃げたい、その一心で精神力を能力に注ぎ込んだ。何も考えず、意識もせず。だが、どんなものにも限度はある。容量を超え、なお注ぎ込まれる精神力。

 そして―――トキトの制御下を外れ、暴走した。誰にも気付かれず、意識出来ない領域へと。

 

 トキトが意識を取り戻したのは、何処かの浜辺。何時此処にどうやって辿り着いたのかも思い出せない。

 そして、真っ先に思い出すのは変わってしまったアリスの事。

 

 

「―――ぁあ、うああぁ!くそっ、なんで、何でだよ!」

 

 

 叫ぶ、喚く。どうしようもない後悔が胸を燻る。

 何処で間違えた。何を間違えた。何がいけなかった。

 

 

―――なら貴方はそこで諦めますか?違うだろまだやれるはずだ。いいんだよぉ今はやらなくたって、でも何時か立ち上がりましょう。まだ物語は始まっていないのですから。そうだ今ここからお前の物語が始まるんだ。だから今は休むんだよ。何時かの日のために。

 

 

 声が聞こえるとともに、意識が薄れていく。今はただ眠りたかった。




 1人になったアリスは悩む素振りを見せながら、歩く。足元には血の足跡。ピチャピチャと長い通路に響き渡る。

「う~ん、どうしちゃたんだろうトキト」

 考えるのはこの世界で唯一愛すべき存在。

「鬼ごっこがしたいのかなぁ?」

 無垢が故に犠牲を厭わず、純粋故に愛することしかしない。

「じゃあ、アリスが鬼だね!捕まえるよ、何処に居ても。絶対、ね」

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